Share

第9話

Author: 一匹の金魚
盛岡高史(もりおか たかし)は真衣をじっと見つめ、露骨に軽蔑の色を浮かべて吐き捨てた。「何しに来たんだか。存在感でもアピールしに来たつもりか?」

礼央はその声を聞いても何も言わず、淡々と真衣の方へ視線を向けただけだった。

衆人の注目を一身に浴びる萌寧に比べ、たとえ真衣が目を見張るような美貌を持っていたとしても、中身のないお飾りでは話にならなかった。そんな彼女が光り輝く萌寧の隣に立てば、その差はますます浮き彫りになるだけだった。

「お前がどうして家に帰りたがらないか、よくわかったよ。俺だって、絶対に萌寧を選ぶね。学歴もあるし、能力もある。もともと優秀で向上心もある。何を取っても真衣よりはるかに上だ。

真衣なんて、家でお前の金を使うだけで、何一つ役に立たないじゃないか」

高史は礼央と同じ社交界に属する人間で、二人が結婚した当初から、真衣のことを心の底から軽蔑していた。

男を罠にかけてベッドに転がり込んだ女なんて、どれほどの価値があるっていうんだ?

今更になって、恥知らずにもこんなところまで追いかけてくるとは……高史は心の中で、ますます非常識だと呆れていた。

「まだあそこに立ってインタビューなんて見てるのか?理解できるわけがないだろ。知らない人が見たら、あの女も航空業界にでも進出するつもりだと思うかもな」

礼央は冷ややかな視線を高史に向け、一言だけ吐き捨てた。「うるさい」

それでようやく、高史は口をつぐんだ。

翔太は、もみくちゃにされながらも華やかに笑う萌寧を見つめ、自分までその光を浴びているような気分になっていた。

萌寧さんが本当にママだったらいいのに。

でも大丈夫。萌寧さんが自分のことを一番好きでいてくれれば、それでいい。

真衣は、皆の前で生き生きと語る萌寧の姿を黙って見つめていた。たしかに、今の彼女は光り輝いていた。

この業界に対する理解も、彼女は驚くほど深かった。

真衣はそっと深呼吸し、視線をそらした。

道理で、礼央が萌寧に惹かれるわけだ。

何もできない専業主婦と、才色兼備のキャリアウーマン。比べれば、どちらを選ぶかなんて明白だった。

そんな単純な理屈を、前世の彼女は理解できずにいた。

千咲は、もみくちゃにされながらも注目を浴びている萌寧を、まん丸な大きな目でじっと見つめていた。周囲の会話にも、しっかり耳を傾けている。

この飛行機、あの人が設計したんだ……だから、お兄ちゃんがあれほど彼女を崇拝しているのか。

-

その時だった。

真衣の携帯が鳴った。安浩からで、「見晴らしのいい観覧席を手配したから、もうすぐ戦闘機のショーが始まる」と伝えてきた。

彼女は千咲を連れて、そのまますぐに指定の場所へと向かった。

だが、高史の目には、まるで真衣が自分は萌寧に敵わないと悟って、娘を連れてこっそり逃げ出したようにしか映らなかった。

やがて、萌寧のインタビューが終わると、

翔太が勢いよく駆け寄り、そのまま彼女の懐に飛び込んだ。「萌寧さん、すごい!」

萌寧は翔太をひょいと抱き上げ、小さな頬にキスをしてやった。「ありがとう、翔太」

キスされた翔太の顔には、ますますまぶしいほどの笑みが広がっていた。

萌寧は口元に笑みを浮かべながら礼央を見つめ、片手で翔太を抱き、もう片方の腕を広げて言った。「礼央、この私こんなに優秀で輝いてるんだからさ、祝いにハグでもしに来ない?」

高史は作り笑いを浮かべて近づいてきた。「どういうことだよ?俺はもうどうでもいいってか?」

そう言いながら、礼央の意向などお構いなしに腕を伸ばし、そのまま萌寧とのハグに巻き込んだ。

三人がようやく離れると、高史は礼央に声をかけた。「このあと、みんなで飯でも食って祝うか?」

萌寧は翔太を抱いたまま、もう一方の手を礼央の肩にぽんと乗せて、明るく言った。「いいわよ、私がおごる!」

遠目には、三人はまるで仲の良い家族のように見えた。

けれど、千咲と真衣はまだそこまで離れてはいなかった。

千咲はずっと後ろを振り返って、父の姿を探していた。そして、礼央が萌寧と翔太と並んでいる様子を見た瞬間、その小さな唇をぎゅっと噛みしめ、顔をそむけた。もう、見ないと決めたのだ。

