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第九章:鍵を握る影⑥

Penulis: 久遠遼
last update Tanggal publikasi: 2026-06-22 06:43:08

「優衣ちゃんが……?」

「ええ。『実の家族でも見られたくないものはあると思うから、気になるだろうけど、そっとしておいてあげて』って。あまりにも真剣な表情だったから……私も、それ以上言えなかったの」

「そうだったんですね……」

如月先輩が、沈んだ声でそうつぶやき、部屋に、しんとした沈黙が落ちた。

警察は通常、プライバシーの保護や法的手続き、そしてコストやリソースの観点から、事件性の低い自殺の場合、スマホのデータまでは復元しない。それ自体は珍しいことではない。

だが、佐倉がデータの復元を拒んだという事実が、ひっかかった。姉の死の真相を調べるように、俺たちに依頼してきたはずの彼女が、その手がかりになるかもしれないスマホの復元を、強く拒んだ?佐倉にとって、スマホの中に、見られては困る何かがあったのか?疑念が、胸の中にじわじわと広がっていく。

「このスマホ、少しだけお借りしてもよろしいでしょうか?」

母親は驚いたように俺を見たが、やがて何かを決意したように頷いた。

「ええ……美月のことを調べてくれてるんでしょ。……あの子が本当は、何を抱えていたのか。私も……知りたいの」
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  • 正しさの選択   第十章:真実の扉②

     言葉を発した瞬間、背筋がすっと伸びるのを感じた。遠くでチャイムが鳴ったような気がしたが、誰も振り返らない。 「……佐倉美月先輩が自ら命を絶った、あの事件」 まるで音すら遠ざけられたような、ぴんと張り詰めた空間だった。全員の視線が俺に注がれているのを感じた。 「……あれは、ただの自殺ではなかった。すべては、あの日――推理部に、佐倉先輩の妹である佐倉優衣さんが、訪れたことから始まりました。佐倉先輩が残したというノートの暗号を手がかりに、僕たちは理科室を捜索しました」 思い出す。埃をかぶった棚の隅、何気なく置かれていたそれ。 「そして見つけました。理科室の隅にあった、青い蛇の置物。その中には、屋上の鍵と、二つのメモが入っていました。そこには、佐倉美月先輩が、何らかの秘密を知ってしまい、事件に巻き込まれた末に何者かに殺された――そう思わせる暗号が残されていました」 その瞬間、屋上の空気が少し変わった。誰もが、真実に足を踏み入れたという空気を感じ取っていた。 「僕たちは、その犯人を追いました。断片的な証拠、関係者の証言、わずかな違和感から、新聞部の部室に辿りつきました。そこで見つけたのは佐倉先輩が綾野先輩に殺されたとされる、証拠を」 俺はポケットから一枚の写真を取り出す。 生徒会室で、綾野先輩が佐倉先輩に屋上の鍵を手渡す決定的瞬間。続けて、USBメモリに入った音声データ――『殺してあげる、美月』を取り出し澪に渡す。 澪がその音声データを持ってきたノートパソコンで流すと、推理部と如月先輩を除いた全員が驚愕の表情を浮かべる。 「僕たちは、専門家に解析を依頼しました。その結果、この写真の光景と音声データは、どちらも本物であると鑑定されました。 つまり、写真の人物は確かに綾野先輩であり、音声の声もまた、紛れもなく彼のものだったと」 そう言い終えたそのときだった。それまで沈黙を守っていた綾野先輩が、まるで何かをはじき飛ばすように立ち上がった。 「……あり得ないっ……!そんなの……偽物だ。作り物に決まってる。僕は――そんなこと、言ってない……!」 その声は、かすれながらも鋭く、綾野先輩の叫びが、風を裂くように屋上に響き渡った。その声はひどく生々しく、そしてどこか恐怖にも似ていた。 次の瞬間、空気が止まったかのような静寂が落ち、誰も言葉を

