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第 14 話

Author: 燈ちゃん
哲也は我に返り、慌てて首を振った。「いえ、木下さん。検査結果なら、今から先生に確認してもらうところです」

「そうですか、ではお願いします」伊織が小さく頭を下げる。

哲也がエレベーターへ向かったのを見届けると、彼女の顔から先ほどまで浮かべていた柔らかな笑みが少しずつ消えていった。

先ほど廊下にいた凛に、彼女は気づいていた。あの人が、噂の真也の妻なのだろう。確かに、とても綺麗な人だった。

伊織は以前から、凛のことを桐生家の家政婦から聞いていた。当時、真也が凛と結婚したのは、祖父から譲られる予定だった5パーセントの株を手に入れるため。そして、凛もまた桐生家の権力を求めて結婚を受け入れたのだと。

さらに、彼女の父親が病気を患っていることも知っていた。それでも真也は、木下家のことを優先した。

――それはつまり、2人の間には愛情がなかったということなのだろう。2人の結婚も、最初から最後までただの取引だった。

若葉凛。

伊織は心の中で、その名前を静かに繰り返した。

「何を見ているんだ?」

背後から低い声が響く。振り返ると、病室から真也が出てきた。「お父さんは薬を飲んで、眠ったよ」

伊織は顔を上げ、柔らかな笑みを浮かべる。「ありがとう、真也。仕事が忙しいのに、入院手続きまで手伝ってくれて」

真也は自然な口調で答えた。「気にする必要はない。伊織たちは俺の家族のような存在だから」

――家族のような存在。

その言葉に、伊織の指先が無意識に服の裾を握りしめる。胸の奥に小さな波紋が広がり、少し恥ずかしそうに視線を落とした。「……うん。分かってる」

中学生の頃、怪我をした自分を抱きかかえて保健室まで連れて行ってくれたあの日から、真也が自分に向ける優しさは特別なのだと、ずっと感じていた。

この数年間、海外で暮らしていても、2人の連絡が途切れることはなかった。真也が海外へ出張するたび、わざわざ時間を作って自分と父親に会いに来てくれた。

今回、帰国すると知った時も、真也は自ら病院の手配をしてくれた。

真也はスマホで仕事のメールを確認していると、2人の間にはしばらく沈黙が流れた。

そこへ哲也が戻ってきた。

「先生からは、お父様の術後の経過は順調だと。検査数値もすべて正常範囲内とのことです」

伊織は書類を受け取り、安心したように微笑んだ。「分かりました。ありがとうございます、金城さん」

「それから、社長に報告したいことが……」哲也が言い淀む。

その様子を見た伊織はすぐに察し、気を利かせるように口を開いた。「私、点滴の様子を見てくるね」

真也は軽く頷く。「薬は忘れずに受け取るように。お父さんの看病にも人を手配しておくから」

「分かった。ありがとう」

病室の扉が閉まる。伊織の姿が見えなくなったところで、哲也は声を落とした。「先ほど……奥様にお会いしました」

真也は彼女が父親の見舞いに来たのだと思っていた。視線だけを向け、続きを促す。

哲也は一度息を吸い、慎重に告げた。「奥様が……離婚届の件について、早急に署名してほしいと」

スマホを操作していた真也の指が、わずかに止まった。数秒の沈黙が流れる。そして――

「……分かった」と、短い返事だけが落ちた。

その声には、何の感情も宿っていなかった。

病室の中、扉にもたれていた伊織は、指先に力を込める。

あの2人は……離婚するのか?

胸の奥に、静かな衝撃が走った。

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Comments (1)
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Rims
陸もめんどくさい家の子だったな
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