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第903話

Author: かんもく
奏が彼女の真似をして、お菓子を食べ始めた。

30分後、奏はお菓子を、とわこの前に差し出した。

とわこは彼を一瞥し、「いらない」

「じゃあ、もうあげない」

とわこはそのお菓子を、瞳の前にそっと押しやった。瞳は複雑な表情で言った。「それ、あなたの彼氏がくれたやつでしょ?私は食べたくないし!それに、食べすぎると体に悪いし!」

とわこはすぐさまお菓子を引っ込めた。

「俺は平気、食べるよ!」マイクがお菓子を手に取り、嬉しそうに奏に向かって言った。「やっぱりできる男は何やってもすごいな!」

とわこは目の端で、奏の表情が一瞬冷たくなったのを捉えた。

彼女は深く息を吸い、マイクの手からお菓子を取り返した。

一郎は横で笑いをこらえるのに苦労している。

子遠は足でマイクを蹴った。

「蹴ることないじゃん!お前は彼の助手なのに見習おうともしないじゃん?」マイクはお菓子を取り出し、子遠の前に置いた。「ほら!」

「早く、じゃなきゃ、帰りは自力で歩いて帰れ!」

マイクは深く息を吸い、スマホを置いた。

その時、瞳がとわこの耳元に顔を近づけ、何かをささやいたあと、立ち上がって席を離れた。

それを見て、周囲の人々がざわつき始めた。

「とわこ、瞳はなんて言ってたの?」マイクが聞いた。

「トイレに行ったって」

「えー?てっきり何か企んでるのかと思ったよ!」マイクは探るように言った。「今日、なんか行動に出る予定とかあるの?」

マイクは以前、子遠から「瞳が結婚式をぶち壊しに来るかもしれない」と聞かされていた。

とわこ「あるよ、でも教えない」

マイク「教えなくても分かるよ、瞳は式を止めに行くつもりなんでしょ?」

とわこ「そんなに未来が見えるなら、ついでにすみれがいつ死ぬかも占ってみて」

マイク「......」

午前11時半、新郎新婦がホテルに姿を現した。

一方で、瞳は一時間前にトイレに行ったきり、戻ってこなかった。

もう明らかだった。瞳は絶対に何か仕掛ける。

たとえ式を止めなくても、確実に騒ぎを起こすつもりだ。

裕之は式場で瞳の姿が見えず、グループチャットにメッセージを送った。

裕之「瞳はどこ?」

子遠「裕之、君が今日勝つかもな」

一郎「瞳、もう一時間も姿を消してる。僕もそう思う」

裕之「よし!今すぐ式を始めるぞ」

子遠「......」

一郎「
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