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第888話

Author: 佐藤 月汐夜
雅彦はすぐに「いいよ」と答えた。

迷わず同じデザインのTシャツを自分用にも買った。ふたりはおそろいのTシャツを着ることになり、まるでカップルコーデのようだった。

だが、水着姿や上半身裸の人が多い中、ふたりの格好はやけに浮いていた。

その様子を見ていた翔吾と太郎は目を見合わせ、うちの親、ちょっと変じゃない?もう親子だと思われたくない。

「はいはい、もうこれで誰も見ないから。早く並びに行こ。」翔吾は、親のイチャイチャに耐えきれず、さっさと切り上げさせようと急かした。

4人は人気のアトラクションの列に並んだ。

……

一方その頃、ウォーターパークとは正反対の空気が流れていた。

バーのカウンターに突っ伏し、酒を飲んでいたのは莉子だった。夜通し飲み続け、翌朝になっても止まらなかった。

「もう一杯持ってきて」と、バーテンダーに向かって呟く。

彼は困った顔をしながら言った。「お客様、もうかなり飲まれてますよ。そろそろ控えた方が……」

「金なら払ってるでしょ。余計なこと言わないで」

「いえ、お金の問題ではなくて……これ以上飲むと胃に負担がかかってしまうかと」

その言葉を聞いた莉子は、ふっと乾いた笑みを浮かべた。こんな自分を心配してくれるのは、見ず知らずのバーテンダー。雅彦は、一度も連絡をくれなかった……

もしかして、自分がここで酔いつぶれて倒れていても、彼は気づきもしないのかもしれない。

そう思った瞬間、莉子はふらりと立ち上がり、自分のスマホをバーテンダーに渡した。「この番号に電話して。私がここで飲みすぎたって言って。迎えに来てもらうの」

バーテンダーはそれを聞いてすぐに頷いた。酔った客が倒れられては困るからだ。

彼は莉子の指示通り、すぐにその番号に電話をかけた。

……だが、呼び出し音が鳴るばかりで、誰も出ない。

すみません、お相手の方が出ませんでした。ほかにかける方はいませんか?」

莉子の目が大きく見開かれる。雅彦が、電話にすら出ない……?

まるで心が大きな一撃を受けたかのように、彼女は声を荒げた。「出るまでかけ続けて!」

バーテンダーは困りながらも、何度もリダイヤルを繰り返す。だが、結果は変わらなかった。

莉子は無言でスマホを取り返し、カウンターに突っ伏して、涙を流し始めた。

……

一方そのころ、ウォーターパークでは。

雅彦が電
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