ログイン「早速つけてみるか?」 僕だって計画はしていたのに、それよりも先に指輪を用意していやがったレアンに対しての苛立ちや、軽い嫉妬心は感じるが……物に罪はない。こっそり盗んで他の物をすぐに用意する事も出来るけど、夫婦の誓いとなる印の指輪でそんな物を渡したくはないから、今回は妥協しておく事にした。「あ、ぅっう、うん」 ルスはちょっと緊張しているのか、短い返事なのに噛みながら返事をする。「えっと、どっちだっけ……あ、左か」 移住したおかげで頭の中に色々な知識はあれども、魔法で強制的に叩き込まれたせいか、引っ張り出すのに少し時間がかかったみたいだ。(そんな様子もまた、かわぃ——) 指輪を小箱から取り出し、ルスが左右の手を見比べてから僕の大きな手をそっと掴む。ちょっと緊張しているのか、白くて小さな手が少し震えていた。「え、えっと、お互いの指に、順番に、はめてあげるんだよね?」 「そうらしいな」と頷く。でも確か一般的には男性から先に女性の指へ指輪を贈ってから、男が次に、だったはずなんだが……心境が全て尻尾の動きにまで影響している姿がどちゃくそ可愛いから、僕はルスの好きにさせる事にした。 「……どの指、だっけ。確か指ごとに意味があるんだよね?」 「そうらしいが、結婚指輪は薬指だな」 「薬指……おっけぇ」 深く頷き、口元をへの字にしながら指輪をはめてくれる。出逢ったばかりの頃だったのなら『嫌そうな顔だ』と認識しただろうが、頬を赤く染めているから、コレはただ緊張しているだけだなと察する事が出来た。……些細な事だけど、『僕だからわかるのだ』と思うと胸の奥がじんわりと温かくなる。少し前の僕だったら感じられなかった感情だ。生まれてからずっと、本当にずーっと負の感情にばかり浸ってきたせいか、すごく新鮮だ。 指輪を持つルスの手が震えているせいか、僕の爪に当たってカチカチと音が鳴る。何もそこまでとも思ったが、いざ自分の番になったら同じ事をしそうだなとも考え、黙って見守る事にする。でも少しだけ助け船をと、「……爪が邪魔なら、短くしておこうか?」と訊いてみる。切らなくても自在に変化させられる利点を活か
傍に居ていいと、本当の夫婦になってもいいと、ルスから言質を取った。誓いの口付けみたいな事も済ませたし、後はもう指輪でも交換したら僕らの“夫婦”としての始まりは完璧だ。 ——そう思っていたのに、残念ながら事は上手くいかなかった。 触れるだけの口付けを交わした直後。僕とルスの伝書鳥であるヤタとユキが開きっぱなしになっていた窓から入って来て、『子供が出来たから、ユキの産卵が終わるまでまた引き籠る』と報告し始めたのだ。 ヤタの濡れ羽色の体は艶々と、でも彼の頭に大人しく乗っているユキはしおしおとした雰囲気を纏っていて、まるで老婆みたいに震えていた。『もう無理です、助けて』と言いたげな瞳なのに、口止めでもされているみたいに黙っていたのが印象的だった。なのに鈍感なルスは、ユキの切羽詰まった様子に気付いていなかったのは驚きだった。 そんな彼らにルスが番祝いの装飾品を渡すと、すぐに喜んで二羽とも脚に着けてくれたが、礼もそこそこに巣へ戻って行った。『産卵前の大事な時期だから』と言われると引き留める事も出来ず、果物の入った籠を持たせて、戻る二羽を二人で見送る。(——よし、やっとまた二人きりになった!) 心の中でガッツポーズを取った矢先。次に聞こえて来たのは『頼もうー!』の一言。……他の町まで護衛任務で出掛けていたシュバルツが戻って来たのだとすぐにわかった。『すまない。婚約者候補達をこんなにも待たせてしまうだなんて、悪い事をしてしまったね』『婚約者にはならないですよ』 『既に僕らは既婚者なんだ、ホント、マジで勘弁してくれ』 いつもの流れでルスと共に間髪入れずツッコミを入れる。そんな毎度のやり取りをしていると、くだらないコントに付き合わされている様な気持ちになった。 これだけならまだいい。 悲しいかな、もう慣れた。だが今日はここでは終わってくれなかった。 まるで待ち構えていたかのように、『また素敵な下着を作れたので、仕入れから戻ったその足で届けに来ちゃいましたー』と言ってアンズが。 ほぼ同じタイミングで、『新作のスウィーツを沢山作らせたの!味の感想が欲しいから
