――僕はただ、役に立てると思ったから、引き受けただけなのに……どうして、こんな事に……
首筋を這う舌先のぬるりとした感触に、|楓《かえで》は唇を噛んで絶えながら胸の中で呟く。望んでもいない事態のはずなのに、体は呼吸を乱して反応してしまうことにも戸惑いを覚え、唇を噛む。
「っふ……ん、ンぅ……」
「そう身を硬くするなよ、
「
松葉、と呼ばれた、楓に覆い被さるように重なっている、大柄で丸い耳を生やした男に、銀髪の三角の犬のような耳を生やした男が呆れたように言う。
すると松葉は、鼻白むような顔をして銀髪の男を睨み付ける。
「うるせぇな、
「神事とわかっているのならなおのこと、神子様を丁重に扱ったらどうです。神子様は花街の女たちとは違うんですから」
「丁寧にやってたら萎えちまう。こういうのは気持ちのままにするのが一番だ。こうやって……な」
常盤の言葉を受け流し、松葉が楓の首筋を甘噛みする。同時に、はだけた胸元を小さな飾りをつねり上げ、ピリリとした刺激を与えてくる。その様子を、松葉が嬉しそうに、欲情に染まった目で見つめている。
「ッあ、ンぅ! ッや、ああッ!」
「いい声だぜ、神子様。もっと聞かせてくれよ」
いままで感じたことがない刺激が、楓の体を絆す。頭ではそんなつもりはないと思っているのに、施されるそれらに抗う気力が削がれていく。イヤだ、と言いたいのに、口がつむぐのは喘ぐ言葉にならない声ばかり。
楓の頭を、膝上で抱えるように撫でている常盤の顔を見上げ、助けを求めてみても、彼もまた、松葉とは違った欲情に染まった目を向けてくる。
「……そんな目を、私に向けないでください……
呟かれる言葉の熱さは、楓を愛撫する松葉の吐息よりも高く、より一層楓を絶望的な恐怖に陥れていく。なんで、どうして、こんな事に――そう、幾度となく、誰にというわけでもなく問うても、答えはない。
(誰か……助けて……ッ!)
言葉にならない喘ぎ声をこぼす楓の口を塞いだのは、松葉か、常盤か。それさえも判別がつかなくなるほどに、楓は押し寄せてくる快楽の波に溺れていくのだった――――
夢であれば、部屋に戻っていれば、そんな僅かな望みも、楓が再び目覚めて目にした景色はあっさりと打ち消してしまう。見慣れない御簾に囲まれた寝所と、いつの間にか傍に誰かが控えていて、いままで過ごしてきた世界とは別の所へ来てしまったのだと思い知らされる。「おはようございます、神子様。御加減はいかがでしょうか」 侍女の一人に尋ねられ、昨夜取り乱した時のことを思い返しては頬が熱くなっていく。 未知の行為ではあったけれど、全く何も想像すらしなかったわけではなかったはずなのに……呼吸が乱れるほどに騒ぎ立ててしまった。いくら経験がないとは言え、子どもじゃあるまいし……と、思いつつも、覆い被さってきた松葉の体の熱や、楓に唇を重ねてきた常盤の妖艶な眼つきを思い返すと、どうしても身震いしてしまう。「やはりまだ、どこか具合が悪うございますか?」 侍女の問いかけに黙り込んでいた楓に、心配そうな目を向けられ、慌てて顔を上げ、弱く笑う。「だ、だいじょうぶ、です……」「左様にございますか? では、お支度をして、朝餉をお持ちいたしましょう」 そうしてまた手際よく御簾から出され、身支度を整えられていく。昨日ここに来た時に来ていたいつものオーバーサイズのTシャツやズボンやスニーカーなどはどこかへ仕舞われてしまったらしく、用意されたのは着物だった。それも、楓でもわかるほどに上等な仕立てのものだ。 自分で着付けなどできない、と懸念していたが、そんな心配など無用とばかりに侍女たちが手際よく楓を着替えさせていく。これもまた、楓が神子様であるからだろうか。 寝所のすぐ隣には板の間があり、そこには一人分の食膳が整えられている。膳の並ぶのは真っ白な粥と香の物、何かの魚の干物、そして小さな小鉢に盛られた煮物だった。 なんだか病院食みたいだな、と思っていると、先程の侍女が、「神子様の朝餉にございます」と告げる。「御加減よろしくなさそうとのことでしたので、厨に申しつけてこのような膳にいたしました」「あ、はい……ありがとうございます」 頂きます、と手を合わせ、恐る恐る粥をひとさじ口に運ぶ
