Se connecter「——助かったぁぁぁ!ありがとう!本当にありがとう!」
相手が子供だからなのか、気安い感じでレオノーラがセリンの両手をギュッと握り、軽く上下にブンブンと振っている。余程嬉しかったのだろう。とてもじゃないが根っからの『人間不信持ち』だとは思えないくらいのテンションだ。
「まさか、持ち込み品を全部買い取ってもらえるなんて!」
ほぼ空っぽになった革製の鞄の中を覗き込みながらレオノーラが嬉しそうにしている。そんな彼女に「本当ですね、僕も驚きです」とセリンが言った。
——セリンがレオノーラに声を掛ける少し前。
彼が彼女に抱いた印象は『不審』だった。男性物、女性物とが混じった不恰好な服装、よくよく見るとサイズも合っておらず素人修繕の形跡だらけで状態も良くはない。そんな様相の小柄な女性が、着ているローブのフードを目深く被り、道の端っこで項垂れているせいで周囲の者達も彼と同じ様にレオノーラを少し不審がっていた。だがすぐ後にキョロキョロと周辺の看板などを見渡す姿を見て、やっと『あぁ、ただ困っているだけか』と察したセリンが声を掛けたのだ。町の案内を生業にしている他の大人に任せたら喰い物にされて終わりそうだからという懸念もあったから、我先にと。
(そんな女性の持ち込んだ物がどれも最高品質だったとか……普通想像出来るか?)
最初に入った薬屋では回復薬と塗り薬を買い取ってもらったのだが、そもそも本物なのか、薬の状態に問題は無いかなどを『鑑定鏡(簡易版)』と呼ばれる虫眼鏡の様な形をした魔導具で確認してみると『最高品質』との結果が出た。そのおかげで店員から飛び付かれんばかりの勢いで全て買い取ってもらえたのだが、その結果に一番驚いていたのは持ち込んだ
次に行った店は雑貨屋だった。庶民向けの安価な物ばかりを置いている店だ。
世界樹をモチーフにした手製の木製プレートであれば此処だろうと持ち込み、それらも全て買い取ってもらえた。こちらも魔導具で鑑定した結果『魔物避け』の効果が付与された物である事が判明して想像よりもずっと高値となった。髪飾りやブローチに加工し、今後は『旅のお守り』として販売されるそうだ。この様な効果が付与されているのは世界樹の木の一部を使っていたおかげなのだが、彼女はそんな効果がその素材にあるとは知らずに作った物だった。
この二店舗に行った時点でもう、当初望んでいたよりも遥かに多い金貨二十六枚という現金が手に入った為、最後に行こうと思っていた魔導具の店には寄らなかった。そもそもそこは新品を扱う店なので、中古品(しかも素人が直した品)なんぞの買取は流石にしてもらえないだろうという話になったので、持ち帰って引き続き自分で使う事になったのだ。
「丁度時間ですけど、延長しますか?」
「そうだね。お願いします!」力強くそう返され、セリンの方がほっと安堵した。だが自分でも何故そう感じたのか分からずにいると、「次は服が買いたいんだけど、何処かいい店はある?」とレオノーラに訊かれた。
「あ、えっと……既製品の店で良いですか?」 「うん。時間的にも予算的にもオーダーメイドは無理だからね。その後は調味料なんかも欲しいかな。……だけど、さっきの売上分で、どっちも買える?」(あ、やっぱり、この人は相場も知らない感じか)
「えぇ、大丈夫ですよ」
買取の値段交渉をする事なく売った様子を見て感じていた事が、セリンの中で確信に変わる。そしてレオノーラに対して『一人にすると危なっかしい人だな』という印象を抱いた。
「よっし!じゃあ、その前に腹ごしらえと行こうか。お腹空いちゃった」と言って、レオノーラが強引にセリンの手を引く。 「でも、僕は——」(飲食店のオススメの店なんか知らない)
