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第9話

Author: 飴ちゃん
同じころ、別の場所では。

真央は船の甲板に横たわり、胸に骨壺を抱きしめながら荒い息をついていた。

出発の前に、防水対策をしておいたとはいえ、彼女は中に水が一滴でも入ることを死ぬほど恐れていた。

「早く、毛布を掛けろ」

隆夫が真央の体に毛布を掛け、さらに湯気の立つ熱い水を手渡した。

彼は真央に何があったのかを聞かなかった。ただ静かに安心させるように言う。

「雲市の方はもう段取りしておいた。船が着いたら迎えがいる」

真央は震える肩を押さえながら、必死に頷いた。

そして視線を船室の隅へ向ける。

「その人は……」

「君と同じだ。海から拾い上げた」

隆夫がわざと冗談めかして言った。

「なかなかイケメンだろ」

薄暗いランプの下、男は壁に寄りかかって座り、頭を垂らして眠っているように見えた。

高い鼻梁に、長いまつ毛。前髪はまだ濡れていて、乾き切っていない。

「拾ったときは、心臓が止まりかけてたんだ。どうにか蘇生させた」

隆夫はため息をつく。

「真央、この人も連れて行っていいか?」

真央は慌てて首を振った。

「もちろん、構いません」

大海から一番近い港まで二日二晩。

その間、真央は身体を休めながら、次にどうするかずっと考えていた。

誠也と結婚して三年。彼女はずっと傷つけられるか、傷つけられる道を歩いてきた。

それでも当時は思っていた。

誠也と添い遂げられるなら、どんなに痛みを受けても、必死に耐えられると。

いつか誠也がすべてを片付けてくれて、平穏な日々を送れると信じていたから。

今思えば――なんて愚かだったのだろう!

「ここは……どこだ?」

不意に、背後から声がした。

真央は振り返り、男がいつの間にか目を開けていることに気づく。灰色の瞳が彼女を見ていた。

「あなたは海に落ちてしまって……おじさんが助けたんです。今夜、この船は雲市に着岸します」

彼女が説明を終えると、男はしばらく黙り込んだ。

やがて口を開く。

「俺は、阿部智樹(あべ ともき)という。上陸したら、おじさんに金を渡す。命を救ってもらった礼だ」

真央は頷いた。そのとき、彼の腹が鳴る音が響いた。

真央はすぐに厨房へ行き、お粥を一杯よそって彼の前へ差し出した。

「二日も食べていないので
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