「いやぁぁ! やだ、やだぁ!!」「おい、どうしたんだ、神子様よ! おい、常盤、どうなってんだ!」「わかりませぬ……。神子様! お気を確かに! 誰か、誰か来てください!」 悲鳴を上げ、閨を転がるように逃げ惑う楓に、松葉も常盤も手が付けられないのか、傍に仕えているらしい者などを呼び寄せ、なにやら指示を飛ばしている。しかし誰ひとりとして、楓の悲鳴を止めることができないでいる。 自分でもなぜ叫び続けているのかすらわからなくなるほど、寝所の隅でうずくまって震えていると、何かがそっと楓の体を包んでくれた。 悲鳴と共に溢れた涙で濡れた顔を上げると、松葉と常盤が、申し訳なさそうに眉を下げた顔でこちらを見つめている。楓もかなり泣き濡れているが、二人もまた、泣き出しそうな顔をしていた。 先程まで自分を嬲るようにしていた者達が何でそんな顔を……と、考え始めると、不思議と楓の気持ちは落ち着きを取り戻し、呼吸も次第に穏やかになっていく。 泣きじゃくっていた様子から段々と引きつれるような泣き方に変わる頃には、随分と呼吸も楽になっていた。「申し訳ございません、神子様……無体をはたらいてしまいました……」「む……たい?」「無理に体を割ろうとして、悪かったってことだ。まさか、ここまで何にも知らねえとは思わなくてよ……」 キスすらも知らない初心すぎる童貞が連れてこられるだなんて、思ってもいなかったという口ぶりに、楓は恥ずかしさで身を焦がしそうな思いがしたほどだ。きょうび珍しいほどに恋愛関係や色ごとに疎いのは、自覚があるからだ。「……ごめ、んなさい」「いえ、謝らないでください、神子様。清らなあなた様に無理を強いたのは我々なのですから」「怖い思いさせちまったな……すまなかった、神子様」 常盤に背をやさしくさすられつつ、松葉に頭を撫でられると、不思議と先程までの恐怖が和らいでいく。引き攣れるようだった泣き方も収まり、呼吸はもう普段通りになっている。 その様子に二人も安堵したのか、ほっと息を吐き、顔を見合わせつつ傍に控える、先程の猫
二人に任せる、と楓が呟いた次の瞬間、景色が反転し、松葉に口付けられていた。 キスは、いきなり舌を口中に挿し込むような深いもので、いやおうなしにこじ開けられる。床に縫い付けられるように押し倒された楓は、重なる大きな身体になすすべなく蹂躙されていく。「ン、ンぅ! ンぅ、んっぐ!」 キス自体が初めてなので、最中の呼吸の仕方もわからない。吸われるがままに舌を吸われ、なぞられるままに歯列も上あごもなぞられる。舌先が触れるたびに、ゾクゾクとした寒気とも違う何かが背筋を這っていく。それを、体のどこかが気持ちがいいものと認識しつつあることに、楓は戸惑いを隠せない。 その視界に、ちらりと松葉と常盤の方にそれぞれ、薄く赤い古い傷跡が見えた。 あれは何だろうか……そう、一瞬気がそれたが、すぐさままた口を口で塞がれ、意識が戻される。 もがき抗おうにも、松葉の体は楓よりはるかに逞しく筋肉質だ。ちょっとやそっと押したくらいではビクともしない。しかも、楓のそんな素振りさえ彼の琴線に触れるのか、口付けつつ片頬をあげ囁く。「そう邪険にするなよ、神子様……俺に任せるつっただろう?」「で、でも……ッあ、ンぅ! ッや、そこ、あ、あぁ!」 