Share

第7話

Author: 醸し屋
でも、病院の屋上に着いた愛菜を待っていたのは、裕也ではなく莉子だった。

すると、愛菜は眉をひそめて尋ねた。「私を呼び出したのは裕也じゃないの?どうしてあなたがここにいるの?」

白い長袖のワンピースを着た莉子は、振り返って愛菜ににっこりと笑いかけた。「確かに、あなたを呼び出したのは裕也さんよ。でも、彼は私に誤解させたくないからって、あなたへの伝言を頼まれたの」

彼女に誤解させたくないから、か。

その言葉で愛菜は胸に鋭い痛みが走るのを感じ、指先がかすかに震えた。

裕也が本気で誰かを大切にしようとすると、こうも気遣うようになるんだな。

そして愛菜は思わず自分と彼が付き合って二年目のことを思い出した。裕也が取引先の女性と二人きりで会っていたことに、愛菜が少しやきもちを焼いたことがあった。

その時、彼女も一緒に行きたいと言った。

社長秘書として同席するのはごく自然なことなのに、裕也は絶対に首を縦に振らなかった。

しかし、その女性からは、何度も思わせぶりな写真を個人的に送りつけられてきたから、やきもちを抑えきれなくなった愛菜は、車に隠れてこっそり後をつけたのだった。

でも、途中で裕也に見つかってしまったのだ。

それで裕也は二人が会う予定をしている料亭が山頂にあったにも関わらず、あの時、腹痛を起こした愛菜を山の中腹に置き去りにしたのだった。

あの日、彼女は6時間もかけて山を降り、やっとタクシーを拾うことができた。

そう思うと愛菜は、思わず笑いがこみ上げてきた。3年間も一方的に思いを寄せ、馬鹿みたいに弄ばれてきた自分が滑稽に思えてたまらなくなったからだ。

「それで、伝言って何?」愛菜は無表情で尋ねた。「悪いけど早くして。私は忙しいの」

しかし、莉子はそれには答えず、眼下に広がるきらびやかな夜景に目をやった。「きれいな街よね。でも愛菜、あなたはこんな街に来るべきじゃなかった」

そう言われて愛菜は、すぐには意味が分からなかった。「どういうこと?」

だが、そう言い終わらないうちに、莉子が突然駆け寄ってきて、彼女の手を掴んだ。

愛菜は驚いて、とっさにその手を振り払おうとした。「何するの?」

すると莉子は、不気味な笑みを浮かべた。彼女は愛菜の手首を強く握りしめると、甲高い声で叫んだ。「愛菜、何するの?!押さないで!」

愛菜が何が起きたか理解する前に、莉子の体がぐらりと後ろに傾き、そのまま手すりを乗り越えて落ちていった。

すると、「きゃあ――」莉子の悲鳴が、夜空に響き渡った。

愛菜は恐怖に駆られて手すりに駆け寄ったが、かろうじて彼女の服の裾を掴んだだけだった。

しかし、するりと指の間から布が抜け落ち、莉子の体はあっという間に闇の中へ吸い込まれていった。

「莉子!」

裕也は、目の前で莉子が落ちていくのを見て、怒りで目を見開いた。

彼の体は震え、3年前の光景が脳裏に蘇った。

3年前、杏も白いワンピースを着て、盛遠ビルの屋上から飛び降りた。駆けつけた時には、白い服の裾がひらりと消えていくのが見えただけだった。

その瞬間、あの時の光景と今この時がぴったり重なったのだ。

裕也は手すりに駆け寄り下を覗き込んだ。すると、莉子が階下に設置された救助用のエアマットの上に落ちて、ぐったりしているのが見えた。

彼はほっと息をつくと、すぐさま振り返った。その目は燃え盛る怒りに満ちていた。

「愛菜!この世に、お前ほど根性悪い女がいるとはな!」

裕也は何の躊躇もなく、愛菜の首を絞め上げた。「3年前は杏、そして今度は莉子か。お前は一体、何人殺せば気が済むんだ!」

足が宙に浮き、愛菜の顔は一瞬で赤く染まった。苦痛に歪む口から、かろうじて言葉を絞り出す。「違う。私じゃない……彼女が、自分で……」

「まだ嘘を言うか!なぜやったことを認めない?なぜ一度も本当のことを言わないんだ!」裕也は怒鳴り、手に込める力を強めた。「今度こそ、俺はこの目で見たんだぞ。お前が莉子を突き落とすところをな!」

