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3.夫婦として

last update Veröffentlichungsdatum: 18.09.2026 23:23:18

ヒューガードはアデラインの到着より実に30分以上も遅れて侯爵邸にやってきた。

アデラインはすでに到着したゲストから、1人で祝福の挨拶を受けていたが、その姿に疑問を投げかける人間は誰もいなかった。

夫の不在を尋ねる無礼は、貴族たちは礼儀としてもちろん行わない。それ以前にヒューガードを貴族として認めていない彼らにとって、初めから祝福を伝える相手はアデライン1人なのだ。

貴族の祝福が終わり、客間に案内されたヒューガードの仕事仲間と思われる貴族よりも身なりのいい平民らしき者たちは、彼の性格を熟知しているのだろう。1人で笑顔で立っているアデラインを見て、驚いた様子ではあったもののすぐに納得した表情になって、畏まった挨拶をするだけだった。

アデラインは、自分が豪華な衣装を着た案山子のようだと情けなくなり、貼り付けた笑顔が剥がれ落ちそうだった。

やがて、車寄せに急ぎ足の馬車の音が聞こえて、アデラインはようやく主役が登場したのかと胸をなで下ろした。

客間に現れたヒューガードは、衣服はもちろん髪の毛すら一筋も乱れてはいなかった。

アデラインに言葉をかけるでもなく、すんなりと隣に立って残りのゲストとの挨拶を終えた。

「遅くなりった」

ゲストが全て食堂に移動すると、ヒューガードが初めて口を開いた。

低く艶のある声に、アデラインは驚いたが、すぐに笑顔を作って「大丈夫ですわ」とだけ答えた。

ヒューガードは慣れた仕草でアデラインに肘を差し出した。

特段許しも求めていなかったのだろう。アデラインが儀礼的な手つきでその肘に手を絡めると、ヒューガードは堂々とした足取りで食堂に向かった。

見たこともないフットマンたちが、慣れた手つきで給仕をするのを、まるで他人事のように眺めながら、アデラインは久しぶりの豪華な食事を楽しむ余裕もなかった。

テーブルの飾りつけに使われた銀食器は、アルマン家のものもあれば見たこともないものも沢山あった。

それもそのはずで、アルマン侯爵家にこれだけのゲストを迎えるだけの什器など揃ってはいない。

10年の間に銀食器はおろか、陶器の皿やグラスまで売りに出してしまったからだ。

ただ、テーブルの上を彩る、小さな鳥を模った銀の塩入れだけは、母の嫁入りと共に侯爵家にやってきたのだからと、売らずに取っておいたものだった。

披露宴をアルマン邸で行うと言われた時は、どうやって準備をしたらよいかと頭を抱えたものだったが、知らない間に準備は終わっていて、アデラインはただこの日を迎えるだけだった。

母が生きていた頃に聞いていた結婚とは何もかもが違う。

時間をかけてドレスを選び、ゲストへのもてなしを考える時間は、結婚への自覚をもつ大事な時間なのだと、母は言っていた。そして、その日が来るのを楽しみにしているとも——

だが、アデラインにはそんな時間はひとつもなかった。

母が教えてくれたことと同じなのは、教会で式を挙げ、屋敷でウェディング・ブレックファストを用意してゲストを出迎える。それだけだった。

それでも、母の形見とも言えるの小鳥の塩入れを目にして、そこに母がいるような気になって、アデラインの心にあったしこりが少しだけ溶けていくのを感じた

「あの……ありがとうございます。何から何まで」

「私の結婚でもありますので」

アデラインが小声で伝えると、ヒューガードは短くそう答えた。

その後の会話の糸口が見つからないまま、アデラインはぼんやりとゲストたちを眺めていると、やがて2人の前に白いケーキが運ばれてきた。

ケーキの入刀など、なんの意味があるのだろうと、考えていると、フットマンからナイフを渡された。

言われるがままナイフを握ると、アデラインの手の上からヒューガードの大きな手が被せられた。

思った以上に大きな手に驚いたが、よく見るとその手にはできたばかりの小さな傷がいくつもあった。

アデラインはどうしたのかと聞きたかったが、ケーキカットに集中しなくてはいけない。

大理石のように白く艶やかなケーキは、その見た目通り非常に硬かったが、彼女の手の上からヒューガードが力を入れると容易に割れた。

アイシングの隙間から顔を出したケーキからは、ブランデーなどに漬け込んだフルーツのいい香りが漂い、ゲスト達から歓喜と祝福の声が食堂に響いた。

ゲストたちに見送られて首都に向かう馬車に乗り込んで、ようやく夫と向き合う形になった。

「あの……その手はどうされたのですか」

アデラインはようやく尋ねることができた。

「なんでもない。よくあることです」

ヒューガードは無機質な表情と声でそう言ったが、アデラインにはそれが「これ以上話しかけるな」と言われたような気になって、喉の奥が締め付けられるような息苦しさを覚えた。