唇が離れても、体は密着したままなので長い指が巧みに楓の袷をはだけさせていく。たちまちに露わになった胸元に指先が這い、普段は存在を意識すらしない小さな突起を摘ままれる。ピリッと走る痛みを伴う快感に、以前友達に付き合って見せられたAV動画の女優のような声が出て、驚く。 本当に、自分はこのまま彼に抱かれてしまうんだろうか。男としてのプライドだとか、未知への恐怖だとかがない交ぜになり、呼吸が速くなっていく。「ッは、あ、はぁ、はぁ……待っ……あ、ン! やめ……ッ」「やっぱりおぼこいのは新鮮だな。愛らしくて啼かせたくなる」 胎の上や胸元に舌を這わされまさぐられるたびに、ぞわぞわと肌が泡立つため、楓は全力で拒むつもりで首を横に振り、身を捩る。しかしそれはあまり意味をなさず、余計に松葉を刺激するのか、一向に愛撫が止まる気配がない。それどころか肌に触
「改めまして、神子様の御相手をさせて頂く松葉と申します。齢は二十五だ」「同じく、常盤と申します。歳は松葉と同じでございます」「あ、えっと……牧野楓です……二十歳です……よろしくお願いします……」 ぺこりと二人に倣うように頭を下げ、顔を上げると、二人もゆっくりと顔を上げ、見つめてくる。精悍な顔立ちで色気のある松葉と、美麗な顔立ちで妖艶ささえ感じる常盤の、それぞれの真っ直ぐに見つめられ、楓は竦むような心地だ。「神子様には、今一度此度の召喚の理由をお話してよろしいでしょうか。爺様の言葉だけでは足りないかと思いましたゆえ」 いきなり行為が始まるのだとばかり思っていた楓は、常盤からの申し出にほっと息をつき、「あ、はい……お願いします」と、答える。 常盤は居ずまいを正し何故楓が松柏の国へ呼び出されたのかを話し始めた。「こちらの世界には、神子様の世界にあるような、電力や火力、などといった熱源がございません。それでも国を開き、発展してこられたのは、ひとえに私や松葉のような妖力を持つ者が発する力による働きが大きいのです」「え、じゃあ、いまこの部屋の中の灯りとかも、全部妖力?」「左様でございます」 部屋の四隅に置かれている、蝋燭よりも明るい、灯りの熱源が妖力によるものだと知り、楓は驚きを隠せない。常盤の話によれば、人間界で言う電気やガスなどのエネルギー源は妖力の結集なのだという。 しかし、驚かされるのはそこからだった。「しかしな、ここ半年ばかり、妙な病――禍の病って言ってな、妖力が弱って、最悪、消えちまうという病が流行っている」「妖力が、消える……?」「俺は薬問屋をやってるんだが、そいつには店で扱うどんな薬も効かねえ。この常盤はここで診療所を開いていて、そこで妖力で治療を施しても治りゃしねえ……そういう厄介な病な上に、どこから来たのか、どういうことが原因なのかさえもよくわかっていねえ。その上、妖力が尽きれば……やがて先祖返りしちまうんだ」「先祖返り?」「半獣から、獣になっちまう。理がわからなくなるんだ」 常盤の説明の後を継いで語られた松葉の言葉に、楓は目を瞠った。原因も発生源もわからない流行り病によって、国のエネルギー源が奪われ、理も失われていく、そんな奇病を、自分に治せと言われているのだとようやく気付い
