「さっきよりもつらそうだね。大丈夫、克巳さん?」
「み、水が……欲しい――」取ってほしいと言う前に、彼は自分の口に水を含んで、さっきと同じように口移しで飲ませてくれる。冷たい水が喉を潤していくそれがすごく気持ちよくて、彼の首に腕を絡めてしまった。
「ふふ、積極的だね。もっと欲しい?」
「っ、ああ……」掠れた声で強請ると、魅力的な瞳を細めてわかったと頷いてから、水の入ったペットボトルを口に含み、また口移ししたのだが――。
「ふ……、んっ、ンンッ!?」
水が入ってきたのは一瞬で終わり、いきなり舌を絡め取られて、深く口づけられていく。
与えられた冷たい水とは真逆の躰がどんどん熱くなる行為に、どうにもなす術がなくて、されるがままだった。
俺を貪るように舌を吸い込み、くちゅくちゅと音を立て自身の舌にねっとりと絡めていく。
(――このまま、感じてる場合じゃない!)
焦りながらもこの行為に逃れるべく、両腕を使って必死に躰を押しても、全然ビクともしなかった。その内やわやわと上唇を甘噛みされて、背筋にぞくぞくとしたものが走る始末。
「克巳さんってば、すごく感じやすいんだね。もうココ、かちかちになってるじゃん」
ギョッとしたのは自分のモノが形を変えていたこともだが、いつの間にかスラックスが下着ごと下ろされていて、下半身が露となっていた。
(――なにかおかしい。普通ならこんなことをされたら、すぐに気付くことができるハズ。しかも自分より細身の彼に、易々と押さえつけられているのも変だ)
「稜、君はもしかして、なにか薬を盛ったんじゃ……」
同性の稜にキスをされて下半身がこんな状態になるのは、絶対におかしい!
「薬じゃなくドリンクだよ。滋養強壮的な感じの」
「だからそれが、薬だって言ってるだろう!!」 「え~、なんか疲れてるっぽい顔してたから、元気になって欲しいなぁと思って、気を利かせてあげたのにぃ」相変わらず悪びれた様子を見せずに、瞳を細めてカラカラ笑う。自由があまりきかない、俺の躰の上から見下ろす視線が何気に怖かった。
「ま、俺も疲れてたから、一緒に飲んだんだ。いい感じになってきているよ」
さらさらの長い黒髪を耳にかけて、口元に艶っぽい笑みを浮かべた彼が、俺の下半身に手を伸ばし、いきなり口に含みながら片手で根元を扱いていく。
「ちょっ、まっ、なななにして、んんっ……!」
「なにって介抱だよ。だってこのままじゃつらいでしょ? 男同士だからわかるんだよね」根元を適度に扱きつつ、カリ首を指先で引っ掛けるように弄ったり、舌先を使って先端をしつこく責める。
(男同士だからって、こんなこと――)
「はっ、あぁあっ……イヤ、だっ、くぅっ!」
薬のせいか、いつもより感じている自分がいた。止めて欲しいのに時おり腰を浮かしてしまって、どうにもできない状態に追い込まれる。
「スゴイね、克巳さんの。どんどん大きくなってる」
「くっ……もうイきそ、ッ」(くそっ! こんなの、屈辱以外の何物でもない!!)
俺の発した言葉を聞くなり、彼は手と口を激しく上下させて、俺を絶頂へと導いていく。
「克巳さん、もっと感じてっ。ンッ……あァ、っ、はむっ……ンンンッ」
髪を乱しながらも必死に責める彼を見ているだけで、こみ上げるものが倍増されていった。
「っ、うっ……も………ッ、イくぅ…」
その瞬間、下半身を掴んでいる手に一層力がこもった。
「あぁっ!! っあ……ッッ」
「ンンンンンッ!!」どうにもガマンできずに、彼の口の中で思いっきりイってしまった。涙目になりながら俺の出したモノを、すべて飲み干したと思ったら――。
「ぷはぁっ、美味しかった! ご馳走様、克巳さん♪」
肩まで伸ばした髪を耳にかけながら、小首を傾げて柔らかく微笑む姿に、一気に脱力した。こっちは罪悪感とかいろんな感情でいっぱいなのに、コイツときたら……。
イった後の気だるさとか、能天気な彼の姿を見てると、なにも言う気になれずに、ぼんやりするしかない。
そんな情けない姿を晒した俺を尻目に、彼はその場にゆっくりと立ち上がる。このあとどうするかなんてわからない俺は、黙って彼の顔を見上げるしかなかった。
