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第204話

작가: 花朔
彼は10歳になるまで母の愛というものを感じたことがなかったし、10歳以降はなおさらだった。

だから、自分の子どもを失うことが母親にとってどれほどの衝撃になるのか、まるで分かっていなかった。

だが、あの時、紗夜の顔に浮かんだ絶望の表情を見た。

あまりにも悲しくて、真っ直ぐに胸の奥を刺してきて、その一瞬、彼の中に迷いが生まれた。

だからこそ、彼は志津子を訪ねた。

理久が再び紗夜のそばへ戻ったあの日、彼は紗夜の蒼ざめた顔に、久しぶりに笑みが戻ったのを見た。

その笑みには、失ったものを取り戻した喜びも、また失うのではないかという怯えも混じっていて、とても複雑だった。

彼は遠くから、その姿を長く見つめていた。

そして今、彼は再び、紗夜の顔に同じ表情を見ていた。

ただ、彼自身の心境は、すでに変わっていた。

冷淡な傍観者として立ち尽くしていた場所から、彼は一歩、前へと踏み出したのだ。

「わかった。約束する」

文翔がゆっくりと口を開いた。

声音は真剣だった。

「秘密にすることも、子どもがあいつらに奪わせたりしないことも」

紗夜は一瞬だけ目を瞬かせた。

文翔が約束をくれたのは、これが初めてだったからだ。

「お前も、逃げるのを諦めろ」

文翔の声には淡い警告が滲んでいた。

「俺が和洋を治せるなら、牢の中で死なせることもできる」

紗夜の指先がぎゅっと縮こまる。

文翔なら、本当にやりかねない。

だから、彼女は静かに頷いた。

「......分かった」

文翔は彼女の素直な妥協に満足したようで、手を伸ばし、彼女の鎖骨にそっと触れた。

そこには、昨日彼が残した噛み跡があった。

強く噛みすぎて皮膚が破れ、血がにじみ、いまは薄いかさぶたになっている。

「まだ痛むか?」

紗夜は首を横に振ったが、無意識に身体を少し後ろへ引いた。

どうしても、彼の触れ方に慣れることができなかった。

文翔はわずかに目を細め、手を引き、シートにもたれかかった。

そして淡々と言う。

「三つの約束をした。だから俺からも条件だ」

「何?」

「まだ決めてない」

文翔はだるそうに彼女へ視線を流した。

「決まったらまだ改めて言うよ」

紗夜は何も言わなかったが、その目にははっきりと警戒が浮かんでいた。

「安心しろ。お前が三つなら、俺も三つ。公平だろ」

それを聞いて、
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