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第667話
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植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた 第1155話
「分かった。じゃあ俺が先に部屋を探しておく」「ええ」とわこは少し考え込んでから言った。「一人暮らしするんだから、治安のいいエリアにしてあげて」「でも、あまり良すぎる家だと、向上心をなくすんじゃないか？」奏の声は冷え冷えとしていた。「それなら最初は賃貸にすればいいじゃない」とわこが提案する。「家賃はあなたが出してあげて。もし後で彼女の行いが良かったら、そのときに買ってあげればいいの」「君と子ども以外、俺は養うつもりはない」奏の表情には一片の情も浮かんでいなかった。「分かってるわ。でも彼女はあなたの実の妹よ。それに和夫だって、私たちが思うほど非道じゃなかった。もし彼が自首してなかったら......」とわこはそこで言葉を切った。「風呂に入れ。部屋は俺が選んでおく」奏はそれ以上の話を拒んだ。「分かった」翌朝、とわこは早くから車を走らせ、一郎の家に向かった。扉は固く閉ざされていて、まだ起きていないようだった。彼女がスマホを取り出して一郎に電話しようとした時、背後から足音が近づいてくる。振り返ると、そこに桜が立っていた。顔には崩れたメイクが残り、髪も乱れている。昨夜何があったのか一目で察せられるような姿だった。「あなたが桜さんね？前に会ったことあるわ。奏に頼まれて来たの」とわこは探るように問いかける。「夜勤のある仕事をしてるの？」桜は唇をきゅっと結び、無言のまま暗証番号を打って門を開け、中へ入った。とわこは後を追う。「奏が新しい住まいを用意したの。今から一緒に見に行こう。ずっと一郎の家にいるのはやっぱり不便だし」「へえ奏がそんな親切を？あの人、私のこと妹なんて認めてないくせに」桜は皮肉っぽく笑った。「でもお父さんと約束したの。最低限の生活は保証するって」とわこは彼女と一緒にリビングに入り、続ける。「荷物をまとめて、先に出ましょ。あとで一郎には私が話しておくから」「分かった」桜は客間に入り、手早く荷物を詰め始めた。「聞いたけど、モデル事務所で働いてるんでしょ？どう、続けてみての感想は？」とわこは彼女の服装を見て、辞めさせた方がいいのではと思いながら切り出した。「別に」桜は明らかに不機嫌そうに答える。「放っておいて。私、学校なんか嫌い。絶対行かないから」「じゃあ、私の番号を登録して。困ったことが
植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた 第1154話
桜は頭の中で計算していた。40万円が転がり込むんだ、もらわない手はない。一郎が酔っていなくても、この金は稼いでやる。相手は他の男じゃなく一郎だし、そこまで乱暴にはしないだろう。40万円の送金を受け取ると、彼女は部屋に入った。「ベッドに横になって、電気はつけないでくれ。あとで一郎さんを連れてくる」肥えた男が言う。「一郎さんとはもう顔馴染みだろ？」「そんなことない」桜は視線を泳がせながら、緊張した声を出す。「この前、彼の車に乗せてもらったじゃないか。まだ強がるのか！一郎さんの太いコネをつかめば、後の人生安泰だぞ」男はそう言い、時計を確認すると「俺は一郎さんの様子を見てくる。逃げるんじゃないぞ！」と釘を刺す。「お金を受け取った以上、逃げたりしない」口ではそう言いながら、桜の胸はざわついていた。一郎にまた叱られる。彼はいつだって、この仕事を軽蔑している。叱られるのが嫌で、桜は咄嗟にバッグを持って洗面所に駆け込んだ。そこで見分けがつかないほど濃いスモーキーメイクを施す。鏡に映る派手な自分の顔に満足する。これなら酔った一郎には絶対に分からないはず。その時、ドアが開き、一郎が支えられて入ってきた。今夜はここ数年で一番飲んだらしい。普段は「飲んでも酔わない」と豪語していた彼も、今は足元もおぼつかない。大きなベッドに横たえられると、介抱していた者たちはすぐに退出し、部屋は静寂に包まれた。その静けさの中で、濃厚な香水の匂いが漂ってくる。彼は不快そうに眉を寄せ、横を見ると、暗がりの中で長い髪の女がじっと横たわっているのが分かった。建築会社が用意した女か？だが、まるでぴくりとも動かない。「おい、電気をつけろ。水が飲みたい」一郎は胸の奥に火がついたように渇きを覚え、苛立ち混じりに声を荒げる。桜は慌ててベッドを降り、暗闇の中で水を汲みに行った。水を持ち帰ると、一郎はぼんやりと黒い影のような彼女の姿を見て、目を見開いた。「電気をつけろ！」怒鳴り声が部屋に響く。この女、頭がおかしいのか？灯りをつけろと言ったのにそれを無視して、水をくれという言葉だけは聞いて動くなんて。桜は彼の体から漂う酒の匂いに顔をしかめ、無視を決め込む。どうせ明日になれば、彼は何も覚えていない。ベッドの脇で微動だにしな
