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第5話

Author: 匿名
彼は挑発するような笑みを浮かべ、僕を見下すように言った。

「お兄さん、父さんが帰って来いって言ってたのに、なんで来なかったの?ほら、わざわざケーキ持ってきてあげたんだよ」

その態度からして、まともな用事で来たわけではないのは明らかだった。

「結構だ。帰ってくれ」

ドアを閉めようとしたが、海鳴はしつこく押さえつけてきた。弱り切った今の僕には逆らえず、結局中に入れるしかなかった。

部屋に戻り、さっきお湯を注いだばかりのカップ麵を手に取る。少しでも空腹を満たそうとしたその時――

彼はそれを簡単に払いのけた。

「お兄さん、なんでこんなもの食べてるの?ケーキ持ってきてあげたんだから、先にケーキ食べなよ」

悪意に満ちた笑みを浮かべ、彼は僕を見つめている。

涙がにじみながらも、僕は彼を睨みつけた――体が動けるなら、床に押さえつけて殴ってやりたい。

だが彼は知らない。部屋の隅のポットの陰に、スマホのカメラをすでにセットしてあることを。

僕の怒りを見て、彼はますます得意げな表情を浮かべた。

ケーキをつかむと、そのまま僕の顔に押しつけ、声を荒げた。

「せっかく持ってきてやったんだ!なんで食べないんだよ!?なんでだよ!?」

僕は抵抗しなかった。

ただティッシュを取り、顔についたクリームを静かに拭いながら、淡々と言った。

「……今日ここに来たのは、最初から喧嘩を売りたいからだろ?」

海鳴は口元を歪めて笑った。

「そうだよ。で?お兄さんは俺に何ができるの?父さんと母さんに言いつけてみなよ?どうせ信じないさ。

お前が嫉妬して俺を陥れようとしてるって思うだけだよ!」

僕は深くうなだれた。

「……海鳴、よく考えてみろよ。お前がこの家に来てから、僕がひどいことした?

お前が欲しいものは全部譲ってきたのに。どうしてそこまで僕を追い詰めるんだ?家から追い出さないと気が済まないか?」

海鳴は得意げに笑い、ついに本性を現した。

「やっと気づいたんだね。俺が手に入れたのはまだまだ足りないんだ。お前の全部が欲しい。お前の生活も、姉も父親も母親も、それに遺産も。

お前のものは全部俺のものにしたい。少しも分けたくないんだ」

その言葉を聞いた瞬間、僕は表面的には悲しそうな顔をしながら、心の中ではほくそ笑んでいた。

――これで十分だ。証拠としては申し分ない。

「じ
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