Home / ファンタジー / 死にゆく世界で、熾天使は舞う / 第四章 第110話 天下無事ならず

Share

第四章 第110話 天下無事ならず

Author: 輪廻
last update Last Updated: 2025-08-16 11:00:35

蝿の王ベルゼブブたちによる襲撃から一夜明け、セラフィナたちは狂信者たちの巣窟と化した墓標都市エリュシオンを目指し再び移動を始めた。

既に敵に認知されていても不思議ではないと判断したセラフィナはシェイドたちにエリュシオン自警団員に扮するよう指示を出すと、自らもエリュシオン自警団の外套を羽織り、フードを目深に被って素顔を隠していた。

街や村に立ち寄っても極力、人との接触を避け、素顔を見られぬよう慎重に立ち回る。不思議なことに、何処に敵が潜んでいるか、誰が敵で誰が味方か分からないと、周囲の者全てが敵に思えてくるものである。疑心暗鬼に陥り、少しずつセラフィナたちは精神的に疲弊していった。

そんな、ある日の夕刻──

セラフィナたちは、進路からそう外れていない小さな街で宿を取ることにした。人気のある場所であっても狂信者やベルゼブブに襲われる可能性は決して少なくはないが、野宿よりは幾分か危険度が下がるだろうと、そう判断してのことであった。

何せ、旅の初日はベルゼブブたちの流した血の匂いに引き寄せられたのか、マゴットの群れや死の精霊アルコーンといった魔族たちも襲来し、ほぼ夜通し移動手段であるマスティマや物資を守るために戦い続ける羽目になったのだから。

それ故に旅の二日目からは、可能な限り街や村など、人の生活圏で宿を取り、その身を休めることにしていた。それでも、何処に敵の間者が潜んでいるのか分からないため、全くと言っても良いほど安心は出来なかったが。

「……ふぅ」

二人部屋に案内されると、セラフィナは安堵の溜め息を吐きつつフードを脱いだ。四六時中、神経を張り詰めていたためか疲労の色が濃い。

「……何だか、今までの移動よりもずっとずっと疲れた気がします……」

キリエも何処かげんなりした様子で、ソファーに横たわってぐったりとしている。誰が敵で、誰が味方か分からないと言うだけで、こんなにも疲弊するものなのか。

「……墓標都市エリュシオンまで、あとどれくらい時間が掛かるのでしょう?」

「そう、だね……墓標都市エリュシオンに着くのは早くて三
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 死にゆく世界で、熾天使は舞う   第四章 第121話 禁忌の力、発現せり

    早朝── アスモデウスより緊急の呼び出しを受けたセラフィナは、身支度を整えてアイネイアスの執務室へと、マルコシアスとカイムを伴って向かう。 ──遂に、この時がやって来たか。 墓標都市エリュシオンの闇に蠢く、獣の教えを信奉する者たち。彼等を殲滅し、エリュシオンに……引いてはハルモニアそのものに平穏を取り戻す戦いの時が。 コンコンコン、と軽く扉をノックする。中から"入れ"というアスモデウスの嗄れた声が聞こえたのを確認すると、セラフィナは扉を開け、室内へと足を踏み入れた。「…………」 シェイド、キリエ、アイネイアス、アリアドネ、フォルネウス──そしてアスモデウス。皆、執務室中央に設置された作戦卓を、円でも描くかの如く取り囲んでいる。「──これで、全員揃ったな。始めるとしよう」 作戦卓の上に、墓標都市エリュシオン地下に広がる地下墳墓《カタコンベ》の見取り図を広げながら、アスモデウスは作戦会議の開始を宣言する。「急遽ここに呼び集められた時点で、概ね予想はついておるだろうが──敵の首魁たる"獣の王"と、その手駒たる"黒鉄の幽鬼"ラルヴァが昨夜、この墓標都市エリュシオンへと舞い戻った」 敵は三日後……満月の夜に、大規模な儀式を執り行うことが分かっている。儀式の内容は、恐らく死霊秘術の類──古の英雄たちを不死者として蘇らせ、精強無比なる軍勢を作り上げる腹積もりであろう。 彼等の思惑を阻止し、そしてエリュシオンに再び安寧を取り戻す。それこそ、ハルモニア皇帝ゼノンの願いであり、我々に課せられた使命である。 アスモデウスの一言一句に、フォルネウスを除く全員が真剣な面持ちで耳を傾けている。彼だけは何故か、このような状況下にあっても、にこにこと笑っていた。「──無論、此方が攻めてくることを敵も読んでいることだろう。地下礼拝堂へと通ずる道に、最高戦力を配置して此方がやって来るのを待ち構えている筈だ」 儀式に携わる、赤い衣の女バビロンを除く主要幹部たち。冒涜者バフォメット、道化師メフィストフ

