Share

母になる未来を奪った夫は他の女と後継を作った
母になる未来を奪った夫は他の女と後継を作った
Author: 夢子

第1話

Author: 夢子
盛沢市の社交界の奥様たちは、みんな西園寺凪(さいおんじ なぎ)の幸運を羨んでいた。

なぜなら、凪がただ宝石を「きれい」と一言言っただけで、西園寺秀智(さいおんじ ひでとも)はその宝飾店を丸ごと買い取ったし、凪が日光浴をしたいと言えば、翌日には島を買って彼女専用のリゾートに変えてしまうほどだから。

しかも、秀智は彼女一筋を貫き、結婚して7年、浮気は一切せず、メディアからも「盛沢市一の純愛男」と呼ばれるほどだった。

しかし、誰も知らない。凪がもう1か月も、独りでベッドに入り、枕を涙で濡らす日々を送っていたことを……

今日もまた、眠れぬ夜が明けた。

疲弊し切った様子で、目の前の食事を見つめる凪。

そんな凪を見かねた家政婦の田中和子(たなか かずこ)は、ホットミルクを凪に渡しながら言った。「あの女、昨日も旦那様に色仕掛けをしてましたよ?

たかが旦那様の子供を身籠っただけのくせに、そのことを理由にして1ヶ月も旦那様を独り占めするなんて!」

和子は憤りを露わにしながらも、凪を心配そうに見つめる。

「奥様。もし我慢できないようでしたら、人を使ってあの女に痛い目を見せることだってできるんですからね?」

凪は力なく微笑むと、静かに口を開いた。

「私は大丈夫だから。それより、こないだ手に入った最高級品のオーガニックサプリを彼女に届けてくれる?

『西園寺家のために、子供を産んでくれてありがとう』って」

その言葉に和子は動きを止め、驚きで目を見開く。

しかし、凪はそれ以上何も言わず、ただ遠くを見つめながら7年前のことを思い出していた。

西園寺家と二宮家は代々の宿敵であり、盛沢市の二大勢力だった。

しかし、次期当主同士だった凪と秀智は、いつしか互いに惹かれ合った。

だが、ひそかに育んでいた想いも結局は露見し、二人は家から厳しく叱責された。それどころか、別れなければ次期当主の座さえ与えられないという始末。

しかし燃え上がった愛は誰にも止められない。周囲がいくら阻もうとしても、二人の気持ちは、ますます燃え上がるばかりだった。

なす術がなくなった両家は、二人を引き離すため、それぞれの縁談相手を見つけてきて、結婚させようとした。

すると、二人は逃げることを決め、互いの結婚式の夜、駆け落ちした。

このことで街中が大騒ぎとなり、メディアも連日大きく報道する。

そして最後には、この不祥事を何とかしようとした両家が、やむを得ず二人の結婚を認めたのだった。

ここまでは美しい愛の逃避行。

しかし、凪だけが知っている。あの駆け落ちの晩、西園寺家が決めた秀智の結婚相手である横山美優(よこやま みゆ)も、共に連れていたことを……

秀智は凪に誤解されるのを恐れるかのように、優しく言った。

「凪、別に心配するようなことはない。でも、今回逃げられたのは美優の協力のおかげなんだ。

それに、こうなってしまったら美優だって家に戻りづらくなるだろ?だから、澄波ヶ丘の別荘を譲ってやってくれないか?それぐらいしてあげてもいいよな?

凪、信じてほしい。美優のことはただの妹のような存在で、恋愛感情なんて全くないから」

凪は、秀智の後ろにいたか細い美優をちらりと見ただけで、その時は特に反対することもなかった。

しかし、結婚2年目。

凪はある傷害事件に巻き込まれた。その時、腹部を刺され、もう子供が産めない体になってしまったのだった。

その時は、人生の希望がすべて消えた。

敵対する家の娘を妻に迎えることを一度認めた西園寺家だって、跡継ぎを産めないとなると話は別だった。

凪が子供を産めない体になったと知るや否や、西園寺家の親戚たちが凪の元へ押しかけてきた。

「離婚か代理出産を選べ」と。

秀智と離婚するのは絶対に嫌だったので、凪は代理出産を泣く泣く受け入れた。

そうして、凪の代わりにと連れてこられたのが、美優だった。

美優は一人目に女の子を産んだが、西園寺家は不満をあらわにした。

「西園寺家には後継の男の子が必要だ」

秀智はリビングで一晩中タバコを吸い続け、朝になってようやく部屋に入ると、凪を抱きしめ、かすれた声で言った。

「凪。男の子が生まれたら、美優を海外に行かせて、二度と会わないようにするから」

二人目は待望どおりの男の子だったのだが、秀智は凪にこう呟く。

「早産で体が弱くて、大人になるまで生きられるかわからないって医者に言われたんだ……だから、もう一人男の子が生まれるまで待ってくれないか?それで絶対最後にするから」