日々食うにも困っている身だ。店に並ぶ品々や看板などのおかげで店の場所などは歩けば簡単にわかるが、飲食店や屋台の味はとなると実際に食べてみないと知りようがない。なので『それぞれの店の場所くらいしか分からない』と正直に言おうとしたのだが、『言葉にしなくてもわかるから、大丈夫』とでも言いたげな雰囲気を、笑顔を浮かべているレオノーラから感じ取り、続く言葉を飲み込んでセリンは素直について行った。
◇夕方近くになり、とうとう別れの時が来た。町のシンボルマークでもある噴水ももう止まり、目抜通りに来ている客層にも変化が出始めている。
「今日は、丸々一日ありがとね」
もう子供は帰る時間だ。これ以上彼に案内を頼む訳にはいかないとレオノーラが別れを告げる。そしてそっと彼の手を取り、報酬として金貨一枚を握らせた。案内した時間は五時間程だ、なのにこれでは銀貨十枚分に相当するのでこれでは多いとセリンがすぐに顔を上げたが、無言のまま笑顔を返されてしまった。
「えっと……宿泊先は決まっているんですか?」
安く紹介出来る伝手がある訳じゃないが、せめて最後に場所の案内くらいはと思い訊いてみる。
「心配いらないよ、このまますぐ家に帰るつもりだから」
「え?でもこの町の人じゃないですよね?」 「うん、違うよ」別の町までは随分と歩く。町と町とを繋ぐ馬車も最終便はとっくに終わっている為、セリンは『まさかこの人は、夜道が危険だとすら知らないんじゃ?』と心配になった。収納魔法効果が付与された鞄のおかげで荷物はほぼ無いが、身軽ならば襲われないという訳じゃない。外界付近じゃなくとも、夜行性の獣や魔物は特に危険なモノも多いのにとセリンの顔色が段々悪くなっていく。
「……そう言うセリンは、帰る先はあるの?」
セリンの心配を他所に、今度はレオノーラが気に掛ける様な声で訊く。最下層の人間が暮らす先なんてどの時代であっても似た様なものだ。しかも竜人族の子供となれば、寝起きする『家』がこの町にあるのかすら怪しい。
問い掛けられ、セリンは返答に困った。『ある』と虚勢を張るのは簡単だが、不意に全てを見透かしたような雰囲気を纏うレオノーラを相手に、果たして意地を張る意味はあるのだろうか?と考えてしまう。
「……」
口を開けては閉じ、少しの間セリンは視線を彷徨わせたが、結局は「……いいえ」と素直に答えた。
「僕に、帰る先はありません……。所謂、路上生活者ってやつなんで」 「難しい言葉を使うんだね」と感心され、セリンは顔を顰めた。本気にしていないのか?と少し癪にも触った。「じゃあ、今夜はウチで寝たら?一人分くらいなら寝泊まりする場所もすぐに用意出来ると思うんだよね」
「……はい?」
今日会ったばかりの大人にそう提案されても即答なんか出来やしない。危険性の低い相手だとは町を案内していた間で充分過ぎる程に感じ取ったが、むしろレオノーラの警戒心の低さの方により一層の不安が募る。
「屋根の無い場所じゃ、いくら丈夫が売りな竜人族でも疲れは取れないでしょ。ね?大丈夫!攫って売る気なんか無いし、そんなアテも無いし」
「別にそんな心配はしてませんけど……」 「それにほら、寝床の無い子供とこのまま『さよなら』は大人としては後味が悪過ぎるって言うか……。今日はセリンのおかげですっごく助かったし、そのお礼?」 「既に報酬はもらっていますよ、しかもかなり多めに。昼ご飯も結局オマケでご馳走になってますし、それこそ宿で泊まる事だって、今日の報酬額なら出来ますし」そう言って渋る様子のセリンの手をレオノーラが掴み、強引に森の方向へ歩き出した。
