第 11 話

しばらくして、京司は手を引っ込め、澪を見ないようにした。

彼は沙夏に向き直り、優しい声で言った。「病院に送ってあげるよ」

「でも……」沙夏は諦めきれずに口を開きかけたが、京司の冷たい視線に気づき、言葉を飲み込んだ。

彼は今、まるで刃を包んだマシュマロのようだ。見た目は優しいが、噛みつけば血が流れる。沙夏はそれ以上何も言えなかった。

「足が痛いから、抱いて」

京司は身をかがめ、澪の目の前で沙夏を抱き上げた。沙夏は彼の首に腕を回し、澪に挑発的な視線を送った。

まるで「ほら、彼にとってあんたなんてまるで存在していないようだわ」とでも言うように。

京司は沙夏を抱えたまま、振り返ることなく澪の横を通り過ぎていった。風に揺れる衣の裾が、澪の耳元の髪をふわりと舞い上げた。

澪は目を伏せ、宙に浮かんでいた手もゆっくりと下げた。

京司が去ると、キューブの中に凝り固まっていた空気がようやく動き出し、隼人が慌てて駆け寄り、澪を支え起こした。

「澪さん、大丈夫？」

澪はしばらくうつむいて黙っていたが、やがて顔を上げ、隼人に向けて微笑み、首を横に振った。

隼人の目に一瞬、苦しげな色が浮かんだ。澪の愛する人が他の女性に優しく声をかけ、澪には見向きもしないなんて――彼女どうして平気でいられるだろう。

「京司さんは本当にバカだよ！そんなことで気を落とさないで」

澪がどれだけ彼を想っているか、誰の目にも明らかなのに。彼だけが気づかず、澪を家族のように扱いながら、その目の前で別の女性を甘やかしているのだ。

これがバカじゃないなら何なの？

「兄さん、私を病院に連れてってよ、もう血が尽きかけてるんだから」凛は半ば冗談めかして言い、雰囲気を盛り上げようとした。

玲央は不機嫌そうに彼女を睨みつけた。「血が尽きるのがわかるのか？お前があんな衝動的な真似をしたからだぞ！」

凛は少し口を尖らせ、澪に向かって頼むように言った。「澪ちゃん、早く手を貸してよ……歩けないの、ほら」

澪は言葉を聞いて、急いで小走りで近づき、凛の腕を支えた。彼女は悔しそうに凛を見つめ、凛は彼女の肩に頭を預け、彼女に謝る機会を与えなかった。

「早く行こう！後で澪さんの上で死んだらどうするんだよ！」隼人も冗談めかして言う。

「くそったれ！縁起が悪いよ！」凛は苛立ったように蹴りを放つ。

隼人は素早く身をかわし、大げさに声を上げた。「うわっ！お前、どんどん下品になっていくな。もう嫁に行けないぞ！」

「あなたに関係ないでしょ！」

そのやり取りに、場の雰囲気が一気に和らいだ。みんなが澪を気遣い、尊厳を守ろうとしているように見えたが、京司だけが、彼女を何度も傷つけることを許しているようだった。

二人の言い争いを耳にしながら、澪はそっと目を伏せた。涙が溢れそうになるのを必死にこらえ、この楽しい雰囲気を壊さないよう努めた。

玲央が二人を止める。「もういい。まず病院に行け。こんな怪我をしてまだ騒いでるなんて、信じられない」

そう言いながら、澪に一瞥を送った玲央の目には、わずかにためらいの色が見えた。

だが、それ以上何も言わず、凛の肩を支えながら足を進めた。

澪も病院について行った。

彼女と玲央は外で凛の検査が終わるのを待っていた。澪は発熱しているせいで頭がぼんやりしており、体もひどく冷えきっていた。立っている間も、震えが止まらなかった。

玲央は彼女の異変に気づき、「大丈夫か？」と声をかけた。

澪はふらつく頭を持ち上げ、無理に微笑みを浮かべて首を振り、自分は大丈夫だと伝えた。

玲央はそれ以上何も言わず、自分のコートを脱いで澪の肩にそっと掛けた。

澪の体が一瞬、強張った。驚いたように目を大きく見開き、少し怯えるように玲央を見上げた。

彼女が慌ててコートを返そうとすると、玲央は言った。「お前、寒そうだ。とりあえず着ていろよ。後で返してくれればいい」

澪は唇をかみしめたが、玲央は手話を理解しないため、彼女は言葉で思いを伝えることができなかった。

その時、ちょうど凛がCT室から出てきた。2人は同時に彼女の方へ目を向けた。

「どうだった？」玲央が尋ねた。

凛は頭を押さえながら、少し不機嫌そうに白い目を向けた。「まだ結果は出てないよ。でも、多分大丈夫」

「大丈夫かどうかはお前が決めることじゃないだろう。頭を瓶で叩くなんて、簡単に済む話じゃない。帰ったら父さんとどう話すか考えとけ」

凛は驚き、慌てて玲央の腕をつかんだ。「待って！父さんには言わないでよ！お願いだから！私はそこまでバカじゃないんだから。ただのビール瓶だよ。さすがに洋酒の瓶でやるほど愚かじゃない！」

2人が話している最中、澪の体がふらつき、次の瞬間、力を失ったようにその場に倒れ込んだ。