植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた 第1153話
実は海外に出てからの数日間、彼は自分が奏に抱く憎しみについて考え直していた。奏が自分の生活にあれこれ口を出すのが嫌だった。過去も未来も、それだけは受け入れられない。けれどマイクは言っていた。子どもには子どもの考えがあり、親には親の考えがあるものだと。奏は彼の勉強に口を挟んだが、それも出発点は善意だった。しかも、彼が抗議するとすぐに干渉をやめた。奏は決して駄目な父親ではない。夜の九時。子遠は一郎に付き添い、とある会食に参加していた。一郎は酒が強く、しかも酒好きときているので、周囲は次々と盃を差し出してくる。子遠は何度か止め、代わりに受けようとしたが、一郎はその好意を退けた。「最近ろくなことがなくてな。あの女を引き取ったのは俺の頭がおかしかったからだ」一郎は低い声で子遠に愚痴をこぼす。「だから余計に飲まなきゃやってられない！」「一郎さん、そんなふうに言わないで。本当に辛いなら、素直に社長に言えばいい」子遠はなだめる。「何を言えってんだ？妹のことを送っても既読無視だぞ」一郎は奏を責めているわけではない。「最初に彼女を匿った時は、こんな面倒になるなんて思ってなかった」「一郎さん、何をこそこそ話してるんです？」隣にいた中年の男が盃を掲げて割って入る。「さ、飲みましょう！部屋もちゃんと取ってありますから、飲み終わってからぐっすり寝れば、嫌なことなんて全部忘れられますよ！」子遠が口を挟む。「後で僕が送るから、ご心配なく」「子遠秘書も飲んでるじゃないですか。飲酒運転はダメですよ。部屋も用意してあります。きっと気に入りますよ」その言葉に含まれた下心を、子遠はすぐに悟った。「代行を呼ぶから」子遠はきっぱり断る。一郎は酒に理性を奪われていた。「今夜は帰らん！外で過ごす」「お任せください！もう手配済みです。今夜はぐっすり休んでください」子遠は椅子から立ち、個室を出た。今夜はどうやら一郎を連れて帰ることはできそうにない。だが一郎を外に泊まらせるのは心配だった。そこで彼は奏に電話をかけた。事情を聞いた奏は「外泊なんて今に始まったことじゃない。お前はもう帰れ、気にするな」とあっさり言う。一郎はもうすぐ四十。世間の荒波など散々経験してきた。純真な若造ではないのだ。「でも社長、建築会社の連中が女を用意して
植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた 第1152話
そのメッセージを送ろうとした時、とわこは一瞬ためらい、結局入力した文字を削除した。どうして結菜の命を諦められるだろう。本当にもう道は尽きたのだろうか。彼女は深く息を吸い込み、まず心を落ち着けてから策を練ろうと決めた。一時間後、レラが学校から帰ってきた。帰宅するなり、その足で奏のもとへ駆け寄る。「パパ、今日クラスで太一のママとケンカしたんでしょ？」娘の問いに、とわこはすぐに歩み寄り説明した。「レラ、確かにパパは太一のママと口論になったけど、パパは悪くないのよ」「えへへ、先生からも聞いたよ！やっぱりパパは一番私を大事にしてくれるんだ」レラはそう言うと、奏の体によじ登り、両手で彼の顔を包んで頬に強くキスをした。仲睦まじい父娘の姿を見て、とわこは心から安堵する。「太一は転校したの？」「ううん、別のクラスに移っただけ」「レラ、これで影響を受けちゃだめよ。友達がいじめられたら勇気を出して助けること。困っている人を助けるのは立派なことだからね」とわこの言葉に対し、奏は少し違う意見を口にした。「ママの言う通りだ。ただしパパから補足がある。相手に勝てる時だけ正義を貫けばいい。勝てない時は無茶をするな。いいことをするにも、自分の身の安全が第一だ」「パパの言うことを聞きなさい」とわこは微笑んで娘を奏の体から下ろし、「さあ、手を洗ってご飯にしましょ。今夜はお兄ちゃんとビデオ通話するのよ」「でもお兄ちゃん、私たちがパパの大きな家に住んでるって知ったら怒るんじゃない？」レラは肩をすくめた。「だから後で私が説明するね」「あなたが言ったら怒らないとでも？」とわこは娘を洗面所へ連れていきながら笑う。「だって私は子どもだもん！私がパパの家に住みたいって言ったんだよって言えば、お兄ちゃんはママやパパを責めないでしょ」その健気な言葉に、奏の胸は熱くなった。こんな娘がいてくれるなら、それ以上何を望む必要があるだろう。夕食後、とわこは蓮にビデオ通話をかけた。蓮は画面に映った母を見て、次の瞬間、自宅ではない場所にいることに気づいた。以前、奏の家に来たことがあるので、なんとなく見覚えがあったのだ。母の姿を見た途端に眉をひそめた蓮に、とわこの心臓はぎゅっと締めつけられる。「蓮、朝ごはんは食べた？あなたがこの二日間忙しいって言