「あの、ちょっ!」「子供は大人を頼って良いんだよ。頼らずに後々後悔ばっかした私が言うんだから、間違いないって」
人目につかぬ場所にまでセリンを連れて行くと、結局彼の承諾も得ぬまま、今度は転移魔法を詠唱もなしに発動し始めた。転移魔法はかなりの魔力を必要とする最高難易度の魔法である為セリンは驚きを隠せない。そもそも単身での使用なんか到底無理なはずだ。なのに、ぽかんとしている間にもう転移が始まり、そしてその行き先で更に自分が驚く羽目になる事など想像もせぬまま、彼らの姿は北部に位置する町『スノート』から忽然と消えたのだった。
この二年間で、冒険者ですらないカラミタまでもがすっかり通い慣れてしまったギルドマスターの部屋の扉をアイシャがノックすると、すぐに「——どうぞ」と声が返ってきた。 扉を開け、アイシャ、カラミタ、リトスの三人が室内に入る。すると、彼の定位置でもある執務用の席に腰掛けているライゼの他にも、手前側にある応接スペースに一人の男性がいた。冒険者ギルドが総本部を構えている此処・シルト王国の王太子であるアリスター・クラウ・シルト殿下だ。魔王討伐に向けての国際会議などといった席で既に兄弟達と面識があり、彼自身Aランクの冒険者でもあるため、討伐に向けてシルト王国の代表として橋渡し役を担ってくれている。「——三人は、テオドールの件で来たんだね?」 簡単な挨拶もそこそこに全員が席に座り、アリスターはすぐ本題に入った。「共に育った兄弟だもんなぁ、安否が気になるのはわかるが、そう心配すんな。今は王宮の一室で待機中だ」 「牢にはぶっ込まれていないんだな」 『待機中だ』と言うライゼの言葉を聞き、リトスが安堵した。軽いノリでアイシャ達に知らせてはいたが、あれはどうやら弟達を不安にさせないためにとの考えからとった態度だったようだ。「経緯を聞かせてもらってもいい?あのテオが、意味も無く貴族を斬り殺すとは思えないんだよね」 アイシャの問いかけに対し、「それなら儂からよりも、アリスター王太子殿下からの方が良さそうだねぇ」と言ってライゼはアリスターに視線をやった。「あぁ、そうだね。私も丁度その話をしにギルドに来ていたんだ。ライゼは二度目になるけど、このまま此処でまた同じ話をしてもいいかな?」 「他の部屋じゃ、残念ながら誰が聞き耳を立てているかも知れんしな。此処でがベストだろうさ」 「重要な話なら防音魔法の二重掛けでもしておく?」とアイシャが訊いたが、「あ、いや。現状レベルの防音で充分だ」とアリスターは断った。「まず先に結論から言っておくと、テオドールは今回の件で罪には問われないよ。アイデル・ロゼ・モルジャーヌ公爵の斬首は王命だった扱いにするからね。これはもう父と——国王陛下と早急に協議した『結論』だ」 カラミタを筆頭に、三人がほっと息を吐いた。だが今度はそこに至った経緯が気になる。そうであると既に察しているアリスターは三人にテオドールの一件について語り始めた。 ◇
冒険者ギルドのギルドマスターであるライゼだけじゃなく、セリン達も予想はしていた事だが、残念な事に『魔王討伐』までは、なかなかそう上手く話は進まなかった。『魔族』への恐怖はかなり根深く、各国の王族や皇族なども冒険者ギルドの伝手を駆使して巻き込みはしたが、世界的な連携を取るに至るまでだけでも二年近くかかってしまった。 他にも、『恩賞として、外界の土地や資源の採掘権を与える』とは誰も宣言していないのにもかかわらず、勝手に『利権の配分』ばかりを今から心配している者や、少しでも多くの利益を得ようと『魔王』となる予定のカラミタに対して媚を売る者なども多く現れ始め、毎日その姿を裸眼で見ようともレオノーラ不足に陥っているカラミタのストレスが日に日に溜まっていっている。