Share

第2章

Author: かんもく
シャンデリアの下にいる奏の目は黒曜石のように深く、内に秘めた激情が垣間見えるかのようで、悩ましいと同時に危険なオーラを放していた。

彼の視線はいつもと同様、氷のような冷たさを帯び、相手の心を脅かしていた。

驚きで顔が真っ青になった弥は、慌てて数歩後退した。

「とわちゃん…じゃなくて叔母さま、もう夜も更けましたので、私はこれで失礼いたします」

冷や汗が止まらない弥は、足元も定かならぬまま主寝室から逃げ出した。

弥が逃げ出す姿を見届けたとわこも、心臓が喉元まで上がるほど、全身が小刻みに震えて止まらなかった。

常盤奏が起きたの?!

医師の宣告では余命は長くないはずなのに!

とわこは奏に話かけようとしたが、舌が回らず言葉が出られなかった。もっと近寄って彼の様子を見ようともしたのに、足がまるで床に縫い付けられたかのように、一歩も動けなかった。

未知への恐怖に包まれた彼女は思わず尻込みをし…下の階へ駆け下りていった。

「三浦さん、奏さんが意識を回復されました!目開いてくれたわ!」

とわこのを声を聞いて、三浦は急いで上の階に上がってきた。

「若奥さま、若旦那さまは毎日目を開けますが、これはこれは覚醒とは異なります。今こうしてお話をしていても、反応はございませんでしたよ」ため息まじりに三浦は「植物状態から回復する確率は極めて低いとお医者さまが」といった。

「夜、明かりをつけたまま寝てもよろしいですか?何となく不安で」とわこの胸はまだ鼓動が収まらなかった。

「もちろんです。明日の朝はお家元の本邸へ行く予定ですので、若奥さまは早めにお休みください。では、明朝お迎えに参ります」

「はい」

三浦を見送ったとわこはパジャマに着替え、ベッドに上がった。

彼女は男のそばでぎこちなく座り込んだ。奏のきれいな顔を見つめながら、彼女は手を差し出して、彼の目の前で振った。

「常盤奏、あなたは今何を思っていらっしゃるの?」

しかし、男は何の反応もしてくれなかった。

彼女の心境は突然悲しみに変わり。彼の境遇を思えば、自分の苦しみなど些細なものだと感じた。

「常盤奏、目を覚ましてほしい。あんな大金が弥のクズの手に渡れば、あなただって死んでも死にきれないでしょう」

彼女がそう呟いた瞬間、男はゆっくりと目を閉じた。

彼をじっくりと見ているとわこはぼんやりとしながらも緊張が募り、心臓が高鳴り始めた。

レアケースではあるが、植物状態になった患者は稀に意識が残ると言われている。もしかしたら、彼はさっきの言葉を聞いてたったりする?

男のそばで横になったとわこは、不安が募り時間がどれほど過ぎたかもわからず、ため息をついた。

今の自分は常盤家の若奥様だから、暫くは軽んじられることはないはずだ。

しかし、奏が死んだら、常盤家が自分をどう扱うのかはわからない。

そう思うと、彼女は急に不安になった。

男が死んでいないうちに、常盤家若奥様の肩書きを最大限に利用し、失われた全てを取り戻してみせる!

自分を虐げた者たちには、必ずその代償を支払わせるのだ!

......

翌日。

朝八時。

三浦婆やに導かれ、とわこは常盤家本邸へ向かい、大奥さまに挨拶をした。

常盤家一族の全員が揃っていて、広間に入った後、彼女は目上の人々に一人一人挨拶をして、お茶をだした。

大奥様はとわこの姿を見て、ますます気に入ったようだった。彼女のような従順な女性こそ、操りやすいのだから。

「とわ、昨夜はよく眠れたか?」

「ええ、お陰様で」とわこは顔を赤らめながらが答えた。

「奏くんの様子は?ご負担にはなっていないか?」

男の美しいのわりに活気の欠片もない顔を思うと、とわこはやや哀しさを覚えた。「全く動かないので、お世話など容易です」

確かしに彼は動かなかったが、彼の体から温もりを感じたのも事実だ。昨夜の彼女は熟睡した後、無意識に彼を抱き枕代わりにしてしまった。

夜中に目を覚めた彼女も、自分が男の体に抱きついていることにひどく驚いた。

「そうだったわ、とわ。これは私からのプレゼントよ」大奥さまはそう言いながら、紫色の小箱の蓋を開けて、彼女に渡した。「このバングルきっととわに似合うよ。どう?気に入ってくれたかしら?」

