로그인「ねぇ、
ここは六畳一間のおんぼろアパート。
キッチンに立つ帝太郎が住んでいる所と、実家とは在来線を乗り継いで三十分余りという距離にある。 実のところ駅を降りてからのほうが長い道のりになったりするのだが、そのお陰で近い割に両親との間に一線を引いて生活が出来ているというのも事実だ。「寒っ!」 電車を降りると同時に冷たい風に吹き付けられて、思わずコートの前を合わせる帝太郎。 一人だけで寒い思いをするのは悔しいので、トイレに入って玉郎を玉から呼び出す。「もうちっとマトモなトコで呼び出せねぇのか」 出てきた途端、薄暗いトイレでは文句の一つも言いたくなるというもの。 例によって公共機関の乗り物は、玉の中で過ごした玉郎であったが、その上こんなところで呼び出されたのではたまったものではない。 そんな玉郎の愚痴を半分も聞かないうちに、帝太郎は駅舎に向かって歩き出す。 旅行に来たわけではないので、荷物はそんなに多くはない。せいぜい下着の替えとお金があればこと足りる。万が一何か不備があったとしても、そこはそれ、実家のよしみで何とかなるだろう。 現に、前を歩く帝太郎が提げたショルダーバッグには、着替えなどよりもお菓子のほうが多く入っているという有様である。 駅舎に入ると、達磨ストーブが焚かれていて、空気がほんわか暖かい。 辺鄙な田舎の駅だ。かろうじて駅員が一人いること自体奇跡に思えるそこには、帝太郎たちのほかに客の姿はなく閑散としていた。 駅舎に入るなりストーブの真ん前に陣取って鞄の中を物色し始めた帝太郎が、にっこり笑って甘露飴の袋を取り出す。 早速一つ頬張ってから「玉ちゃんも食べる?」 そう言って玉郎に微笑みかける。「いらねぇよ」 帝太郎の、この緊張感のなさは何なのだろうか。 託児所での遠足気分さながらなのほほんとした主人の様子に、玉郎は力ない溜め息を落とす。「玉ちゃん、疲れた時は甘い物に限るって♪ はい、甘露飴♪」 溜め息をついたのがまずかった。 如何にもしてやったりと言った表情で帝太郎が飴を差し出す。彼は
「ねぇ、玉ちゃん。僕さ、今週末に一度、実家に帰ってみようかと思ってるんだ……」 ここは六畳一間のおんぼろアパート。 キッチンに立つ玉郎の後ろ姿をこたつに座してぼんやりと眺めながら、帝太郎が唐突にそう告げる。「実家?」「うん」 卓上には冬らしく、籠に入ったミカンが置かれている。それに手を伸ばして入れ物ごと自分の傍に引き寄せると、帝太郎はその中の一つを手に取った。「日帰りで?」「うん、そのつもり……。でも……もしかしたら泊まりになるかも……」 ミカンを頬張りながら帝太郎が返す。「こっち、留守にして平気なのか?」「この土曜は託児所お休みの日だし、何かあったとしても玉ちゃんと菜奈ちゃんが居てくれれば大丈夫かなぁ〜……なんて」 のほほんと告げられた帝太郎の台詞に、玉郎が包丁を手にしたまま、振り返る。「やっぱり不安?」 眉根を寄せ、上目遣いで玉郎を見遣る。「お前、まさか俺を置いていく気じゃ……」 不安かどうかという問いには答えず、そう尋ねた玉郎に、帝太郎が静かに頷く。 玉封師が玉封じの鬼と行動を別にする事は、断じてあってはならない。 玉封じの鬼は主人の胸前にある玉からその鼓動を感じ取り、それがそのままその鬼の人格形成へと繋がっていくからだ。 加えて玉封じの鬼は二十四時間以上己が入るべき玉との接触を断つ事は出来ない。そんな事をしようものなら存在自体が消えてしまうのだ。 以前、玉郎がそんな風に話してくれたのを思い出す。 本来ならば玉封師の長である父から教わるべき事項なのだが、ギクシャクとした関係の中で、ついに聞かず終いになってしまっていた。「僕、こう見えても玉ちゃんの事、信用してるんだ〜。ほんのちょっと離れてたくらいで変わったりしないでしょ?」 玉郎がここに残るという事