窒息しかけながら、愛菜は首を絞める手を必死に叩いた。涙が止めどなく溢れ出す。「違う――」

自分じゃない。

このまま殺されると思った、その瞬間。裕也は突然手を離した。

愛菜は地面に崩れ落ち、激しく咳き込んだ。

裕也は冷え冷えとした視線で彼女を見下ろし、突き放すように言った。「愛菜、今度こそお前に償わせてやる」

そう言うと、彼は踵を返し、足早に屋上から去っていった。

意識が遠のく中、遅れてやってきた仲間に裕也が命じる声が聞こえた。「こいつを連れて帰って、閉じ込めておけ」

それから愛菜は、廃墟となった邸宅の地下室に乱暴に放り込まれた。

激痛で意識を取り戻したが、状況を把握する間もなく、地下室の鉄の扉が重い音を立てて閉められた。

最後の光が消えた時、愛菜は遅まきながら自分の状況を理解した。

自分は、裕也に閉じ込められたのだと。

光の差さない地下室で、どれくらいの時間が過ぎたのか、愛菜には分からなかった。

母の病気はもう待ったなしの状態だし、叔父も自分の渡航を待っているはずだ。

彼女は必死で鉄の扉を叩いたが、何の応答もなかった。

水一滴、食べ物一口さえ与えられず、愛菜は目眩がして、もう這い上がる力も残っていなかった。

だが、彼女を何よりも絶望させたのは、自分が暗闇を怖がっていたことだった。

裕也は、自分が暗闇を怖がることを知っている。だからわざと、この真っ暗な地下室に閉じ込めたのだ。

本当に、それほど自分のことを憎んでいるの?

こうして絶望感がじわじわと愛菜の生きる気力を奪っていき、もうこのまま地下室で誰にも知られず死んでいくのだと諦めかけた、その時。ついに地下室の扉が開かれた。

眩い光の中に、裕也の姿が浮かび上がった。

彼はパリっとしたスーツを着こなし、険しい表情で立っていた。その視線は、まるで鋭い刃物のようだ。

「愛菜」冷たく言い放つ。「莉子が無事だったことを、幸運だと思え」

愛菜は、きょとんとした。

あの病院は15階建てだ。あんな高いところから落ちて、莉子が無傷でいられるなんてことがあるだろうか?

その目に浮かんだ驚きが、裕也の怒りに火をつけた。彼は大股で近づき、愛菜の体を無理やり引き起こした。

「なんだ?がっかりしたか?」裕也の声は、氷のように冷たい。「残念だったな。莉子は運よく救助用のエアマットの上に落ちたんだ」

その瞬間、愛菜はすべてを悟った。莉子は、わざとやったのだ。

彼女は必死に首を横に振り、弁解しようとした。「違う、あの女が……」

しかし、その言葉はまだ言い終わらないうちに、バチン。

乾いた音が響き、愛菜の頬に激しい痛みが走った。

目の前が真っ暗になり、また意識を失いかけた。

「お前みたいな女は、何度死んでも足りん!」裕也は、彼女を力任せに床へ投げつけた。

愛菜は痛みでうずくまり、声を出すこともできなかった。

どうして信じてくれないの?一度でいいから、信じてほしかった。

視界に、ぴかぴかに磨かれた革靴が映る中、彼の冷たい声が聞こえてきた。

「莉子は脳震盪で、全治3ヶ月の診断だ。

今日からお前は、莉子の世話係だ。彼女が何を要求しようと、お前は黙って従え」
Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 深海に溺れる時   第20話

