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第668話

Author: かんもく
広報部。

とわこの突然の訪問に、部屋中の全員が驚いた。

誰もが息を呑み、彼女を見つめた。理由は分からなくても、その険しい表情から察するに、何か穏やかではないことが起きる予感が漂っていた。

とわこは部屋を見渡し、静かに尋ねた。「奈々はまだ来ていないの?」

「普段、時間ギリギリに来る人なんで......」ある社員が時計を見ながら答えた。「もうすぐ来るはずです」

その言葉通り、奈々がハイヒールを鳴らしながらLVのバッグを手に広報部に入ってきた。

部屋の入口に人だかりができているのを見ると、彼女は早足で向かった。

そして、とわこの姿を見つけた瞬間、その余裕の笑みは消え去った。

恐らく、直美がまだ出勤していないことで、奈々の心に危機感が芽生えたのだろう。

もしとわこが自分に何か仕掛けてきたら、一人では到底対抗できないと分かっていた。

「三千院さん、奈々が来ましたよ!」と誰かがとわこに知らせた。

とわこが振り向き、奈々を見た瞬間、その瞳には嫌悪と冷たさが浮かび上がった。

「とわこ、何かご用?」奈々は無理に笑顔を作り、先手を打った。「こんな朝早くに来られるなんて、何か大事なことでも?」

「大したことではないわ」とわこは淡々とした口調で答えた。「早起きが習慣だから、あなたにとっては少し早かったかもしれないけれど」

とわこの威圧感のない声に、奈々の警戒心は少し緩んだ。「ああ、そう。ならここで話して」

とわこは奈々の自分そっくりな顔をじっと見つめ、ますます嫌悪感が募った。

この女が、そんな顔をして、全ての下劣な行為を働いてきたのだ――!

とわこは無駄な言葉を一切省き、手を振り上げ、奈々の頬を思い切り叩いた。

その場は騒然となった!

だが、誰も止めに入らなかった。

周りの人々はただその光景を静かに見守りながら、心の中で噂話を膨らませていた。

奈々がとわこの顔に整形していることは、広報部全員が知っている秘密だった。

誰も言及しなかったが、裏では話題にしない日はなかった。

この状況で、とわこが奈々に怒りをぶつけるのは、誰が見ても当然のことだった。

奈々は頬を押さえ、涙を滲ませながら叫んだ。「殴ったの?!私を殴るなんて!一体何の権利があって!」

とわこはその涙に満ちた哀れな表情を見ても何の感情も抱かず、奈々が過去に行ったことを思い出すと、さらに
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