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第348話

Author: 一匹の金魚
真衣が採用試験に合格するのは時間の問題だ。

宇宙航空研究開発機構が真衣にオファーを出したのは彼女を評価してのことで、彼女はその好意にただ乗っかって昇進できるわけではない。

「江村さんよりご評価いただいていることは光栄ですが、今は基礎をしっかりと固めていきたいと思います」

基礎をしっかり固めることは肝心だ。

この業界は短期間で大成するものではなく、一歩ずつ堅実に歩むしかない。

江村の真衣を見る目には、いくぶんかの賞賛が込められていた。「最近の若者には、君のような意気込みを持つ者はあまりいない」

会議が終わった後。

安浩は真衣を見て言った。「将来のキャリアについて、何か考えはあるか?」

「考え?」真衣はデータの山から顔を上げて彼を見た。「九空テクノロジーを海外進出させるのが私の目標よ」

「宇宙航空研究開発機構までが君にオファーを出したのだから、もっと高みを目指してもいいんじゃないか」

真衣は突然笑った。「先輩は私が引き抜かれることを心配している?」

「九空テクノロジーは将来、国境を越えて羽ばたくだけでなく、やがては政府や宇宙航空研究開発機構と直接連携し、この国の名誉を背負う存在になるわ」

今、加賀美先生が真衣を国の上層部たちに紹介するのも当然のことだ。

これも、第五一一研究所のプロジェクトを進める上で必要なことだ。

その時、外から誰かが入ってきた。「寺原さん、江村さんが事務所に来るようにとのことです」

真衣は一瞬ためらってから、江村の事務所に向かった。

江村は真衣が入ってくるのを見て、真剣な眼差しで彼女を見つめた。「宇宙航空研究開発機構に来る気は本当にないのか?」

真衣はまだ若く、すでにこれほどの実力を持っている。将来はきっとすごいことになるはずだ。

今、この国の上層部に足りていないのは優秀な人材だ。

このような人材を育て上げるのは本当に容易なことではない。

将来、真衣が国際的な舞台に立った時、国内だけでなく、国外からも引き抜きの手が伸びるだろう。

このような状況では、先手を打つのが常だ。

「江村さん、私はどこにいようがこの国のために尽くすつもりです」

真衣の決意は固く、今はオファーは受け入れられない。

江村も無理強いはしなかった。「ここに一組のデータがあるが、私の学生たちではどうしても解析ができない。ちょっと解いてもらえ
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メイメイ
礼央の態度が…なんか冷たくなってきてますね
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