    すると周囲は、気が狂ったようになった裕也に巻き込まれたくなくて、慌てて彼から離れていった。その傍らで、愛菜は冷静に美優からマイクを受け取り、会場の皆に向き直った。そして、はっきりと冷たい声で言った。「申し訳ありません、このような形で皆さんにお目にかかることになりまして。私はデザイナーの三浦百合です。盛遠グループが私のデザインを盗用したことを、組織委員会に告発したいと思います。3年前も、盛遠グループの大塚部長は、私の作品を何度も盗みました。そして3年経っても、その悪いくせは直らなかったようですね」それを聞いて、映像が流れてから呆然としていた莉子は、はっと我に返った。そして、愛菜を八つ裂きにでもしようかとする勢いで、叫びながら突進してきた。「でたらめよ!私は盗んでなんかない、ちゃんと契約書も交わしたわ!」愛菜はふっと笑った。「あなたと契約を交わした覚えなんてないけど」莉子は、彼女のそばにいた美優を指さして叫んだ。「彼女よ!私と契約したのは、この人なの!」美優は唇の端をつり上げた。「大塚部長、人違いじゃありませんか?私は三浦さんの秘書でして、彼女の代わりに契約を結ぶなんてことはできませんよ」その瞬間、莉子は自分が罠にはめられたのだと、ようやく気がついた。一方で、メディアは興奮した様子でこの一大スキャンダルをこぞって報じていた。莉子は全身が凍りつくのを感じ、これから先、自分の人生は終わりだと悟った。企業秘密の漏洩、殺人教唆、いじめ、著作権侵害。これらの罪が重なれば、残りの人生を刑務所で過ごすことになるだろう。彼女は這うようにして裕也に駆け寄り、そのズボンの裾を掴んだ。「裕也さん!裕也さん!これは全部嘘、愛菜が仕組んだ罠なの!彼女の言うことなんて信じちゃだめ!裕也さん、私たちは幼馴染じゃない。私がどんな人間か、あなたが一番よく知っているはずよ。私が杏ちゃんを傷つけるなんてこと、するわけないじゃない!」その声で裕也は我に返ったようだった。彼は莉子を見下ろすと、いきなりその首を掴んで締め上げた。その形相はまるで地獄から這い出た鬼のようだった。「お前だったのか。全部、お前の仕業だったんだな!お前が杏を死に追いやり、愛菜を傷つけたんだ!死ね、今すぐ死んでしまえ!」すると、息ができなくなった莉子の目から、希望の光がゆっ