その後ようやく3人目が産まれ、凪はようやく秀智と落ち着いて生活できると思った。

しかし先週、西園寺家の本家での食事会の帰り、秀智と彼の従弟が話していた会話を偶然耳にしてしまったのだった。

「秀智さん。二人目が早産なんて凪さんに嘘をついてまで男の子を増やそうとして、今3人目だろ?そんなんで、本当に美優を海外に追いやれるのかよ?

結婚の時、凪さんのためにあんな大騒ぎまで起こしたのに。なんで今になって凪さんを騙して、美優に3人も子供を産ませるんだよ?」

秀智は暗い瞳で一点を見つめ続け、長い沈黙の末ようやく答えた。

「あの時、俺と凪が駆け落ちしたことで、美優は家も居場所も失ってしまったんだ。それでもこの数年、美優は文句も言わずに3人もの子を産んでくれた。そんな奴を、海外に追いやれると思うか?」

「じゃあ、凪さんを子供が産めない体にするのは、心が痛まなかったのか?あの事件、秀智さんが仕込んだんだろ?」

その言葉を聞いた瞬間、凪の体は震え、立っていることさえおぼつかなくなった。

あの事件が秀智の仕組んだものだった?

しかし、秀智の表情は冷たく、何の感情も感じられない。

「凪はもともと二宮家の長女で、今は西園寺家の女当主だ。子供がいなくたって最高の地位にいる。でも、美優はあんなにか弱いんだから、俺が守ってやらなきゃ生きていけない。

それに、美優は3人も俺の子供を産んでくれたのに、妻にしろだとか、彼女にしろだとか、そんなことも一切言ったことがないんだ」

秀智は鋭い目つきを従弟に向けると、冷たく言った。

「二度とこの話は口にするな」

凪は地面に崩れ落ち、そのまま動けなくなった。

もう子宮のない下腹部を押さえ、涙が枯れるまで泣き続けた。頬に吹きつける風は、刺すように冷たい。

子宮を失ってしまったあの事件も、今の境遇も、全ては自分が愛してやまない秀智が描いた芝居だったとは……

「奥様、お子様は早朝に保育器から出されたようで、あの女が届けに来ましたよ」

和子の声が、過去の世界に行っていた凪を現実に引き戻す。

凪は眉間を揉み、抑揚のない声で答えた。

「子供をあの女のところに送り返して」

和子は呆気に取られていたようだったが、ようやく意味が分かり行動に移ろうとしたところを、また凪に呼び止められる。

「それと、他の二人の子の荷物も片付けて、一緒に澄波ヶ丘に送って。あとは自分で育てるようにと伝えればいいから」
Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 母になる未来を奪った夫は他の女と後継を作った   第16話

    目の前に、赤いハイヒールが近づいてくる。顔を上げた凪は、心臓が凍りつくかと思った。そこにいたのは美優だったのだ。美優は刑務所へ送られる途中、てんかんの発作を装い、隙をついて逃げ出していた。警察の指名手配から逃れようと海外へ密航したものの、詐欺集団に騙されて軟禁されていた。のちに組織が壊滅して命からがら脱出し、あちこちを転々とした末、M国に流れ着いたという。数日前、偶然にも秀智を見かけ、彼がいまだに凪を追い求めていると知って激しい嫉妬に駆られたらしい。すべてを失った美優は、凪と秀智を深く恨んでいた。だから、美優は二人を密かに尾行し、復讐の機会を狙っていたのだった。ようやくその好機が巡ってきた。M国のチンピラたちと結託し、凪と秀智を拉致したのだ。美優は秀智の首元にナイフを突きつけ、鼻で笑う。「秀智さん、この女を心の底から愛しているんでしょ?今日はね、二人のうち一人しか生き残れないの。どっちを選ぶ?さあ、決めて」美優はニヤつきながら凪をちらりと見た。冷酷な秀智が、一人の女のために自分自身の命を捨てるはずがないと踏んでいるのだろう。しかし、すぐさま秀智が口を開いた。「凪を解放しろ。俺の命なんかくれてやる」秀智は凪が無事であることを確認すると、美優に向き直り、全く恐れを感じさせない様子を見せる。自分自身の命も捨てて、凪をかばう秀智の言葉に逆上した美優は、迷わずナイフを凪に向けた。「だったら、先にこの女を殺してやる!」凪が死ぬ姿を見れば、秀智は苦しむはずだ。美優の顔には、歪んだ満足感が浮かぶ。縛られて動けない凪は、目の前に迫る鋭い刃先を見て瞳を大きく見開き、反射的に目を閉じた。その直後、「ブスッ」と鈍い音が響く。しかし、なぜだか痛みを感じなかった。そっと目を開けると――凪は固まってしまった。そこには、ナイフが腰に深く刺さっている秀智が倒れていたのだ。殺気立った美優が、さらに深くナイフを押し込もうとしたその時……倉庫のドアが蹴り開けられ、警察官たちが一斉に突入してきて、美優を取り押さえた。しかし、美優はなおも叫んでいる。「秀智さん!この女が死ぬのがそんなに嫌なら、あなたが代わりに死ねばいい!みんな死ねばいいの!」「凪、無事か?」将暉も慌ただしく駆け込んで