  • 正しさの選択   第十章:真実の扉①

    昼休みの喧騒を抜け、俺は職員室の扉を叩いた。 「……失礼します。片桐先生、少しお時間いただけますか」 「朝倉か。どうした?」 呼びかけに顔を上げた片桐先生は、少しだけ警戒するようにこちらを見る。 その瞳の奥に、うっすらとした疲労の色が見えた。無理もない。あの事件の影に、彼もまたずっと心を囚われていた一人だから。 「今日の放課後、屋上を使わせていただきたいんです」 俺が口にしたその言葉に、片桐先生の表情がわずかに強張った。 「……屋上は立入禁止だ。あそこはもう使わせないと……学校側でも決めたことだ」 迷いとためらいが混じるその声。それでも俺は、まっすぐに見据えて告げた。 「だからこそです。あの場所から始まったすべてを、あの場所で終わらせるべきだと思っています。真実を、皆の前で明らかにするために」 その言葉に、片桐先生は言葉を失った。視線が机の上に彷徨い、指先がペンを弄ぶ。 ふと、その場に足音が響いた。 「……その理由なら、私も同席させてもらおう」 振り向くと、そこには仁科校長の姿があった。威厳のある声だった。 「生徒だけでは難しいだろうが、私たち教員が立ち会えば問題ないはずだ。……なにより、これは見届けるべきことだと思う」 片桐先生は、仁科校長の言葉に少しだけ目を見開き、そして黙って頷いた。*** その日、放課後――屋上には、沈黙が風に吹かれていた。 遠くに街のざわめきがかすかに聞こえる。傾きかけた夕陽が、校舎の壁面を朱に染めていた。 すでに屋上には、数人が集まっていた。推理部の三人――俺(朝倉悠馬)、早瀬陸、桐島澪。その隣には、如月真希先輩が静かに佇み、少し離れた場所には、片桐誠司先生と仁科穣校長が並んで立っている。 二人とも表情は険しくはないが、ただならぬ気配が空気を引き締めていた。 やがて扉が開き、一人目の呼び出された人物――小池陽太が姿を現した。 彼は戸口で立ち止まり、屋上の面々を順に見渡したが、表情に動揺はない。ただ頷き、無言のまま歩み寄ってくる。 次に現れたのは、佐倉優衣だった。 誰の目も見ようとせず、風を受けながらまっすぐに足を進めてくる。如月先輩の視線が一瞬だけ揺れたが、佐倉は気づいていないようだった。 そして――最後に、綾野奏斗先輩が現れた。 扉が軋んで開く音の

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    「優衣ちゃんが……?」 「ええ。『実の家族でも見られたくないものはあると思うから、気になるだろうけど、そっとしておいてあげて』って。あまりにも真剣な表情だったから……私も、それ以上言えなかったの」 「そうだったんですね……」 如月先輩が、沈んだ声でそうつぶやき、部屋に、しんとした沈黙が落ちた。 警察は通常、プライバシーの保護や法的手続き、そしてコストやリソースの観点から、事件性の低い自殺の場合、スマホのデータまでは復元しない。それ自体は珍しいことではない。 だが、佐倉がデータの復元を拒んだという事実が、ひっかかった。姉の死の真相を調べるように、俺たちに依頼してきたはずの彼女が、その手がかりになるかもしれないスマホの復元を、強く拒んだ?佐倉にとって、スマホの中に、見られては困る何かがあったのか?疑念が、胸の中にじわじわと広がっていく。 「このスマホ、少しだけお借りしてもよろしいでしょうか?」 母親は驚いたように俺を見たが、やがて何かを決意したように頷いた。 「ええ……美月のことを調べてくれてるんでしょ。……あの子が本当は、何を抱えていたのか。私も……知りたいの」 俺はスマホを両手で受け取り、深く頭を下げた。*** 日も暮れはじめた帰り道、住宅街を抜けたところで、俺たちは立ち止まった。 誰からともなく、小さなため息が漏れる。 「……あのお母さん、本当に優しい人だったね」 澪がぽつりと呟いた。その声は、道ばたに咲いた夕顔のように、脆く、儚い。 「佐倉先輩と優衣が、どれだけ仲良かったか……話を聞いたら、胸が苦しくなった」 如月先輩がそっと目を伏せる。 「美月が、家族としてじゃなくて、一人の大切な人として優衣ちゃんを想ってたって、伝わってきた。……あの優衣ちゃんが、美月を殺すなんて、やっぱりそうは思えなかった」 言葉が胸に沈んでいく、だからこそ、俺は口を開く。 「……だが、あの言い争いの話。やはり気がかりだ」 あの場で聞いていた皆が、黙って頷いた。佐倉佳乃さんの語った、『もうやめて』『信用できない』という佐倉の言葉。それは、心のどこかに棘のように残っていた。 「家族の中で、ふたりの関係に何かがあったのは、間違いない」 俺はそう言いながら、思考を組み立てるように言葉を続ける。 「それと、スマホのデータのこと

