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64心目:狂愛

last update Last Updated: 2025-06-09 11:00:16

「ずいぶんとタイミングのいい登場だな。俺たちを監視してたってのか? なあ」

 ネイヴァンが不快感を隠さず詰問する。しかし白仮面の男は冷静だった。

「滅相もないことでございます。決して監視などではなく、ただ私どもには、お招きした皆様方の健康をお守りする義務がございますゆえ。それに、お客様とはいえエルドリス様は終身刑の身。この館からお出にならないよう見守ることが、第七監獄《グラットリエ》から言い渡された出張調理の条件のひとつなのです」

「ハッ、平たくいえばやっぱり監視じゃねぇか。小型の魔導カメラか? どこに仕込んでる?」

 言いながらネイヴァンは家具や天井に鋭い目を走らせる。

「いいえ、魔導カメラはありません。そういった記録に残すのを主は嫌がりますので」

「はあ? じゃああんたが目視でずっと見てたってのか?」

「ええ。私だけではなく、他にも数名おりますが」

「……おちおち用も足せねぇな」

「いえ、さすがにそこまでは。プライバシーに関わりますので」

「そんなことはどうだっていい」

 それまで黙っていたエルドリスが声を上げた。ネイヴァンが『はいはい、すみませんね』という感じで肩を竦める。

「魔物の存在、と言ったな。この虹色の胞子状の物体は魔物なのか?」

「左様でございます。これはこの館の元の持ち主である研究者が、秘密裏に研究した黒魔法により錬成した魔物『イルゼフォリア』です。そして今夜の『30分クッキング』の食材――それは、イルゼフォリアの胞子がもたらす幻《まぼろし》でございます」

「幻?」

 エルドリスが眉根を寄せると、男は静かに頷いた。

「ええ、幻です。その胞子を吸い込んだ者は、自分にとって最も愛しい人の幻を見ることになります。エルドリス様。あなた様が調理するのは愛しい

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Comments (1)
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むらまさひょうえ
幻を料理する。想像もつきませんが…。
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