  • 深海に溺れる時   第19話

    「驚いた?」愛菜は、怯える莉子から裕也に視線を移した。「どうやら、私が生きていると都合が悪い人もいるみたいね」そう言われて裕也が、莉子を見る目は、一瞬にして凍りつくように冷たくなった。莉子のせいで、愛菜は3年前、海に落ちたんだ。じゃなかったら、自分たちは3年間も無駄にすることはなかったのに。そう思って彼は莉子に憎しみをむき出しにして言った。「消えろ。二度と俺の前に顔を見せるな」莉子は我に返ったが、どこか腑に落ちなかった。「う、嘘よ!裕也さん、あの状況で愛菜が生きているわけないじゃない!絶対におかしいわ!彼女がどれだけ性悪女か忘れたの?杏ちゃんを殺したのは、彼女なのよ?」それを聞いて愛菜の目線も、凍り付くように冷たくなった。杏を殺したのは、まぎれもなく莉子本人なのに。どうして平気で、人に罪をなすりつけられるんだろう?「愛菜、彼女の言うことなんて聞くな」裕也は愛菜が怒るんじゃないかと、緊張した面持ちで彼女を見た。「言っただろ。杏のことはもう終わったんだ。これからは、俺たちもこのことは忘れよう」愛菜は顔を上げて、彼に微笑みかけた。「ええ、いいわよ」そう言われて裕也は一瞬ほっとしたが、すぐにまた緊張した面持ちになった。「じゃあ、俺とやり直して……」すると、「裕也」愛菜は彼の言葉を遮った。「3日後に北市でジュエリー展があるわ。その時のあなたの態度次第よ」彼女の言葉の裏にある意味を察して、裕也の瞳は興奮に揺れた。「愛菜、絶対にお前をがっかりさせない!」愛菜がホテルに戻ると、莉子はこの光景を見て、馬鹿げていると思った。「裕也さん、あんな女を許すなんて、どうかしてるわ!」しかし、莉子がそう言い終わらないうちに、裕也は突然、彼女を湖に蹴り落とした。彼の目は鋭かった。「もう一度愛菜を侮辱してみろ。死ぬほど辛い思いをさせてやるからな!」湖に落ちた莉子は、冷たい水が流れ込んでくるのを感じ、魂まで凍りつくように感じた。……それから、3日間はあっという間に過ぎ、ジュエリー展の日がやってきた。このジュエリー展には、社会の各界から著名人が集まり、北市のメディアもほとんど駆けつけていた。盛遠グループが発表したジュエリーシリーズは、他を圧倒するほどの注目を集めた。そのため、莉子も会場中の視線を集めていた。ス

  • 深海に溺れる時   第18話

    一方で、裕也はそれを聞いて、笑顔が一瞬固まり、声が少しこわばった。「なくしたのか?」「私がいけなかったのね」愛菜は悲しそうに言った。「うっかりノートを湖に落としちゃって」彼女は裕也の袖を掴んだ。「あのノート、私にとってすごく大事なの。裕也、見つけられないかな?」そう言われ、裕也の胸のトキメキが途端に高く弾んだ。愛菜はノートが大事だと言った。つまり、自分のことも大事に思ってくれているということか?ノートを見つけ出せば、彼女は完全に自分を許してくれるのではないだろうか?そう感じた裕也は躊躇わず言った。「どこだ、俺が探して来るよ」だが、愛菜はためらいがちに唇を結んだ。「でも、こんな寒いのに……」裕也は甘やかすように笑った。「バカだな、忘れたのか?昔は毎年、寒中水泳に行ってたんだ。寒いのなんて平気だよ」愛菜は裕也を連れて、ホテルの裏庭にある人工池のほとりへと向かった。今日は大雪が舞い、気温は氷点下。湖面にはすでに薄い氷が張っていた。「あそこよ」愛菜は湖の中心を指さした。「午後に写真を撮っている時、うっかり落としちゃったの」それを聞いて裕也はジャケットを脱いで彼女に渡した。「外は寒い。中で待ってろ。すぐに取ってくるから」愛菜は窓の前に立ち、裕也が上着を脱いで一歩、また一歩と湖に近づいていくのを、冷ややかに見つめていた。そして――ドボン。彼はためらうことなく、骨まで凍みるような冷たい水の中に飛び込んだ。湖面の氷が砕け、冷たい水が瞬く間に裕也の体を飲み込んだ。それを見つめる愛菜の指先が微かにこわばった。それでも、彼女は無表情のままじっと見続けていた。昔、裕也は二人の思い出の品を自らの手で湖に投げ捨てた。そして、なくしたと嘘をつき、彼女に3時間も湖の中を探させたのだ。愛菜は、あの骨の髄まで凍えるような冷たさを、決して忘れることができなかった。そして今こそ、彼がそれを味わう番だ。湖の中の男は、潜ったり浮上したりを繰り返している。その物音に、すぐに多くの人が気づき始めた。「誰か落ちたのか?!」「いや、何かを探しているみたいだぞ」「一体なにがそんなに大事なんだろうな。こんな寒い中、水に入ってまで探すなんて」「また若いカップルがなにかやってるんだろ。最近の若者は、本当に体を大事にしないな」

