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第三章 第76話 今はただ、霊鳥の坐す御許へ

Author: 輪廻
last update Last Updated: 2025-07-07 11:00:49

"黒鉄の幽鬼"ラルヴァと会敵した翌日──

"鳥の王"と謳われる霊鳥シームルグの坐す南方を目指し、セラフィナたちは馬を進めていた。

だが、ラルヴァとの激闘で深手を負ったセラフィナの傷の状態が予想以上に芳しくなく、この日はそれ以上の南下を止め、最寄りの街で宿を取り、暫し身体を休めることとなった。

「…………」

寝間着であるシルク製の白いワンピースに着替えたセラフィナはベッド上で仰向けになると、無表情のままじっと天井を見つめていた。

横になりながら考え事をしている時の癖なのか、ワンピースの裾からスラリと伸びた、フリルの付いたくるぶし丈の白い靴下を履いた細い両足をブラブラと所在なげに揺らしている。

「──セラフィナ様」

宿の関係者から借りてきたと思われるワゴンを押しながら、傍らにマルコシアスを、肩にカイムを侍らせたキリエが室内へと入ってくる。

「──うん? キリエ、どうかしたの?」

そう言ってベッドから身を起こすと、セラフィナは部屋に常備されているスリッパを履きながら優雅に立ち上がる。

「もう……駄目ですよ、ちゃんと横になっていないと。貴方様は今、圧倒的に血が足りていないんですから」

倒れても知りませんから──口ではそう言いつつも彼女は慣れた手付きでテキパキと、部屋の中央に設置されたテーブルの上にワゴンで運んできたものを配膳してゆく。

幾つかのチョコレートや茶菓子に、大きなカップに並々と注がれたほかほかのココア。そしてハルモニア国内で最大手の新聞が一部。

「ほら──頼まれたもの、貰ってきましたよ」
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