*** すぐ傍にいるのにどうしても落ち着かなくて、克巳さんのスーツの袖を掴んでしまった。「ねぇ克巳さん、どうしよう。胸が苦しいくらいにドキドキする」「俺が愛の告白をしたときと比べて、どっちがドキドキするだろうか?」 元村との大差ある得票数を目の当たりにして、最初のうちは暗い顔をしていた克巳さん。だけど今は、こんな冗談が言えるくらいに明るくなった。 落ち着かせるためなのか、スーツを掴んでいた俺の右手を手に取り、両手で撫でさすってくれる。白けた顔をしたはじめが、俺たちの様子を見ながら口を開いた。「僕が考えた予想ほどではないですけど、いい線いってますよね」 改めて3人そろって並んで、ホワイトボードに記入された数字を見やる。葩御 8100 25800 59600 83000 114500元村16500 42000 70500 88000 115600 背後にいるスタッフも、歓喜を抑えながら最終結果を待っていた。「はじめ、さっきの克巳さんの話だけど――」「さっきの話とは?」「俺の補佐をしないかってヤツ」 言いながら二階堂の横にいる克巳さんに向かって、誘うようなウインクをした。それを合図に、黙ったまま頷く。「陵さん、その話はお断りしたはずですが」「俺はこの選挙に勝って、国会議員になる。目指すところは、自分の考えた政治をするのに手っ取り早い、内閣総理大臣になることなんだ」 克巳さん以外に、自分の夢を語ったことはなかった。そんな俺の夢を聞いたはじめは驚きを隠せなかったのか、目を見開いたまま、ズリ下がっていないメガネを何度も押し上げる。「二階堂、陵に返事をしてやってはくれないか。俺の誘いは断ったが、本人からの依頼だ。どうする?」 焦れた克巳さんが、二階堂に返答を促してくれた。「陵さんが内閣総理大臣……。そんなの――」「はじめの言いたいことはわかってる。そんなの、無理な話だって言うことだよね」 思慮を巡らせているのか、目を泳がせた言葉数少ない二階堂に、ズバリと突きつけてやった。「陵さん。参ったな……」 せわしなく触れていたメガネを外し、両目をつぶりながら目頭を押さえる。相変わらず、考え事をしているらしい。二階堂はなにかを深く考えるときに、よくこの仕草をしていた。 そんな彼の考えを覆すことを言えるとは思えなかったが、やろうとしていること
なにを言えば陵が納得するかを考えていたら、渋い表情の二階堂がやれやれと先に言葉を発した。「僕としては最初からぶっちぎりの得票差で勝つよりも、今みたいにハラハラしながら追い上げていく選挙が好きです」「はじめには聞いていないのに、どうして口を出してくるかな」「なにを言うかと思ったら。仲のいいところを見せつけられる、僕の身にもなってほしいです。口出しの一つや二つくらいしたくなりますよ」 軽快なやり取りをするふたりを、俺は漫然と眺めるしかなかった。 最初よりも差が縮んでいるとはいえ、それがもっと縮まるという保障はどこにもない。このまま、元村が逃げ切る可能性だってある。 そんな不安を抱えるせいで、いつものように会話することができない。「秘書さん、いい加減にそろそろ、眉間のシワをとっていただけませんか。陵さんを心配する気持ちはわかりますが、最終的な結果が出るまでは、できるだけ笑顔を心がけていただけると助かります」 不安な表情をズバリと指摘されたので、自分なりに笑顔を作ってみたのだが、どうしてもうまくいかず、引きつり笑いになるのがわかった。「済まない。選挙プランナーの君の意見をきちんと聞かなければいけないことくらい、頭ではわかっているのに」「克巳さん、無理しなくていいよ」「陵……?」 自分を見つめる陵の眼差しはどこまでも澄んでいて、不安の欠片がまったく見当たらないものだった。「俺の代わりに克巳さんが、マイナスの感情をわざわざ背負ってくれている気がするんだ。そのおかげでどんな状況でも、ポジティブに考えられる。ありがとね」「そんな、こと――」(こんなときだからこそ、大事な君を支えなければならない言葉のひとつくらい、かけることができたらいいのに)「さぁて、凄腕の選挙プランナーの得票予測数を見たいんだけど、用意しているんでしょ? はじめならやっているよね?」 二の句が継げられず困惑して固まってる俺を解放するためなのか、陵は二階堂に話しかけながら、ホワイトボードのあるところに向かう。頼もしいその背中を、ただ見送るしかなかった。「さすがは陵さんです、当然予想していますよ。僕の考えによる、奇跡の道程をお見せしましょう」 弾んだ声に導かれるように、スタッフも二階堂の傍に集まった。 がらりと雰囲気が変わった事務所のおかげで、俺の中にある不安もかなり癒され