「レラ成分が足りない!」「いや、今だってずっと見てんじゃん。満足しておきなよ」 冒険者ギルド総本部内に用意された自室で、机を叩きながら叫ぶカラミタにすかさずアイシャがツッコミを入れた。育ての親であるレオノーラに七年間会えていない身だからか、激しく同意しつつも、少しだけ不機嫌顔だ。自分が置いていった羊皮紙の魔導具のおかげで他の兄達が独立した時よりかはかなり頻繁にやり取りを出来てはいるが、育ての親を恋しく思う気持ちは二十二歳になった今でも隠しきれないみたいだ。それだけ十五歳になるまでの生活が幸せだった証拠だろうと当人は思っている。「目の前に居るのにこの手で触れないんだぞ?逆に拷問だと思わないか?」 「……自分でやっておいて、何言ってんだよ」 十七歳になり、随分と素晴らしい体躯に育ったカラミタの頭を容赦なく叩く。「痛いよ、兄さん!」と『弟』らしく口を尖らせながら、カラミタは斜め後ろに立つアイシャの方に振り返った。 『エルフ族』であり、その為成長の遅いアイシャの方は今も変わらず160センチ程度と男性としては小柄なままだが、『魔族』であるカラミタはこの二年間で随分と成長した。再会した当初はアイシャよりは少し大きい程度だったのに、今ではもう195センチにまで背が伸び、テオドールやリトスよりも大きくなった。流石に250センチもあり、『竜人族』のセリンと並ぶと『弟』感が残ってはいるが、もう彼を『末弟である』とは誰も思わないだろう。 肩まである紺色の髪をハーフアップにしてまとめ、左目側の空洞を隠す為にしている眼
「まぁ、わかった。先ほどまでの話から察するに、『魔王』の『性質の支配』の影響下に無いおかげで、カラミタは『特別な個体』って事だな?」 「そう思ってくれて構わない」とライゼの問い掛けにカラミタは答えた。 「そうか……。——なあ、セリン達よぉ」 セリンを筆頭とした兄弟達の視線がライゼに集まった。窓を背にして執務用の席に座るライゼに背後から太陽の光が強く差し込み、彼の表情を分かりにくくさせている。「現・魔王は随分と『好戦的』らしいが、カラミタの『性質』は、我々にとっても、次世代の『魔王』になるに相応しいもんなのかい?」「正直な話、少なくとも『王の器』ではないですね。ですが、統治力を求められる立場でもない様ですから問題はなさそうですけど」 「『相応しいか』と訊かれると『微妙』としか。ただ理由も無く拳を振り上げる様なタイプではないな」 「コイツの重度のマザコンっぷりが、他の魔族達にどう反映されるかが不安だってくらいだな、俺としては」 セリン、テオドール、リトスが順にそう言うと、ライゼはリトスにだけ「お前が言うなや」とつっこみを入れた。どうやらライゼの中では、リトスのマザコンっぷりも十分重度のものの様だ。「ちょっと待て、オレはマザコンじゃない。レラを一度も『母親』だとは思った事がないんだからな」「うん、知ってるよぉ。でも一応はまだ『母親』だから、ね」と言い、アイシャが不機嫌そうにしているカラミタの肩を軽く叩く。 「悪かったって。お前を『弟』だと思ってるから出た発言なんだから、このくらいは許せって」 リトスの謝罪を聞き、ライゼが首を傾げた。『レラ』という女性が『母親』である事は間違いなさそうだが、『そうは思っていない』となると、じゃあ『どう思っているのか』が気になる所だ。「でもまぁ、母さんの次に一番長くカラと暮らしていたウチとしては、『カラミタ』は次の『魔王』になる素質を充分備えていると思うよ」 魔族の生態に関してのメモを取り続けていたアイシャが手を止め、ニッと笑う。「ぶっちゃけ、現・魔王を殺すつもりでいるんなら、こんな場所に立ち寄ってないでそのまま真っ直ぐ魔王の所に行けばいいのに、わざわざウチらに話をしに来たのってさ——」「魔族同士の『内戦』や『内輪揉め』で終わらせるんじゃなく、『魔族との和平』のきっかけにするつもりだからでしょ」 一度話を切
