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第7話

Autor: クリームシチュー
救助隊員たちが私の遺体を慎重に担架へと乗せ、静かに白布を掛けた。

行人は、私の体がそこにあったことを示す人型の窪みに膝をついたまま、石像のように微動だにしない。

「隊長、ここに……バッグが残っていました」

若い隊員が、私の遺体の傍らの泥の中から、いつも使っていた帆布のバッグを掘り出した。

行人は見覚えのあるそれをぎこちなく受け取ると、泥で噛み合わなくなったファスナーを無理やり引き開ける。

中身が、一つずつ取り出されていった。

浩之の着替えの上着、ポケットティッシュ、そして私のスマホ。

画面は蜘蛛の巣のように割れ、本体も無残に歪んでいる。

行人は袖口で画面の泥を拭い、電源ボタンを長押しした。

反応はない。それでも彼は、何度も、何度も押し続ける。

私は彼の前に漂い、その動作を執拗に繰り返す姿を見つめていた。

もうやめて、行人。

それは私と同じ。もう壊れてしまったのよ。

そう思った瞬間、画面がふっと瞬き、かすかな光が灯った。

彼は最後の藁にすがるように、ひび割れた画面をなぞり、メッセージ画面を開く。

一番上に表示されたのは、メモ帳に残された下書きだった。

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  • 瓦礫に沈んだ命   第10話

    三年後。家の中の様子は、あの頃と何ひとつ変わっていない。行人は救助隊長の職を辞し、事務部門へ異動した。いまは毎日決まった時間に仕事へ行き、決まった時間に帰ってくる生活を送っている。煙草も酒も、彼はもう完全に断っていた。台所のカウンターには、何度も読み返されて古びたレシピ本が数冊置かれ、ページの端には点々と油の跡が残っている。彼は料理を覚えるようになった。味は決して上手いとは言えなかったが、浩之はいつも残さず、きれいに平らげてくれた。浩之は六歳になり、背もずいぶん伸びた。三歳までの記憶はすでにおぼろげで、ただ「ママは空の向こうにいて、一番光っているお星様になったんだ」ということだけを覚えている。今日は私の命日だ。行人は浩之の手を引き、墓地を訪れた。墓石は丁寧に磨き上げられている。スマホの画面を開くと、そこには二十七歳のままの私がいて、時が止まっている。石碑の前には、新鮮なイチゴと、パックのイチゴミルクが一列に並べられていた。行人は上着の内ポケットから新しい家族写真を取り出し、清潔な布でフォトフレームの縁の埃をそっと拭った。写真には、小さな制服を着て、彼の隣に立つ六歳の浩之が写っている。「知世、浩之くんが小学校に入ったよ。すごく聞き分けのいい子だ」彼はその場にしゃがみ込み、写真を墓石のちょうど中央に供えた。「俺も、いい子にしてる。もう、お前を怒らせたりしない」行人の声は、低く静かだった。浩之が小さな指で、スマホ画面を指差した。「パパ、ママが笑ってるよ」行人はスマホ画面に目を向け、切り取られた一瞬の中で微笑む私を見つめた。そして指を動かし、スクリーン越しに私の顔の輪郭をそっと辿った。「ああ、そうだな。俺の不器用さを笑ってるんだろう」彼はポケットから、修理されたあの古いトランシーバーを取り出した。外装には、いまもひび割れた跡が残っている。それを耳に当て、通話ボタンを押す。聞こえてくるのは、ザーッという砂嵐のようなノイズだけだった。それでも彼は長い間、じっと耳を澄ませ続けていた。まるでそれが単なる雑音ではなく、別の世界から届く吐息であるかのように。また一年、春が巡ってきた。家のベランダでは、いくつかの植木鉢から緑の芽が顔を出し、細かな白い花を咲かせている。行