***「もしもし。はい、葩御(はなお)8100。元村16500」 陵を信じて投票した有権者が自分の予想を超えていたことに、内心安堵のため息をついた。若者よりも年配者の多い地区だけに、スキャンダルな過去の出来事が明るみになった時点で、クリーンな政策を推し進める元村が優勢なのは目に見えていた。 だからこそ、もっと差がつくと考えていたのだが、元村と半数あまりの開票差はまだまだ先が分からないだろう。「二階堂、おまえはこの差をどう見る?」 その場にいるスタッフが陵に労いの言葉をかけている間に、腕を組みながら隣で座っている二階堂に疑問を投げかけた。「そうですね。開票がはじまったばかりなので、こうなるという確証は言えないですが、ギリギリまで陵さんが追う立場になるでしょうね」「その根拠はなんだろうか?」「テレビで例の件が放送されましたが、選挙戦最終日の3日間、地元で遊説せずに追い込みをかけられなかったのが、やはり痛かったと思います。それと昨日街頭で、無記名によるアンケート調査をしてみました」 二階堂のセリフで、昨日午後から彼が不在だったことを思い出す。確か手の空いてるスタッフも、数名ほど一緒にいなくなっていた。「そんなことをしていたなら、俺にも声をかけてくれたら良かったのに」「秘書さんは陵さんの傍で、不安定になっているメンタルを支えてほしいと考えたので、あえて声をかけませんでした」「さすがは選挙プランナー。陵の精神状態から有権者の動向を考えて仕事をするなんて、俺には絶対に真似ができない」「僕では陵さんの傷ついた心を癒すことはおろか、支えることもできませんから。秘書さんには敵いません」 互いに目線を合わせて苦笑いしているときに、ふたたび電話が鳴った。これ以上の差が開きませんようにと願いながら、電話に出たスタッフの声に耳を傾ける。 二階堂は眼鏡のフレームを上げながら、ホワイトボードに鋭い視線を飛ばしていた。耳からの情報と共に数字で現状を把握しようとしているのが、真剣な横顔から伝わってくる。 追う立場になると言いきった二階堂の言葉を思い出しながら、スタッフの返答を待つ。「もしもし、葩御25800。元村42000……」 微妙すぎる得票差を聞いて、事務所にいるスタッフ全員が険しい表情になった。「すごいね。俺に2万5千人も票を入れてくれた人がいるんだ」
「だったら二階堂、チャンスをあげようか。どうする?」「――チャンス、ですか?」 ちょっとだけ首を動かして、顔を上げた二階堂の表情がわからなかった。メガネのレンズが蛍光灯に反射するせいで、驚いているのか困惑しているのかすら判断ができない。「選挙プランナーを辞めて、陵の補佐をしてほしいと思ってね」「なっ!?」「この選挙に陵が絶対当選すると、俺は予想している。だからこそ、その後のことを考えた結果だ。二階堂、政治家に顔の利く君がいれば、陵がしたい政策がしやすくなるだろう」 克巳さんからの意外な提案に俺だけじゃなく、二階堂も開いた口が塞がらない状態だった。「陵の傍にいれば、いつかはチャンスが巡ってくる可能性だってある。違うか?」「秘書さん、大丈夫ですか? 仰ってる意味を理解しているのでしょうか」「もちろん。陵の秘書として、二階堂がいれば百人力だと考えた。デメリットは、愛しい人が自分よりもイケメンに狙われるということだが、俺はなにがあっても平気だと思ってる」(克巳さん、貴方って人は――) 心配になってふたりの会話に耳をそばだてる俺を尻目に、克巳さんは飄々とした態度を貫く。そんな彼を見て、二階堂が苦虫を噛み潰したような表情をした。「ライバルに堂々とそんな宣言をされて、傍にいられるような図太い神経を、僕は持ち合わせていないですよ。補佐の話はお断りします」「そうか、残念だな」「秘書さんだけじゃなく、陵さんのガードも相当なものですから。押しても引いても、まったくびくともしなかった」 二階堂がパイプ椅子の背に、躰を預けたときだった。事務所にある電話が、けたたましい音を立てて鳴り響く。 電話の目の前にいたスタッフがすぐさま受話器を取り、相手からの要件をしっかりと聞きながらメモを取りはじめた。「もしもし。はい、葩御(はなお)8100。元村16500」 もう一人のスタッフが電話の声に反応して、ホワイトボードに告げられた数字を書いていった。「皆さん、落ち込んでいる場合じゃないですよ。開票は、まだはじまったばかりなんです。陵さんを信じて投票してくれた方が、絶対にたくさんいます。この差が縮まることを信じましょう!」 2倍の差をなきものにするような大きな声を張り上げたはじめに、すっかり気落ちしていた俺は笑うことができた。「ありがとう、はじめ。このままもっと差
