ANMELDENそれに、魔神を倒さなければ、サーラたちは戻ってこない。ベガたちも殺されてしまう。生神と滅ぼすと決意した魔神は、神子を殺せる唯一の存在だ。 俺が助けたいと思った人たちも、俺が戦いに敗れれば全て滅ぼされる。俺が今まで創ってきたもの、守って来たもの、全部、全部。 だけど。「……できない」「何?」 ぴくり、と魔神が動いた。「できないよ……俺……おじさんと……」「そうか……」 魔神は息を吐いた。「では、魔神として、生神を滅ぼすとしようか」「シンゴ!」「シンゴ兄ちゃん!」 スシオやヴェデーレの悲鳴に、俺は応えない。……応えられない。 おじさんの右手に、青白い光が宿る。 それが破壊の力……全てを完璧に無に帰す力。俺とは正反対の、純粋な力。「どうした。殺すぞ。死んでもいいのか」 死ぬ? ふと、俺はあの時のことを思い出した。 俺が一度目の生を終えた時。 車に轢かれかかった子供を助けて死んだ、あの時。 生神になるなんて言わずに、そのまま死の先の世界へ逝っていれば、こんな思いをしなくて済んだんだろうか。「いいのか」 俺はがっくりと肩を落とした。「俺……俺の信念は、おじさんが教えてくれたものだ」 口が勝手に言葉を綴る。「魔神の信念を持った生神……そんなの、矛盾してる……。魔神と生神は正反対な存在のはずなのに……」「そうか。お前は戦えない。生神としての役目も果たせない。即ち、死ぬ。と言うことなのだな?」「…………」「シンゴ!」 ヴェデーレの叫びが、スシオの叫びが、ベガの叫びが聞こえる。 でも、俺にはもう、何もできない。 魔神の信念を持った生神が……誰を救えるというのだろう?「そうか……死を選ぶか」 おじさんの相変わらずの淡々とした声が言う。「ならば、一瞬で滅ぼしてやろう。お前が死に、私が世界の全てを滅ぼし尽くせば、新たな生神が目覚めるだろう……。魔神の教えなど知らぬ純然たる生神が」 青白い光がどんどん小さく凝縮されて、強い光を放つ。 最初の力は俺より弱かった。 だけど、全力を、一点に研ぎ澄まされた力は、今の俺の信仰力の壁を貫いて、俺を滅ぼすだろう。 それが魔神の力なのだから。「では……さらばだ、真悟。生神の役目を捨てた者よ」 こうっ。 おじさんが適当に振り下ろした右手から放たれた力は、真っ直ぐに俺の、胸の
「シンゴ兄ちゃん!」「シンゴ!」 漆黒の床の周りをオルニスが輪を描いて飛んでいる。スシオやヴェデーレが俺の名を呼ぶ。 彼らはいい奴だ。 人身売買の片棒を担がされて、それでも俺やみんなを助けようとしたスシオ。 魔獣すら見捨てられない優しい獣使師ヴェデーレ。 ケンタウロスを守護し、スシオも鍛えてくれ、俺の混乱にたびたび助言をくれたベガ。 俺に従い、俺の神子になると何度も繰り返し訴えてきたグライフ。 ヴェデーレに呼ばれ、無窮山脈を元に戻す為にと俺たちに力を貸してくれるオルニス。 それだけじゃない。 生神降臨を餓死寸前になりながらも待ち望み、今も神殿で俺たちの帰りを待っているシャーナ。 エルフの騎士として、最初こそ険悪だったけど、エルフやドワーフとの折衝を請け負ってくれたレーヴェ。 強い戦士であり、信念を持ち、不倶戴天であるエルフと手を組むことも拒絶しなかったヤガリ。 可愛らしい外見と正反対の有能な聖獣、みんなを和ませてくれた灰色虎コトラ。 草原を救ってくれた借りを返す、とついてきてくれたミクン。 時に叱り、時にからかいながらも、お前は正しい、といつも肯定してくれたサーラ。 俺が初めて創った神獣、ヤガリに従う神驢のブラン。 みんな、みんないい奴だ。 ああでも、そうしても思い出す。 四種族共同の、ベガス、大樹海、無窮山脈、奈落断崖を繋ぐ交易ルートで手を組むのに揉めたエルフとドワーフの長老。 プセマに従って自分たちだけいい思いをしようとしていたので反省するまで街に閉じ込めた、ケファルの民。 あの中に、救うに値する人間はいたか? いや、ない。 でも……それを選んだ俺の判断基準は、おじさんに教えられたもの。おじさんが教えてくれた。 そう言う連中は決して反省しないから、心を砕くだけ無駄なのだと。 魔神となったおじさんの判断基準で、俺は生神として助けるべき人を選んでいたのか? 俺は……生神として、正しいのか?(迷うな、シンゴ!) ベガの声が、心の中に直接響いた。(お前の判断は常に正しかった!)(だけど……その判断を教えてくれたのは、魔神なんだよ)(……!) おじさんが魔神と言うのなら、その教えを受けた俺は何なんだ? 俺は……本当に、生神でいいのか?「どうした
