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第15話

Author: ノーベル
愛莉は一瞬、外が騒がしいせいで聞き間違えたのかと思った。

息が少し詰まるのを感じ、何かを言いかけた時、明彦の苛立った声が聞こえた。

「今日は時間がないから、明日また買いに行く」

向こうから、はっきりとは聞き取れない女性の声がした。

こんな時間に、明彦の家に。二人の関係が、とても親密そうに聞こえる。

愛莉は、喉が詰まったかのように、一言も発することができなかった。

しばらくして、彼女はようやく早口で言った。

「上がってこなくていいわ。すぐ、何ともなくなるはずだから。もう休むわね」

そう言うと、相手の反応を待たずに、電話を切った。

電話を切った後、愛莉はドアの前に長く立ち尽くしていた。外の騒ぎは、いつの間にか収まり、静けさが戻っていた。

愛莉は、少ししょぼしょぼする目をしばたかせ、魂が抜けたようにベッドに戻ると、布団にくるまった。

明日、機会を見つけて、はっきりさせよう、と彼女は思った。

翌日はちょうど週末で、愛莉は十一時になってようやく起きた。

適当に昼食を済ませると、愛莉はスマートフォンを手に取っては置き、結局、明彦にメッセージを送り、今夜食事でもしないかと誘った。

明彦は、珍しく一時間近く経ってから返信してきた。

【ごめん、愛莉。今日は少し用事があって、一緒に食事できないんだ。明日、改めてご馳走させてくれないかな?】

愛莉は「少し用事が」というその一文を見つめ、しばらくして、ようやく「わかった」とだけ返信した。

午後、愛莉は何をするにも気乗りがせず、ドラマをしばらく見ていたが、何も頭に入ってこなかった。

彼女は、いっそスマートフォンを取り出し、親友をショッピングに誘った。

親友からはすぐに返信があり、すぐ着くとのことだった。

愛莉は、親友が送ってきた「今向かってる」というスタンプを見て、微笑んだ。

やっぱり、頼りになるのは親友だ。恋愛なんて、どうでもいいもの。

二人は、すぐにデパートに着いた。

親友は彼女の近況を尋ねた後、彼女を引っ張って服屋を巡り始めた。

しかし、愛莉はずっと気乗りがしない。親友に気づかれて、場をしらけさせてしまうのを恐れ、無理やり元気を出した。

五階まで来た時、愛莉がふと顔を上げると、明彦の姿が見えたような気がした。

心臓が、どきりと速く打った。もう一度よく見てみたが、その姿は見当たらない。

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