  • 死にゆく世界で、熾天使は舞う   第四章 第120話 敵にも譲れぬものありて

    セラフィナが動くということ──それ即ち、この男も動くということに他ならなかった。 セラフィナが"獣の教団"に対する示威行動《デモンストレーション》の一環として、マルコシアスを伴いながら墓標都市エリュシオン内部を我が家の庭が如く優雅に闊歩し始めたのとほぼ同時、シェイドもまた闇に溶け込み、影となって動いていた。 シェイドの特技は──闇討ち。聖教騎士団長レヴィによって仕込まれたそれは文字通り、宵闇に紛れて対象を音もなく急襲し、暗殺する技術である。 元・聖教騎士でありながら、真正面からの戦いのみならず搦手や卑怯な手段を辞さぬシェイド……ほんの数日で、セラフィナが衛兵に引き渡した間者の数と同数の屍が、山となりそして河となった。正しく"屍山血河を成す" である。 シェイドの行動もまた、デモンストレーションの一環であった。宵闇に溶け込み、対象を屠り、巧妙に事故死に見せかけつつ、同時に敵への見せしめとして、その場へ死体を置いてゆく。 シェイドの示威行動は、それだけに留まらない。敵への嫌がらせと言わんばかりに、彼は白昼堂々と伏魔殿と化した地下墳墓《カタコンベ》に入り込み、実際に罠の位置などを確認していた。 無論、そのようなことをしていれば何れ、見張りをしている信奉者たちに気付かれるのだが……その際のシェイドの行動は常軌を逸していた。 置き土産とでも言わんばかりに、幾つかの炸裂弾を放り投げてその場を後にするのである。獣の信奉者からしたら堪ったものではない。 連日のように、"獣の教団"は多くの死傷者を出していた。 "獣の王"がエリュシオンへと舞い戻った翌日──この夜もシェイドは闇討ちを済ませ、アイネイアスの執務室へと報告に向かっていた。 「──戻ったよ、アイネイアス卿。アリアドネさん?」 犠牲者の返り血に塗れたシェイドがニヤッと笑いながら軽く手を挙げると、アイネイアスの秘書官アリアドネが困ったような微笑みを浮かべつつ、予め用意していた濡らしたタオルで彼の額や頬を優しく拭う。まるで、手の掛かる子供でも相手にしているかのようである。 「──無事に戻られたか、シェイド君。その様子だと、どうやらデモンストレーションは順調なようだね」 複雑な心境なのだろう。やや強ばった表情で、アイネイアスはシェイドを労う。ハルモニア国教の教えを捨てたとはいえ、愛する