  • 瓦礫に沈んだ命   第9話

    火葬の日がやってきた。行人は、衣類を納めた段ボール箱を自らの手で開けた。中に入っていたのは、白いワンピースだった。ごくシンプルなデザインで、私の二十歳の誕生日に、彼が三ヶ月分の手当を貯めて買ってくれたものだ。当時の私は「センスが古い」などと文句を言ったけれど、それ以来、大切な日には決まって袖を通していた。行人はワンピースを取り出した。その動きは、シワひとつ生まれないよう、ひどくゆっくりで慎重だった。彼の手にはまだ包帯が巻かれており、滲み出した血が白い布地に小さな跡を残した。行人は俯き、不器用な指先でその汚れを拭おうとしたが、血はただ淡く滲み広がるばかりだった。やがて行人は諦め、私の着替えを始めた。私はその傍らで、黙って彼を見つめていた。廃墟の中でコンクリート板を素手で跳ね除けた男が、いまはたった一つの小さなボタンさえ、なかなか穴に通せない。指先は激しく震え、何度もやり直すうちに、行人の額には大粒の汗が浮かんでいた。ようやく、着替えが終わった。次に行人は私の化粧ポーチを開き、中からアイブロウと口紅を取り出した。どれも、もう長い間使われていなかったものだ。彼はアイブロウを手にしたまま、私の眉の上でしばらく迷い続け、なかなか描き出すことができない。「最後に見たのがずいぶん前だから、忘れちゃったな」低い声だった。私への言い訳のようでもあり、独り言のようでもあった。描き上げられた眉は、わずかに歪んでいた。それから彼は指の腹に口紅をなじませ、少しずつ、丁寧に私の唇へ色を乗せていく。すべてを終えると、彼は二歩後ろへ下がり、私を見つめた。「これで……もう、いなくなっちゃう人には見えないな」私は鏡の中の、どこか見慣れない自分を見つめた。そして、行人の瞳に浮かぶ赤く血走った筋をも。行人、あなたはそれで自分自身を騙しているの?それとも、私を?母に手を引かれ、浩之が入ってきた。その手には、大好きなイチゴミルクのパックがぎゅっと握られている。彼は私のそばへ歩み寄り、背伸びをして、一生懸命そのミルクを枕元に置いた。「ママ、これ、もう僕はいらないから、ママにあげるね」鼻声は重く、浩之は力いっぱい鼻をすすった。「だから、起きて。ねえ、起きてよ……」行人が唐突に背を向け

  • 瓦礫に沈んだ命   第8話

    仮の遺体安置所には、さまざまな臭いが入り混じっていた。泥の湿った臭い、消毒液の刺激臭、そして拭い去ることのできない血の気配。夜が更け、隊員たちはすでに撤収していたが、行人だけがその場に残っていた。彼は帰ろうとせず、私の担架のすぐ横に寝床を敷く。浩之はその隣で、小さな体を丸めて眠っていた。行人は、まどろむことさえ恐れていた。私を覆う白布を、穴が開くほど見つめ続けている。目を閉じ、再び開けたとき――そこが空になっているのではないかと怯えているのだ。誰かが私を運び去り、人を灰へ変えてしまうあの炉の中へ放り込んでしまうのではないかと。深夜、ついに限界を迎え、行人のまぶたが閉じた。私はそっと彼のそばへ寄り添う。眠りの中で眉をひそめ、うなされるようにうわ言を漏らしている。私は静かに、彼の夢の中へ潜り込んだ。そこには、あの家があった。台所の窓から夕陽が差し込み、私はエプロンを締め、麺を茹でている。鍋の湯がぐつぐつと泡立っていた。背後から、急ぎ足の足音。逞しい腕が後ろから私を強く抱きしめ、熱を帯びた頬が首筋へ埋められる。「知世……ごめん」彼の声は鼻にかかり、体は小刻みに震えていた。「俺が悪かった。本当に、俺が間違ってたんだ。愛してる、知世。愛してるんだ」私は抱きしめられる温もりを感じながら、彼の体から漂う、かすかな煙草の匂いが混じった石鹸の香りを吸い込んだ。微笑みながら片手を空け、彼の手を軽く叩く。「麺が伸びちゃうわ。早く手を洗って。ご飯にしましょう」行人は、捨てられることを恐れる子供のように、さらに強く私を抱きしめた。骨も血も境界もなく、私の中へ溶け込んでしまいたいとでも言うような力だった。夢の中の私は、痛みを感じない。ただ、今日はずいぶん甘えん坊ね、とそう思うだけだった。「はいはい、分かったから。いい子にして」夢の温もりが現実味を帯びるほど、現実の冷たさは骨の髄まで突き刺さる。行人が、唐突に目を開けた。台所の柔らかな光も、料理の香りもない。あるのは冷たいコンクリートの床、鼻を刺す消毒液の匂い、腕の中で不安げに眠る息子。そして、傍らに横たわる、白布に覆われた私の遺体だけ。行人はゆっくりと起き上がった。その動作はどこか硬直している。手を伸ばし、もう