大勢の前で大奥様の機嫌を損ねるわけにはいかず、とわこはすぐにバングルを受け取った。「ええ、とても素敵なバングルをいただき、ありがとうございます」

「とわには多少苦労をかけているのはわかっているわ。奏はあのような状態だから…床入りは無理でも、とわにできるできることはあるの」ここまで話を持ち込んだので、大奥さまは自分の計画を話してあげた。「奏くんは多分もう長くはないでしょう。これまで仕事に一心で、恋をする余裕もなく、子供すら残してくれなかったわ…」

大奥様の話はまだ途中だけど、とわこの胸騒ぎはどんどん強くなっていった。

子供?

まさか自分には常盤奏の子供を産んでほしいとは言わないよねと思った途端、

「だからとわには奏くんの子を産んでほしいの、これで奏くんの血筋を残せるわ」

という大奥さまの一言で、とわこは固まってしまった。この場にいた他の人も驚愕の表情が浮かんでいた。

「お母さん、奏がああなってからもう随分経ったから、子供を産むのはもう不可能なんじゃないか」奏の兄貴の悟が口を挟んだ。

常盤奏はまだ死んでいないというのに、この連中はもう彼の遺産を狙っていた。

大奥さまは笑いながら、「お医者さまに頼んで、ちゃんと準備をしておいたから、こんなことが言えるのよ。奏くんの家業がこれほど大きいのに、後を継ぐ血筋がいないのは困るでしょう。とわには必ず奏くんの子を産んでもらうわ。たとえ娘が産まれても全然構わないわ」

一瞬で、とわこは家族全員からの視線を一身に浴びることになった。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第955話

    とわこは、奏と涼太の関係があまり良くないことを知っていたので、彼らが一緒に立っているのを見て、少し不思議に思った。「何でもないよ」奏は涼太を冷ややかな目で見つめながら、とわこに答えた。「涼太が君の性生活を心配してね、俺にもっと身体を鍛えろって忠告してきたんだ」「ほんとにくだらない!」とわこの頬が真っ赤になり、怒りを抑えきれず、その場を立ち去った。彼女の怒りを見た涼太の顔から、平静さが消えた。「奏、本当に恥知らずだな!」奏は落ち着いた様子で返した。「恥知らずなのはそっちだろ。男としての価値なんて、口だけじゃ証明できない。俺のことを心配する前に、自分がちゃんと使えるって証明してきたらどうだ?」この一言に涼太は激怒し、その場を勢いよく去っていった。マイクが呆れたように言った。「やっちゃったな。あとでレラが知ったら、絶対怒るぞ」頭が痛くなってきた奏はこめかみを押さえた。涼太を引き戻すなんて絶対に無理だ。でもレラを怒らせたくもない。「一つ方法がある」マイクがすぐに提案を出した。「お前も会場から出ろ。そうすれば、レラも怒らない」奏は眉をひそめた。本当は出たくない。もうすぐ出張で、1週間も子どもたちに会えないのだから、できるだけ一緒にいたいのだ。子遠もマイクの提案を考えた上で、説得に出た。「社長やっぱり一旦出ましょう。レラが怒ると、なかなか機嫌直らないですよ。それにとわこさんも怒ってるし」奏の瞳に、鋭い冷気が宿った。涼太、敗北者のくせに、よくも挑発してくれたな!向こうが先に火をつけなければ、自分だってわざわざ応戦する気はなかったのに。奏が去った後、マイクはとわこをなだめに行った。「もう怒らないで。二人とも会場から出て行ったよ。今はみんな見てるんだし」とわこは眉間にしわを寄せ、不満そうに言った。「あなたたち、ちょっとひどすぎるわ」「誓って言うけど、俺は関係ないし、奏も関係ないよ。あれは完全に涼太が火をつけたんだ」マイクは説明した。「彼はとわこを追いかけても振り向いてもらえなかったから、奏に対して嫉妬してるんだよ。でも、若い男だから、衝動的になるのも仕方ないさ」「彼が衝動的なのはわかるけど、だからってみんなまで巻き込まなくていいでしょ?」とわこが反論する。「あなたたちが煽らなきゃ、彼一人であんなに騒ぎ立て