仮面の額の部分にはキャッツアイのルビー。いつか聞いた、魔神の第三の目がそれなんだろう。 それは赤々と、本当の目のように光っている。「私が下らない人間を一掃する。何もなくなったモーメントを下地に、私とお前が認めた真っ当な人間だけの世界を一から作り上げるんだ、真悟。私が教えた、真っ当で正義を愛する者たちが生きる世界に」「でも、それは……」「お前はこの世界を全てとは言わないまでも旅してきただろう。どんな人間がいた? 新しい世界に生かせる人間はいたか? ……下らない人間が、圧倒的に多かっただろう」 下らない人間。 他の人間を蔑視しているエルフやフェザーマン。 旅人である俺たちを売り飛ばして生き延びようとしたアムリアの人々。 露骨に他者を馬鹿にした大人のアウルム。 商人として訪れた俺たちを捕えたプセマ、プセマに任せれば何もないと彼の悪行を見逃して利益を得ていたケファルの人々。 確かに……下らない。 下らない人間ばかりだ。 だけど……だけどさ!「真っ当な人もいたよ……。一生懸命働いてる人もいた……蔑視されてもちゃんと生きてる人も、たくさんいたよ!」「ならば、彼らを守れ」 魔神は言った。「世界中から真っ当な人間を集め、待つがいい。下らない人間を私は一掃する。その後の世界を生神、お前が再生すればいい。それが、魔神、生神としてこの世界に派遣された我々の存在理由」「何だよ……それ……」 俺の手が震えているのを感じていた。「私は言ったな、真悟」 おじさんの、感情のあまりない声が俺の耳に響き渡る。「下らない人間を相手にしてはいけないと。他人を見下す人間にマウントを取られても放っておけと。それしか存在理由のない人間など、相手にするだけ無駄なのだと」「……言った」「そう言う人間ばかりなんだよ、モーメントは」 額のキャッツアイルビーが赤い光を放つ。「気にするな。私が手を汚す。お前は世界を作り直せばいい。正義を謳いながらも実行に移さなかった人間が、生神降臨までの整地をする。それが、私が魔神となった理由なのだろう。正義を行わなかったのだから、正義を行う人間だけを助けよと」 おかしい……おかしいよ……。 俺は思いながらも反論できない。 人間を全部殺すなんてやっちゃいけないよ……下らない人間がいい奴になることだ
「シンゴに……全てを教えたという、叔父上か?」 この中では唯一おじさんの話をしたベガが、引っかかったような声を出す。「ああ……間違いない」 今まで気づかなかったのは、濃い気配のせい。 世界を破滅に導く滅亡の神威が濃すぎて、俺とベクトルが真逆の破滅の神の存在が、三年前に死んだおじさんとなかなか結び付かなかった。 魔神の話を聞いて、ようやくそれが俺と結びついたんだ。 だけど。「何で……何で、もっと早く、名乗り出てくれなかったんだよ」「確信が持てなかったのでな。まさか魔神として送り込まれた世界の生神としてお前が来るとは予想がつかなかったんだよ……真悟」 竜介おじさんは仮面を再びつけた。 おじさんの厳しくも優しい顔立ちが隠れれば、俺と正反対の力の持ち主……魔神としか感じられない。 でも、俺はその正体を知っている。知ってしまった。 仮面の下にあるのは、俺の思考を、理想を、全て受け入れて育ててくれたおじさんであるということ。 そして、おじさんが俺を嫌がる親戚から奪って引き取って育てたのは、愛情ではなく実験の為だった……。「……今のモーメントに存在価値はない」 おじさんは魔神の仮面をつけたまま静かに告げた。 三年前に失われたと思った、何処か憂鬱そうな、しかし間違えない事実と真実を伝える声で。「人も、獣も、荒み切っている」「そんなことはないよ!」 俺は声を張り上げた。