もしお兄ちゃんみたいにもっと優秀だったら、パパは自分のことも受け入れてくれたのかな……

パパは自分のことが嫌いだから、ママのことまで嫌いになったんだよね……

ママの足を引っ張っちゃいけない。千咲は、そう心の中で固く誓った。

その頃、安浩が手配してくれた観覧席にたどり着くと、それはまさに会場でも指折りの、最高のポジションだった。

ど真ん中に位置し、見晴らしも抜群。

「ここで待っていて。もうすぐショーが始まる」安浩は笑顔でそう言った。「人が多いので、あまり動き回らないほうがいいよ。子どもが怪我しちゃうから」

「ありがとう」真衣は彼を見て、穏やかに言った。「お忙しいでしょうから、私たちのことは気にしないで」

「何かあったら電話してね」

そう言い残し、安浩はその場を後にした。

彼が去ったあと、真衣は観覧席に腰を下ろした。広々とした視界のなか、遠くに見える一機の飛行機をじっと見つめていた。

青い鳥X7それは見事に完成され、展示会の中でも何度もノミネートされた。

今日は取材対象者も多く、賑わいを見せていた。

そして、このセンターとも言える特等席にも、次々と人が集まりはじめていた。どれもこの業界で一目置かれるような名のある人物ばかりだった。

遠くから、千咲は礼央が翔太を抱き、萌寧と一緒にこちらへ向かってくるのを見つけた。

翔太は千咲を見つけるなり、顔をしかめて言った。「なんで千咲もここにいるの?」

千咲とママが、こんな場所に入って座れるはずがない。翔太の中にはそんな思いがあった。

「ここは誰でも来られるようなところじゃないんだ。千咲とママは勝手に入ってきたんだから、後で追い出されるかも知らないぞ」

「その言い方、失礼だろ」

礼央が眉をひそめ、淡々とした声でそう言った。だが、その声には十分な威圧感がこもっていた。

彼は翔太を甘やかしていたが、翔太もまた、心の奥では父を恐れていた。

その言葉に、翔太はすぐに口をつぐみ、しょんぼりとした顔で萌寧を見上げた。

萌寧はやさしく笑いながら言った。「礼央、子どもなんだから、わからないこともあるわよ。これからちゃんと教えればいいの。そんな怖い顔して、驚かせなくてもいいじゃない」