アデラインはヒューガードの横顔をそっと見つめながら、ドレスのスカートをそっと握りしめた。

しばらくすると、ヒューガードが馬車を停めるよう御者に伝えた。

「どうかされましたか?」

道を間違えたのだろうかと思ったが、首都に向かう道であることは間違いない。

「やり残したことがありまして。申し訳ありませんが首都の屋敷にはおひとりで向かっていただけますか」

アデラインが不安そうに尋ねると、ヒューガードは事務的な口調でそう言った。

「また……ですか?」

アデラインがほんの少しだけ表情を歪めたのを、ヒューガードは意外そうに一瞥しただけで、すぐに荷物をまとめ始めた。

「屋敷の使用人には伝えてありますので問題はありません」

「そういうことではありませんわ。花嫁がひとりで家に入るなんて……」

アデラインは悔しいやら恥ずかしいやらで、目のあたりが熱くなるのがわかったが、この男の前で涙だけは流すまいと唇を噛み締めた。

だが、ヒューガードの目にはアデラインの様子は写っていなかった。

「首都は領地と違い、私たちが結婚したことを知ってる人間は少ない。ひとりで屋敷に入っても噂にはなりませんよ」

アデラインが呆気に取られていると、ヒューガードはいつの間にか隣に来ていた迎えの馬車に目を向けたあと、もう一度アデラインを見た。

「心配なさらなくても夜には戻ります」

その言葉が何を意味しているのかを察したアデラインは、顔を赤くして言葉を失った。

ヒューガードはその隙に、さっさと馬車を降りて迎えに来た馬車に乗り移ると、アデラインの乗った馬車を残して砂煙と共に立ち去ってしまった。

だが、その夜になってもヒューガードは寝室に現れなかった。

夜遅くに1人で屋敷に到着したアデラインを出迎えた家令の男は、アデラインを歓迎するように優しく微笑み、アデラインの寝室へと案内した。

落ち着いた赤い壁紙に囲まれ見事な家具が並べられた部屋は、華やかだった頃の侯爵家よりも豪華に見えた。

軽い夕食を部屋でとり、用意されていた湯桶で体を洗って前合わせのシミーズを着てぼんやりとソファに座っていると、この後に起こることを嫌でも考えてしまう。

絶望的な気分で落ち込むアデラインの元に来たのは、無愛想な顔をした中年の女中だった。

「旦那様はお戻りになりましたが、奥様にはお疲れもありましょうから、今夜はごゆっくりお休みくださいとの伝言でございます」

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Aktuellstes Kapitel

  • 没落貴族アデライン・アルマン侯爵令嬢の結婚   10.ヒュー

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  • 没落貴族アデライン・アルマン侯爵令嬢の結婚   7.覚悟

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  • 没落貴族アデライン・アルマン侯爵令嬢の結婚   6.女主人

    「家政婦のポーラでございます。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」 ナタリーが部屋に連れてきた40半ばの初老の女性は、深々と頭を下げた。「いいのよ。わたくしも人前に出られる姿ではなかったし」 アデラインが言うと、ポーラは横目で半歩後ろで控えているナタリーを見た。「今後はお手伝いが必要な際はわたくしをお呼びくださいませ。以前はヘッセン伯爵家でメイドをしていた経験がございます」 この数少ない会話でポーラは全てを察したのだろう。 アデラインはポーラの存在を少しだけ頼もしく思った。「そうね。明日の朝はあなたにお願いします——と、言いたいのだけど、わたくし、このドレスがとても気に入ったの。明日もこれを着たいわ」「ですが、2日続けて同じご衣裳など——いいえ、畏まりました。では、針子に命じまして同じようなものをすぐに作らせますわ」 ポーラはアデラインの考えを察して、すぐににこやかに答えた。 アデラインはポーラの答えに満足して、「よろしくね」とだけ言うと、ナタリーは仏頂面を少しだけ気まずそうにしかめたが、アデラインは見ない振りをした。「家令のトマスは——」「外出しているとナタリーに教えてもらったわ。戻ったらまた挨拶をさせて頂戴。それまでナタリーに屋敷を案内してもらうわ」 アデラインが言うと、ポーラは頷いてナタリーに「頼みましたよ」とだけ言って、部屋を後にした。 ナタリーの先導で屋敷を見て回ったアデラインは、領地の侯爵邸に引けを取らない広さと、豪華な装飾、そしてそれらが埃ひとつなく丁寧に手入れされていることに感心していた。 窓にかけられたカーテンひとつとっても、丁寧にブラシをかけて手入れをされていることがわかる。木の床などは念入りにワックスをかけて磨かれているおかげで、艶やかに輝いている。「旦那様はとても厳しい方なのかしら」「いいえ。旦那様はお忙しくい方ですのでお屋敷にはほとんどいらっしゃいません。屋敷にいらっしゃる時も執務室から出られることは滅多とありません」「お客様は頻繁にいらっしゃるの?」「滅多といらっしゃいません。年に数回、お食事をご一緒されることはありますが、滞在される方は見たことがありませんね」 ナタリーの答えに、アデラインは「そう」と残念そうに答えた。 せっかくこれだけ素晴らしい家を、ヒューガードという人は気にかけもしないのだ。

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