「お前は生神で、お前に従うのは神子」 淡々とおじさんの言葉は続く。「神子は生神の思想を理解している。故に、真っ当な人間として育ったお前の真っ当な考えに共感した。だが、その思想を理解し神子になれる人間はこの世界に数えるほどしかない。少なくとも、今まで出会い、滅ぼしてきた人間は、他者を蹴落として、屍を乗り越えて逃げ、最後には何でもするから見逃してくれと来た。中には共に逃げていた子供を差し出すこともあった。……そう言う人間を、生かしておいても意味はないだろう?」 俺は反論しようとした。 だけど、出来なかった。 俺の思想は、おじさんが作り上げたもの。おじさんの教えを受け取り、俺なりに解釈して実行してきたもの。 師であるおじさんを論破できるはずがない。「だけど……そんなのばかりじゃないだろ?! 真っ当な人間だっていただろ?!」「ほんの一握りはな」 おじさ
なんじゃそりゃ。そんな人間いるわけないだろ。「……ていうか、そんな実験をどうやってやるんだよ」「簡単だ」 俺と一定の距離を保って立ったまま、魔神は言う。「子供を一人、手に入れればいい。その子供を育てるのだ」「……子供」 ピリッと、うなじの毛が逆立つのを感じた。「私の言う真っ当で善良……不正に立ち向かい、正義を行う子供……それを私が作れるかどうか。それが生前の私のテーマだった」「……そんな子供を育てた人間が、何故魔神に?」「気付かれていたのだろうな……私にとっては実験に過ぎないということを」 魔神は顎に手を当て、呟く。「私には正義があった。私には思想があった。だが、それを広める気はなかった。それを実行するつもりもなかった。ただ子供に、その思想を植え付けた場合、どのような人間ができるか実験したいだけだった。正義は思うだけではなく実行しなければならないというのだろうな……思想だけの正義には何の意味もない」「……正義を抱いた人間が、何故世界を滅ぼそうとしたんだ」「それが私の役目だからな」 魔神は平然と答えた。「何かを生み出すためには古い物を壊さなければならない……そう言うことだ」「んな無茶な!」「無茶ではないだろう。お前は、来る前のこの世界を知っているか?」「……いいや」「人間の種族同士の争い。死物に赤ん坊を捧げて危地から逃れようとする親、親を捨てて飢えをしのぐ子。世界として成り立っていないと思った。だから滅ぼそうと思った」「あんたの言う正義はどこ行ったんだよ!」 俺は思わず叫んでいた。「あんたは正義を持っていたんだろう!? それを子供を使って実行しようと思ったんだろう!? それが何で、その正義を捨てて世界を滅ぼそうとするんだよ!」「私の正義は思想でしかない……自ら実行する気は欠片ほどもなかった」「正義の味方じゃなくて、哲学だった……そう言うことか?」「そう言うことだ」 俺は頭をガリガリと掻いた。「その哲学に巻き込まれた子供は……どうして手に入れた」「偶然だ」魔神は淡々と話す。「目の前で両親を失った子を手に入れた。この子供を使えば私の正義を実行する人間が育つかもしれないという興味と好奇に負けた」「じゃあ……じゃあ」 俺は叫んだ。「育てたのも、色々教えてくれたのも、全部……全部、実験の為だったのか? そうな
すぅ、と気温が下がった。 元々薄寒いこの世界だけど、この冷気は強烈な威圧感を伴っている。「来たぞ」 ベガが笑った。「魔獣の信仰が全部シンゴに渡ったのに気付いたか、大慌てのお出ましだ」 彼方の薄墨色が濃くなっていく。ゆっくりと漆黒に変わっていく。 そしてその漆黒が渦を巻き、形と成す。 魔神と言うからには巨大で凶悪な見た目をイメージしていたけど、俺と大して見た目が変わらない。顔の半分が隠れるような仮面をつけた……多分男。「生神、か……」 呟くように言った声は、何処か懐かしい響きをしていた。「魔神か」「如何にも。私は魔神」 すっと手を伸ばす魔神。 何か攻撃が……と思ったが、黒い空気が凝ったようなタイルみたいなものが空中に敷き詰められた。「降りよ」 その床に立ちながら、魔神は言った。「巨鳥の背では移動しながら出なければ話せまい。戦うにも不便であろう」「罠だよ、兄ちゃん」 スシオが警告する。