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第9話

Author: 清水雪代
智美は唇の血の気を失い、足元もおぼつかないまま立ち上がった。

彼女はマンションの管理人の一人に尋ねた。

「五階に私宛の荷物が届いていると聞いたんですが……」

管理人は不思議そうな顔で答えた。

「でも五階は住人用のジムですよ?荷物が届くなんてありえませんけど?」

その瞬間、ある考えがふっと頭をよぎった。

智美は壁に手をつきながら外へ向かい、警備室の前まで歩いた。

彼女の姿を見て警備員はどこかバツが悪そうだった。

「誰の指示でこんなことをしたの?」

震える声で、智美は手のひらを強く握りしめながら問い詰めた。

警備員は謝りながら口を開いた。

「本当に申し訳ありません、奥様……渡辺さんのご命令でした」

全部、祐介の仕業?

智美はあまりのことに笑いが込み上げてきた。

ただ昨夜、千尋に恥をかかせただけで?

その腹いせに、彼女を陥れようとしたの?

怒りで全身が震えた智美は、帰宅してすぐにスマホを充電し、祐介をLINEのブラックリストから外すと、メッセージを送った。

【祐介、あなた最低よ!】

するとすぐに彼からビデオ通話がかかってきた。

「智美、おとなしくしないなら、こんなことがまたあるだけだぞ」

その言葉に、智美は初めて彼に向かって罵った。

「祐介、あなたクズね!」

そう言って電話を切ると、彼を再びブロックした。

通話が切れた画面を睨みつけながら、祐介はアシスタントに怒鳴った。「水道と電気を一晩だけ止めさせて、ちょっと懲らしめるつもりだっただけなのに、俺をクズ呼ばわりだと?」

アシスタントは気まずそうに答えた。「いや、そんなに奥様が怒るとは思わなかったです」

一方その頃、隣の部屋で千尋はご機嫌で智美がエレベーターに閉じ込められる動画を眺め、満足げに報酬を送金していた。

数日後。とうとう離婚の書類が瑞希から届けられた。

智美は離婚の書類をリビングのテーブルに置き、別の荷物を開封した。

中に入っていたのは、緑色のペンキが二缶。

彼女はペンキを家中のあらゆる場所に撒き散らした。

壁、ソファ、そして祐介の大切にしていた絵画にも。

その後、山内に【今月はもう来なくていい、給料は先に振り込んでおく】とメッセージを送り、スーツケースを手に家を後にした。

それから間もなく、祐介が千尋を連れて戻ってきた。

「祐介くん、お腹ぺこぺこ。智美さんの手料理が食べたくて仕方ないわ」

「大丈夫。俺が作らせるから」彼はそう言って優しく微笑んだ。

智美が最近冷たい態度を取っていたため、彼はわざと距離を置いていた。

けれど彼女もきっと反省したはず。

三年間、どんなに自分がひどいことをしても、彼女は最後には折れてきた。

今回もきっとそうだ。もし彼女がまたおとなしくなったら、カードでも渡してやろう。

それでも不満なら、限度額を200万増やせばいい。

しかし、玄関を開けた瞬間強烈なペンキの臭いが鼻をついた。

彼は慌てて中に入り、目にしたのは緑に染まった家の光景だった。

壁も、家具も、コレクションの絵画も。

祐介は怒りに震え、目が血走っていた。

千尋も驚いた。「祐介くん、これ……いったいどういうこと?」

祐介の顔には怒りの筋が浮かび、すぐに千尋のスマホを奪って智美に電話をかけた。

タクシーの中にいた智美は、見知らぬ番号に出ると、冷たい声で言った。

「どなた?」

「智美!正気か!?」彼の怒鳴り声に、智美はふっと笑った。

「私からの離婚記念プレゼントよ、気に入った?」

祐介は未だに「離婚」の言葉に気づかず、絵が台無しになったことにだけ怒りをぶつけた。

「今すぐ戻ってこい!」

「嫌よ」

智美の声は静かで落ち着いていて、まるで天気の話でもしているようだった。

「訴える気ならどうぞ。だけど、その前にあなたが私をエレベーターに閉じ込めた件……あれは立派な人身傷害だ。訴えられたくなければ、今回のことはお互いチャラにしましょう」

「俺がエレベーターに閉じ込めた?君は何を言ってるんだ」

祐介はまるで夢でも見ているかのように、話が理解できなかった。

たしかに電気や水を止めさせようとはしたが、そんなことになるとは……

その横で、千尋は密かに目を泳がせた。

「忘れたの?あなたみたいな忙しい人には、そんな小さなこと覚えてないか。詳しいことが知りたければ、管理会社にでも聞いたら?」智美は皮肉を込めて笑い、こう言い残して電話を切った。

そして再び彼をブロックした。

「智美!!」

また何かを話したかったが、電話はもう切れた。しかもブロックされた。

本当に腹立つ!

「エレベーターって一体どういうこと?」

祐介は怒りで胸を押さえながら、慌てて自分のスマホを取り出し、アシスタントに電話をかけようとした。

だがその時、千尋がふらつきながら彼に寄りかかってきた。「祐介くん……頭がクラクラするわ、とりあえず出ようよ……」

祐介は彼女がペンキの臭いにやられたと思い、慌てて別荘へ連れて行った。

そこでようやく智美の件を調べるようアシスタントに連絡を取ったのは、夜になってからだった。

「社長、五日前、確かに奥様はエレベーターに閉じ込められていました。あの夜、警備員が奥様をそこへ誘導したようですが……その警備員は今朝辞めたそうで、現在連絡が取れません」

「本当に、誰かが彼女を傷つけたのか……?」

祐介の声は、冷たい怒気を帯びていた。

「どんな手を使ってでも、その人を見つけ出せ」

「了解です」

傍でそれを聞いていた千尋は、心臓が跳ね上がるようだった。

早めに警備員に金を渡して逃がしておいてよかった。

その後、アシスタントが言った。「社長、清掃業者を手配して別荘を片付けさせました。あと……リビングで離婚届受理証明書が見つかりました。お届けしますか?」

「離婚届受理証明書?」

祐介は眉をひそめた。「何を言ってるんだ」

俺と智美、離婚なんてしてないぞ?

アシスタントは困ったように笑い、やがて離婚届受理証明書を持って直接やってきた。

それを見た祐介の目は、完全に驚いた。

「俺が……智美と……離婚?そんなはずがない!俺は同意していない!」

アシスタントも返す言葉が見つからなかった。

離婚したのに気づいていなかった男なんて、見たことがない。

だが、千尋は心の中で大喜びしていた。

祐介くんってば、こんなサプライズまで用意してくれてたなんて。

これで堂々と彼の隣にいられる。

そう思った瞬間、祐介は離婚届受理証明書を怒りに任せて床に叩きつけた。

「こんなもん、嘘だ!俺は智美と離婚してない!」

その様子を見て、千尋は不安になった。

祐介くん、あの女と別れたのに、どうして怒ってるの?

まさか、まだ智美のことを……

祐介は再び電話を取り、弁護士に問い合わせた。

しばらく沈黙ののち、弁護士が言った。

「社長、先月、あなたのお母様が離婚協議書の作成を私に依頼しました」

母さんが?

祐介は怒りを抑えきれず、すぐに母親へ電話した。

母は電話を取ると、息子の言葉に困惑したように答えた。「あなた自分でサインしたでしょう?そんな大事なこと、まさか忘れたの?」

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