  • 母になる未来を奪った夫は他の女と後継を作った   第15話

    将暉がつけてくれたボディーガードのおかげで、ここしばらく秀智に付きまとわれることはなかった。同時に秀智は、初めて挫折感に苛まれていた。凪の会社に入ろうとしても、入り口の前でズラリと並んだボディーガードたちに阻まれる。出勤や退勤の隙を狙おうとしても、前後から別の車がぴったりとマークしてきて、凪の車の排気ガスすら嗅がせてもらえない。あのボディーガードたちは、秀智の体にGPSでも仕込んでいるかのように、彼が凪に近づこうとするたびに現れた。結局、遠くから凪を尾行するしかなく、秀智はまるで隠れて覗き見をするネズミのようだった。そんな尾行の帰り道、秀智は突然、頭から麻袋を被せられ、路地裏に引きずり込まれて袋叩きにされた。最後に、彼はボロボロになって地面から這い上がり、血の混じった唾を吐き捨てた。秀智は忘れていた。ここは西園寺グループが牛耳る盛沢市ではない。自分の力など、ここでは通用しないのだ。彼は暗い表情で携帯を取り出すと、どこかに電話をかけた。「全員を連れてすぐにM国へ来い!」秀智には分かっていた。裏で糸を引いているのが将暉だということにを。込み上げる怒りを抑える。秀智は凪を連れ去った後に将暉と決着をつけるつもりでいた。2日後、秀智はボディーガードを引き連れて、凪の帰宅ルートで待ち構えていた。凪の姿が見えた瞬間、秀智が合図を送ると、後ろのボディーガードたちが一斉に凪のガードマンたちを取り囲んだ。念願叶って凪の目の前に立った秀智は、ある書類を差し出す。「凪、嘘じゃない。パイプカットの手術を受けたことは本当なんだよ」だが、凪は手渡された書類に一切興味を示さない。彼女はそれをそのままゴミ箱へと放り投げた。「秀智。あなたが今さら何をしても、私には何の意味もないの」ゴミ箱に捨てられた書類を見つめる秀智の目には、傷ついた色が見えた。しかし、すぐに彼は包装された綺麗な箱を開け、おずおずと差し出した。「凪、見てくれ。二人のウェディングフォトだ。今度はアクリルパネルに閉じ込めたから、簡単には傷つかない。気に入らなければ撮り直したっていい。前は俺が悪かった。もう一度、やり直そう……」凪は言葉を最後まで聞かず、無表情でそのウェディングフォトを受け取った。秀智が期待を込めて見つめる中、凪はそれを思い切り地面へ

