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第6話

Auteur: 暁山朱里
目の前にいるこの男は、以前真帆に、彼女を一生大切にすると約束していた。

部屋のエアコンはつけておらず、蒸し暑い空気には、なんとも形容しがたい曖昧さが漂っている。

このような雰囲気に包まれると、まるで、何かが起こるべくして起きてしまうような……

二人は互いに見つめ合った。どちらの瞳にも多くの感情が渦巻いている。

真帆は手を伸ばしたまま彼の反応を待っていた。

時間は刻一刻と過ぎていく。

しかし、蒼士はただ、熱いジンジャーティーを彼女に差し出すだけで終わった。

「これを飲んでゆっくり休みな。トイレの棚にはナプキンがあるから。もし痛みがひどくて治らないようなら病院に行こう」

蒼士はそう言いながらため息をついた。

「真帆、あまり無理はするなよ」

そう言い残し、彼は背を向けて部屋を出ていこうとした。

「蒼士……」

真帆はカチンと来て、起き上がった。

立ち止まった彼の背中を見つめ、彼女は冷ややかに笑った。

「なによ、奥さんがいるから、操を立てるって言いたいわけ?」

蒼士はピクリと体を震わせ、振り返って、眉をひそめ彼女を見つめた。

真帆は少し態度を和らげたが、やっぱりプライドの高い顔で冷たく言った。

「蒼士、あなた一体私とどんな関係になりたいの?」

その質問に答えることなく、彼は冷たい顔をして、そのまま部屋を出て、ドアを閉めた。

「蒼士!」

――

蒼士は実家に引っ越した。

彼は結婚してから、ずっと星奈と一緒に暮らしてきた。父親と母親、そして祖父母はそれにどうも慣れなかった。

今回、彼がまた実家に戻ってきたことを、家族は全員喜んだ。

綾音は授業がなく、家に帰ってくると、兄の姿を見て思わず尋ねた。

「真帆さん、生理痛でつらいんじゃないの?どうして彼女のお世話をしてあげないわけ?」

蒼士は医学雑誌を見ながら、淡々とした口調で答えた。

「彼女は生理初日だけ生理痛がひどくて、その後はだいぶ良くなるんだよ」

「そうだったとしても傍にいてあげなさいよ。立派なお医者さんだっていうのに、女の子が生理中は情緒不安定になるって知らないの?ほら、早く……」

蒼士は不機嫌そうに綾音をキッと睨みつけ、雑誌を持ったまま立ち上がって二階に行った。

「ちょっと、お兄ちゃん!この、女心が分からない薄情者!」

綾音は全くデリカシーのない兄に苛立ちを覚えた。

彼女は生理痛に苦しむ真帆を放っておくことができず、急いで兄の代わりに「未来の義姉」に気に入られるために家に向かった。

真帆はてっきり蒼士が来てくれたのかと思った。

それが、玄関のドアを開けた瞬間、目に映ったのは綾音で、気落ちしてまたベッドに戻った。

綾音は少しためらって尋ねた。

「真帆さん、お兄さんと何かありました?」

真帆はまくらを抱きしめて、逆に尋ねた。

「お兄さんが何か言ってた?」

「いいえ、そうじゃないんです。でも、二人がなんだかギクシャクしているから、きっと何かあったんだろうって」

綾音は兄の性格をよく分かっていた。それに、少しでも気に食わないことをされると許せない真帆の性格もよく理解していた。

綾音は気遣って、真帆を諭した。

「真帆さん、一年前に突然あなたがいなくなって、お兄さんはすごくショックを受けたんです。お兄さんは怒った勢いで、あの女と結婚しちゃって……

だから、お兄さんがあの女と結婚したからって、彼を恨まないであげてください。彼にもプライドがあるから。それに、どのみち、あの二人はもうすぐ離婚するし」

真帆は不快に思っていた。

有能な医者も、名家の御曹司も、彼女がその気になれば、すぐに手に入れられる。

それなのに、ただ蒼士だけが、昔勝手にいなくなった真帆を恨み、彼女はなかなか彼の気持ちをなだめることができない。

「綾音ちゃん、お兄さんは本当に離婚するのね?」

綾音は断定した。

「もちろん、本当です。あの女、片桐家の全員の目の前で、離婚協議書にちゃんとサインしましたから」

真帆は尋ねた。

「だったらどうして、いつまでも手続きしないの?」

「あの女が離婚したくなくて、いつまでも時間稼ぎしているんですよ。だから、母親を連れて涼名川まで旅行に行った。本当、腹黒い女ですよね」

綾音はかなり憎しみがこもった口調で話していた。

「とりあえず帰ってくるのを待っていましょう。お兄さんが焦ってないと思います?彼女が帰ってくれば、すぐに市役所に手続きに行きますよ」

真帆は頷いた。

「それにしても、彼女、いつもお兄さんに電話してきて、一体何を考えているのかしら」

綾音はその言葉を聞くと、怒りの炎を瞳に宿した。

「あいつ、わざとお兄さんに自分の存在を主張しているんですよ。口ではすんなりと離婚を受け入れたっていうのに、実際はいつまでも諦めきれないんです」

真帆は黙って、綾音が怒る様子を見ていた。実際は、毎回電話をかけているのは蒼士のほうだというのに、それは伏せておいた。