***(克巳さんや二階堂のお蔭で、起死回生のチャンスが巡ってきたのかもしれない――) 未成年者だったときにおこなった悪さが原因で、選挙戦後半の大事なときに実の母親が仕掛けた罠に足を引っ張られ、心の底から肝が冷えた。 だけどそんな自分の感情を、必死になって抑え込んだ。今まで献身的に支えてくれたスタッフや有権者を裏切ることをしたくなかったので変に誤魔化さず、素直な気持ちを言葉に変換して、大勢の人に伝えることができた。 謝罪したその日の夕方と次の日のワイドショーは、そろってその映像をもとに放映された。 今回の騒ぎで迷惑をかけたこともあり、選挙日まで遊説など外出をせずに事務所で謹慎していたので、こうして全国規模で流されるのは、本当にありがたみを感じた。 たとえテレビの内容が自分を叩くことであっても、必然的に多くの有権者の目に入る――それにより選挙の結果がどうなるかはわからないけれど、ワクワクしながら投票日になるのを待った。(――あと数時間後には、今回のことを含めた審判がくだされるんだな……) そんなことを考えつつ、事務所の片隅で克巳さんが二階堂と向かい合って、熱心になにかを喋っている言葉に耳を傾けた。「二階堂、各局それぞれの番組をチェックしてみたのだが、反応はハーフハーフといった感じに見えた」「そうですか? 僕はむしろ、稜さんを賛辞しているところが多かったように思えましたけど。潔く自分の非を認めて頭を下げることは、容易じゃないですからね」 選挙結果を待っている最中になされるふたりの会話を聞いて、思わず口元が緩んでしまった。選挙戦後半になってからは、今のように顔を突き合わせて、話し込んでいる姿がよく目に留まった。 以前なら喧嘩腰で話をすることが多かったのに、ハプニングが起こるたびに、いつの間にかふたりの距離が縮まったらしい関係が、いいコンビだなと実感させられた。 それは、俺が妬いてしまうくらいに――。 彼らの会話にずっと耳を傾けていたいのは山々なれど、つけっぱなしにしているバラエティー番組の隅に映し出されるであろう、開票速報の音も同時に探していた。 画面の中でわいわい楽しそうに騒いでいるお笑い芸人のギャグを見ても、頭の中にまったく入ってこない。開票速報の結果が知りたくて、うずうずしながら膝に置いてる両手を握りしめたときだった。「秘書さん、あの
俺が決意の色をその表情で悟った瞬間、陵がその場で腰を屈めるなり左手に持っていたマイクを足元に置く。目の前で行われる彼の奇行に、ギャラリーがざわつきはじめた。 そんなことを気にせずに姿勢を正してから、数秒間きちんと頭を下げて、ふたたび顔を上げる。 盛大に息を吸った形のいい唇が、吸いとった空気を全部吐き出すように大きく動いた。俺の目には、それらの行動がスローモーションのように見えてしまったのは、どうしてだろう。「革新党公認候補の葩御稜です」 張りのあるテノールが、大勢がざわつく声を一瞬でかき消した。芸能人のときにおこなっていたボイストレーニングの効果が、未だに有効なことを思い知らされる。「陵さん、いったいなにを言うつもりなんでしょうか。もしかして今回の選挙を、辞退するなんてことを……」「それはありえない。これまで一緒に戦ってきたスタッフたちの苦労を無にしないように、どんなことがあっても歯を食いしばりながら、そこに立ち続ける男なんだ」 二階堂との話を中断するように、陵が話し出した。「投票日まで残り3日となりました。こうやって皆さんの前に立たせていただくのも、もしかしたら今日が最後になるかもしれません」(――今日が最後って、それって二階堂の考えていたことが現実化するのか!?) 表情を一切変えずに淡々と喋る陵から、どうしても視線が外せなかった。「昨日販売された週刊誌に掲載された私事について、この場にて釈明いたします。今から十数年前、当時の私は未成年でありながら、お酒を飲んだという記事が出ました」 とてもよく澄んだ声が、耳だけじゃなく心にも突き刺さる感じで聞こえてくる。陵の後方に控えている女性スタッフの数人は、両手で顔を押さえながらすすり泣いていた。 大勢の人がいる中でみんな揃って静まり返っているので、女性スタッフの嗚咽する声が妙に響く。複雑な感情を抱えた陵の声を聞くだけで、得も言われぬ衝撃を受けているのが自分だけじゃないことが、目に映るスタッフたちの表情でわかった。「掲載されているものすべてが事実ではございませんが、私がお酒を飲んだことについては認めます。大変申し訳ございませんでした」「ほぉら、言わんこっちゃない! 芸能人だからって、なにをしてもいいと思ってるんだろ!!」 深く頭を下げた陵に向かってヤジを飛ばした声は、聞き覚えのあるものだっ