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流れ星に、桜は微笑まない
流れ星に、桜は微笑まない
Author: 月の輝き

第1話

Author: 月の輝き
夫の五十嵐星也(いがらし せいや)と、市役所へと戸籍謄本をもらいに行った。

申請手続きを担当する職員が、なんと彼の幼馴染である吉尾真理奈(よしお まりな)だった。彼女はわざとらしく声を張り上げた。

「五十嵐さん、奥さんは離婚歴が八回もあって、中絶は九回、おまけにエイズや梅毒……最低なことをやりまくってるよ!あなたはそれを知った上で結婚したの?」

ガチャンと大きな音がした。隣の席にいる新婚夫婦が驚きのあまり椅子から転げ落ち、人々がざわつき出した。

一瞬のうちに、四方八方から軽蔑と嫌悪が入り混じった視線が私に突き刺さった。

さらに誰かにゴミを投げつけられ、私の心までも冷え切っていった。

今度ばかりは我慢できず、私はそのまま苦情窓口へ向かった。

しかし、ずっと黙っていた星也が突然私の腕を掴み、顔の汚れを拭いながら、低くなだめるような声で言った。

「もう怒るな。あいつは子供っぽい性格で、ただの悪ふざけだ。本気で君を貶めようとしたわけじゃない。

それに、君を狙ったんじゃなくて、俺に拗ねてるだけだ。俺が君の本当の姿を知らないはずがないだろう?」

そう言うと、彼は困ったような、それでいて甘やかすような視線を真理奈に向けた。

「申請の手続きを頼む――」

私は無表情でその手を振り払い、言葉を遮った。

「もういいわ。申請はやめて、離婚しよう」

ティッシュを握った星也の手が、宙で凍りついた。

次の瞬間、カウンター越しに真理奈が身を乗り出し、私を指さして罵声を浴びせてきた。

「あなたは実の弟とさえも変な関係になってるんじゃないの?誰の子かわからない子を孕んで、お人好しを捕まえて身を固めたくせに。結婚しても浮気三昧で、今度は次の男が見つかったから離婚ってわけ?」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、どこからともなく飛んできた大量の水を頭から浴びせられた。

吹き抜ける風に、私は寒さでガタガタと震えた。

星也に視線を送ったが、彼は口をわずかに開いただけで、結局何一つ反論しなかった。

周囲の人々も次々と嫌悪感を露わにした。

「旦那が何も言わないってことは、あの職員の言う通りなんだろうな。エイズになるのも納得だ」

「見てよ、あの厚化粧。歩き方もいかがわしいし、まともな仕事じゃないのは一目瞭然ね」

真理奈が私に関する根も葉もない噂を流したのは、これが初めてではない。

彼女は私の職場に押しかけて「誰とでも寝る女だ」と誹謗中傷した。

さらに、個人情報が怪しいサイトに晒され、鳴り止まない嫌がらせ電話や罵倒に追い詰められ、私は仕事を失った。

不眠症に悩まされ、体重は10キロも激減した。抗うつ薬を大量に服用する日々が続いている。

それなのに、星也は私を医者に通わせる一方で、真理奈の涙には非常に弱い。

病床に伏せている私に、彼はひどく困り果てた様子で言った。

「あいつは俺の母さんが決めた許嫁だったんだ。俺と結婚できなかったから、多少八つ当たりしたくなるんだ。

悪意があるわけじゃない。口は悪いが、本当にひどいことなんてできないはずだ。君は心優しいんだから、広い心で許してやってくれ。

無視していればいい。そのうち彼女は自ら申し訳なく思って謝りに来るさ」

しかし、私の我慢は真理奈を調子に乗らせるだけだ。

――もう限界だ。これ以上は耐えられない。

私は顔の水を拭い、静かに番号札の発券機へ向かった。

私の惨めな姿を嘲笑っていた真理奈は、すぐに勝ち誇ったように白目をむいた。

「ほら、見たことか!離婚だなんて言っておいて、結局は戸籍謄本の申請に必死じゃない!」

星也はどこか満足げに微笑み、真理奈の鼻先をそっとつついた。

「もういいだろ。君、今日は生理の初日なんだから、あまりイライラしないでくれ」

そう言うと、私の痛みを無視して強引に腕を引き、外へ連れ出そうとした。

「いい加減にしてくれ。ここは真理奈が苦労して合格した職場だ。あいつが世間知らずなのは今に始まったことじゃないだろう。君まで意地を張るな。

戸籍謄本の申請なんていつでもできる。今日はあいつの機嫌が悪いから、また改めて後日付き合うから」

私は、思わず笑ってしまった。

「星也、私の誕生日はいつ?」

一瞬の静寂の後、星也が振り返った。

その目に一瞬の迷いが生じたが、すぐに「また始まったか」という苛立ちの炎が灯った。

「五十嵐美桜(いがらし みお)、いい加減にしろ。君と結婚してまだ数年だろう!俺は真理奈と何年幼馴染をやってると思ってるんだ?

たかが紙切れ一枚のことじゃないか!そんなに急かして、みんなを不快にさせて何が楽しいんだ?」

私は頭の中で何かが弾け、全身の血の気が引いていくのを感じた。

――よくも、そんな言葉が吐けるものだ。

三つ目の仕事を真理奈に台無しにされた時、私は極度のストレスから第一子を流産してしまった。

一晩中、目を閉じることができなかった。

目を閉じると、スカートを染める血の海と、心待ちにしていたあの子の面影がよぎり、うわ言を繰り返して高熱にうなされた。

あの時、星也は怒って真理奈をブロックした。

けれど、一週間も経たないうちに、私の出血さえ止まっていないのに、断食して抗議した真理奈に、彼はあっさりと折れた。

「美桜、話を聞いた。あいつにも理由があったんだ。君が仕事であまりにも優秀だから、引け目を感じてたらしい。お義母さんは公務員試験の講師だろう?真理奈を指導してやってくれないか。合格すれば、あいつも君に感謝するはずだ」

――感謝なんて、望んでいなかった。

けれど、私の母は私の幸せを願い、二年間懸命に真理奈の指導にあたった。

結局、真理奈が正規雇用には至らなかったものの、派遣職員として現在の職場に就くことができた。

その恩を、彼女はどのように返したのか。

大晦日、実家から来た私の親戚一同の前で、彼女は言い放った。

「美桜さんはお腹の子を武器に五十嵐家に転がり込んだだけで、婚姻届すら出してないよ」と。

驚いた私の目の前で、母は目を見開いて倒れ込んだ。

身長180センチもある大男だった父は、村中からの誹謗中傷を浴びながら、肩を震わせて私に懇願した。

「美桜……戸籍謄本さえあれば、証明できるさ。早く、取ってくれないか」

それなのに、役所に行くたびにプリンターのインクが切れているとか、パソコンが故障しているなどといった妨害が入った。

そして昨夜、医者が母の危篤状態を知らされた。母の痩せ細った手は、何かを掴もうとするかのように宙を彷徨っていた。

私が涙を流して星也に縋ると、彼はようやく「今日こそ必ず手続きを終わらせる」と約束した。

明らかに、彼は私のことを軽んじている。

だが、私はふと悟った。

――戸籍謄本は出せなくても、離婚届受理証明書なら、同じようにこの噂を晴らす証明になる。

私と星也が無言で睨み合っていると、職員が窓口から顔を出し、番号を呼んだ。

星也はまだ不機嫌そうに手を振った。

「今日はもうやめだ。帰るぞ――」

「お待たせいたしました。103番の方は、窓口までお越しください。

五十嵐星也様、美桜様、まずはこちらの離婚届にご記入ください」

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