LOGIN「ぎゅい、ぶひひっ」 装備が少し上等なソルジャーリーダーが口早に命じる。 すぐにケガをした三体も含めた八体が陣形を組んで、レーヴェとヤガリに向かって攻め込んでくる。二人が助け合うことなんてないと確信した策略だ。兵士長ってだけのことはある、森エルフとドワーフの敵対関係を知っていたのか。 だから、俺は叫んだ。「コトラ!」「ぅな?」「リーダーをやれ!」「なぅ!」「レーヴェとヤガリくんは残りを蹴散らせ!」「承知」「了解だ!」 陣形を組んだソルジャーの背後にいるソルジャーリーダーを、コトラはロックオンした。「ぅなぅなぅなっ」 レーヴェとヤガリくんを狙っているソルジャーの足元を、小さな体ですり抜けて、ソルジャーリーダーの前に出る。 よし、一対一なら何がどうなってもどうにかなる! コトラは跳躍する。 鼻面に噛みついて、首を捻りながら後ろに跳ぶ。 その勢いで、ソルジャーリーダーの首が落ちた。 すげ……レベル差ってこういうことなんだ……。 ていうかコトラ神子にしといてよかった。戦闘力なら俺よりはるかに上じゃなかろうか。 そして、ソルジャーリーダーの絶命の悲鳴を聞いて動揺したソルジャー八体が、あっという間にレーヴェとヤガリくんに葬られた。「ぎゃああああああ!」 血しぶきまで風に溶け、消える。 オークの先遣隊はあっと言う間に消え失せた。 「おお……」「オークどもを蹴散らした!」「我らが騎士が!」「灰色虎がソルジャーリーダーを一撃で!」「おまけにあのドワーフでさえ四体を倒したぞ!」 エルフたちがどよめく。 次第にそれは歓声に変わっていった。「復活した泉を破壊されずに済んだ!」「生神様の御力だ!」「バンザーイ!」 万歳三唱の響く森で、俺は顔色が悪い友人に声をかけた。「ヤガリくん、何か?」「あ。……生神様か。すまん、考え事を」「生神様なんて言わなくていいよ。俺の名前は真悟。呼び捨ててくれればいい」「しかし、仮にも神を」「俺はヤガリくんのことは友達だと思っているけど」「…………?」「この世界で、今まで神子は女性ばっかりだったんだ。コトラは別として」 俺は頬を搔きながら続ける。「で、このモーメントに来る前は、正直友達らしい友達はいなかった。俺は家のこととかしなきゃいけなかったし、友達と遊び歩くなんて出来やしな
咄嗟に端末を向けて【観察】する。【ソルジャー・オーク:レベル10/敵対勢力に創り出された亜人種、オーク族の兵士階級。戦闘能力はノーマルを上回るだけでなく、本能を抑え込んで命令に従う知性がある。全てのオーク族に共通する性質として、形あるものを破壊することを幸福とする。特に聖地と呼ばれる神域を破壊することに生きがいを感じており、全てを破壊しつくした後は同士討ちを始め、最終的に自分の命をも破壊する破壊衝動の塊】 これが九体。【ソルジャーリーダー・オーク:レベル15/敵対勢力に創り出された亜人種、オーク族の兵士長階級。戦闘能力はソルジャーを上回り、また高い知性を誇り、ソルジャー・オークを指揮して戦うことができる。全てのオーク族に共通する性質として、形あるものを破壊することを幸福とする。特に聖地と呼ばれる神域を破壊することに生きがいを感じており、全てを破壊しつくした後は同士討ちを始め、最終的に自分の命をも破壊する破壊衝動の塊】 これが残る一体。「俺の戦ったノーマル・オークより強いのか」 さっき見た神子たちの戦闘レベルはシャーナがレベル1、レーヴェが55,ヤガリくんは60、コトラが200と、戦闘力10でレベルが1になるんだろう。 俺の戦闘レベルは3。ただレベル1だった時も水流《ウォーター・フロウ》でノーマル・オークを蹴散らしたんだから、神の戦闘レベルは少し違うのかもしれないけど。 で、オークはレベル10が九体、レベル15が一体。数では負けてるけど戦闘レベルでは屁でもないって感じになるんだが……。 相手は連携攻撃を仕掛けてくると言う。連携どころか仲間とすら認めていないヤガリくんとリーヴェが狙われたら、ちょっと厄介かな……。 いやでも、コトラ単独でも蹴散らせるレベルだから。 とりあえず森エルフの皆さんには下がっていてもらおう。「みんな下がってて」「いや、我々も戦う!」「戦わないで! って言うか実験だから!」「実験?!」「【援護戦闘】がどうなるか見てみたいから! それにどうせ近いうちにオークが山ほど出てくるから! 嫌でも戦わなきゃならなくなるから!」 正直説得にもなっていない説得に、森エルフは思わず引っ込む。 その隙に、ソルジャー・オークが三体、レーヴェに向かって襲ってきた。「レーヴェ!」「案ずるな!」 レーヴェは舞うように剣を振り回す。