ギルドマスターの部屋の応接スペースに置かれたソファーに五人が腰掛ける。体が大きく、筋肉や種族特性の関係で分厚いセリンとリトスの二人が並んで座り、残りの三人はその対面にあるソファーに座った。「——んで、だ。カラミタ、お前さんの事をちょっと教えてもらってもいいかい?出来ればギルド本部への訪問の理由よりも先に、『特別な個体』である理由の方を聞かせてもらえんかねぇ。警戒心をどうにも捨てきれない儂を安心させて欲しいんだ」 ライゼにそう言われ「あぁ」とカラミタが素直にうなずく。その様子からすると、その点に関しても元々話すつもりで来ていた様だ。「かなり長くなるとは思うんだが、まずは、『魔族』の特性から話してもいいか?」 そう問われ、アイシャの目が輝く。長年『魔族』である末弟・カラミタと暮らしてはきたが、その特性や性質に関して語り合う様な機会などなかった。好奇心旺盛な彼は興味津々といった様子で、早速大量の紙と羽ペンを、腰に身に付けている収納魔法が付与された小さな鞄の中から引っ張り出した。「まず、『魔族』も『樹界』に住む者達となんら——」まで言ったカラミタの言葉を最速でアイシャが「待ったぁ!『樹界』って何?」と大声で遮った。 「『樹界』は、此処の様に、世界樹の影響下にある土地に対しての呼称だ。多分、魔族のみでの言い方なんだろうな、他では聞かないから」 「そっかそっか。おっけー話を続けて」 「『樹界』に住む者達と、『外界』に住む『魔族』の生態に大きな差はない。両親から生まれ、寿命があり、老いて、いずれは死ぬ。そして全ての個体が『天災』レベルの脅威でもなく、そういった個体はせいぜい上位一割程度だ」 この話には流石に納得がいかなかったのか、驚く声が他からあがった。「いやいや、よく考えてもみろ。じゃないと、今頃樹界はとっくに壊滅していてもおかしくないだろう?でも実際にはそうじゃないのが何よりの証明だ」「……確かに、そうだな。いくら世界樹の影響下にある地域には……君は別の様だが、何らかの理由で通常は来られないとしても、魔族全員で遠距離から大量の魔法をぶっ放すって手もあるんだしな」とライゼが口にし、うなずいた。 「能力的に上位に当たる魔族達は、他種族からは『天災』扱いされてはいるが、奴らには最大の欠点がある」 「欠点、ですか?」とセリンがこぼし、家族達を魔族に殺され
テオドールはカラミタを連れて二階に上がり、冒険者ギルドの最高責任者であるギルドマスターの部屋に彼を案内した。流石に、部屋に入るなり、此処でまで攻撃をされたりはしなかったが、威圧的なオーラを纏ったギルドマスターと目が合った途端、カラミタが顔を顰めた。「……本当に、攻撃の意思は無いようだねぇ」 そう言うと、ギルドマスターの表情から威圧感がスッと消え去り、温和な表情になっていった。 彼は八十代にまで達しているのだが、まだまだ現役にも負けぬ圧と実力を兼ね備えた人物だ。『器用貧乏』と言われがちな『ヒューマ族』でありながら二十年近くギルド長を務めており、ご高齢になった今でもまだ現場に出る事のある行動派でもある。長めの白髪を後で緩く結いまとめ、髭を生やし、彫りの深い顔には年齢を感じさせる皺はあれど、その体躯は若者にも負けぬ程に逞しい。「まぁ、カラミタは、ただ俺達に会いに来ただけだろうからな。——でしょう?」 テオドールにそう問い掛けられ、「あぁ」とカラミタがうなずく。