「……」 突然泣き出してしまった僕の頬をルスの小さな手が包んでくれる。そんな彼女の手首をぎゅっと掴むと、僕は離すまいと伝えるみたいに軽く力を込めた。 穏やかで心が落ち着き、もう一生このままでいたいと思う程、お互いの体温を分け合う優しい時間はしばらく続いた。が、ルスが「……ご飯もね」と呟いた一言で残念ながら終わりを告げてしまった。「ご飯も確かに大事だけど……。どれも美味しいし、初めて食べる物ばかりで本当に嬉しいけど、もちろん!それだけじゃないよ」 僕が泣き出した理由をどう受け止めたのかはわからないが、まず間違いなく、的外れな考えであるのは間違いなさそうだ。「じゃあ掃除か。放っておいても勝手に部屋が綺麗になっていくんだ、便利だよなぁ」 「ひ、否定はしませんっ」 ルスが正直に断言する。「だろうな」 意地の悪い声で言いながら、僕はルスの両手首を掴んでいた手から力を抜くと、彼女の肌を滑るように撫でながら手を移動させ、手の甲に己の掌を重ねた。簡単にへし折ってしまえそうな程に小さな手だ。 今まで、憑依対象者とここまでしっかり向き合った事などあっただろうか? いいや……一度も無かったな。お互いまともに見向きもせず、相互利益の為だけの関係ばかりだった。なのにルスときたら、何に対しても多くを求めず、小さな幸せばかりを喜んで、身の内に秘めている膨大な魔力には見向きもしない。今までの憑依対象者の中にも変わり者は何人かいたが、ルスみたいな奴は初めてだ。 そんな彼女が、僕が傍に居る事を認めてくれた事実が嬉しくって堪らない。本性どころか本体も、全てが全て真っ黒で、他者の想像力に縋らないと肉体すら持てないような存在であるこの僕でも、隣に置く気でいるだなんて……。(本当に、バカな子だな、君は) いや……。本当にバカなのは、僕か。 段々と退路を完全に絶たれていく気配を肌に感じる。逃げるのはもう不可能に近い状態だろう。まぁ、もう僕にはルスから逃げる気など無いから何ら問題はないが。「傍に居てくれて、こうやっていろんな話をして、寄り添って。『普通の幸せ』っ
外に出る為にリアンが鼻頭で強引に開けていった部屋の窓から入ってきた風が頬を微かに撫でた事で、リビングにあるソファーで眠っていたルスの目が覚めた。彼女の頭の下にはスキアの膝があり、彼女が寝入った時と同じく、枕にしたままの状態になっている。小さな体の上には彼の服が掛布代わりにかかっており、瞼をゆっくり開いて、ルスは虚な瞳をスキアの方へ向けた。「……ごめん、寝てたみたいだね」 寝起きのルスの掠れ声がスキアの耳に優しく届く。「あぁ、ぐっすりとな」 スキアが中抜けしていた事をルスは気が付いていない。時計の方へちらりと視線をやり、既にもう二時間程が経過していたと知って、気不味そうに顔を顰めた。「うわぁ……。こんなん、昼寝の長さじゃないね」 両手で顔を覆い、はぁと大袈裟にため息をつく。連日眠りが浅かったとはいえ、相手は夫みたいな者だとしても、長い時間ヒト様の膝を占有してしまった事でルスが罪悪感を抱いている。 『仮初の関係だから』などという理由を抜きにしても、何時間も彼を枕代わりにし続けていたと思うと、ただただ申し訳無い。ここ最近、体は全然疲れていないのに怠さは抜けていない。前頭部が妙に重いというか、モヤモヤするというか、ずっと氷魔法でもかけて冷やしておきたいくらいの違和感が付き纏っている。(たかが夢見の悪さだけで、こんなに引き摺るなんて情けないなぁ) 内容はさっぱり覚えていないが、そうである事をルスは自覚していた。冷や汗をかいて目覚めたり、夜中に妙な居心地の悪さを感じたりする原因なんて、夢くらいしか思い至らない。そんな自分の体を真っ暗な部屋の中でぎゅっと抱きしめ、再び眠りに落ちる間中ずっと、よしよしと撫でてくれるスキアの姿をふと思い出して、ルスの頬が嬉しさからじわりと赤く染まった。「そ、そういえば、この服はスキアの?」 気持ちを隠すみたいに、急に関係の無い話を口にしたルスに対し、スキアが「あぁ」と短く答えた。「ブランケットじゃなく、服って」 クスクスと笑うルスの様子を見て、スキアも柔らかに顔を崩した。中座する際にただ流れでそうなっただけなのだが、確かにルスが感じた通り