そして、その日の夜、星奈は綾音のSNSの投稿を見た。

昇平はそれにいいねを押して、コメントをしていた。

【よ!美人のお二人さん】

綾音と真帆は仲良さそうなツーショットを撮ってネットにあげていた。

そこは誰よりも良く知る自分の部屋だ。ベッドメイキングは自分でやっていた。

それに、真帆が着ている服も、これ以上なくよく知っている。あれは蒼士の白いシャツだ。

彼のシャツは全てオーダーメイドで、かなり値段が張る。だからどれも星奈が丁寧に、気をつけて手洗いしていた。

そして、彼女が蒼士の家に置いてきた服や物は、まるでゴミのように玄関先に捨てられている。

写真にはキャプションも添えられていた。

【厄介者はこれでおさらば。大好きな人がやっと戻ってきたわ。そして新しい家族ができたの!真帆さん、もう二度とさよならなんてしないでね。大好き!】

これはわざわざ自分に見せるためのものだとすぐに分かり、星奈は冷笑した。

まだ蒼士とは離婚していないというのに、片桐家はここまで大っぴらに宣伝するのか?

まあいい。

彼女はその写真を保存した。帰ったら、綾音に慰謝料を請求しよう。一円たりともまけてやらない。

片桐家が慰謝料の請求を拒否できる立場か?

蒼士は普段からSNSを見ることはない。その綾音の投稿を見たのは、その翌日の夜だった。

彼は綾音を責め、あの投稿を削除するように要求した。

綾音は不服だった。

「お兄ちゃんったら、まだあの女なんか庇おうとするの?それで真帆さんが不安になっているのね。真帆さんに悪いと思わないわけ?」

蒼士は冷たく言い放った。

「まだそうやって屁理屈を並べるのなら、俺には妹はいなかったことにする」

「ちょっと、お兄ちゃん、どうかしちゃったんじゃないの?あの女のために、妹である私を捨てるわけ?」

兄妹の喧嘩に麻衣子が気づいた。

「おじい様の体調が良くないから、おばあ様が付き添って寝ているのよ。あなた達、何を喧嘩しているの?」

蒼士の祖父は半年入院していて、少し前は命の危険まであった。ここ二日、やっと家で静養する許可がおりたばかりだ。

綾音はわがままなお嬢様で、蒼士を指さし、声を抑えて怒鳴った。

「お母さん、お兄ちゃんに聞いてよ」

蒼士は冷たい表情でそこに立っていた。怒りに唇を引き結び、鋭い視線で睨みつけている。

この時、麻衣子は彼のスマホに、綾音のSNSの投稿が映っているのを確認し、理解した。

実際、麻衣子もあれを見た時には綾音に言ってやりたいと思っていた。

彼女は綾音を寝室に連れていき、悟らせるように話し始めた。

「お兄さんはまだ離婚していないのに、あんな大っぴらに投稿しちゃって。医療業界の競争は熾烈なのよ。いつも互いに相手の弱みを探している。あんな投稿をみんなに見られたら、お兄さんの将来がどうなると思ってるの?

真帆さんはまだ我が片桐家の人間じゃないわ。あんな投稿は、彼女の名誉をも傷つけることなのよ」

綾音は母親の言葉を聞いて、確かにそうだと思った。

すると彼女は唇を尖らせて、不満げに言った。

「でも、真帆さんが義理のお姉さんになった、なんて書いてないじゃん。それに、真帆さんだって、アップしていいよって言ってくれたもん」

麻衣子は言った。

「ほら、早くあの投稿を消して。お父さんが気づいたら、きっとすごく怒られるわよ」

「お父さんならブロックしてるわ。いろんなことに首突っ込んできて面倒だから」

麻衣子は娘をぎろりと睨んだ。

「もう星奈さんを苛立たせるのはやめて。彼女を焦らせたら、離婚を渋られるかもしれないでしょ。おじい様は片桐家が今騒がしいことを知らないのだからね」

綾音はスマホを母親の目の前で揺らした。

「分かった、分かったわよ。ほら、もう消したから」

麻衣子は娘の部屋から出てきた時、まだ一階に蒼士がいるのが見えた。

彼女は家の物音に注意を払いながら、息子の傍まで来ると、小声で尋ねた。

「星奈さん、どうしてまだ帰ってこないの?」

彼女は蒼士に愚痴をこぼした。星奈が母親を連れて涼名川に旅行に行ったことをとても不満に思っていた。

蒼士は麻衣子を一瞥し、淡々と言った。

「彼女は母親を連れて気晴らしに旅行に行ったんだ。気分が良くなると病状にも良い影響がある。母さんたちは構わなくていい。

だけど、榊家のおじい様は彼女に半月の休みをあげていて、そろそろその休みは終わりだ」

麻衣子は本当にどんどん不安がつのっていった。星奈は二枚舌で、わざとこうやって時間を稼ごうとしていると彼女は思っていた。

もし、そのような小賢しいことを考えているようなら、彼ら片桐家ももう手段は選ばない。蒼士の母親として、容赦のない行動に出たとしても、責められる所以はない。

つまり、息子の今後の幸せをこれ以上邪魔されるわけにはいかない。

麻衣子は尋ねた。

「星奈さんから聞いてるんでしょ?あなた達、いつ手続きに行くの?」

手続き?

この時、蒼士はその言葉に眉をひそめた。

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