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第954話

    「話って?今じゃダメなの?」口ではそう言いながらも、彼女の心の中はすでに答えが出ていた。彼との誤解はすでに解けた。話す内容なんて、どうせ「もう一度チャンスをくれ」ということだろう。彼女は前回、それをやんわりと断った。今回もやっぱり答えは変わらない。彼を嫌っているわけじゃない。ただ、自分自身がまだ冷静になりきれていないと感じていた。それに、今の二人はお互いに敬意を持ち、距離感もちょうどいい。そんなバランスが心地よかった。「今話しても、何も変わらないと思う」彼は彼女の表情を見ただけで、心の中まで読み取った。「じゃあ、出張から戻ってきたら何か変わるとでも?」とわこは不思議そうに聞いた。「どれくらい行くの?」「一週間」「ふーん、一週間後にまた話しましょ」彼女は目を伏せ、彼に掴まれた自分の腕を見つめた。「まさか、さっき麻雀やってて手洗ってないんじゃない?」とわこは彼の手が汚れてるかもしれない、と遠回しに嫌がった。彼は一瞬きょとんとしたが、すぐに彼女の手を引いて洗面所のほうへ向かった。「じゃあ、一緒に手を洗いに行こう」ふたりはみんなの視線を浴びながら、宴会場を横切っていった。「ねえ、今日のあの二人、急に距離縮まってない?」マイクが涼太に小声で聞いた。涼太はやる気のない顔で答える。「いや、全然。むしろ、とわこが無理やり付き合わされてる感じだろ」マイクが鼻で笑った。「じゃあ、他の男が同じことしてみ?成功すると思う?」涼太は顎を軽く上げて、少し冷たく言い放つ。「僕はあいつら、うまくいかないと思ってる。今はまだ男っぽく見えるけど、あと数年したら、あいつもう役に立たなくなるよ」マイクはあきれたように舌打ちした。「はぁ?年取ったら即アウトってこと?『まだ男に見える』って、まるであと少しで性転換するみたいな言い方じゃん。そんなに毒舌だと、とわこに嫌われるよ?」涼太は穏やかな顔を保ったまま答えた。「別に年配男性をディスってるわけじゃない。僕だっていつか歳を取る。でも、若い子を狙う年配男性は、どうしても受け入れられないんだよ」マイクは苦笑して、彼の肩を軽く叩いた。「まぁまぁ、もし数年後、奏が本当にダメになったとしても、とわこは彼を見捨てないと思うよ。だって、彼女の職業、忘れたの?」その一言で、涼太の眉がピクリと動いた。

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第953話

    結翔「ねぇ、君のパパ、なんでまだ来ないの?」レラ「うちのパパならもう来てるよ!今、バンケットホールにいるもん!」結翔は頭を掻きながら、あたりをきょろきょろと見回した。「どの人が君のパパ?どうして一緒に遊びに来ないの?もしかして怠け者で仕事もしないダメなパパだから、君のママと一緒にいないんじゃない?だから君たちも彼のこと好きじゃないんでしょ?」結翔の発言に、レラはびっくりしたが、真実を言いたくなかった。「うちのパパは怠け者なんかじゃないもん!誰がパパかは絶対教えない!お兄ちゃんよりも賢いとか言ってたよね?なら、自分で見つけてみなさいよ!」その様子を見ていたマイクが笑いながら口をはさんだ。「結翔、どうしてそんなに蓮とレラのパパのことが気になるの?」結翔「だって気になるじゃん!うちのママは蓮のパパは奏って言ってるんだけど、うちのパパは違うって言ってて、2人ともこの件で何度も喧嘩してるんだ」マイクは腹を抱えて笑い出した。「で、君はママとパパ、どっちを信じてるの?」「パパ! だってパパの方が僕に優しいもん!」結翔は自信満々に言った。「それにもし本当に蓮のパパが奏なら、蓮は絶対そんなパパを嫌わないって!奏って超すごい人だよ!僕の憧れなんだ!」蓮はその話を聞いても、特に反論せず、黙ってその場を離れた。ほどなくして、宴会場に優雅なピアノの音色が響き渡る。レラは、ステージでピアノを弾いている涼太の姿を見つけると、すぐに弟をマイクに預け、嬉しそうにステージに向かって走っていった。マイクは蒼を抱っこしながら、蓮のクラスメイトたちを眺めた。「ねぇ、君たち何か特技ある?ステージで披露してみたらどう?」でも皆、首を振るばかり。どうやらそういうのには興味がないらしい。「そんなことじゃ、将来彼女できないぞ?」マイクは軽く脅かすように言った。「うちのパパが言ってたよ。お金さえ稼げれば、彼女はできる!」結翔が真剣な顔で言う。「それも間違ってないけどね。でも、レラみたいにお金もあって、美人で、才能もある彼女は、お金だけじゃ手に入らないよ?」男の子たち「......」時間はあっという間に過ぎ、午後4時になった。麻雀の勝負が終わり、奏は大勝利を収めた。とわこが彼に尋ねた。「あなた、麻雀できないって言ってたじゃない。なんでそん