「——落ち着いた、かな?」 「……おかげさまで、なんとか」 レアンが用意したハーブティーの入るカップを両手で包み込む様に持ち、スキアは真っ青な顔でカップの中の水面をじっと見つめている。今はもうレアンからの指摘を理解したので無闇矢鱈に否定はしていないが、まだ納得はしていない。そのせいか口元がへの字の状態だ。 初めての感情に戸惑いつつも、全ては『他者から求められて湧き出ている感情だ』と帰着した事で自分を保てていたのに、『違う』と指摘されても、そう簡単には受け入れられない。少しでも認めたらもう、二度と『彼女から離れよう』などとは思えなくなる事が目に見えている。彼女の過去を知り、それ故生じた『自分みたいな存在が傍に居るべきではない』という思いも捨てきれないし、どうしたって自分から、いつ監獄に豹変するかわからぬ場所に居座り続ける様な行為をする気にもなれず、スキアは綺麗な形をした唇をガリッと噛んだ。「機会は今しかないかもよ?もうこのまま逃げて、憑依契約は反故にするかい?」「……するとしたら?その後、アンタはどうするんだ?」 「そうだなぁ。“あの子”は私の娘みたいなものだ。慰める為にすぐにでも傍に行ってあげたいから、出掛ける準備でもしようかな」 その答えを聞き、玩具を取り上げられそうになっている子供みたいにスキアがぶすっと不貞腐れるみたいな顔をする。親子以上に自分とそっくりな顔でそんな表情をされると、流石に声を出して笑いはしなかったが、レアンはおかしくってしょうがなかった。「……それにしても、名前では呼ばないんだな。さっきから“あの子”呼びじゃないか」(君も、ね) レアンはそう思いながらも口元に笑みを浮かべるだけに留めた。大きな子供がやっと落ち着いてきたのに、また拗ねると面倒そうだ。「だってねぇ。再誕した“監獄の乙女”が今は何者となっているのかを、ハッキリと言葉にして言われるのは嫌なんじゃないかなと思ったんだけど……違ったかな?」 膝置きに頬杖をつき、レアンが優しく微笑む。年輪を刻んだ顔立ちで柔らかな視線を向けられると、慣れないせいか、スキアはなんだか居心地が悪くなった。「なぁ」
「随分前の話なのに覚えていてくれたんだね」 「まぁ、な」(……お前との、最後の会話だったんだから当然だろ) スキアだって忘れてはいなかった。 ただ、最近までは思い出す事すらも避けていただけで。 パンっと両手を叩き、狐みたいに笑いながら「そっか、良かった!」と言う。でも内心、『……でも、その割には自分の行動に反映出来なかったみたいだね』とレアンは考えたが、また拗ねるかもと思うと言葉には出さなかった。「でもさ、“あの子”をいざ回収しようと決めたは良いけど、実際行動してみると、すごく大変だったんだよね。運悪く全く別の世界に生まれ変わっちゃったのに、本体が“黒竜”な私は強大な者であるが故の代償としてこの世界に縛られているから、異世界にまで会いには行けない。『ならばこっちへ引っ張り戻そう』と考えたけど、その手段が私には無かった。魔塔になら転移魔法の方法が眠っていると知ったけど、今度はその転移魔法陣に強固な縛りがあったうえに禁忌扱いになっていたから、起動させる為の理由も必要だしで、もう……。幸か不幸か魔族との戦争でヒトが絶滅の危機にあったり、復興の人手不足が深刻な状況になっていたからそれを利用させてもらったりって、ね。