「気にするな生神様。元来ドワーフと森エルフはそう言う関係なんだ」「仲良くなれないってわけでもないんだろ?」「敵対関係にはならないと言うだけだ」「仲良くしてくれよー。樹海にオークが、山脈にラスト・モンスターが湧いて戦わなきゃいけないかもって時に、バラバラで行動してうまくいくわけないだろー? 第一ドワーフは食糧、森エルフは鋼が必要なんだ、仲が悪くてもこの場合手を組まなきゃまずいんだってことは分かるだろうに」 ぐぐ、と一同が唸る。本当に戦闘にならないだけでお互い嫌い合ってるんだなあ。 敵対勢力が判明した今、復活した大地に住まう森エルフとドワーフには仲良くしてもらわなきゃいけないんだが、どうすればいいのかねえ。「頼みがあるのだが、これを【再生】してくれないか?」 レーヴェがボロボロの木の枝のようなものを出してきた。「何これ」「森エルフの最大の武器、弓だ。子供でも弓の扱いには長けている」「子供も戦うのか? とすると……援護神威って神子以外にも使えたっけ」 確認の前に、ボロボロの木の枝に【再生】を使う。 白木の繊細で美しい弓が、弦付きで【再生】した。 森エルフが目を輝かせる横で、オレは端末で調べてみる。【援護神威は基本的に神子を援護・防御するためにしか使えませんが、範囲系の神威であれば、範囲内に無差別に効果を与えるという形で神子以外の援護が可能です】 うん、つまり、個人回復魔法なら無理だけど、全体回復魔法なら神子じゃなくても効くってことかな? そう言うことかな? その時、導きの球が光った。「ん?」 赤い光が煌々と灯っている。 その光は北の方を指している。 なんだこれは?【観察のレベルが上がった場合や新しい能力を手に入れた場合、観察で見抜ける能力が増えます】 と書いてあった。「つまり【観察】してみろってことだな」 端末を導きの球に向け、【観察】してみる。【観察:導きの球/戦闘神威を身につけた時、導きの球は敵対勢力の接近を感知することができるようになる。青い光は近くに敵対勢力がいることを、赤い光は敵対勢力がこちらに向けて接近していることを示す】「……ってことなんだけど」「オークか?」「敵の種類は分からないけど、赤い光だからこっちに向かってきていることは確かだ」「よし、今度は神子に任せてくれ」 レーヴェが剣を抜いて前に出た
自在雲を飛ばして辿り着いた、森エルフの聖なる泉は、幸いなことにまだ襲撃を受けていなかった。「皆、無事か?」 レーヴェに、森エルフたちは頷いた。「無窮山脈はどうにかなったのか?」「どうにかなったが色々なことが厄介になってきた」 レーヴェは深刻な顔。まあそりゃそうだろう。「道中でオークに襲われた」「オーク!」 エルフたちがざわめく。「あいつら復活してたのか?!」「と言うよりは、連中は生神様と敵対する勢力として存在しているらしい」「生神様と?」「敵対する?」「だから、オークがここに攻めてくる可能性も高い」「?」 意味が分からず首を傾げる俺と森エルフに、レーヴェがまず俺に教えてくれた。「オークは昔から泉を狙ってきたんだ。私たちはずっとそれは泉を羨ましく思い奪い取ろうとしているのだと思っていたが、先の戦闘で分かった。オークは自然や聖地を破壊したいんだ」「確かに……木壁を使った時、何で忌まわしい植物がとか何とか言ってたし……」「そう言うことだ。自然の恵みを破壊したいと思っているんだ」「なるほど……ラスト・モンスターの鉱石食欲もだな。自然を破壊したいオークと、鉱物を食い荒らすラスト・モンスター。あるいは敵対する存在が森エルフとドワーフの聖地を荒らす為に送り込んだとも考えられる」 ヤガリくんの言葉で、森エルフたちはやっとその存在に気付いたらしい。 全員、ヤガリくんがドワーフだと確認して、露骨に嫌な顔をする。何か言おうと口を開きかける気配を感じたので、俺は念を押しておくことにした。「はい嫌な顔しない、ヤガリくんは俺の神子だからねー。農具とか再生するのヤガリ君が必要だからねー。農具なくていいって人だけケンカ売れるからねー」 ぐ、と森エルフは引き下がる。 ヤガリくんは無言でそれを聞いていた。「ぅな」 コトラがヤガリくんの腰に頭をぶつける。「ああ、コトラ。大丈夫だ。おれのことは心配しなくていい」 コトラの頭を撫でてから、ヤガリくんは雲から飛び降りた。「ドワーフのヤガリ・デイだ。今は神子となっている」「…………」 森エルフたちは黙り込んだけど、やっぱりヤガリくんに好意的な対応はしない。「あ~あ、農具なしになるかなー」「気にするな生神様。元来ドワーフと森エルフはそう言う関係なんだ」「仲良くなれないってわけでもないんだろ?」
