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【第4話】『長男』との出会い②

last update Dernière mise à jour: 2025-11-16 09:58:56

「——助かったぁぁぁ!ありがとう!本当にありがとう!」

 相手が子供だからなのか、気安い感じでレオノーラがセリンの両手をギュッと握り、軽く上下にブンブンと振っている。余程嬉しかったのだろう。とてもじゃないが根っからの『人間不信持ち』だとは思えないくらいのテンションだ。

「まさか、持ち込み品を全部買い取ってもらえるなんて!」

 ほぼ空っぽになった革製の鞄の中を覗き込みながらレオノーラが嬉しそうにしている。そんな彼女に「本当ですね、僕も驚きです」とセリンが言った。

 ——セリンがレオノーラに声を掛ける少し前。

 彼が彼女に抱いた印象は『不審』だった。男性物、女性物とが混じった不恰好な服装、よくよく見るとサイズも合っておらず素人修繕の形跡だらけで状態も良くはない。そんな様相の小柄な女性が、着ているローブのフードを目深く被り、道の端っこで項垂れているせいで周囲の者達も彼と同じ様にレオノーラを少し不審がっていた。だがすぐ後にキョロキョロと周辺の看板などを見渡す姿を見て、やっと『あぁ、ただ困っているだけか』と察したセリンが声を掛けたのだ。町の案内を生業にしている他の大人に任せたら喰い物にされて終わりそうだからという懸念もあったから、我先にと。

(そんな女性の持ち込んだ物がどれも最高品質だったとか……普通想像出来るか?)

 最初に入った薬屋では回復薬と塗り薬を買い取ってもらったのだが、そもそも本物なのか、薬の状態に問題は無いかなどを『鑑定鏡(簡易版)』と呼ばれる虫眼鏡の様な形をした魔導具で確認してみると『最高品質』との結果が出た。そのおかげで店員から飛び付かれんばかりの勢いで全て買い取ってもらえたのだが、その結果に一番驚いていたのは持ち込んだレオノーラ当人だった。薬学の知識も無い者が積み重ねた経験だけを頼りに作っている物なのだから当然だろう。

 次に行った店は雑貨屋だった。庶民向けの安価な物ばかりを置いている店だ。

 世界樹をモチーフにした手製の木製プレートであれば此処だろうと持ち込み、それらも全て買い取ってもらえた。こちらも魔導具で鑑定した結果『魔物避け』の効果が付与された物である事が判明して想像よりもずっと高値となった。髪飾りやブローチに加工し、今後は『旅のお守り』として販売されるそうだ。この様な効果が付与されているのは世界樹の木の一部を使っていたおかげなのだが、彼女はそんな効果がその素材にあるとは知らずに作った物だった。

 この二店舗に行った時点でもう、当初望んでいたよりも遥かに多い金貨二十六枚という現金が手に入った為、最後に行こうと思っていた魔導具の店には寄らなかった。そもそもそこは新品を扱う店なので、中古品(しかも素人が直した品)なんぞの買取は流石にしてもらえないだろうという話になったので、持ち帰って引き続き自分で使う事になったのだ。

「丁度時間ですけど、延長しますか?」

「そうだね。お願いします!」

 力強くそう返され、セリンの方がほっと安堵した。だが自分でも何故そう感じたのか分からずにいると、「次は服が買いたいんだけど、何処かいい店はある?」とレオノーラに訊かれた。

「あ、えっと……既製品の店で良いですか?」

「うん。時間的にも予算的にもオーダーメイドは無理だからね。その後は調味料なんかも欲しいかな。……だけど、さっきの売上分で、どっちも買える?」

(あ、やっぱり、この人は相場も知らない感じか)

「えぇ、大丈夫ですよ」

 買取の値段交渉をする事なく売った様子を見て感じていた事が、セリンの中で確信に変わる。そしてレオノーラに対して『一人にすると危なっかしい人だな』という印象を抱いた。

「よっし!じゃあ、その前に腹ごしらえと行こうか。お腹空いちゃった」と言って、レオノーラが強引にセリンの手を引く。

「でも、僕は——」

(飲食店のオススメの店なんか知らない)