  • 死にゆく世界で、熾天使は舞う   第四章 第119話 獣たちの王、舞い降りて

    セラフィナの行動は、実に素早かった。 マルコシアスを伴い、フォルネウスに言われた通り艶やかな銀色の長髪や、あどけなさが色濃く残りつつも神秘的なその美貌を衆目に惜しげもなく晒しながら、伏魔殿と化した墓標都市エリュシオンの中を、まるで我が家の庭とでも言わんばかりに優雅に闊歩した。 唯一無二とも言える──厳密には、瓜二つの容貌を持つベリアルという存在がいるが──極めて稀有な外見、それを市井にて息を潜める獣の間者たちが見逃す筈もなく、彼女がエリュシオン入りしたという報告は瞬く間に、エリュシオン地下に広がる地下墳墓《カタコンベ》を拠点とする狂信者たちの耳に入るところとなった。 それでいて、セラフィナは自らが獣の教えを信奉する者たちに対し敵対的な存在であることを誇示することも、忘れていなかった。 市井に潜む間者たち──その一部を、まるで見せしめのように闇討ちし、身柄を衛兵たちに引き渡していたのだ。 間者たちからしたら、堪ったものではない。突然、音もなく背後よりセラフィナが姿を現したかと思えば、粛々と手刀で首筋を殴打し、意識を刈り取ってゆくのだから。 意識を刈り取られ、地面に沈む刹那に感じるのは、鼻腔を刺激する仄かに甘い香りのみ。気が付くと、衛兵詰所に併設された牢の中。拷問器具を手にした衛兵たちが、底意地の悪い笑みを浮かべながら、自分を取り囲んでいる──同胞がそのような目に遭うのを、ただ見ていることしか出来ない他の間者たちの精神さえも、セラフィナは容易に蝕んでいた。 果たして──フォルネウスの依頼で示威行動《デモンストレーション》を始めてからほんの数日で、獣の教えの中核を担う幹部たちは、セラフィナのエリュシオン入りが流言飛語の類ではなく、紛れもない事実であることを知覚するに至ったのである。 ──ハヴェール、ハヴァーリーム、ハヴェール、ハヴァーリーム、ハッコール、ハーヴェル。 ──ハヴェール、ハヴァーリーム、ハヴェール、ハヴァーリーム、ハッコール、ハーヴェル。 カタコンベの地下礼拝堂……王の補佐官たる筆頭幹部サロメが小鳥の囀りを彷彿とさせる可愛らしい声で、

  • 死にゆく世界で、熾天使は舞う   第四章 第118話 フォルネウスからの依頼

    墓標都市エリュシオンに到着した翌日──セラフィナは早速、魔王フォルネウスから呼び出しを受けていた。「──どうぞ、セラフィナ・フォン・グノーシス」 アイネイアスの執務室……その扉を、セラフィナがコンコンコンと軽くノックすると、中からフォルネウスの耳に心地好い返事が聞こえてくる。「──失礼します」 セラフィナが扉を開け、アイネイアスの執務室の中へと足を踏み入れると、執務机に齧り付いているアイネイアスと書類整理を手伝うアリアドネ──そして、そんな二人とは対照的に、来客用のソファーに腰掛け、優雅にワインを嗜んでいるフォルネウスの姿があった。「やぁ、セラフィナ……昨夜は良く眠れたかな?」「……朝からワインだなんて、随分と良いご身分だね」 溜め息混じりにセラフィナが皮肉を言うも、フォルネウスには一切響いていないようで、「これでも一応、嘗て同胞たちから大いなる覇者"魔王"と呼ばれて恐れられていた時期もあるからね。身分が高いかどうかと問われれば、そうとしか言いようがないんじゃないかな?」「……あぁ、そう言えばそうだったね」「それに、一仕事終えてきたばかりだ──少しくらい贅沢をしても、罰は当たらないと思うけれど? まぁ遠慮などせず、兎に角そこにでも座ってくれ給え。君だけ立ったまま話をすると言うのも、些か申し訳ない気持ちになる」 フォルネウスに促されるまま、セラフィナは対面のソファーに遠慮がちに腰を下ろした。「──うん、見れば見るほど素晴らしい。今は亡き女神シェオルに生き写しだと、多くの者が君の神秘的な容貌を礼賛するけれど、こうして間近でまじまじと見てみると、その理由が良く分かるよ」 上質な絹を彷彿とさせる、艶やかな銀色の長髪。涼やかながらも、同時に強い意志を感じさせる青い瞳。白磁や雪を思わせる白い肌。あどけなさが色濃く残りつつも、神秘的な美貌。 華奢で手足が細長いところや、控えめながらも存在を主張する胸、反対に存在を強く主張する腰のくびれ……何もかもが女神シェオルにそっくりだ。感情の起伏