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第952話

    そばで誰かが笑いながら言った。「常盤社長の秘書が、現金を取りに行ったみたいよ。今日は社長、大盤振る舞いのつもりなんだろうね!」その場は爆笑の渦に包まれた。とわこの頬がほんのり赤くなった。まさか奏がこんなに頑張って客をもてなしているとは思っていなかった。「みんな、あまり熱くなりすぎないでね」彼女は控えめに言った。「とわこ、まだ始まったばかりなのに、もう奏の財布を心配してるの?」みんながまた笑い出す。奏は面白そうにとわこを見つめ、提案した。「俺の隣に座って、やり方教えてくれる?」とわこは彼の深い視線を避けながら、周囲に向かって言った。「皆さん、気にせず本気で勝負していいよ」そう言って、彼女は子どもを抱いたままその場を離れた。その時、裕之がビュッフェコーナーからトレーを持ってやってきた。「とわこ、奏兄のことは心配しなくていいよ。彼、負けるような人じゃないから」とわこは少しバツが悪そうに言い訳した。「心配なんてしてないわよ」「じゃあ、さっきの大爆笑は何だったの?それに、瞳、外で君に何か話してたでしょ?まさか昨夜のこと、言っちゃったとか?」裕之は昨夜の出来事をちょっと恥ずかしく感じていたので、あまり広めてほしくなかった。でも瞳の性格からして、とわこには絶対話しているだろうと察していた。「うーん......あなたのスマホのプレイリスト、なかなか斬新だったわね」とわこはからかうように言った。裕之はため息をついた。「あれはシステムの自動再生だよ。僕が作ったプレイリストじゃないって」「じゃあ、システムもあなたたちを応援してるってことね」とわこは楽しげに笑った。「でも、今後はなるべくお酒は控えてね。瞳には妊娠の可能性があるんだから、もし万が一ってことになったら、お酒の影響で赤ちゃんに何かあったら大変だし」その一言で、裕之の表情が固まった。「でも、まだご両親には言わないほうがいいわよ」とわこは続けた。「期待させすぎると、すぐできるって思われかねないから」裕之はすぐにうなずいた。「もう親とは和解したよ。二人とも瞳に謝ってくれた。だから、昨夜は瞳も少し感情的になってて、どうしても試してみたいって」「なるほどね」「とわこ、どこか座って休んだら?ずっと抱っこしてて疲れるだろ?僕、食べ終わったら、また奏兄のとこ見に