真衣は冷ややかに一瞥をくれたが、それだけだった。まるで相手にする価値もないとでも言いたげに、彼らの存在など気にも留めなかった。

高史は唇を歪め、嘲笑を浮かべながら、内心で大きく目をひそめた。

礼央にしがみついてここまで来たくせに、どうやって内場に入り込んだのかは知らないけど、今さら澄ました顔で冷たい態度を取るとか……

彼女の腹の内など、誰が見たって分かる――そんな気持ちだった。

真衣は列の奥の席に座り、千咲はその隣、外側の席に腰を下ろしていた。それをちらりと見た礼央は、千咲の隣に腰を下ろした。

翔太もすかさずその隣に座り、自分の横の席をぽんぽんと叩いて言った。「萌寧さん、ここに座って!」

萌寧は笑顔のまま、何の遠慮もなくその席に座った。

父が隣に座るのを見て、千咲は思わず小さな手で服の裾をぎゅっと握りしめた。そして、緊張した面持ちで、こっそりと礼央の表情をうかがった。

けれど、礼央は最初から最後まで一度も千咲に目を向けることなく、視線も関心もずっと翔太と萌寧に向けられていた。その様子を見て、千咲の心はじわじわと冷えていった。

やがて、戦闘機のパフォーマンスが正式にスタートした。

その場面は圧巻で、会場中が歓声と興奮に包まれた。

子どもたちも目を輝かせながら、興味津々で空を見上げていた。

「萌寧さん、これから萌寧さんはこういう戦闘機を設計するの?すごくかっこいい!」

翔太が目を輝かせて言うと、萌寧は微笑んで答えた。「気に入ったなら、小さい模型を作ってあげるよ」

「やったー!」

そのやりとりを聞きながら、千咲は胸の奥に小さな羨望を抱いていた。

彼女も本当は、とても気に入っていた。

だけどそれを表に出すことはせず、静かに心の中へしまい込んだ。

戦闘機のパフォーマンスが終わると、前方のステージで次のイベントが始まった。

大人たちは一斉に立ち上がり、前の方の視界がふさがれた。千咲も立ち上がったが、背が届かず何も見えなかった。

礼央は翔太を抱き上げた。翔太はその高さから千咲を見下ろし、得意げに舌を出してみせた。

「ふんっ」千咲は悔しそうに鼻を鳴らし、椅子の上に立って言い返した。「背が低いから抱っこされるんでしょ。私はこれで見えるもん!」

翔太も負けじと鼻を鳴らし、言い放った。「それがどうした。僕はこれから背が伸びるけど、千咲にはパパがいない!」

その一言は、まさに千咲の急所を突くものだった。さっきまで楽しく夢中になっていた心が、ぱたんと音を立てるようにしぼんでしまった。

真衣は眉をひそめ、翔太に冷たい声で言った。「そうね、あんたにはママがいないわ」

その言葉に、翔太はその場でぴたりと凍りついた。

萌寧も一瞬、目を見開いた。真衣がそんなことを口にするなんて、まったく想像していなかった。

礼央は眉を曇らせ、不機嫌を隠そうともせずに言った。「真衣、子ども相手に何をムキになってるんだ」

真衣はふっと嘲笑を漏らし、淡々と返した。「あなたは女相手に何をムキになってるの?」

それ以上言い合う気もなく、真衣は礼央を無視し、その代わりに千咲の頭を優しく撫でた。「ママがそばにいるよ」

千咲は小さく唇を噛んだが、すぐに笑顔を見せて頷いた。

礼央は終始、無表情のままだった。

錯覚かどうかわからないが、

最近の真衣は、彼に対して明らかに敵意を抱いているようだった。

そして、ショーが終わるまでのあいだ、礼央と真衣は一言も交わさなかった。

礼央は翔太を地面に下ろした。

そのとき、千咲が口を開いた。「ママ、トイレに行きたい」

「いいよ」

立ち上がろうとした千咲は、椅子から飛び降りた瞬間、足元の位置をよく見ていなかった。ぐきっ。足を捻ってバランスを崩し、そのまま前に倒れかけた。「……あっ——」

彼女は思わず目をぎゅっと閉じたが――

予想していたような痛みは、いつまでたっても来なかった。次に感じたのは、しっかりとした腕の感触。

目を開けると、そこは父の胸の中だった。広くて、あたたかくて、やさしい……

千咲は一瞬きょとんとして、鼻の奥がつんとした。パパ……やっぱり、千咲のこと気にかけてくれてたんだよね?

千咲は思わず、ぽつりと口にした。「ありがとう、パパ……」

その瞬間、男の瞳がふっと細くなり、凍てつくような静けさを宿した。「今、何て呼んだ?」

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 火葬の日にも来なかった夫、転生した私を追いかける   第30話

    真衣は笑いそうになった。そう、彼女はすべてをわかっている。だからといって、どこまでも萌寧親子に譲らなければならないのか?「あなたのめちゃくちゃな状況は、私には関係ない」真衣は千咲の手を引き、踵を返してその場を離れようとした。先ほど安浩から連絡があり、研究所内で急な会議が入ったため来られなくなったという。同じゼミの後輩を代わりに行かせると申し出てくれたが、彼女は余計な手間をかけたくなかったので、きっぱりと断った。本来は安浩に親子活動に参加してもらうつもりだったが、残りの活動もこれではもう成り立たないだろう。彼女はここで時間を無駄にし、彼らと無用な争いを続ける必要もなかった。数歩歩いたところで、玄関から一行人が入ってくるのが見えた。真衣は目を細め、先頭の人物を見つめた。校務委員会が来た。教師たちは校務委員会を見るや、慌てて迎えに行った。「校長先生」突然の来訪に、教師たちは内心ひやりとした。校長は険しい表情で言った。「学校の規律は、権力のある者が好き勝手にできるものなのか?教育委員会から直接電話があった」教師は背筋が凍った。「えっと……私たちは高瀬さんの行動を一切認めておりません」「その対応は正しかった」校長の視線は友紀に向かった。「本校は権力で人を押さえつける学校ではありません。高瀬翔太が公然と高瀬千咲を誹謗したことに対し、懲戒処分とします。次回同様のいじめがあれば、即刻退学処分です」友紀の表情が一瞬で険しくなった。「何をおっしゃっているのですか?うちの孫にはそんな事実はありません。兄妹のいさかいにまで、学校が口を出すのですか?」「ネットのトレンドが何日も炎上するまで待って、ようやく過ちを認める気になるのですか?」校長は言った。「権力がすべてを決めるわけではありません」友紀は言葉に詰まった。彼女はこの件を大したことだとは思っていなかった。世間の噂やトレンドなど、たとえ本当に話題になったとしても、有名人のニュースで押し流してしまえば済むと思っていた。「これは学校側の問題です。一位になるべきはうちの翔太です。ましてや、千咲が翔太を突き飛ばしたのですから、謝らせるのはうちの家のことです」「家のことなら家で片付けなさい。学校の競技ルールに従えば、一位は千咲です。あなたの権力とは関係あ