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    翌日、水曜日の放課後。 住宅街の奥、坂を上り切ったところに、佐倉家はあった。白い壁に包まれた二階建て。季節の花が咲く小さな庭が手入れされていて、どこか柔らかい雰囲気を醸していた。 「……ここよ」 如月先輩が足を止め、深く一度息を吐いてから、インターホンを押した。 しばらくして、扉が開く。現れたのは、やせぎすで物静かな女性――二人の母親である佐倉 佳乃(さくら よしの)さんだった。 彼女は如月先輩の姿を見ると、少し驚いたように目を細めた。 「真希ちゃん……?」 「ご無沙汰しています。突然すみません、美月のことで……お話を聞かせていただけたらと思って」 「……そう。入ってちょうだい。お友達も一緒に?」 「はい。学校の後輩たちです。事情は、私が説明しますので」 そう言って、如月先輩が俺たちを紹介してくれた。 彼女は戸惑いながらも、頷き、家の中へと招き入れてくれた。 玄関を上がると、どこか懐かしさを感じさせる香りが漂っていた。案内されたリビングには、写真立てがいくつか並んでいた。中には、制服姿の佐倉姉妹が肩を並べて笑っている写真もあった。 「……あの子たちは、本当に仲の良い姉妹だったわ」 リビングでそう語った彼女の目は、ふと遠くを見つめるように細められた。 「でもね……最初からああだったわけじゃないの。優衣の両親が亡くなったのは――たしか、中学一年の冬ごろだったかしら。事故だったの」 部屋の空気が、すっと静まり、俺たちは誰も言葉を挟めなかった。 「……うちとは昔から家族ぐるみの付き合いがあってね。だから、私たちも本当にショックだったけど……あの子の受けたショックは、それ以上だったと思う」 彼女は、手元のカップをそっと撫でながら続けた。 「すぐに優衣をうちで引き取ったけど、最初の頃はなかなか気持ちが落ち着かなくて……。夜も眠れなかったり、突然泣き出したりして。でも、そんな優衣を支えていたのが、美月だったのよ。自分のことより優衣のことを考えて、寄り添って、声をかけて……」 目元に手をやる彼女の姿に、俺たちは何も言えずにいた。 「だからね、私は今でも思ってるの。あの子たちは、血の繋がり以上に、絆で繋がっていたんだって。だけど、優衣が高校に入学してすぐだったかな……美月の部屋から、ふたりが言い争う声が聞こえてきて…

  • 正しさの選択   第九章:鍵を握る影④

     その名を口にしたとたん、空気がぴたりと止まった。 「なんでそうなるんだ?優衣ちゃんは新入生だぞ? 今年の二月の時点では入学すらしていないだろ?」 陸が、眉をひそめて俺を見る。それは当然の疑問だった。 俺も、答えを持っていたわけじゃない。ただ、疑念だけが先に口をついて出た。 だが、その疑念が繋がりだし言葉を紡いでいく。 「……二月は、期末試験の準備と、入試が重なる時期だ……」 澪がはっとした表情を見せる。 「……! 入試の問題用紙も、その時期は校内に保管されてる……!」 「そういうことだ、この学校は私立。公立みたいに教育委員会が問題を作って配るわけではない。試験問題は校内で作られ、校内で保管される」 「つまり……内部の人間なら、どうにかできるってことか……」 陸の言葉を聞いた後、俺は言葉を選びながら続けた。 「つまり、佐倉が――佐倉先輩に、入試の問題用紙を盗ませていた可能性がある。 そして、自分が受験して入学したあとも、佐倉先輩に問題用紙を盗ませようとしたが、教師に見つかり、佐倉先輩は『もうできない』と断った。あるいは、自分から告白しようとした。結果、佐倉にとって用済みになった」 その言葉に、三人が凍りつき、重く、冷たい空気が肌にまとわりついて離れない。 「……それで、口封じに……?」 「可能性の話だ。今はまだ、証拠もない、全ては仮定だ」 震える澪の声に、俺はできるだけ冷静さを保ちながら答えた。 だが、その可能性は、否定できないほどに現実味を帯びていた。 「……でもさ、それって、つまり殺したってことじゃん。あの優衣ちゃんが?」 陸が目を伏せて言う。その声は、信じたい気持ちと、信じたくない気持ちの狭間で揺れていた。 澪も、信じたくないというように小さく首を横に振る。 「だって、二人は仲が良かったはずだよ……。如月先輩も言ってた」 如月先輩が、それを肯定する。 「……それは、本当。美月は優衣ちゃんのことを大切にしていた。少なくとも、美月の口調からは本当に仲のいい姉妹なんだと感じた」 少し掠れた声。それは、自分の記憶と向き合うようにゆっくりとした語り口だった。 「でも……もし、それが表向きだったとしたら……あたしは、何を見てたんだろうって、考えたくなる」 その言葉は、胸の奥に鈍い痛みを残し、

