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魔王の間(後編)

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last update Last Updated: 2025-04-23 16:26:20

 魔王が言うには、この魔界にもその昔、魔族と共存する多くの人間が暮らしていたらしい。

「じゃあ、どういうこと? あなたがその人類を滅ぼしてしまったって……」

 見上げているわたしに、魔王は言った。

「彼らは旺盛な繁殖力と競争心、そして創造力をもち、この魔界でも大いに繁栄していたのだ……」

 しかし、彼らは魔界で無秩序に増えすぎた。

 その結果、魔族との間で戦争が起きた。

「そうか。つまり、あなたたち魔族が、その戦争に勝ったというわけね」

 魔王はうなづく。

「だが…… その後、人類なきこの魔界は文化的な発展を止めてしまってな。かろうじて維持はできているが、創造を欠いた世界は、いずれ破壊の力に押し潰されよう」

 そう言いながら魔王は、目を、ゆっくりとこちらに向けた。

「——そこで余は、お前たち、つがいを魔界に召喚した。人類の持つ創造性を再び導入するためにな」

 彼は山羊の顔で、静かに迫る。

「相川るん、かような訳だ。この魔界で、その岸部ハルトと繁殖しろ」

 わたしはめまいがして、その場に膝をつきそうになった。

「ちょ、っと待って……」

 立っていられず、藁をも掴む思いでハルトミイラの肩に手を置いた。

 どう言うこと……繁殖って……

 足に力が入らない。うつむいたまま言う。

「じゃあ、魔王…… あなたはつまり、ハルトとわたしをさせるというか、結婚させようと思って、魔界に召喚したってわけ……」

 この言葉に、魔王はうなずく。

「左様。」

 そこで、わたしが思いっきりハルトを指差しながら言うと、魔王は少し黙った。

「いやでも!こいつ、死んじゃってますよね!?」

「……そうだな」

 いや、そこは反省しないでほしい……。

「しかし魂は内側に残っておるようだ。早急に蘇生させよう。式までに間に合うようにな」

 ……シキ?

 式って、あの、結婚式か?

 わたしは、魔王を見上げなおした。

「嫌か?」

「──嫌です! わたし、コイツとだけは無理なんで!」

 胸の前で両手をクロスし、るんは首をぶんぶん振った。

「だって、ハルトにはもう――」

 そう。もう別の婚約者がいる。わたしが横入りするわけにはいかない。

「お断りします!……それにね、繁殖って言ったって、わたしぶっちゃけ尿酸値が高いし、血圧だって要注意って言われてるんですよ!」

 それに貧血で、肩も腰も痛いし、便秘だし冷え性だし!

 おまけに老眼もきてる。ようするに、わたしはそんなに若くない!

「だから魔王、さっさともとの世界に送り返して! 若くて繁殖だいすきで、地獄が似合いそうなカップルなら代わりをいくらでも見つけて紹介するから!」

 連休明けには案件が待っている。なんとしても帰らなきゃならない。

 それにこんなハルトでも、たぶん、婚約者さんは待っている……!

 すると、考え込んでいた魔王は、何かを思いついたかのように前のめりになった。

「──では、こういうのはどうだ。」

 わたしはその巨体に気圧されて、ハルトの後ろに隠れながらも、顔だけ出して聞いた。

「はい…… じゃあ聴きますけど。なんですか。条件ですか」

「この魔界にも結婚を斡旋するマッチング業者がある。その者にお前の好みのオスを紹介させよう」

 ちょっとま、

「……待てええ! ちっとは聞く耳を持てええええ!」

 だけど、魔王は、まあ待てと言いたげに手のひらを見せた。

「それに、今すぐ帰してやってもいいが、その場合、お前たちは元の世界ですでに死んでおるぞ」

 わたしは呆然とした。

 そして、透けてもいない手をじっと見た。

 でも、やっぱり、元の世界では、あの事故で死んじゃってるんだ、わたし、いや、わたしたち……。

 ハルトのミイラを見た。

 この幼馴染の婚約者に、ものすごく申し訳ない気持ちになってきた。

 もしもあの時、居酒屋で席を立たず、四人で仲良く飲んでいたら。

 胸が痛いほど塞がって、わたしはうつむいた。

 だが、その絶望を待っていたかのように、魔王は口元をつり上げた。

「余も、神ではない。お前たちが持って生まれた死の宿命を覆すことはできぬ」

 そう言いながらも魔王は、脚を組みかえる。

「ただし、余の魔力は、地上で〝負のエネルギー〟をためこんで死んだ魂魄を、こうして魔界に召喚することが出来る」

 わたしは顔を上げた。魂魄というのは、魂と肉体のことだ。

 つまり、記憶の連続性はあるものの、ここにいるわたしとハルトは一種の複製と言うことか。

「──じゃあ、複製のわたしたちを元の世界に送り返すことで、原本の死の宿命を、いわば迂回することならできるってわけね」

 魔王は微笑んで、そうだと言って寄越した。

「然り。お前たちを、もとの世界。もと通りの日付。だが事故が起きる場所からすこし離れた場所に戻してやろう」

 だが、この魔力とて万能ではないと、魔王は言った。

 元の世界、すなわち地上界は、この魔界のひとつ上の次元に存在している。

「ゆえにお前たち二人の送還には、お前自身が心に蓄える膨大な〝正のエネルギー〟が必要となる」

 わたしは、生唾を飲み込んだ。

「正の、エネルギー……?」

 わたしは身を乗り出した。

「ねえ、魔王! 教えてよ、どうしたらその〝正のエネルギー〟を貯められるの?!」

 それを待っていたかのように、魔王は微笑んだ。

「では魔族と人間らしく、ここは契約といこうではないか、相川るん」

 息を飲むわたしに、魔王は二つの案を提示した。

「ひとつ目は、お前が心から楽しみながら絵を描き、この魔界に作品を増やすこと」

 わたしはうつむいた。

 絵は、描きたくないからだ。

 それは見越していたように、魔王は次の提案をし、

「ふたつ目は、魔界で子供を産み、創造性あふれる人類の種を蒔くことだ」

 そのためなら余はお前に支援を惜しまぬ、と、指先の空間から契約書を取り出した。

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