  • 火葬の日にも来なかった夫、転生した私を追いかける   第29話

    千咲の幼い声が、しかしはっきりと場に響き渡った。その瞬間、友紀はわずかに目を見開き、すぐに真衣へと視線を向けた。「あなたが育てた娘、ずいぶん野心家なのね。高瀬家を彼女に譲ったとして、果たして彼女に扱いきれると思ってるの?真衣、よく考えなさい。お金も力もないあなたに、千咲をどう育てられるというの?この子はあなたといれば、苦労するだけよ。たとえ高瀬家が何もせずに十年待ってあげたとしても、あなたが高瀬家と対等になる日は永遠に来ないわ」千咲はまだ幼くて、何もわかっていない。階級というものが、努力だけではどうにもならない壁だということを、まだ知らないのだ。一世代の努力など、何世代にも渡って築かれた力には決して敵わない。その言葉に、真衣は唇の端を引きつらせ、静かに言い放った。「あなたが受けた高等教育って、人を見下すための勉強だったの?私は、どんなに落ちぶれたとしても、高瀬家に一銭たりとも頼るつもりはない」その言葉に、礼央の視線が冷たく鋭くなった。「自分が何を言っているのか、分かっているのか?」低く抑えられた声に、男の全身からは重々しい怒気が滲み出ていた。彼が本気で怒っているのは、誰の目にも明らかだった。そこへ萌寧が歩み寄り、空気を和らげるように間に入った。「礼央、真衣さんは今ちょっと感情的になってるだけよ。気持ちが落ち着いたら、きっと戻ってくるわ。家族なんだから、乗り越えられないことなんてないのよ」彼女は真衣を見て言った。「真衣さん、もし礼央が真衣さんをいじめたら、すぐに私に言ってね。絶対あなたの味方をするから。どうしようもなかったら、私が代わりにあいつを殴ってやる。少しはスッキリするでしょ?」真衣は、萌寧の姿を見ただけで嫌気が差した。そして冷たく皮肉を込めて言い放つ。「どうやって殴るの?ベッドの上で殴り合いでもするつもり?」「真衣さん」萌寧は表情を曇らせ、声のトーンを落とした。「そういう言い方はさすがにどうかと思うわ。私に何か言いたいことがあるなら、はっきり言えばいい。どうして私と礼央の親友の絆をそんなふうに汚すの?たとえ彼が私の前でズボンを脱いだとしても、何も感じないわ!」「そう?翔太ママ」真衣は彼女を見て言った。「翔太があなたのことママって呼んでたわよ。それでも礼央とはただの親友なの?」その言葉に、友紀は驚き

