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第 15 話

Author: 燈ちゃん
凛が新しいアトリエを構える場所として選んだのは、街の南にある牧川だった。周辺には富裕層が多く暮らしており、交通の便も良い。それでいて都心のような喧騒とは無縁で、落ち着いた環境が広がっている。

病院から戻ると、凛はデザイン画に没頭した。

すでに陸とは生地の仕入れルートについて話を詰め、明確な商品ラインを2つほど構想していた。

一つは、顧客一人ひとりのためだけに仕立てる完全予約制の特別オーダーライン。数量を限定し、その人だけの一着を作り上げる。

もう一つは、顧客が長く着続けられる訪問着のラインナップ。伝統的な模様やデザインを受け継ぎ、既存の顧客や富裕層の世界で活躍する限られた女性だけに提供し、大量生産はしない。

希少なものほど価値を持つ。

名家の奥様たちが最も嫌うのは、自分の装いが他人と被ってしまうことだ。だからこそ、個人に向けて仕立てた着物は、彼女たちのニーズと合致する。

最高級の生地、熟練職人による刺繍、そして持ち主だけの特別な意匠。唯一無二の品格こそ、この階級の人々にとって必要不可欠なものだ。

父もかつて格式の高い着物を売りにしてブランドを展開していた。けれど、商品にはやはり、希少性が足りなかった。

そこを補う上、凛が狙うターゲットは、西京市の頂点に立つ名家の奥様たちだ。

「コンコン」

凛が頭をあげる。

「凛さん、サンプルが完成しましたよ」

声を聞いた瞬間、凛の瞳が輝く。「本当?早く見せて」

彼女はすぐに立ち上がった。

今回のサンプルは父が最後に手掛けた作品だった。

半年もの時間をかけて何度も修正を重ね、ようやく完成した一着。その後、凛自身の考えも加えて、さらに改良をしていた。

1週間前に工房へ送ったばかりだったが、仕上がりは想像以上に早かった。

デスクを回り込み、慎重に取り出したのは、月明かりのような淡い色合いの着物だった。

生地には控えめな光沢があり、陽の光を受けると、まるで薄いヴェールのような輝きをまとっている。

襟から胸元にかけては、梅の刺繍が優雅にあしらわれていた。細やかな枝の流れは力強さと繊細さを兼ね備え、その上には満開の梅に誘われるように、小鳥たちが静かに舞い降りている。

梅の持つ清らかさと気高さが、その一針一針に込められていた。華やかでありながら決して派手ではなく、見るほどに深い美しさが際立つ。

思わず息を呑むほど、美しい着物だった。

凛は唇をほころばせ、満足そうに目を細める。「……完成品は想像以上に綺麗だね」

隣にいたアシスタントも何度も頷いた。「ええ。やっぱり、昔から受け継がれてきたものが持つ格が違いますね」

凛は着物を畳み、丁寧にしまった。

あとは完成した作品を、最もふさわしい場所とタイミングで、必要としている人々の元に届けるだけだ。

その時、スマホに通知が届く。陸からだった。

【これを見てくれ】

送られてきたリンクを開くと、とあるコンテストの告知が表示された。

【西京市着物デザインコンテスト】

西京市博物館とデザイン研究所、そして西京市ファッション協会が共同で主催するコンテストだった。

続けて、もう1件メッセージが届く。

【審査員も送っておく】

凛が画面をスクロールすると、ある名前に目が止まった。

前田直人(まえだ なおと)。

その人物については、以前父から聞いたことがある。西京大学デザイン学部の教授で、若い頃には博物館から依頼を受け、アンティーク着物の修復や研究にも携わった、着物分野の第一人者だった。

父もかつて波山市で開催されたフォーラムで彼と会ったことがある。短い会話を交わしただけだったが、彼のことを話すたび、言葉には深い敬意が滲んでいた。そして父は、彼を生涯の目標として尊敬していた。

凛はスマホを指先でなぞる。ブランドを再び立ち上げるなら、まずは確かな礎が必要だった。

優れたデザインや技術だけでは足りない。そこに、誰もが認める実績と評価が加わってこそ、ブランドの価値はさらに高まる。

このコンテストは、まさに絶好の機会だった。

凛は陸に電話をかける。3回目の呼び出し音の後、低く穏やかな声が聞こえた。

「もしもし、凛」

「単刀直入に聞くけど、リンクを送ってきたのは、そのコンテストに出て欲しいってことなの?」

「そうだ。そのコンテストは、着物の文化を広めることが目的だ。でも、それだけじゃない」

「……どういう意味?」

「前田さんが、この機会に自分の最後の弟子を探しているらしい」

その言葉に、凛の指先が強くスマホを握りしめた。

「本当?」

直人は、着物デザイン界では誰もが認める巨匠だ。生涯をかけて着物の研究と実践に向き合ってきた人物でもある。もし彼の弟子になることができれば、確かな技術を身につけられるだろう。

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