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ふたりで置く湯呑

Penulis: 中岡 始
last update Terakhir Diperbarui: 2025-06-29 16:40:04

透宅のキッチンには、夜の色がゆっくりとしみ込んでいた。窓の外はすっかり暗くなり、薄いカーテン越しに街灯の淡い明かりが差し込んでいる。音といえば、どこかの部屋で水道が止まる音と、冷蔵庫がときおり鳴らす控えめな唸り声だけだった。

湊は、キッチンの棚から急須を取り出しながら、振り返って言った。

「今度は、俺が淹れていいですか」

透は一瞬だけ驚いたように眉を動かしたが、すぐに小さく頷いた。

「おう、頼むわ」

その言葉に背を押されるようにして、湊は湯を沸かす準備を始めた。ケトルの中に水を注ぎ、スイッチを入れる。小さな灯りが点り、低く湧き立つ音が部屋に広がる。お茶の葉は、以前ふたりで話していたときに選んだものだった。袋を開けると、ふわりと焙じた香りが立ちのぼり、湊は思わず目を細めた。

茶葉を急須に入れながら、彼はそっと息をついた。その動作ひとつひとつに、特別な意味が宿っているように感じた。単なるお茶の準備ではなく、ここに再び並んで立てていること自体が、奇跡のようにも思えた。

湯が沸くまでのあいだ、ふたりはほとんど会話をしなかった。それでも、不思議と気まずさはなかった。言葉がなくても、少しずつ満たされていく時間がそこにあった。

やがて湯が音を立てて湧き、湊はそれを一度湯冷ましに注ぎ入れた。急がず、丁寧に。それから茶葉の上に湯を静かに注ぎ、蓋をする。蒸らしの時間もまた、湊にとっては大切な“間”だった。

「江口さん」

湯呑を準備しながら、湊はぽつりと口を開いた。

「これからは、茶の香りで、江口さんを思い出すんじゃなくて…一緒に味わえるといいなって、そう思いました」

透は、ほんの少しだけ視線を落とした。心の奥にまで届くような言葉だった。何気ないようでいて、今までのすれ違いや沈黙を、まるごと抱きしめてくれるような。

「……そやな。せやな、それがええ」

その返事に湊は静かに笑い、湯呑に茶を注いだ。色は淡く、けれど芯のある褐色だった。香りは立ち上るように柔らかく広がり、部屋の空気をゆっくりと変えていく。

ふたりは、テーブルを挟まず、隣同士に腰を下ろした。かつてのように向かい合うのではなく、肩を並べて、同じ方向を見られる場所に。

湊は、金継ぎされた湯呑をそっと置いた。続けて透が、もうひとつの器をその隣に並べた。湯呑の底が、静かにテーブルに触れる音がした。その小さな音が、ふたりの間の何かをきちんと“置いた”ように感じられた。

「この器……」

湊が言いかけると、透はほんの少し顔を寄せて、言葉を遮った。

「使いにくくても、ええ。気ぃつけながら、大事に使っていったらええだけや」

ふたりの間に漂う茶の香りが、まるで未来の記憶を先取りするかのように、心の奥まで染み込んでいった。

そのとき、湊の手が少しだけ動いた。遠慮がちに、けれど確かに、透の手のそばに寄っていく。透も、何も言わずにその指に触れるように手を置いた。手の甲がかすかに重なっただけだったが、そのぬくもりが、ふたりを包み込んだ。

言葉はいらなかった。器も、香りも、肌のぬくもりも、すべてが今を証明していた。ふたりで置いたその湯呑が、今後何度も茶を受けることを、湊は信じたいと思った。

そして、透もまた同じように、隣にある確かな存在を、これから先の時間に刻んでいくのだと感じていた。

こうして、静かな夜の中で、ふたりの湯呑が並んで、そっと未来の始まりを告げていた。

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