「降りたら落ちる可能性だってある」「いや、その場合は浮けばいい」 魔神が受けるんだから、俺だって浮けるはずだろ。「みんなはオルニスに乗っていてくれ」「だけど!」 ヴェデーレが叫ぶ。「大丈夫だ。ヴェデーレのおかげで信仰心が増したから」 今の俺なら魔神と互角以上に戦えるはず。 俺はオルニスから飛び降りて、漆黒の床に立った。「お前が魔神か」「そうだ。初邂逅だな、生神よ」「戦う前に、聞いておきたいことがある」 俺は蒼海の天剣を抜いて聞いた。「みんなは……サーラやレーヴェ、ヤガリ、ミクン、アウルム、コトラ、ブランはどうした?」「私の身の内に、封印している」 魔神はゆったりとそう答えた。「私を倒せば、封印は解けるぞ」 ……ん?「初邂逅、って言ったな」「ああ」 憂鬱そうな……戦うのなんて面倒くさいと言いたげな声。「どこかで……会ったことはないか?」「……生神」 魔神は静かに聞いた。「お前は生前、何だった?」「な、に?」 質問の意味が分からない、と言う俺の言葉に、魔神は重ねて聞いた。「生神となる前、どの世界で何をしていた……?」「どの世界で……何って」「私もまた、魔神となる前は異世界で人として暮らしていたからな……」「地球って世界で、普通に暮らしてたよ」「そうか……」 溜め息交じりに頷く、そ
何だか血の臭いがぷんぷんする、と思ったら、するわけだ。 黙々と切り刻む男によって限界まで切り刻まれたケンタウロスの肉体。 クリスタルらしい透明容器の中、たっぷり培養液に浸された臓器……多分魔力受容体がずらぁり。 解剖室だね、ここ。 実験室でもあるね、ここ。 魔力受容体とかの研究室だったりとかもするね、ここ。「な、なんだ! 部外者は立ち入ることはできないはずなのに!」 この世界でも実験の時は白衣なのか、白い服を着た魔物が、悲鳴を上げた。 背後から感じる圧倒的な熱気。「あの臓器は生きていると言えるか」 ギリギリの声に、端末を向け、【再生】や【巻き戻し】を試すが、反応なし。
なるほど、ケンタウロスが俺たちを簡単に連れてきた理由が分かった。 ケンタウロスは野生動物に近い。本能で、目の前の事態が自分たちで対応できるかどうか、誰かの助けが必要か、必要になる誰かは誰か、読み取ることができる。だから、最初敵だと疑っていた俺たちを素直にここまで連れてきたんだ。 ……恐らくは。敵対勢力もその本能からケンタウロスを魔獣化させる相手に狙ったんだろう。 魔獣化したケンタウロスを見た限り、ほとんど敵対勢力の命令と本能しか聞かない獣と化していた。人間の武器である知恵はそこでは出せない。だから、ケンタウロスの予知にも近い本能……危険察知能力とでもいうものに目をつけた。目の前の敵に
「では、取り合えずケンタウロスの草原へ案内してもらえるか」「我らがプラートゥム草原へ案内しよう。ああ、名乗るのを忘れていた」 栗色のケンタウロスが言った。「オレはプフェーアトだ。助けてくれた礼を忘れていた。感謝する」 褐色のケンタウロスが名乗る。「吾輩はパールト。吾輩たちを案じてくれたに疑ったこと、申し訳ない」 灰色のケンタウロスが最後に言った。「我はカル。我らの為に力を貸してくれること、深く礼を言う」 ケンタウロスたちは深々と頭を下げた。 それからのスピードは速かった。 俺がプフェーアトに、レーヴェがパールトに、ヤガリがカルに跨る。ブランに背負わせた荷物をケンタウロスに
「でも、サーラ」 俺が力を振るうところを見られたら、ケンタウロスに俺の正体がバレてしまう。生神が来たと分かれば、ケンタウロスに何か影響は出ないだろうか。「ケンタウロスの諸君。幾つか聞きたいことがあるがよろしいだろうか」 サーラの声に、ケンタウロスたちは一斉に彼女を見た。「何だ、ヒューマンの女」「君たちはケンタウロス狩りに捕らえられた場所を正確に覚えているだろうか」「無論だ。あの場所は我々の縄張りだ。草原に戻れば簡単に案内できる」「あと、頭に袋を被せられてから、それを外されるまで、どのくらい時間がかかったか分からないだろうか」 ケンタウロスたちは考え込んで。「うーむ……。そう