  • 死にゆく世界で、熾天使は舞う   第四章 第117話 古の魔王、暗躍す

    有言実行とは正しく、このようなことを言うのだろう。 セラフィナたちとの情報共有を済ませると、魔王フォルネウスはその日の内に行動を開始していた。 獣の狂信者たちが本格的に動き始める夜──フォルネウスは"地下墳墓《カタコンベ》の入口や、エリュシオンの裏通りといった狂信者たちの使用する場所に姿を現しては、ハープを奏でつつ澄んだ声で歌を歌った。 ──"星降る荒野に行こうよ" ──"天地の娘に連れられて" ──"地は亡く、天は泣いてるよ" ──"痛みと苦しみに悶えながら" ──"皆で逝こうよ、渾沌《まろかれ》の元に" ──"痛みも苦しみもなくなるから" ──"泥の中に、身を委ねて" ──"どうか、永久の安息を" 事情を知らぬ者が聞けば、民間伝承を題材にした何気ない歌にしか聞こえないことだろう。 けれども獣の教えを信奉する者たちにとって、その歌は特別な意味を持っていた。 "天地の娘《フィリウス・デイ》"伝説──天空の神ソルと大地の女神シェオルとの間に実は子供がおり、世界の終わりにその者が降臨し、遍く生命を救済してくれる。とうの昔に廃れた筈の教え、それを"獣の教団"は器用に組み込んでいたのだ。 獣の狂信者からすれば、フィリウス・デイ伝説を題材にした歌を歌う者は同胞──フォルネウスはそれを歌うことで狂信者たちとコンタクトを取り、墓標都市エリュシオンにセラフィナが入ったことを広めようとしていた。 末端の信者の間でセラフィナの存在が広まれば、サロメを筆頭とする幹部たち、そして闇の中に身を潜める"獣の王"も何らかの動きを見せざるを得なくなる。「──あぁ……あんたか。アイネイアス卿の手の者かと思って、一瞬身構えてしまったよ」 フォルネウスの歌に、何名かの狂信者が足を止める。傍から見れば何処にでも居そうな、如何にも純朴といった風体の中年の男や子連れの若い母など。フォルネウスは、すっかり彼らと顔馴染みになっていた。

  • 死にゆく世界で、熾天使は舞う   第四章 第116話 情報共有

    「──これで、全員揃ったな。では、早速始めよう」 フォルネウスを見て困惑するシェイドを余所に、アスモデウスはアイネイアスの執務机の周りに集まるよう、その場にいる全員に声を掛ける。 言いたいことは山ほどあれど、今はアスモデウスの指示に従おう。そう思いつつ、シェイドはフォルネウスから目を逸らして執務机へと歩み寄ると、その上に広げられた地図を見下ろす。 それは、アスモデウスが一から作り上げたエリュシオン地下に広がる地下墳墓《カタコンベ》の全体図だった。ご丁寧に見張りの存在の有無、侵入者対策の罠が仕掛けられている場所まで記されている。完成までに途轍もない労力を要したことは想像に難くない。「──これが、"獣の教団"が拠点としているカタコンベの全体図だ。掃討戦の決行までに、其方たちにはこの地図の道や出入口の位置などを全て頭の中に叩き込んでもらう」 先程までの軽薄な態度は何処へやら、深みのある厳かな口調でそう告げながら、アスモデウスはセラフィナたちの顔を順番に見やる。「──私がこれまで集めてきた情報を今一度、其方たちと共有しておこうと思う。情報を制するものは、戦いを制する。其方らにとっても現況を把握し、敵について知ることは非常に有益であろう。まず、"獣の教団"の信者たちについてだ──」 "獣の教団"の信者の殆どは、精神的に追い詰められた一種の鬱病患者であることが判明している。"崩壊の砂時計"の出現、そして毎日のように砂時計の砂が減りゆく様を見続けたことで将来への希望を失い、精神を病み、強い希死念慮を抱くようになった者たちが"獣の王"の思想に共感し、そして賛同しているのだ。 旧来の神を滅し、痛みも苦しみもない新たなる世界を創造しようとしている"獣の王"の思想に。 元凶とも言える"崩壊の砂時計"に関しては、ハルモニアに於いても様々な噂や憶測が常に飛び交っており、それらを纏めてゆくと大まかに三つに集約されるという。 ──砂時計の砂は、地上に存在する生命の残りの数。 ──砂時計は、同じ刻を一定に刻むことなく、不規則に加速と減速を繰り返している。

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status