植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた 第1151話
彼女はようやく悟った。結菜が当初、自らを犠牲にしてまで蒼の命を救おうとしたのは、蒼への愛情が根本的には奏への愛から来ていたからだ。彼女の奏への思いは、とわこの奏への思いに劣るものではない。もし結菜が今、意識を取り戻しているなら、決して奏が悟とその息子に脅されることを望まないだろう。昼食を終え、とわこは奏の手を引いて店を出る。「奏、外をちょっと歩かない？」「うん。普段、瞳と一緒に買い物に行く時って、どんなふうに過ごしてるんだ？」と、彼は興味深そうに尋ねる。とわこはよく瞳と一緒に街へ出かけ、帰りが夕方になることが多かった。「たまに瞳がヘアサロンに行ったり、ネイルやエステに行ったりするの。時間がかかるのはそういう時ね。それ以外だと、買い物したり食事したり。瞳は特にバッグが大好きで、家にいくつもバッグ専用の部屋があるくらいよ」奏は苦笑する。「瞳と比べると、君はあまり物欲がないようだな」「どうして？私はちゃんと欲張りよ。だってあなたをしっかり自分のものにしてるじゃない。それ以上の欲がある？」奏は機嫌を良くし、彼女の手を握り返す。「よし、バッグを買いに行こう」「私はバッグなんて興味ないわ」「じゃあ何が欲しい？」「私は、あなたが欲しいのよ」その不意打ちの言葉に、奏は少し顔をこわばらせる。「さっき鍋を食べていた時の君と、今の君はまるで別人みたいだな。そうやって気分を大きく揺さぶられると、こっちまで落ち着かない。やっぱり平凡で静かな日々の方が好きだ」「じゃあバッグを買いに行きましょ」彼女は彼の腰に腕を回し、車の方へと歩く。「もう何度も瞳と行ってるから、きっと店員さんにも顔を覚えられてるはずよ」二人は外で過ごし、午後四時頃に帰宅した。家に着くと、とわこは奏を部屋で休ませた。自分は買ってきたものを並べて写真を撮り、瞳に送った。瞳は驚いて返信してきた。「こんなにたくさんのバッグを一度に買ったなんて！あなたバッグに興味ないって言ってなかった？」とわこ「だって旦那が買ってくれたのよ」瞳「ふーん、バッグを自慢するんじゃなくて旦那を自慢したかったわけね！」とわこ「瞳、今日気づいたの。彼が本当に私を愛してるんだって」瞳「たかがバッグを何個か買ってもらっただけで、愛されてるって思うの？」とわこ「彼ね、自
植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた 第1150話
「うん」奏はティッシュを差し出し、彼女の涙をじっと見つめた。「どうしてそんなに泣くんだ？」とわこは受け取ったティッシュで涙を拭きながら言った。「きっと久しぶりに辛い物を食べたから、体が耐えられなかったのね。それに、あなたが私と子どもをこんなに大事にしてくれるのを思ったら、世界中を手に入れたみたいな気がして」「それなら泣くんじゃなくて、笑うべきじゃないのか？」彼の胸には、棘のような違和感が突き刺さった。「笑ってるよ。すごく幸せ」彼女は水をもう一口飲んでから続けた。「昨日、Twitterを見てたらね、あなたはお金や利益を一番に考える人だって言ってる人がいて。結婚したのも、私に稼ぐ力があるからだって。もし私が稼げなかったら、あなたは絶対私を選ばなかったって」その言葉に、奏の顔色がさっと変わった。「だから、さっきあんな質問をしたの」「俺の言葉が全部、君を安心させるための嘘だと思ってるのか？」彼の声には冷たさが混じった。「信じてるよ。ただそんな意見を見ちゃうと、どうしても考えすぎちゃう」彼女はかすかに笑ってごまかした。「疑ってるわけじゃない。ただの雑談」「とわこ、それは疑ってるってことだ」奏は食欲を失って箸を置いた。「本当に疑ってないなら、そもそも質問なんかしない」「わかった。じゃあ疑ってるってことにしていいよ。あなたも私を疑えばいい」「何を疑うって？君を疑う理由なんかない」「じゃあ言って。お金と私、どっちが大事？会社と私、どっちが大事？」とわこは真剣に彼を見つめ、答えを迫った。奏は思いもよらぬ質問に、息をのんだ。彼女の涙は辛さのせいじゃない、何かに傷ついているのだと悟った。「俺は君に安心を与えられてないのか？」彼は呆然と問いかけた。「俺たちが出会ってからどれだけ経った？君は本当に、この答えを知らないと思うのか？何度も伝えてきたはずなのに、それでも不安なのか？」その詰問に、とわこの目にまた涙が滲んだ。「安心とかじゃない。ただ、聞きたいの。毎日愛してるって訊いてるわけじゃないんだから」彼女は少し意地を張った。奏は言葉に詰まり、喉を掴まれたような感覚に襲われた。「もし俺にとって金が君より大事なら、こんなふうに君や子どもたちと過ごさない。会社に行って金を稼ぐことしか考えないはずだ。こんな鍋だって、俺は本当は好き
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