  • 母になる未来を奪った夫は他の女と後継を作った   第14話

    鼻で笑う凪を前に、秀智は震える声で言った。「あの時の俺はなんて愚かだったんだろうって後悔してる。だから、せめてもの償いだと思って、すでに病院でパイプカットの手術を受けてきたんだ」そう言って、彼はふっと笑った。「すべて調べて、分かったんだ。田中さんを陥れたのは美優だし、お前を拉致したのも美優だった。証拠はすべて警察に渡したから、美優は今後、一生檻の中で過ごすことになると思う」最後に、秀智は懇願するように続ける。「美優との間に生まれた3人の子供も、すでに引き取り手を見つけた。凪、もし許してくれるなら、もう一度だけチャンスをくれないか?これからは何でも言うことを聞くから」秀智は凪の顔をじっと見つめ、少しでも心が動くのを期待していた。だが凪は眉一つ動かさない。秀智が言ったことなど、自分には全く無関係だと言わんばかりだ。「償い?」凪はゆっくりと口角を上げた。「秀智、あなたがパイプカットの手術を受けたからって、摘出された私の子宮が戻ってくるの?」凪は平らな下腹部に手を当てた。指先が微かに震える。問い詰められた秀智の心臓は、激しく締め付けられた。あまりの苦しさに呼吸さえ苦しい。凪に触れようと手を伸ばしたが、拒絶するように凪が一歩後ろに下がった。「触らないで」と凪が冷たく言い放つ。その目には、嫌悪感だけが宿っていた。「秀智。あなたが同意書を出して私の子宮を摘出させたあの日に、私たちの関係なんかとっくに終わってるの。今更そんなことを言って、ただ自分自身の罪悪感を消し去りたいだけでしょ?」突き刺すような凪の眼差しに、秀智は心臓が縮み上がる思いがした。しかし、彼には理解できなかったのだ。なぜここまでのことをして償っているのに、凪は許してくれないのか、と。秀智はかすれた声で、絶望的に尋ねる。「じゃあ、どうすれば許してくれるんだ?」「秀智。私がいちばん憎んでいるのは、美優さんじゃなくてあなただから」凪は秀智を冷たく見下ろした。「私から子宮を奪う決定をしたのはあなた。田中さんやお父さんを刑務所へ送り込んだのもあなたの意志。すべてはあなたが美優さんに権力を与えたせい。なのに今になって全部彼女のせいにするなんて、あなたの方がよっぽど見苦しくて、虫唾が走る。本当に償う気があるなら、二度と私の目の前に現れないで」あまりに厳しい追及に、

  • 母になる未来を奪った夫は他の女と後継を作った   第13話

    闇に紛れていたその顔立ちが、次第にはっきりとしてきた。瞳は充血し、無精髭を生やしたその顔は、以前の凛々しさなど微塵もなく、ひどくやつれて見えた。しかし、秀智の視線は凪へとまっすぐ向けられ、その瞳にはプライドの欠片もなく、ただ卑屈な願いが滲んでいた。「凪、迎えに来たんだ。一緒に帰ろう」秀智の姿を見た瞬間、凪の表情は氷のように冷え切った。その瞬間、将暉が前に進み出て凪を庇うように立ち、秀智の視線を遮る。将暉は秀智を見据え、警告を込めて言った。「凪はもう、あんたと別れたんだろ?二度と関わらないでくれ」行く手を阻まれた秀智は、険しい表情で将暉を睨みつけた。二人の男の視線が火花を散らす。どちらも引く気はないらしい。「どけ!俺と凪のことだ。お前には関係ない」秀智は顔をしかめて将暉を突き飛ばそうとしたが、その腕を強く掴まれてしまった。男同士の静かなぶつかり合いが始まる。「最初からあんたとの結婚なんて反対すればよかった。これから、凪を連れて行こうなんて考えるなよ」将暉は秀智の手を振り払いながら、氷のように冷たい声で言った。秀智が半歩後ずさる。秀智は手首の痛みよりも、込み上げてくる怒りで息が詰まりそうだった。秀智は勢い任せに、将暉の顔面を拳で殴りつけた。「なんだお前は?凪に気持ちがあるのにはずっと前から気づいてたぞ。いいか、凪は俺の妻だ。お前のことなんて、凪はただの弟としか思ってない。夢を見るのはやめろ!」「いい加減にして」凪は将暉の背後から出てくると、秀智の頬を激しく張り飛ばした。「秀智、もう馬鹿なことはやめてくれる?」凪の顔には何の感情も浮かんでいない。「一緒になんて帰らないから。今すぐここから消えて」凪は眉をひそめて将暉の様子をうかがい、赤く腫れた頬を見て自責の念に駆られた。「ごめんね、私のせいで」将暉は眉間に力を込め、凪の謝る顔を見つめて、かすれた声で言った。「平気だよ。一発殴られたくらい、なんてことはないから」まさか凪が自分に手を上げるとは……秀智は呆然と立ち尽くしていた。ヒリつく痛みを感じながら、彼は思い知らされる。凪が、他の男のために自分を叩いたという事実を。凪が自分ではなく、他の男を心配する姿を目の当たりにし、秀智の胸にはまるで風穴が空いたような喪失感が広がった。昔