  • 火葬の日にも来なかった夫、転生した私を追いかける   第28話

    彼女は冷ややかに唇を引き、隣の礼央をちらりと見た。「PRで処理して」真衣が礼央を見やると、彼は目を合わせようとせず、ただ視線を落としたままスマートフォンを取り出し、秘書にメッセージを送った。テレビ局は高瀬家の地位をよく知っており、余計なことはできない。事態が起きた瞬間、すぐに生放送を切った。とはいえ、友紀の発言までは予測できず、彼女が話し終えてからの中断になってしまった。すでに流出した映像が切り取られ、拡散され、炎上するのは避けられないだろう。だが、高瀬家ほどの立場があれば、こんな些細な騒ぎなど、指先ひとつで揉み消すことができる。真衣は、皮肉な笑みを浮かべた。これが礼央という男だ。何が正しくて何が間違っているのかも見ようとせず、千咲や自分の気持ちなんて、最初から眼中にないのだ。「仮に放送されたとしても、単なる家庭内のもめ事だ」友紀の主張は既に明白だった。資本と権力――それは、ほとんど揺るぎない。真衣がこの場で優位に立つことなど、到底あり得ないことだった。友紀は鋭い目を教師に向けた。「一位は翔太だと申し上げたけど、何か異論でも?」教師は気圧されながらも唇を噛み、静かに答えた。「成績では確かに千咲が一位です。第一ラウンドの早押しでも、トップは千咲でした」友紀は眉をきつく寄せた。「第二ラウンドの一位は?」「それは……」真衣はふと友紀を見て、淡々と言った。「翔太も一年生のテストが解けるというのなら、10分与えてやらせてみれば?もし満点を取れるなら、千咲と並んで一位ということでいい。もし解けなくても構わない。うちの千咲が一位を譲ってあげるわ。名ばかりの一位だけど、翔太が欲しいならどうぞ」実力が誰にあるか、それは本人がいちばんよくわかっている。権勢も、何の中身もない子供を一生守ってやれるわけではない。そのとき、千咲がひょいと前に出た。「お兄ちゃんが欲しいなら、譲ってあげる。だって初めてじゃないし~」翔太は顔を曇らせて怒鳴った。「誰が譲られたいか!!」友紀はその様子を見て顔を強張らせ、礼央に視線を向けた。「礼央、見なさいよ。あんたのいい奥さんが何をしてるのか。最初からあなたとの結婚も打算ずくで、今や千咲までこんな子に育てたなんて――まるで名家の娘の品も何もないじゃない」礼央はゆっくりと真衣に視

  • 火葬の日にも来なかった夫、転生した私を追いかける   第27話

    教師は成績表を見下ろしながら言った。「数学コンテストの第一位は――高瀬千咲ちゃんです!」真衣は満足げな笑みを浮かべた。千咲は嬉しさのあまり、跳び上がりそうになった。「どういうことですか?」萌寧は眉をひそめて教師を見た。「今回の最高得点者は、翔太じゃないんですか?」教師は穏やかに笑って言った。「先ほど問題用紙を配った先生のミスでした。翔太は、確かに幼稚園部門の第一位です。ですが、千咲が解いたのは、小学一年生の数学試験です。その一年生用の試験で満点を取ったため、今回の総合第一位は、当然ながら彼女になります」翔太の表情は険しかった。そんなはずがない。千咲が一年生の問題を解けるなんて――ありえない。「絶対にカンニングしたに違いない!」翔太は千咲を指差して叫んだ。「こんな点数取れるわけがない!」千咲はすぐに立ち上がり、強く言い返した。「私はカンニングなんかしてない!全部自分で解いたの!さっきママが教えてくれたから!」真衣も内心では驚いていた。ほんの一度教えただけで、ここまで完璧に身につけるとは思わなかった。翔太は悔しさを押さえきれず、声を荒らげた。「信じられない。お前の実力なんて、僕が一番わかってるんだからな!」カンニングでもしなきゃ、こんな成績は絶対に取れない――彼の中ではそう決めつけていた。「第一位は翔太だわ!」突然、学校の門の方から、厳しい声が響き渡った。「うちの翔太が第一位に決まっておる!」高瀬友紀(たかせ ゆき)は冷たい表情で中へ入ってきた。翔太は祖母の姿を見つけるなり、すぐにその胸に飛び込んだ。「おばあさん、みんなが僕をいじめるの!」友紀は翔太を抱き上げ、少しだけ声を和らげて言った。「あなたは高瀬家の未来の後継者よ。誰にもいじめられるはずがないわ」そして真衣に鋭い視線を向けた。「高瀬家の子供をきちんと育てるように言ったはずよ」友紀は冷たく千咲を一瞥し、声を荒げる。「それなのに、育て上げたのが公衆の面前で兄を突き飛ばすような子?どういうことなの?」友紀は執事から千咲が翔太を押したと聞き、慌てて駆けつけてきたのだ。まさか、千咲が翔太の一位の座まで奪おうとするなんて。「もし翔太に何かあったら、あなたに責任が取れるの?」翔太が押されたと聞いて、友紀の胸は張り裂けそうだった。