  • 深海に溺れる時   第17話

    愛菜は、裕也の卑屈とも言える態度を見て、バカバカしくて笑えてきた。この男は、自分に負わせた過去の傷が、たった一言の謝罪でなかったことにできるとでも思っているのだろうか。彼が過ちに気づけば、当然のように自分とやり直せるとでも考えているのか。そんなうまい話があるものか。愛菜は心の中で鼻で笑い、ふと彼の上着のポケットを指さした。「あなたのスマホ、ずっと鳴ってるよ」だが、裕也は電話に出るつもりはなく、「どうでもいい用事だ。俺にとってお前より大事なものはないから」と言った。でも、どうしても出てほしかったので、愛菜は微笑みながら彼を促した。「出たほうがいいよ。何度もかかってきてるから、急用なんじゃないか?」その言葉に、裕也の目が輝いた。愛菜は、自分のことを心配してくれてるのか?「わかった、お前の言う通りにする」裕也は誠意を見せるため、スピーカーフォンにして電話に出た。すると、電話の向こうから、焦った様子の聞き慣れた女の声が聞こえた。「裕也さん!一体どこにいるの?三浦さんのチームがもう到着してるのよ。契約のためにあなたを待ってるの!」莉子の声を聞いて、裕也は思わず愛菜の顔色をうかがった。愛菜が嫌な顔をしていないのを見て、彼はようやくほっと胸をなでおろした。そして、電話の向こうの相手に冷たく言い放った。「言っただろ。このプロジェクトはお前にすべて任せるって」「それはわかってる。でも、契約書の細かい部分は私にはわからないの。それはあなたの得意分野でしょ。一度、こちらに来てくれない?」莉子の声には懇願の色がにじんでいた。それでも裕也は、「無理だ」と冷たく断った。そんな彼の頑な表情を見て、愛菜はふっと口の端を上げた。3年前、彼も自分に対して、まったく同じ態度だった。「きゃっ――」愛菜は突然小さく悲鳴を上げ、思わず裕也の腕に手をかけた。すると、裕也の意識は一瞬で彼女に集中し、慌てて尋ねた。「どうした?」愛菜は怖がった顔で言った。「今、虫が顔に飛んできて……」裕也はすぐに心配そうな顔で彼女を確かめようとした。「どこだ?刺されてないか?痛くないか?」だが、愛菜はさりげなく彼の体に触れないように身をかわした。すると電話の向こうの莉子は、こちらの様子に気づいたようで、その声が、急に甲高くなった。「あなた