「無窮山脈も同じだ」 ヤガリくんは顔を曇らせる。「ラスト・モンスターが復活するかもしれない」「らすと・もんすたー?」「文字通り錆を食べる魔獣だ。それだけならまだマシだが、自ら鉱石を錆に変えてしまう」「げ」「元々いた魔獣ではない。世界が破滅になっていった時に、唐突に無窮山脈に出没しては鉱脈を錆させて食って行った。無窮山脈を土くれと錆の塊に変えてしまった後、食べるものなく餓死していったが……」「餓死したのであればいいのではないでしょうか?」 シャーナの言葉に、ヤガリは首を横に振る。「世界を滅ぼそうとする勢力があると言うことは、生神に等しい能力を持つ何かがあってもおかしくない。かつて、そんな勢力が無窮山脈を破滅させるためにラスト・モンスターを送り込んだとしたら、今も……」「つまり、この世界を再生しようと思うなら、敵対勢力との戦争を覚悟しなければゃいけないということなのですね……」「ちょっと待って。援護戦闘について調べてみる」 M端末を動かし、全員に周囲に追いかけてくるような連中がいないか監視してくれと頼んでから援護戦闘の説明を見る。【援護戦闘は、神子に戦わせる戦闘です。生神は神子に力を与え、神子の戦闘を援護します。【属性】で、神子を強化したり援護したりできます。やはり神威名をつけなければなりません】 これもネーミングか……と挫けかけて、見本の援護戦闘神威があるのを発見した。【援護戦闘神威:[攻撃]武器強化・鉱石+大地/[回復]回復・聖】 なるほど、仲間を援護して強くして戦ってもらうわけだな。【直接戦闘は生神の戦闘レベルを、援護戦闘は神子の信仰心と戦闘レベルをアップします。仲間と自分のどちらの戦闘力を上げるかを考えて戦いましょう】 ……ってわけか。 自分を強くするか神子を強くするか。 とりあえず自分のステータスを見てみた。【遠矢真悟:生神レベル33/信仰心レベル12000/戦闘レベル3 神威:再生10/神子認定4/観察6/浄化6/転移1/増加4/創造2/直接戦闘5/援護戦闘1 属性:水5/大地3/聖6/植物4/獣4/岩3/鉱石3 直接戦闘神威:[攻撃]水流・水/[防御]木壁・植物 援護戦闘神威:[攻撃]|武器強化《エンチャ
世界を滅ぼすための勢力。 いわゆる魔王ってヤツ? いや、生神に対抗するんだから、相手も神……なんだろうか。 神を殺すのは神殺しの武器しかないって言うけど、神殺しの武器を作れるのは……人間じゃ無理だろう。神が創らないと。 そして、確かこの世界は神が見捨てた地と何人もの人が言っていた。 だったら、神の中には滅ぼそうとする神もいるんだろう。 そんな神にとって、生神は不倶戴天の仇だろう。 だから、俺を殺そうとする神がいてもおかしくはない。 問題は、生神である俺は、殺されたら死ぬってことだ。 だからこそ、神子に戦わせて身を守る戦い方があるんだろうけど、今、神子は必要最小限しかいない。信仰心が高くて戦闘力がある神子を探すことも必要だってことだ。「と、なると」 俺は最悪の結論に思い当った。「大樹海や無窮山脈が敵対勢力の攻撃目標になるってことも考えられるんじゃないか?」「確かに……」「生神が降臨し、再生した聖地。豊かな森と復活した鉱山。……確かに敵対勢力が狙ってきてもおかしくはない」 レーヴェの言葉に、俺は唸る。「まずいな……防衛手段を考えないと……エルフもドワーフも人数少ないんだから、襲われたらアウトだ……」「とにかく、大樹海へ急ごう」 ヤガリくんが肩を叩いてくれた。「レーヴェが森エルフの騎士なように、おれも誇り高きドワーフの戦士だ。神の援護があればおれたちも戦える」「ちょっと、森まで急いで戻ろう。信仰心が上がったから、もっと長距離を速いスピードで移動できるはずだ」 再生のためにロースピードで走らせていた自在雲を速める。「レーヴェ、君、剣を持っていたよね」「無論。騎士が剣を手離すはずがない」 もっとも、とレーヴェが付け加えた。「錆びて折れないのが不思議なくらいの代物だがな……」「うん、試してみる」 俺は、レーヴェの錆び付いた剣を受け取って、M端末を向けた。「【再生】!」 光が剣に吸い込まれ、錆びた剣は研ぎたてのような鋭い剣に変わった。「どう?」 レーヴェに剣を返すと、レーヴェは軽く柄を握って剣を振った。「懐かしい……ここ二十年はなかった感覚だ……。この剣があれば、私は戦える」「おれの斧も試してくれないか」「もちろん」 【再生】は見事に効いた。どんな樹でも切り倒せそうな鋭さとどんな岩でも叩き割れそうな力