  • 火葬の日にも来なかった夫、転生した私を追いかける   第26話

    千咲は真剣に聞き入り、まるで新大陸を発見したかのようだった。真衣は顔を上げ、千咲を見てたずねた。「ちゃんと覚えた?」千咲はこくりとうなずき、甘えるような声で答えた。「たぶん覚えたよ〜」-試合時間がきた。千咲と翔太は一緒に舞台に上がった。真衣は観客席からじっと千咲を見つめていた。自分が教えたことを、千咲がどこまで理解しているのか、それはわからなかった。でも、全部を完璧に覚えている必要はないと思っていた。原理さえ少しでも理解できていれば、それだけでも十分すごい。舞台の上でうまく活用できなくても、それでいい。だって今の千咲は、まだ四歳の小さな子供なんだから。第一ラウンドは早押しクイズで、ポイントを競う形式だった。問題は教師が出題する。千咲は毎回、誰よりも早く立ち上がって答えを口にした。翔太は、わずかに数回しかチャンスを取れなかった。何度か立ち上がったものの、頭の中では答えが導き出せず、そのまま固まってしまったこともあった。彼は少し苛立ちを感じていた。遊びに夢中で復習を忘れた自分が悪かった。千咲に次々と答えられるのが、どうしても悔しかった。第一ラウンドは全部で20問。千咲はそのうち16問を一人で答えた。しかも正解率は100%。第一ラウンドは千咲の圧勝だった。彼女は嬉しくてぴょんと跳び上がった。ママが教えてくれた計算のコツ、本当に役に立った!前よりずっと速く計算できる!もし翔太が無理に立ち上がって答えようとしなければ、ぜんぶ正解できていたかもしれない。客席では、萌寧が眉をひそめていた。「翔太って、ずっと成績よかったのに……こんな簡単な問題で間違えるなんて、緊張してるのかしら」礼央は淡々とした口調で言った。「緊張するのは当然だ。翔太はもともと千咲より優秀な子だ」その言葉の裏の意味は、もし翔太が今日緊張していなければ、間違いなく今の千咲よりも上だった、ということだ。萌寧もうなずいた。「確かに――翔太はたくさんの課外授業を受けているし、テストや宿題もいつもよくできているわ」第二ラウンドの競技が始まる。今度は筆記試験。誰がいちばん早く問題を解き終わるかを競う。試験問題の難易度はさらに高く設定されている。この年齢の子供たちは、まだすべての漢字を読めるわけで

  • 火葬の日にも来なかった夫、転生した私を追いかける   第25話

    「では、高瀬社長、外山さん、どうかご子息の教育をしっかりしなさい。もしまた千咲に手を出すようなことがあれば、学校側に正式な処分を求めるわ」彼らが通うのは名門の幼稚園。通っているのは、いずれも裕福で地位のある家庭の子ばかりだ。「翔太が今のような問題行動を続ければ、他の保護者たちも彼を危険な存在と見なして、自分の子の安全を心配しはじめるでしょう。そうなった時、学校がどういう判断を下すか……ご存知よね?」そう冷ややかに言い残すと、真衣は千咲の手を引いてその場を去った。礼央は終始、顔を強張らせたままだった。それを見た萌寧は肩をすくめ、ため息混じりに言った。「ほんと、女って面倒よね。ちょっとしたことをいつまでも根に持って。私、真衣さんに何かしたっけ?まさかあなたも、女のために親友を切り捨てるような男になったりしないよね?」礼央は冷たく一言だけ返した。「気にするな」-保護者会が始まり、全員が校庭に座った。正面には学校の舞台が設えられていた。舞台には競技用の設備が並び、大きな電子スクリーンも設置されていた。教師が舞台に立って言った。「本日は市で用意された数学コンテストに、当校の1クラスが抽選で選ばれたため、急遽保護者会を開かせていただきました。生徒や保護者の皆様に事前のご連絡ができず、申し訳ありません。優勝者にはサプライズ賞が贈られます。それでは、抽選で選ばれた年中組の皆さんは、10分後に舞台に上がる準備をしてください」千咲と翔太はどちらも年中組だった。翔太は今日コンテストがあるとは思っていなかった。最近は萌寧と一緒に遊びに夢中になっていて、勉強のことはほとんど手つかずだった。しかし彼は年中組では常に一位を取っていた。突然のコンテストも彼にとっては眼中になかった。「パパ、ママ、僕が舞台でサプライズ賞を取ってくるから見ててね~」彼は自信満々だった。このように数学コンテストには何度も参加し、毎回好成績を収めていた。高瀬家の長男として育てられた彼は、全ての科目で優秀であることが求められていた。萌寧は彼の頭を撫でながら言った。「この前教えた計算のコツ、覚えてる?使えばきっと速く正確に解けるわ」翔太は重々しくうなずき、「はい!」と返事した。彼は萌寧に教わった暗算のテクニックをしっかり覚えていた。うま

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status