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気づけば、愛も遅すぎた
気づけば、愛も遅すぎた
Author: もう頑張れない

第1話

Author: もう頑張れない
「木村先生、研学の交流視察の件ですが、参加させてください」

水村晴美(みずむら はるみ)は頭の飾りやイヤリングを苦労して外しながら、電話の向こうの木村先生の安堵した吐息を耳にした。

「晴美、参加してくれて本当にうれしいよ。でも本当にいいの?今回行ったら、もう京市には簡単に戻れない。確かにこの枠は貴重だけど、君は新婚でしょ?大丈夫なの?」

「お気遣いありがとうございます、木村先生。ちゃんと考えて決めました。半月後なら、大丈夫です。手続きもきちんと引き継ぎますので、そのとき合流しましょう」

電話を切ると、彼女は鏡の中の自分を見つめ、少し動揺していた。

ついさっきの結婚式でのことを思い出した。

「恒志!琴星さんが自害した!」

晴美に指輪をはめようとしていた米村恒志(よねむら ひさし)は手を止め、すぐに背を向けてステージから駆け下りた。

新婦のことを全く気にせず、彼は介添人のスマホを手に取り、必死に画面を見ていた。

一緒に立ち上がったのは晴美の両親もだった。

彼らも焦って恒志の手元のスマホを覗き込み、柳本琴星(やなぎもと ことせ)の様子を確認しようとしていた。

バイオリンとピアノの演奏はぴたりと止まり、会場ではざわめきと噂話が飛び交った。

「琴星はどこにいる?」

恒志は介添人の腕を掴み、切羽詰まった声で問い詰めた。

介添人が小声で答えた。

それを聞くと、恒志はすぐに外に出ようとし、晴美が慌てて彼の腕を掴んだ。

「恒志、これで今月8回目よ?今日は私たちの結婚式なのに、それでも行くつもりなの?」

恒志は晴美の手を振り払った。

「たとえわずかでも危険があるなら、俺は行く。命が関わってるんだ。お前はどうしてそんなに冷たいんだ?」

両親も口を挟んだ。

「晴美、結婚式はまたできるけど、琴星に何かあったら、取り返しがつかないよ」

結婚式はまたできる?

晴美の心は少し崩れかけていた。一生に一度の結婚式だ。

「じゃあ私が結婚するたびに、あの子が騒げば、全部中止にするの?」

「もういい加減にしろ!」

恒志は怒りを露わにし、目は血走っていた。

晴美の目の光は次第に消えていった。

「恒志、もし今日あなたが行くなら、もう別れよう」

恒志は彼女の手を再び振りほどき、叫んだ。

「お前はどうしてこんなに思いやりがないんだ!本来なら、今日ここに立ってるのは、彼女のはずだったんだ。わかってるか?」

本来なら、彼女のはずだった?

晴美は苦笑しながら、手を引っ込め、絶望に満ちた目で恒志と両親が去っていく姿を見つめた。

ただ一人取り残された晴美は、四方八方から浴びせられる嘲笑の声の中に埋もれていった。

彼女はベールを外し、ゆっくりと床に落とした後、司会者のマイクを手に取った。

「本日はご多忙の中、私の結婚式にご出席いただきありがとうございます。皆様もご覧の通り、本日の結婚式は中止となりました。

ご祝儀はすべてお返しします。今日はただの宴会として、ごゆっくりお楽しみください」

見捨てられたこの瞬間でさえ、晴美は水村家の面子を守った。

今日という日は、彼女の人生で一番美しい日になるはずだった。

それなのに、婚約者も両親も、賓客の前で堂々と彼女を見捨てた。

もういい。琴星が欲しいなら、全部彼女にやればいい。

もう望まない。今回は、彼女が自ら去ることを選んだ。

一年前、晴美の両親は警察から電話を受け、当時の赤ん坊が取り違えられていたと告げられた。

彼らの本当の娘は、琴星だった。

そして、琴星の両親はある事故で亡くなった。

晴美は一夜にして孤児となり、実の両親は養父母となった。

結婚を控えていた婚約者までも、琴星の味方をするようになった。

琴星は一気に晴美のすべてを奪っていった。

恒志との幼なじみとしての絆も、身元が明らかになったその瞬間に、跡形もなく消え去ってしまった。

幼い頃から両家で決めていた婚約も、今や、琴星の登場で全てが変わってしまった。

スマホが再び鳴った。

電話の向こうでは、恒志が必死に叫んでいた。

「晴美!今すぐ来てくれ!北町の温泉ヴィラだ!琴星が言ったんだ。お前が来ないと降りてこないって!」

晴美は一瞬、スマホを持つ手を止めた。

どの面下げて、また琴星を助けるなんて言えたのか。

もし本当に死ぬつもりだったのなら、今ごろ何度生まれ変わっていたことだろう。

あの人たちだけが、いまだに信じている。

「行かないよ。どうせ、あの子、死ぬ勇気なんて持ってないから」

恒志は怒鳴った。

「お前が琴星の人生を20年以上も奪ったんだ!だから彼女はこうなった!お前が償え!今すぐ来い!」

晴美は鼻の奥がつんとして、ため息をついた。

彼女は恩恵を受けた立場だから、恩を返す義務があると責められる。

これが最後だ。これからは、もう彼らと一切関わらない。

平服に着替え、晴美は温泉ヴィラへと車を走らせた。

道中、スマホがひっきりなしに鳴り続けていた。

両親と恒志からの電話は、まるで催促のサインのように、彼女に早く運転するよう急かしていた。

晴美は心の中で冷笑した。

もう随分時間が経ったのに、本当に死にたいなら、とうに死んでいるはずだ。

どうせ、ただの見せかけに過ぎない。

彼女はむしろ、琴星が一体何を企んでいるのかを見てみたいと思っている。

道中、恒志からの電話が鳴りやまなかった。

彼女は電話に出た。

「お前、今どこにいるんだ!」

晴美が答える前に、大型トラックの警笛が耳をつんざき、車は巨大な影に覆われた。

激しい衝撃が彼女の意識を奪い、車は道路で何度も横転した。

窓ガラスが四散し、エアバッグがすべて展開された。

額と顔には鮮血が流れ、晴美はハンドルにもたれたまま、意識を失った。
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