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13:婚約者

last update Last Updated: 2025-10-03 08:13:16

 日曜日の桐生家の邸宅は、静寂に包まれていた。

 イギリス人である智輝の母方の祖父は、名門出身の身ながらも、戦後の日本に単身で渡って起業に成功した人物だ。

 彼は日本の伝統美を愛し、日本人の妻を迎えた。

 桐生の名は妻の苗字。祖父は自分の家名は捨てて、日本に骨を埋めるつもりでいる。

 そんな祖父が設計した庭は、日本と英国の様式美が見事に融合していた。白砂と苔で見事な枯山水を描く日本庭園と、緻密に計算された幾何学模様の花壇に薔薇が咲き誇る英国式庭園。

 霧雨が多い英国の風景を思わせるしっとりとした芝生の向こうには、茶室を思わせる小さな離れも見える。伝統と革新、和と洋が共存するこの壮麗な屋敷こそが、桐生家の力の象徴だった。

 綾小路玲香(あやのこうじ・れいか)は、週末恒例となっている桐生家の食事会が、早く終わることだけを願っていた。

 大きなマホガニーのテーブルには、季節の花が気品高く活けられている。カトラリーの銀と年代物の食器が立てるかすかな音だけが、ダイニングに響いていた。

 会話は智輝の母・鏡子が一方的に話す、時候の挨拶と当たり障りのない社交界の話題だけ。智輝は心ここにあらずといった様子で相槌を打ち、彼の父は存在感を消すようにただ黙々と食事を進めている。

(智輝様。いったい何を考えていらっしゃるの?)

 玲香は苛立ちを隠し、完璧な淑女の笑みを浮かべたまま、視線を窓の外へと逃がした。

 見事な庭園が目に入るが、彼女の興味はそこにない。

 婚約者である智輝の隣に座ってはいるが、彼の心はここにはない。玲香は、その事実を苛立ちと共に感じていた。

(智輝様がどんな人間かなんて、どうでもいい。あたしが欲しいのは、桐生家の後継者夫人という完璧な地位と、誰もが羨む富と名声)

 それを手に入れるために、この退屈な食事会にも彼の不機嫌にも耐えているのだ。それなのに彼の心が自分以外のどこかにあるという事実が、玲香のプライドを不快に刺激した。

 今日は最初から智輝の様子はおかしかった。上の空で、玲香の言葉にも生返事しかしない。銀灰色の瞳には、時折、玲香の知らない柔らかな光が宿ってはすぐに消える。まるで、心だけが別の場所にあるようだ。

 先ほど甘えて腕に触れようとしたら、はっきりと身を引かれた。

 その拒絶が、玲香のプライドを深く傷つけた。

 女がいる、と玲香は直感で思った。

(誰なの?
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