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第933話

Author: 佐藤 月汐夜
雨織は莉子の事情を知ると、すぐに駆けつけることを承諾した。

幼い頃から莉子は優秀で、彼女にとってこの上なく完璧な女性だった。その莉子の世話をするのは当然のことと思えた。

雨織の態度に満足した莉子は、航空券を手配し、必要なものを購入するための資金も渡した。

全てを整えると、莉子は天井を見つめながら今後の計画を練った。

……

翌朝、雅彦は早くに目を覚ました。目の前にいる桃の寝顔は、薄明かりの中では天使のようだった。

思わず口元が緩み、気分は晴れやかになった。

桃がぐっすり眠っているのを見て、雅彦はそっと起き上がり、香蘭を手伝って子供たちを起こしに行った。

桃は自然に目を覚ました。普段の出勤時間と同じため、体内時計が既にこのリズムに慣れていたのだ。

ふと横を見ると、隣のベッドは空いている。桃はパッと起き上がった。まだ少しぼんやりとした頭で考えた。

あの男はどこへ……?

まさか自分が眠っている間に、また莉子のもとへ戻ったのでは?

桃が取り乱していると、雅彦がタイミングよくドアを開けて入ってきた。「桃、起きたか」

桃の表情が冴えないのを見て、雅彦は急いで近寄り、額に手を当てた。熱はなさそうだ。「どうした?そんな顔をして。顔色も良くない」

桃は原因を言いたくなかった。ただ寝ぼけていて記憶が混乱し、雅彦がまた莉子のもとへ行ったのかと驚いただけなのだ……

「え、別に……何でもないわ」

桃はさりげなく雅彦の手を払い、洗面所へ向かおうとした。

そんな様子を見て、雅彦は眉をひそめた。桃の強がりな性格はよく知っている。体調が悪いのにこんなに無理をしてどうする?

考えた末、雅彦は桃の手を掴んだ。「だめだ。はっきり言わないなら、病院で詳しい検査を受けることにする」

「そんな大げさなことしなくていいわ」桃は呆れた。全く異常はないのに。

「体のことに大げさも何もあるものか。もう決めた。これから莉子を見舞いに行くついでに、君も検査を受けるんだ」

雅彦は真剣な表情で、桃をごまかさせようとはしなかった。

桃は口を閉ざした。何の症状もない自分が検査を受けると知ったら、莉子はどう思うだろう。雅彦の関心を引きたいがための仮病と思うかもしれない……

「本当に何でもないの。さっきはただ……寝ぼけていて、あなたが帰って来なかったのかと思って驚いただけ」

桃は仕方なく本
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