困ったなぁ……と呟きながら頭をかく帝太郎に、今まで彼の様子を遠巻きに伺っていた玉郎が、足音を轟かせながら大股で歩み寄って来た。「貸せ!」 帝太郎から半ば強引に受話器を奪い取ると、「悠長に兄弟喧嘩してる場合じゃねぇんだよ、このアホが! ったく、今更言うまでもねえだろーけど、一応お前の兄貴は玉封師なんだよ、俺の主人のな! その玉封師様がわざわざしたくもない電話まで掛けてんだ。いい加減ことの重大さを察しやがれっ!」 珍しく恐ろしい剣幕で怒鳴り散らした。 普段から言葉遣いの綺麗なほうではない玉郎だが、ここ『つくしんぼクラブ』でこんな態度をとったことは一度もない。「玉ちゃんセンセ、こわーい!」 日頃の「どうした? さあ来い、チビども!」調の玉郎とは全く違った雰囲気に、子供たちがにわかにあちらこちらで泣き始めてしまう。「わぁ~! な、泣くな! 俺が悪かった、な? そ、そーだ! 泣き止んだらお馬さんしてやるぞ~?」 途端、この変貌振りなのだから、帝太郎でなくとも吹き出してしまう。「あ! こら、テメェ、笑いやがったな!?」 子供たちの間を右往左往して走り回りながら、玉郎がクレームをつける。 その様子を見て、菜奈子が隅っこのほうでクスクス笑っているのだが、さすがにそちらにまでは気が回らないらしい。「もしもし? ごめん、佐太ちゃん。ちょっと今、トラブっちゃって」 玉郎の言葉を電話での会話で誤魔化す帝太郎に、『今のって兄さんトコの玉封じの鬼?』 きょとんとした顔が浮かんできそうな、空ろな声音で佐太郎が返す。「え? うん、そうだけど……?」『やっぱ、迫力あるね~。いいなー。俺も早く玉封じの鬼、欲しいなぁー』 佐太郎が心底うらやましそうな口調でそうつぶやいたのも無理はない。二条院家の直系でありながら二十歳を過ぎた今もなお波長の合う鬼と出会えずにいる弟は、ある意味一族の中では異端だったから。少なからずそこにコンプレッ
『はい、二条院です』 電話から聞こえてきた声音に、ホッと安堵の溜め息を漏らす帝太郎。「佐太郎……だよね?」『……? もしかして……兄さん?』「うん、……久しぶり」 受話器の向こうで弟が息を飲む気配が伝わってくる。 無理もない。 帝太郎のほうから実家に電話をかけるのは、実に七年ぶりなのだから。「父さんが電話に出たら切っちゃおうって思ってたんだ。佐太が出てくれてホント良かった」 何だか父親と話をするのが気まずくて、家出をしたわけでもないのに疎遠になってしまっている実家。 時折母親から他愛のない電話がかかってくるが、それも帝太郎のことを気遣ってか、父のいない時を選んでいるらしく、ここ十数年、電話で父親の声は聞いていない。 もしかすると、父は母の隣に黙して座っているのかも知れないが、表立って受話器を握ることがないので、帝太郎としては助かっている。「父さんたちは?」『ちょっと出かけてる』 佐太郎の声にホッと一息つくと、帝太郎は少しトーンを落として話し始める。「実はさ、佐太郎に内密なお願いがあるんだ」 帝太郎の話にしばらく耳を傾けていた佐太郎が、『それ、直接父さんに頼んだほうがいいんじゃない?』 こともなげにそう告げた。 それは予想していた言葉ではあったけれど、そう出来るのなら最初から佐太郎には言わないわけで――。「だからね、それが出来たら苦労しないんだって。僕、佐太みたいに良い息子してない分、後ろめたさありまくりなんだよ。それにね、この件に関しては父さんが首を縦に振らないの、分かってるんだ……」 そう。〝あの事件〟以来、帝太郎は御霊屋への立ち入りを禁止されてしまっているのだから。 まるでそこへ帝太郎たちが立ち入った事実すらなかったとでも言う風に、二条院家ではその事件自体が隠蔽されてしまってい