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第951話

    彼は、自分にもとわこの女性客をもてなす責任があると思ったのか、ずっと協力的に女性たちと写真を撮ったり、サインをしたり、おしゃべりをしたりしていた。会場に来てから、水を一口飲む暇さえなかった。「涼太を呼んできて、何か食べさせたらどう?」とわこがマイクに声をかけた。「冗談はやめてくれよ。彼女たち、俺のことなんて見向きもしないさ」マイクはため息をついた。「涼太、あまりにもイケメンすぎる。奏が危機感抱くのも無理ないって」「え、奏が危機感?」とわこにはそう見えなかった。「今日の奏の格好、まるでクジャクみたいじゃなかった?超気合い入れてるし」マイクはからかうように言った。「まさか子供たちのために、あんなカッコしてきたわけじゃないよね?」とわこは思わず吹き出した。「じゃあ、マイクは子どもたちの相手よろしくね。私、蒼を見てくる」「蒼が起きてたら、こっちに連れてきて!遊ばせようよ」「うん。こんなに人が多いの初めてだから、ビビっちゃうかもね」とわこはそう言って、宴会場の出口に向かって歩き出した。蒼を抱いて宴会場に戻ろうとしたとき、遅れてやって来た裕之と瞳にばったり出くわした。「とわこ、遅くなってごめん」裕之が申し訳なさそうに言った。「先に入ってて」瞳が裕之の手をそっと放した。どうやら、とわこと二人で話がしたいらしい。裕之は察して、大きくうなずくと宴会場へと入っていった。「昨夜、あなたたち......」とわこは瞳の顔を見ながら、言いかけて言葉を止めた。「うん、ちょっとお酒飲んで、酔ったら怖さがましになるか試してみようと思ったの。でも......」瞳は首を振った。「そんなにひどいの?」とわこは眉をひそめた。「瞳、焦らなくていいよ。心の傷って、そんなに簡単には癒えないけど、絶対に少しずつよくなるから」「そこまで重くはないんだけど......」瞳は苦笑しながら言った。「昨夜、二人とも飲んでて。私が怖がってたら、彼が突然、『音楽でもかけようか』って。で、流した曲が」「どんな曲?」とわこは興味津々で尋ねた。「私も落ち込んだときに聴いてみたいな」「キラキラ星」「......」「今思い出しても変すぎるでしょ?なんであの曲流すのか意味不明。でもさ、その曲流れた瞬間、二人で大爆笑して、それで、うまくいっちゃったの」「す

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第950話

    彼女の言った通りだった。彼は確かにそんな下心を抱いていた。それだけでなく、彼女の親しい人たちの前で、自分の権利を誇示したいという思いもあった。二人はまだ完全に仲直りしたわけではないが、すでに和解寸前だった。他の男、特に涼太がとわこに近づくのは、もう許さないつもりだった。奏は手を引っ込め、客人のもとへ向かおうとした。彼女は心配そうに言った。「今日はずっと怖い顔をしないで。来ているのは皆お客様よ。誰かがあなたに乾杯をしても、飲みたくなければ、角が立たないように上手く断りなさい。さっきのあの子みたいに、悪意がない人に対しては、不快にさせるようなことはしないで」彼はその言葉を心に刻んだ。「わかった。見ててよ、俺の態度を」とわこは彼が客人のもとへ歩いていくのを見送りながらも、その視線をなかなか彼から離せなかった。彼が変わったからではなく、彼にずっと惹かれていたのだ。「ママ、ケーキ食べたい!一緒にケーキを切って!」レラが駆け寄ってきて、とわこの手を引き、子供たちが座るテーブルへ連れて行った。奏はそんな彼女を見送りながら、心もふわりと浮かんでいった。「社長、蒼も来ています。客室で休んでいますよ。お子さんに会いたければ、いつでも見に行けます」子遠がそう言った。奏はもちろん蒼に会いたかったが、とわこからの任務も忘れていなかった。二人の子供の誕生日のホストとして、今日は客人のもてなしをしなければならなかったのだ。「とわこが俺に客人のもてなしを頼んだのは、つまり、子供の父親として俺を認めたってことか?」奏は尋ねた。子遠は驚いた表情で答えた。「社長、とわこが認めなくても、社長は子供の父親ですよ!それはもう動かしようのない事実です」奏は冷たく彼を睨んだ。「お前は、彼女の承認が俺にとってどれほど重要か分かってない」子遠は言葉を失い、何も言えなかった。確かに社長は、彼らの間で公認の恋愛脳だった。とわこは彼の神様だった。彼女の認めることは、法律の承認以上に彼にとって大切だったのだ。「俺は客人に乾杯をしに行くべきか?」奏が訊いた。「客人の身元がよく分からなくて、とわこも教えてくれなかった」子遠はフォローした。「社長、無理に乾杯しに行く必要はありませんよ。笑顔で相手の話を聞いて、機嫌を損ねないようにするだけで十

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status