  • 正しさの選択   第九章:鍵を握る影③

    「……あれは、佐倉美月が亡くなる当日の朝だった。俺がたまたま早く登校して、まだ誰もいないはずの職員室に立ち寄ったんだ。 だがその日は、なぜか鍵が既に開いていた。不審に思って中を覗くと……彼女が、職員室にあるテストの問題用紙が保管されている棚から、テストの問題用紙を手に取っているところだった」 「……!」 澪が、わずかに息を呑む気配がした。 片桐先生は、感情を抑えるようにして言葉を続けた。 「彼女を問い詰めると、今回のようなことは、初めてじゃないと言った。 『今年の二月にも、テストの問題用紙をコピーし持ち帰っていた』と認めた。……信じがたかった。 だが、彼女の顔は、どこか諦めたような、落ち着いた表情をしていた。その場で怒鳴ったりはしなかった。ただ、驚きながらもこれは問題になるとだけ伝えて……彼女を返した。それから一部の教員に報告して、処分をどうするか協議を始めた矢先だった。 ……その当日彼女は授業を休み、そしてその夜、佐倉美月は自ら命を絶った」 仁科校長が、目を伏せた。その目元には、深い悔恨の色がにじんでいた。 「我々は悩みました。……だが、彼女が自分の行為を悔いて、自ら命を絶ったのだと判断した。問題を公にすれば、ご遺族をさらに深く傷つける。……そう考え、この件は表に出さないという判断をしました。 ご遺族には何も伝えていない。知っているのは、私と片桐先生、そして一部の教師と、警察関係者のみです」 誰も言葉を見つけられず、ただその場に座り、その事実を噛み締めていた。 ――生徒指導室を出たあと、誰も口を開かなかった。 廊下にはまだ夕日が差し込んでいたが、あたたかさは感じられなかった。 「嘘でしょ美月がそんなことを……ありえない……」 如月先輩の声はえていたが、それは驚きからくるものでしかなかった。 だが俺は、違っていた。片桐先生の話をきいて、思い至った嫌な考えが頭から離れず、体の先までじわじわと冷えていくような、そんな恐怖があった。*** 生徒指導室での話の後、俺たち四人は推理部部室へ戻った。 重い沈黙の中、陸が口を開いた。 「……二月頃って、如月先輩が言ってたよな。佐倉先輩の様子がおかしくなり始めた時期だって」 陸の言葉に、澪が顔を上げる。 「……うん、間違いなく先生たちが話していたことが関係

  • 正しさの選択   第八章:偽りの証明①

    「……真実が、ねじ曲げられている」 ぽつりと漏れた俺の声に、部室の空気がわずかに揺れた気がした。 何かが確かに変わったのに、それを誰も言葉にできず、静けさだけが重く部屋を包んでいく。 積み上げてきた推理、検証してきた証拠、交わしてきた言葉――そのすべてが、音もなく崩れていく感覚。 気づいてしまった以上、もう元には戻れない。 事件の手がかりが置かれた机の前で、俺はただ呆然と座っていた。 澪と陸、そして如月先輩の視線が一斉に俺をとらえる。その目に浮かぶのは、戸惑いと、不安と、言いようのない緊張だった。 「悠真……?」 澪がそっと声をかける。 眉を寄せたその顔には

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    差し出されていた――二つの手。 あたたかくて、優しくて、触れるたびに救われる気がした。 あの手が、何度も私を呼び戻してくれた。 ……けれど、気づけばもう、そこにはなかった。 それが失われたとき、何かが私の中で音を立てて崩れた。 すべてが色をなくした世界で、私はただ、虚ろに息をしていた。 深く、深く沈み込んで、もう浮かび上がれないと思った。 ……なのに、あの人は笑っていた。 まるで何もなかったように。 まるでこちらの絶望なんて、存在しないかのように。 その笑顔が、どうしようもなく、 憎くて、 憎くて、 憎くて、 憎くて、 憎くて――

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    「青はもう間違いないよな?生徒会のイメージカラーは青で、綾野は、その青を象徴する副会長」 「うん、実家は、この地域じゃそれなりに知られてる家系。文化的な背景もあって、蛇を祀る神社と深い関わりがある。家紋にも蛇があしらわれていて、地域の人間の間では白蛇様と呼ばれてきた一族……つまり、青と蛇の両方に象徴的に関わってる人物――今のところ、それが一番はっきりしてるのが綾野先輩」 澪の声には感情がないぶん、言葉の重みだけが際立っていた。 「ああ、それに『屋上の鍵を持っていたんだから』という発言だ。これは事件に関係している人間にしか知り得ない情報だ」 俺たちは、互いに目を合わせた。 可能

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    休日明け、月曜日の昼休み、推理部部室 窓の外では初夏風が木の葉を揺らして、カーテン越しに差し込む淡い光が、机の上の一冊の本を浮かび上がらせている。 俺は、その本の表紙を指先でなぞるように見つめていた。 白地に淡い書体で印字されたタイトル――『信頼はつくれる』。 「……全部、目を通してきた」 俺の言葉に、澪がそっと顔を上げ、向かいの席で、陸も手を止めて、わずかに身を乗り出してくる。 「んで、どうだった? あの見た目どおりの自己啓発だったか?」 「……いや、思っていたより、ずっと冷たかった。論理的で、整然としているが――怖いんだ。あれは、信頼されるための人間になる本じゃない

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