本当は生まれてすぐにこちらへ迎え入れるつもりだったのに、予想以上に苦戦したせいで向こうの世界では九年も経過してしまった。まさかそのせいで……“あの子”が、あんな扱いをされるだなんて思ってもいなかったから、かなり焦ったよ。せめてもの償いにと、此処へ来てからは“あの子”の周囲には“あの子”を『好き』『可愛い』って思ってくれる者ばかりを集めてみたんだけど、意思のある生き物達を使っているから完全にとはいかなかったけどね」 視線を下に落とし、レアンがはぁと深いため息をついた。揺れる瞳には苦悩が混じっている。その様子に共感し、スキアは歯が軋む程強く歯を食いしばった。「……だけど結局、僕はアンタの策に落ちたって事か」 苦々しい顔をしながらスキアが重たい息を吐き出した。自分で“あの子”を選んだつもりだったのに、全てはリュークェリアスの手の上での愚行だったのかと思うと、複雑な気持ちになる。「それは違う!」 レアンは前のめりになりながらはっきりと否定した。「言っただろう?『謝る為にも回収した』って」 「……どうだか」と言い、スキアが鼻で笑う。その瞳には悔
ルスが話していた装備品を売る店は討伐ギルドから程近く、同じ並びにある。近隣には他にも彫金ギルドや武器・防具などを作成するギルドもある為、討伐任務や護衛などを仕事にしている者達でそれなりに賑わってはいるが、夕方から開店する飲み屋も多いので目抜通りよりは人が少なく、すぐに辿り着く事が出来た。「いらっしゃいませー」 扉を開けて二人が店内に入ると、後衛職向け装備を中心とした完成品がずらりと並んでいた。 僕が持っている六年前の知識では、服や装備品はデザイン帳の中から気に入った物を選んでからオーダーメイドで注文するか、金の無い者達は布だけ買って来て自分で縫うのが当たり前だったのだが、今では大雑把
「はぁぁぁぁぁぁ⁉︎」 店内どころか、外にまで聞こえそうな声をマリアンヌがあげた。彼自身がこの店や周辺一体のオーナーでもなければ通報モノの大声だ。“男”丸出しの低い声だったからか、彼を“彼女”だと認識していたルスがかなり驚き、僕の履いているスラックスの太腿部分をぎゅっと掴んでくる。その甘えがちょっと嬉しいなと思っている自分に喝を入れつつ、「その夫です」と宣言して僕は軽く手を挙げてみた。「最初から『誰だ?コイツ』とは思ってはいたけど、ま、ま、まさか、一番有り得ないだろうと思った答えだったなんて…… 」 愛どころか恋すら理解していなさそうな(実際問題、マジで理解していないのだが)くらいに幼
「目を瞑ってろ」と言われ、一秒後には「もう開けていいぞ」とスキアが許可をくれる。指示通りに行動しはしたが、ワタシにとってはただ瞬きをしたにすぎなかった。 なのに、たったそれだけの間でもう、目の前の情景は一変していた。 森の中に響いていた獣の遠吠えも、梟の鳴き声も消えて、耳に届くのは町の騒がしい営みの音に変わっている。喧嘩でもしているかのような怒鳴り声、店への呼び込み、酒を飲んで歌う人達の声が聞こえ、『町に戻って来たんだ』と実感した。平和そのものの音を聴き、ちょっと嬉しくなる。コボルトの群れをこの町から随分遠く引き離したのだ。 かなり大袈裟かもしれないが、今夜のこの光景を守ったのは自分なん
討伐ギルドのある通りからまた少し奥の方へ進み、広めの路地を住宅が多く並ぶ通りへ向かうと、ルスの弟・リアンを預けている保育所がある。 入口から中に入った途端、開口一番説教されてしまった。『ご自分で、この時間までと言っていた時間通りに迎えに来て欲しい』と。僕らよりも先に討伐ギルドの方から伝書鳥が送られてはいたらしく、深刻な事情があっての延滞である事は理解しているものの、それでも人手が足りていない現状では連絡無しのまま延滞されるのは非常に困るのだとか。(……まぁ、向こうの言い分も理解出来るが、一人寂しく森の中で瀕死にまでなっていた者に対して言う台詞では無いのでは?) ついそんな事を考えて、す