「こっちは、門番に『冒険者であるセリンに会いたい。もしくは、テオドールかリトス、アイシャでもいいんだが』って言っただけなのに、急に攻撃されて、致し方なく防衛しただけだ」 「入口を守る者には訪問者が不審者かどうかを見分けるために、変装などを見破る魔導具を持たせていますからね。いくらアイシャが作った偽装効果のある魔導具を身に付けていたとしても、『魔族』であると看破出来てしまいますから、それこそ事前に『来る』と言ってくれれば、こちらもそれ相応の用意をしたんですが……まぁ、それも今更ですね」 どこの国も主要な都市の門や施設の入り口などを守る警備兵などは、変装、もしくは擬態などの魔法を使っているか否かを判断出来る魔導具を身に付けている。指名手配犯ではないかをチェックする機能も搭載された優れ物だ。冒険者ギルドの門番が装備していた物の製作者がアイシャでなければ、それさえも誤魔化してすり抜けられただろうが、今回は相性が悪かった。「……その発想が、そもそも無かったな。『行けば何とかなるか』程度にしか考えていなかった」 「まぁ、そうですよね。僕らの育ち方では、どこかへ訪問するための礼儀なんかは学べませんでしたし。てっきり、カラは成人後も実家に残ると思っていたので、正直、今カラがここに居る事にすごく驚いています」と
レオノーラを膝の上に乗せ、ご満悦の顔になったカラミタの話は三年前の出来事にまで遡った所から始まった。 ◇ ——カラミタが成人を迎え、レオノーラの元から旅立った日の同日夕刻頃。 シルト王国の国史に残る一大事が王都北東部にある冒険者ギルドの総本部で起こった。 『魔族』の襲来である。 各国の主要都市の地中深くには、世界樹の根の中でも際立ってかなり太い根が張っている。そのおかげで長い歴史をどんなに遡っても『魔族』からの襲撃は一度も無く、外界から近づいて来る危険な魔物の出没確率もかなり低く済んでいる。それに加え、世界樹そのものからも比較的近い、もしくは細いながらも根が地中深くに張っている場所は安全地帯だとされ、首都以外の都市や各貴族の領地などがその上に点在している。根の上部では『魔力溜まり』も現れやすいため、魔力資源確保の観点から見ても昔から都市が出来やすいのだ。 王都などのように重要な都市であればある程、その分当然守りはどこよりも堅いが、あくまでも他国との戦争や魔物を対象とした物であり、『天災』にも等しい『魔族』の襲来までは想定していない。頑丈な壁、屈強な騎士や兵士達、冒険者などにも守られている都市とはいえ、人口が多い分統制が取れず、その被害も他の領地とは比べ物にならないだろう。街を守るための壁のせいで逃げ場がなく、一方的に蹂躙されてしまう可能性もあり得る。 だからこそ、この襲来により冒険者ギルドの総本部に走った激震は言葉では例えようがない程のものだったに違いない。「——今すぐ攻撃を中止しろ!止めろと言っていんだ!聞こえないのか⁉︎」 冒険者ギルド・総本部一階。 訓練場がある最奥から正面入り口方向へ移動しながらテオドールが怒号のような声をあげた。十五歳で家を出た時よりも随分良い体躯になった体で全力疾走しようとしているが、慌てふためく者達や建物の内部なせいで速度が制限されて苛立ちを覚えている。思うように先へ進めず、黒く短い髪をグシャリと掻きむしり、眼鏡の奥にある茶色い瞳が不安で揺れた。「とは言っても、相手は『魔族』ですよ⁉︎」 悲鳴のような声が周囲から返ってきた。運悪く今日が警備当番だった冒険者の一人だ。「よく見ろ!向こうに殺意は無い!こちらからの攻撃を、今すぐに、止めろと言ってるんだ!」 どうにか問題の地点にまで辿り着いたはいい







