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【第5話】『長男』との出会い③

last update Last Updated: 2025-11-18 12:54:55

 ヒトは驚き過ぎると言葉を失うらしい。——まさにセリンは今その状態に陥っているのだが、もう見慣れ過ぎてもはや『そんなモノ』は背景の一部でしかないレオノーラは彼の背中を両手で押し、「ほらほら、此処まで来たんだからもう遠慮はしないで」と言って強引に家の中に押し込もうとしている。

「いや、ホント、ちょっと待って!」

 遠慮だなんだとか、もうそれ所ではないセリンが足を踏ん張りレオノーラを止める。そして北方向に振り返り、問題のモノを指差しながら「——アレって、まさか、『世界樹だ』なんて言いませんよね⁉︎」とクソデカボイスで訊いた。

(おぉー。この子って、こんな声も出るんだ)

 竜人族だとしても、それにしたってとてもじゃないが四歳児とは思えぬ真面目で落ち着いた話し方ばかりだったセリンの子供らしい驚き方を前にして、レオノーラが口元を綻ばせた。

「その『まさか』だよ。アレがこの大陸名の由来にもなった、かの有名な『世界樹・ユグドラシル』です!」

 そう言ってレオノーラが絵画の紹介でもする様な仕草をする。するとセリンはまた言葉を失い、ゆっくりとした動きで世界樹を仰ぎ見た。

 北方向の一面が完全に世界樹のみで占領されている。大陸内にあるどの山脈よりも遥かに高い世界樹があまりに近くて、もはや万里の壁だ。無数の人々が暮らす地域からでもその片鱗が見える程に巨大な世界樹を間近で観た経験なんかセリンにはあるはずがなく、圧倒されるばかりで感想すらも出てこない。世界樹と彼らが立つ位置の間にはレオノーラが作ったであろう畑や庭っぽいもの、そして少しの森があるとはいえ、それでもかなり近い。そのせいで北方向にだって当然茜色に染まる美しい空があるはずなのに欠片も見えず、常識を超えた太過ぎる幹や生い茂る枝の力強さにただただ目を奪われるばかりだ。

「明日、明るくなったら改めてまた眺めると良いよ。まずはほら、夜ご飯を食べたり、お風呂にも入ろうか」

 セリンはまたレオノーラに背中を押されたが、今度は素直に従った。『もしかして……僕はとんでもない人について来てしまったのか?』と彼は思ったが、久方ぶりに子供らしい扱いをされている事がちょっと嬉しくもあった。

       ◇

「すっきり出来た?」

 レオノーラが、露天風呂からあがって来たばかりのセリンに声を掛けた。鱗のみで覆われたセリンの肌にはまだ水滴が残ってはいるが、『私が拭いてやるのは流石にお節介か』と考え、「きちんと拭いてね。此処は年中適温で快適とはいえ、もう夜だし、風邪をひくかもだから」と言うだけにとどめた。

「あ、はい。ありがとうございます」

 作り置きしてあった野菜たっぷりのスープと町で買ったパンという簡単な食事ではあったが、温かな食事を屋根の下で食べ、簡素だが広い風呂に一人で入り、今日買ったばかりの服を着ているセリンは少しぼんやりとしている。その様子を見て『疲れたのかな?』『もう休みたいのかも?』とレオノーラは思ったが、彼はただ夢見心地な状態になっているだけだ。ただでさえ“露天風呂”なんて初めての経験だというのに、間近にある世界樹を見上げながらだとか。綺麗な星空を見上げての風呂というだけでも魅惑的なのに、他では到底出来ない経験をした事で胸の中が一杯だ。

 住んでいた場所を突如奪われ、路上での生活に落ちてからは風呂にも入れず、川の水で体を流すのが精一杯だったし、食事だって食べられない日の方が多かった。それなのに今は、借り物だとはいえ、綺麗な服を着て、既に寝床まで用意されているのだと思うと、段々と少し泣きそうな気分になってきた。

 レオノーラが色々と察し、キッチン近くにあるテーブルセットの椅子に座るようにセリンを促す。そして温かなお茶を淹れて彼の前にそっと置いた。彼女も彼の対面の席に座り、お茶を飲む。そして「良かったら飲んでみて。何茶かもわかんない物だけど、まぁ味だけは保証するよ」と穏やかな表情で言った。

「『わかんない』って……」と言いながらも手に取り、セリンが一口飲んでみる。そして記憶を探るように瞳を閉じた。

「多分、タンポポン茶じゃないかなと」

「それって黄色い花が咲いたりする?」

「え?……えぇ、咲きますね」

 何故そんな事を訊くんだろう?とセリンが不思議に思う。

「そっか。あれは『タンポポン』っていうんだね。——よし、覚えたぞ」

 何処にでも生えている様な草花なのに名前も知らないのか?とセリンが疑問を抱いていると、ぽつりぽつりと、自分が世界樹の近傍此処にまで至った経緯をレオノーラが話し始めた。あっけらかんと簡単に、ゆっくりと。遥か昔の経験なので語っていても、もう当時の恐怖心が戻ってくる事もなく済んだ事に当人が一番ほっとしていた。

「……『奴隷商人』って、確かもう、五十年以上も前にほぼほぼ完全検挙されたと聞いていますよ?」

「ん?」と言い、レオノーラが首を傾げる。そして「あれ?って事は、私って今、もう五十代は余裕で超えているって事にならない?」と青ざめた顔で言った。

「勢力のあった『救済院』のフリをしていた点など、聞いた感じだとそれよりももっと前っぽいんで、もしかすると六十代よりも上では?……微塵も、そうは見えませんけど」

 一応は二十代で成長がほぼほぼ止まっているに近い状態なのだが、それよりももっと若く見える為二人とも黙ってしまった。

「「……」」

 どうやら『窓』を意識してはいるガラスの無い穴から見える世界樹に視線をやり、セリンが「……『世界樹』のおかげ、では?」と指摘する。すると『それだ!』とでも言うみたいにセリンの顔をレオノーラが無遠慮に指差した。百五十年近く此処で暮らしていたのにちっともその可能性を考えてなどいなかったみたいだ。

「まぁ、そりゃそうかぁ。実を食べたりもしたし、日々飲んでいる湧水も畑の土も世界樹の恩恵だらけだろうから、何か特別な事があっても不思議じゃないよねぇ」

「そもそも、こんな場所でよく暮らそうと思いましたね」

「まぁ、当時は無学な子供だったしね。聖獣達も追い出そうとはしないでくれたから、受け入れてもらえた様な気になって、勝手に居座っちゃった」と言い「ははっ」と笑う。『伝承通りに聖獣まで居るのか!』と一瞬驚いたが、もう今更かと、すぐにセリンは受け止めた。

「……で?君の方は、どうして路上に?」

 背筋を正し、落ち着いた声でレオノーラが訊く。

 今日会ったばかりの相手に話す事では無い。そうは思うも、緩んでいる気持ちに後押しされ、セリンは少しずつ言葉を紡ぎ始めた。

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