  • 深海に溺れる時   第16話

    それを聞いて、裕也の顔がさっと青ざめた。彼は一歩前に出て、何かを説明しようとして言いかけた。「愛菜――」その時「あなた何しているの?!」ドアの外から、美優の慌てた叫び声が聞こえた。「愛菜、中にいるの?もしかして悪い人?大丈夫よ、もう警備員を呼んだから!」それを聞いて裕也は美優に目をやり、今日はもう愛菜と話せないと悟った。だが、まあいい、焦る必要はないそう彼は思った。愛菜が生きているとわかった今、彼女の心を取り戻すチャンスはこれからいくらでもあるのだから。「愛菜」思わず再びそう呼びかけると、裕也は名残惜しそうな目をしながら言った。「また明日、会いに来る」一方で、美優は男の後ろ姿を見送りながら、はっと気づいた。「彼は盛遠グループの高橋社長じゃない?!」彼女は腹が立ってたまらない様子で、愛菜に不満そうに訴えた。「あなたは知らないでしょうけど、あの高橋社長って、ちょっとおかしいのよ。さっき盛遠グループに行ったとき、いきなり狂ったみたいに私の腕を掴んできたの!だから絶対、盛遠とは提携しちゃダメよ!」愛菜は美優の手首の赤い跡に気づくと、そっと息を吹きかけた。「ごめんね、美優。私の考えが足りなかったわ」美優はきょとんとした。「あの人がおかしいのと、あなたに何の関係があるの?」愛菜は少し考えると、打ち明けることにした。「裕也は、私の元カレなの。ちょっと、いろいろとあって」彼女の計画には美優の協力が必要で、そのためには事の一部始終を話す必要があった。それを聞いて美優は目を大きく見開き、持っていたバッグをぱさりと地面に落とした。「えっ?あのイカれた男が、あなたが前に言ってた……」「そう、彼よ」愛菜は落ち着いてバッグを拾い上げた。「ごめん。私の個人的な問題にあなたを巻き込んでしまって」美優は息を呑み、とっさに愛菜の手を掴んだ。「待って!じゃあ、あの『深海に溺れる時』の作品の被害者って、あなたなの?」「ええ」愛菜は静かに頷いた。美優は胸が痛む思いで彼女を抱きしめた。「最低!あのクズ野郎!愛菜、あなたのやりたいようにやればいいわよ、私、絶対に協力するから!」それを聞いて、愛菜は金庫から一つのファイルを取り出した。「あなたには盛遠へ何度も足を運んでほしいの。莉子に、『百合』は盛遠と提携するつもりなんだと勘違いさせるため

  • 深海に溺れる時   第15話

    帰国を決めた時から、愛菜は裕也と会うことは避けられないと分かっていた。裕也から逃げるつもりはなかった。今の彼女はもうその男を恐れていないし、脅されるような弱みもないからだ。ただ、愛菜は再会がこんなに突然だとは思ってもみなかった。裕也がホテルまでたずねてきたのは、おそらく『深海に溺れる時』シリーズのデザイン画を見たからだろう。探偵を使って調べていたから、愛菜も裕也がこの3年間ずっと自分を探していたことは知っていたし、自分に関する少しでも手がかりがあれば、彼が必ず自ら確かめに行っていたことも分かっていたのだった。だが、今日美優に『深海に溺れる時』シリーズのデザイン画を盛遠へ届けさせたのは、もともと莉子をおびき出すためだった。愛菜は事前に調べておいた。自分が「死んだ」ことになってから、裕也はほとんど会社に来ていないはずだった。だから、まさか今日彼と鉢合わせてしまうなんて思いもしなかったのだ。そう感じたものの、愛菜は落ち着いた様子で顔のパックをゴミ箱に捨て、先に口を開いた。「久しぶりね、裕也」一方で、裕也はドアの前に立ち、呼吸を乱しながら、彼女の顔を食い入るように見つめていた。彼は目の前の光景が信じられなかった。この3年間、この光景は何度も裕也の夢に現れた。でも、愛菜に触れようとするたびに、彼女は泡のように空気中に消えてしまうのだったから。そう思って、彼は目の前の女性に触れようとして手を伸ばしたが、実際には触れる勇気が出なかった。そして、彼は声を震わせながら、絞り出すように言った。「愛菜……なのか?俺はまた、夢を見ているのか……」その深く愛し、後悔しているかのような様子を見て、愛菜は思わず笑ってしまいそうになった。そして、彼女はためらわずにドアを閉めようとした。「違うわ」案の定、ドアは男の体によって阻まれた。「痛い……これは、夢じゃない!本当にお前なんだな……愛菜!本当にお前なんだ!」裕也の声はひどくかすれていて、かすかな興奮が感じられた。「分かっていたさ、お前は絶対に生きているって!」だが、愛菜は何げなく彼を一瞥し、皮肉な笑みを浮かべた。「あら、なんだかがっかりしたみたいね?私がとっくに海の底で死んでいればよかったのかしら?」それを聞いて裕也の瞳孔が、ぐっと収縮し、まるでそんな言葉が愛菜の

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status