  • 母になる未来を奪った夫は他の女と後継を作った   第12話

    だから、凪は無理に微笑み、いつもの調子で言った。「大丈夫だよ。これからはちゃんと休むようにするから、親には内緒にしておいてくれる?」「大丈夫、だって?」将暉は凪を見つめ、目尻をわずかに赤くする。「君は脾臓をひどく傷めて手術までしたんだよ?それのどこが大丈夫なの?」病室に沈黙が流れる。凪は何か言いたかったが、雰囲気を和らげる言葉は浮かばなかった。凪が何か言う前に、将暉が厳しく告げた。「今回は病院でしっかり療養して。じゃなきゃ、両親に言いつけるからね」将暉が冗談を言っているのではないと悟った凪は、渋々答える。「わかった……あなたの言う通りにするよ」それから将暉は仕事を病室へ持ち込み、毎日凪の回復を見守った。丸1ヶ月間、規則正しい生活を送った凪は、ようやく医師から退院の許可をもらった。凪はすぐに仕事に戻ったが、もう二度と深夜まで残業することはなかった。全社員が数ヶ月努力を重ねた結果、凪は入札で重要なプロジェクトを勝ち取り、二宮グループは次のステージへと進むことができた。ビジネス界のパーティーがあり、凪も招待されていた。パーティー会場で、ある会社と名刺交換をしたとき、背後からこんなひそひそ話が聞こえてきた。「ジョアン。君の会社が例の海外から参加した会社に負けたっていう噂を聞いたけど」「いや、違うんだ。あの会社の社長は女なんだ。裏で何かしたに違いない。ああ、お前の思ってるようにな」「確かに。機会があったら俺も味わってみたいよ」「ハンソン、今がチャンスだ。例の外国人の女社長がこのパーティーに来ている。それも……」ジョアンの声が途端に止まる。なぜなら凪が、まさに彼の目の前に立っていたからだった。「お久しぶりですね、ジョアンさん」凪は愛想笑いを浮かべてジョアンを見つめる。その瞳は凍るほど冷たい。ジョアンこそ、凪が入札で負かした会社の代表だった。急に凪が現れたことで、動揺したジョアンだったが、すぐに凪を蔑むような目つきで見据え、言い放った。「ん?俺が嘘でも言ったか?君の会社みたいな小さなところが勝つなんて、枕以外に何があるんだ?」凪は鼻で笑う。「実力が足りないから、相手を下げることしかできないんですね」ジョアンは怒りで顔を真っ赤にして、凪に拳を振りかざした。しかし、拳は空中で誰かに掴み止められ

  • 母になる未来を奪った夫は他の女と後継を作った   第11話

    将暉が去り際に言ったその言葉が、凪の頭の中で何度も繰り返される。会って間もないはずの将暉が、どうしてそのことを知っているんだろう?まあ、確かに自分は秀智と一緒に過ごした数年、幸せではなかった。人というのは、顔を見れば幸せかどうか分かってしまうみたいだ。凪は自嘲気味に、力なく笑う。秀智と結婚してからというもの、自分でも自分のことが分からなくなるほど変わってしまった。西園寺家のしきたりを守るため、いつも気を使い、家族の前では息を潜めるように暮らしてきた。西園寺家のために跡継ぎを、と言われ、胸が張り裂けそうな思いで、代理出産までも受け入れた。一人の男のために、ここまで自分を犠牲にして生きてきたのだ。それなのに、行き着いた先はこの有様。凪の心に、言いようのない痛みが走る。しかし、空気の中に漂うほんのりと香るヒノキの香りが、少しだけその痛みを鎮めていってくれた。何はともあれ、盛沢市を出て、ようやく新しい人生を踏み出せたのだ。その晩は、夢も見ずぐっすりと眠れた。凪は両親と朝食を済ませると、すぐに車を走らせ、将暉の会社へと向かった。二宮家が海外進出させていた2社は規模が小さく、新たな市場を開拓するにはどうしても周囲からの反発を避けられないため、加藤グループの力添えが不可欠だった。加藤グループの本社へ足を踏み入れた瞬間、頂点に立つ企業としての貫禄を肌で感じた。都市中心部に拠点を構え、圧倒的な設備を誇る。将暉の才能は非凡で、その類まれな手腕により若くしてこのグループを海外有数の巨大企業に育て上げたのだ。受付を済ませた凪は、すぐに秘書に案内され、社長室へと通される。「忙しいのに、邪魔してごめんね」そう言いながら、凪はソファへと腰を下ろした。仕事をしている将暉を間近で見るのは初めてだった。パリッとしたスーツに、完璧にセットされた髪の毛。そして、真剣なその表情は、幼い頃の面影を一切感じさせない。凪が入ってくると、将暉は険しい表情を崩し、低く穏やかな声で答えた。「邪魔なわけないだろ?」凪はそのまま本題へと言葉を進める。「二宮家もこっちにふたつの会社はあるけど、まだまだ規模が小さくて……」今後どのように会社を動かし、進めていくのか。凪なりの展望を真剣に語る。「M国が私たちの国の企業にあまりいい顔

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status