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第16話

Author: ドリアン
玲乃は、ほとんど奥歯を噛み砕く勢いで怒りを抑えていた。

つい先日、涼介は何の前触れもなく姿を消し、彼女をプロポーズの場に一人置き去りにした。彼女は安見市の上流階級の面々の前で、面目丸つぶれだった。

もともと怒っていた彼女は、わざと数日間涼介を無視し、いつものように彼が慌てて機嫌を取りに来るのを待っていた。

だが今回は、涼介が異常なほど静かだった。

彼は電話にも出ず、メッセージも贈り物も一切寄こさなかった。

今やっと、自ら身を引く形で見舞いに来てやったというのに、涼介は手下に命じて彼女を病室の前で足止めしているなんて!

玲乃は深く息を吸い込み、目に涙を溜めた。

「涼介、私……どこがいけなかったの?どうして怒ってるの?私をあんな場で一人にして……あのとき、どれだけ心細かったか、あなたは分かってる?」

「もしかして……妹を追い出したこと、まだ怒ってるの?」

すすり泣きながら、病室に向かって訴えた。「もう私のことがいらないなら、私が生きてる意味なんてない……今すぐここで死んだほうがマシだわ……」

そう言って、彼女は本当に壁に向かって全速力で突っ込んでいった。

額が壁にぶつかる寸前――

病室の扉が急に開き、涼介が飛び出してきて、彼女をぎゅっと抱きとめた。

玲乃は喜び、泣きながら彼の胸にすがりつこうとした。

だが涼介はそっと腕をほどき、眉をひそめて嫌悪を隠しきれない顔で身を引いた。

そして、柔らかく笑いながら、乱れた彼女の髪を耳にかけてやり、優しい声で言った。「何をバカなことを言ってるんだ。あの日は急に会社の用事ができて、連絡する暇もなかった。君を捨てるわけがないだろ?」

「玲乃、君は俺の命の恩人だ。俺は君を一生愛すると約束したじゃないか」

その話を出されて、玲乃は少し視線を逸らした。

「涼介……それで、プロポーズの式はどうするの?」

彼女は焦りながら、彼のスーツの裾を掴み、哀願するような声で聞いた。

村上家の資金繰りはもう限界だった。彼女に時間はない。

涼介は微笑み、唇の端を少し持ち上げて言った。「今夜十時、君に盛大なプロポーズを捧げるよ」

その約束を聞いた玲乃は、意気揚々と家に戻って準備を始めた。

彼女は気づかなかった。振り返るその一瞬に、涼介の瞳から優しさが完全に消え失せていたことに。

残っていたのは、底なしの冷たい闇だけだ
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