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  • 瓦礫に沈んだ命   第6話

    「隊長、大型重機が回ってきました!」副隊長の叫びが、死のような静寂を打ち破った。行人はゆっくりと顔を上げ、地鳴りのような音を響かせながら近づいてくるショベルカーを見つめた。やがて立ち上がると、ふらつく足取りのまま運転手へ向かって怒鳴りつける。「掘れ!ここを掘るんだ!」彼は、一度掘り起こされながら再び埋まってしまったあの穴を指差した。人力に代わり、巨大なアームが唸りを上げて動き出す。重いコンクリート板が次々と吊り上げられ、取り除かれていった。瓦礫が一つ退けられるたび、行人の体は限界まで強張っていく。掘削が進むにつれ、空気中の粉塵の匂いに、鉄錆のような生臭さが混じり始めた。行人の喉仏が激しく上下する。彼はショベルカーが完全に止まるのも待たず、二メートル以上ある穴の縁から直接飛び降りた。足元の土は柔らかく、砕石が混じっている。よろめきながらも、どうにか踏みとどまった。「隊長!」背後で上がる隊員たちの驚愕の声を意に介さず、行人はその場に両膝をついた。血の匂いを含んだ土へ十本の指を突き立て、狂ったように掻き出し始める。鋭い石の角が掌を切り裂いても構わなかった。剥がれかけた爪の間に泥が食い込んでも、何も感じていない。ただ――私がこの下にいる。その事実だけが、彼を突き動かしていた。霊体となった私は宙に浮かび、彼の狂気じみた姿を見つめていた。土が、少しずつ取り除かれていく。最初に姿を現したのは、刺すような「赤」だった。それは、ハイヒールのヒールだった。行人の動きが止まる。その靴は、行人が副隊長に昇進したとき、最初の月給をすべてはたいて私に買ってくれたものだ。高すぎると私は文句を言った。医者は走り回る仕事なのだから、こんな靴は不便だと。口ではそう言いながらも、私は靴箱の中でいちばんきれいな場所に、箱に入れて大切にしまっていた。結婚記念日か、彼がたまに休暇で帰ってくる日だけ、私はその靴を履いたのだ。行人の指が震えながら、さらに下へと進む。やがてふくらはぎが現れ、続いて、もはや元の色すら判別できないほど汚れたスカートの裾が姿を見せた。そして最後に現れたのは、無残に歪み、すでに人の形を留めていない亡骸だった。遺体となった私は地面に跪き、上半身を深く前へ倒していた。背骨はプレハ

  • 瓦礫に沈んだ命   第5話

    行人の頭の中が、真っ白になった。彼は母を見つめ、わずかに唇を動かしたものの、声は出なかった。「早退……?病院は、あいつは出勤していないと言っていた。だから俺は、てっきり……」「てっきり何よ!」母の声が鋭く響き渡る。「あの子、言ってたわ。一昨日はあなたたちの結婚記念日だって!あなたが仕事で忙しいから、自分が浩之くんを迎えに行って、消防署までサプライズを届けに行くんだって!」行人の体が激しく強張った。その視線が、浩之の小さなリュックへと吸い寄せられる。私はそちらへ歩み寄り、リュックの中を覗き込んだ。行人が乱暴に引きずり出したテディベアのほかに、四角い深紺色のベルベットの箱が、隅にひっそりと転がっている。彼のために、何軒もの店を回って選んだ腕時計だった。母はベッドの縁にすがるように床へ崩れ落ち、両手で顔を覆いながら、押し殺した嗚咽を漏らした。「電話も繋がらない……家にも誰もいない……あなたと一緒にいるんだと思ってた……あの子はどこへ行ったの!私のともちゃんは、どこへ行っちゃったのよ!」行人は震える手でポケットからスマホを取り出した。指先を滑らせ、私とのトーク画面を開く。最新のやり取りは、地震の前夜で止まっていた。彼から送られてきた長文の非難――「冷酷だ」「家族への配慮がない」「俺のことを理解してくれない」……それに対する私の返信は、たった一言。【明日、ちゃんと話しましょう】明日――もう、明日など来ないのに。「あいつ、浩之くんを迎えに……」行人は喉を鳴らし、独り言のように呟いた。そして不意に顔を上げ、隣にいた救助隊員の腕を掴む。骨が砕けるのではないかと思うほどの力だった。「浩之くんは、どこで見つかったんだ!?」隊員はその剣幕に気圧され、慌てて答える。「よ、幼稚園の塀のそばです!塀が倒れて三角地帯のような隙間ができていて、あの子はその中にいました。発見時、そこにいたのはあの子一人だけでした」「一人だけ……」行人の顔から、みるみる血の気が引いていく。次の瞬間、彼は狂ったように周囲の人々を突き飛ばし、テントの外へ飛び出した。「戻るぞ!全員戻れ!さっきの掘削地点だ!あの三角地帯の下だ!下にはまだ、絶対に空間があるはずだ!」私は行人の後を追ってテントを出た。

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