本当に美紀のことが心配で仕方がなかったのだろう。 考えてみれば、昨日圭吾は会社を休んでまで美紀を探したのだ。そんな彼が、娘のことを思っていないはずがない。「美紀、ほら、先生にご挨拶して」「……」 昨日父親に嫌と言うほどどやされたので、文句こそ口にしないが、美紀にとってここで帝太郎に挨拶をすることは完全なる敗北を意味しているのだろう。 二枚貝のように口をつぐんで、かたちばかりの抵抗を試みている様子だ。「美紀!」 その態度に、圭吾が声を荒げるのを、帝太郎が片手で制した。それから小さく首を横に振って、彼女を怒らないで下さいと言外に含ませる。「美紀ちゃんのことはお任せ下さい。僕たちが責任を持ってお預かり致します」 そう言ってにっこり微笑むと、部屋の戸を開け、圭吾にやんわりと退出を促す。「……それではお願いします……」 どこか不安げな表情で、スーツ姿が『つくしんぼクラブ』を出て行く。 後には一口も口をつけられなかったコーヒーが残された。「さ、美紀ちゃん、あっちの部屋に行こ?」 圭吾が出て行ったのを確認すると、おいでおいでをしてみんなが遊ぶプレイルームへと誘う帝太郎。 その言葉が聞こえているのかいないのか、無言で机の上を見詰める美紀に「それともココア飲んでからにする?」 のほほんとした口調でそう問いかける。 途端、「あたし、別に誰かにお世話してもらわなくても平気だもん!」 吐き捨てるように美紀が叫んだ。 父親が居なくなったことで、思いのたけをぶつけられるようになったらしい。 その声に、子供たちと楽しそうに遊んでいた菜奈子と玉郎が、一瞬ぎょっとしたように動きを止める。 大丈夫だよ、というニュアンスをこめて二人に微笑むと、帝太郎は部屋の戸を再び閉めた。(この子はこう言う所も君にそっくりだね……) 自分の知る子と言動がそっくりな美紀。扱いは
相沢圭吾が娘――美紀――を伴って『つくしんぼクラブ』を訪れたのは、翌日木曜日のことだった。 圭吾に連れられた美紀を見て、思わず息を呑む帝太郎。 (……似てる) 美紀には昔帝太郎が失ってしまったある人物にどことなく重なる部分があって……一瞬その子がそこに居るかのような錯覚を覚えてしまった。 (でも……そんなはずない……) 彼女を失ったのはもう二十年以上前の話。だから眼前の少女とは年齢が噛み合わない。 そう思い直してよく見れば、やっぱり別人だ。 たまたま美紀と、自分の知る少女とが身にまとうオーラが似ていたからちょっと戸惑ってしまっただけ。この子とあの子は同一人物じゃない。 気を取り直して微笑むと、帝太郎は他の子供たちを菜奈子と玉郎に任せ、相沢親子を奥にある小部屋――応接室――に通した。「昨日はどうもすみませんでした!」 娘の頭を半ば強引に押さえるようにして自分も深々と頭を下げると、圭吾は開口一番そう謝罪した。 「あ、いえ、お気になさらず……ッ」 そういう場面に慣れていない帝太郎は、しどろもどろの口調で二人に面を上げてくれるよう促す。 圭吾が顔を上げたのと、ドアがノックされたのとが殆ど同時。 帝太郎の、「どうぞ」の声に、コーヒーとココアをトレイに載せて菜奈子が部屋に入ってくる。 圭吾の前にコーヒー、帝太郎と美紀の前にココアを置くと、お辞儀をして退室する。 普通こういった場合、大人にはコーヒーが出されるものだが、帝太郎はあの苦さがどうも好きになれない。だから今、帝太郎の前にココアが置かれているのは単に菜奈子の配慮に過ぎないのだが、少し場違いな飲み物の登場に、室内の空気が若干和む。 しばし、カップから立ち上る湯気を見詰めていた圭吾が、意を決したように口を開いた。 「実は私、来週から五日ばかり出張を控えておりまして……」 そこで自分の傍らで不貞腐れたようにそっぽを向いている娘をちらりと見遣る。 「今までは美紀が嫌がりましたので不安に思いながらも家で一人留守番をさせていたんです。……でも……」 「五日も家を空けなければならない、となるとさすがにご心配になられた?」 こちらも美紀のほうに視線を注ぎながら帝太郎が言葉を紡ぐ。 四歳にしては少し大人びた雰囲気のその子は、ショートカットがよく似合