 日々食うにも困っている身だ。店に並ぶ品々や看板などのおかげで店の場所などは歩けば簡単にわかるが、飲食店や屋台の味はとなると実際に食べてみないと知りようがない。なので『それぞれの店の場所くらいしか分からない』と正直に言おうとしたのだが、『言葉にしなくてもわかるから、大丈夫』とでも言いたげな雰囲気を、笑顔を浮かべているレオノーラから感じ取り、続く言葉を飲み込んでセリンは素直について行った。

       ◇

 夕方近くになり、とうとう別れの時が来た。町のシンボルマークでもある噴水ももう止まり、目抜通りに来ている客層にも変化が出始めている。

「今日は、丸々一日ありがとね」

 もう子供は帰る時間だ。これ以上彼に案内を頼む訳にはいかないとレオノーラが別れを告げる。そしてそっと彼の手を取り、報酬として金貨一枚を握らせた。案内した時間は五時間程だ、なのにこれでは銀貨十枚分に相当するのでこれでは多いとセリンがすぐに顔を上げたが、無言のまま笑顔を返されてしまった。

「えっと……宿泊先は決まっているんですか?」

 安く紹介出来る伝手がある訳じゃないが、せめて最後に場所の案内くらいはと思い訊いてみる。

「心配いらないよ、このまますぐ家に帰るつもりだから」

「え?でもこの町の人じゃないですよね?」

「うん、違うよ」

 別の町までは随分と歩く。町と町とを繋ぐ馬車も最終便はとっくに終わっている為、セリンは『まさかこの人は、夜道が危険だとすら知らないんじゃ?』と心配になった。収納魔法効果が付与された鞄のおかげで荷物はほぼ無いが、身軽ならば襲われないという訳じゃない。外界付近じゃなくとも、夜行性の獣や魔物は特に危険なモノも多いのにとセリンの顔色が段々悪くなっていく。

「……そう言うセリンは、帰る先はあるの?」

 セリンの心配を他所に、今度はレオノーラが気に掛ける様な声で訊く。最下層の人間が暮らす先なんてどの時代であっても似た様なものだ。しかも竜人族の子供となれば、寝起きする『家』がこの町にあるのかすら怪しい。

 問い掛けられ、セリンは返答に困った。『ある』と虚勢を張るのは簡単だが、不意に全てを見透かしたような雰囲気を纏うレオノーラを相手に、果たして意地を張る意味はあるのだろうか?と考えてしまう。

「……」

 口を開けては閉じ、少しの間セリンは視線を彷徨わせたが、結局は「……いいえ」と素直に答えた。

「僕に、帰る先はありません……。所謂、路上生活者ってやつなんで」

「難しい言葉を使うんだね」と感心され、セリンは顔を顰めた。本気にしていないのか?と少し癪にも触った。

「じゃあ、今夜はウチで寝たら?一人分くらいなら寝泊まりする場所もすぐに用意出来ると思うんだよね」

「……はい?」

 今日会ったばかりの大人にそう提案されても即答なんか出来やしない。危険性の低い相手だとは町を案内していた間で充分過ぎる程に感じ取ったが、むしろレオノーラの警戒心の低さの方により一層の不安が募る。

「屋根の無い場所じゃ、いくら丈夫が売りな竜人族でも疲れは取れないでしょ。ね?大丈夫!攫って売る気なんか無いし、そんなアテも無いし」

「別にそんな心配はしてませんけど……」

「それにほら、寝床の無い子供とこのまま『さよなら』は大人としては後味が悪過ぎるって言うか……。今日はセリンのおかげですっごく助かったし、そのお礼?」

「既に報酬はもらっていますよ、しかもかなり多めに。昼ご飯も結局オマケでご馳走になってますし、それこそ宿で泊まる事だって、今日の報酬額なら出来ますし」

 そう言って渋る様子のセリンの手をレオノーラが掴み、強引に森の方向へ歩き出した。

「あの、ちょっ!」

「子供は大人を頼って良いんだよ。頼らずに後々後悔ばっかした私が言うんだから、間違いないって」

 人目につかぬ場所にまでセリンを連れて行くと、結局彼の承諾も得ぬまま、今度は転移魔法を詠唱もなしに発動し始めた。転移魔法はかなりの魔力を必要とする最高難易度の魔法である為セリンは驚きを隠せない。そもそも単身での使用なんか到底無理なはずだ。なのに、ぽかんとしている間にもう転移が始まり、そしてその行き先で更に自分が驚く羽目になる事など想像もせぬまま、彼らの姿は北部に位置する町『スノート』から忽然と消えたのだった。

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