交わる、睦み合う、という言葉が何を指しているかが全くわからないほど、楓も無知ではないつもりだが、具体的に何をするのかまではわかっていない。(もしかして、ただハグをして、キス……くらいかもしれない、よね……?) そんな淡い期待をしてはみたものの、支度と称して広い風呂場に連れて行かれ、体の隅々を付き従うお着きの女性たちに洗われた辺りから、それが打ち砕かれていった。 早くに親を亡くして以来、自分のことは自分でこなしてきた楓は、記憶にないくらい昔にしか誰かと風呂を共にしたことがない。それなのに、いまは全く知らない、それも妙齢の女性たちにあられもない姿を見られた上、自分でも滅多に触れないようなところまで磨き上げられてしまったのだ。この先に待ち受ける行為がどんなものであるかが、イヤでも想像してしまう。(まさかと思ってたけど……やっぱり、エッチすることなの……?!) しかも相手は、人間のような姿をしているが、半獣という獣の特徴もある、それも男たちだ。二十歳とは言え、これまで性行為はおろか、キスすら経験がない楓にとって、初めてで二人も相手にするなんて到底無茶な話である。 どうしよう……でも、やれたらやるって言ってしまったし……と、悶々と悩んでいる間にも支度は進み、気が付けば薄暗い先程召喚された部屋とは違う場所に連れてこられていた。「あの、ここは……?」「神子様の御寝所にございます」「寝所……僕の、寝る部屋?」「左様にございます」と、案内してくれた猫耳の侍女は言い、入れ替わりに少し年配の、同じく猫耳の侍女が寝所に入ってくる。手には何か貝のようなものを持っている。 寝所は十畳ほどの広さがあり、一人暮らしをしていた楓のアパートの寝室よりもはるかに広い。その隅に御簾で囲まれたスペースがあり、いま楓はその中に通されて待機していた。御簾の中には、ベッドで言うならキングサイズほどのゆったりとしたサイズの布団が敷かれている。もちろん、枕は三つ並べられている。 本当に三人でするんだ……と、改めて現状を目の当たりにして気が引けてくる楓に、「神子様、こちらへ」と、入れ替わりに入ってきた侍女が
戸惑いを隠せない楓を前に、老爺に目配せをし、傍に控えていた常盤が言葉を引き継ぐ形で口を開く。「古来より、松柏国では、国の危機に瀕した際に神子を異世界より呼び寄せる習わしとなっております。そうして、この国をお助けいただきたく――」「ま、待ってください! 僕はそんな、国を救えるような能力とか特技なんてとてもじゃないですけど、ありません! 何かの間違いでは……」 だから、一刻も早く元の世界に帰してほしい。代返を頼んだ友人にもいいわけが立たない――そう、言い募ろうとする楓に、さらに松葉が口を開く。「神子様はよぉ、あっちの世界で獣に好かれていただろう? 神子様もそれに悪い気はしてなかったみてえだしな」 確かに、楓は元の世界で異様に動物に好かれていたが、それが何の関係があるというのだろうか。それだけで流行り病の蔓延する国を救えるとは到底思えない。「僕はただの動物好きの学生です。よくわからないけど、あなた方の国を救えるわけがないです!」「それがあるんだよなぁ……なあ、爺様よ」 爺様、と名を呼ばれた老爺は深くうなずき、松葉の言葉の分けを告げた。「あなた様には、その慈愛の心を治癒の力として発揮して頂くため、この国で屈指の妖力者であるこの二人と交わって頂きたい。さすれば、病はたちどころに失せるかと思われまする」「え? 二人って……」 老爺の言葉の意味がすぐに呑み込めず、唖然とする楓の前に、ずいっと松葉と常盤が並び立つ。美丈夫とも言える二人は、確かに見惚れるほどの容姿をしているが……彼らと、どうしろと言った? と、楓の思考が理解に追いつけず凍り付いていく。「こちらは狸の半獣の松葉、そちらは狐の半獣の常盤。二人とも神子様の御力を存分に発揮できると思われる妖力の持ち主でございます」「え、ちょっと待って! 交わるって、つまりそれって……」 理解が追い付かない。追いつかないというか、理解することを拒んでしまっている気もする。まったく考えが及ばないことが起きようとしているからだ。 泡を食う楓に対し、松葉と常盤はそっと歩み寄り、楓の顔を覗き込んで微笑みかけ