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第0643話

Penulis: 十六子
それは邦夫の声だった。

瑠璃は慌てて体を横に向け、壁の陰に身を隠した。

ふと視線を落とすと、隣にいた君秋が純粋で澄んだ大きな瞳をパチパチと瞬かせながら不思議そうにこちらを見ていて、瑠璃はまるで何か後ろめたいことをしているような気がして、頬がほんのりと赤くなった。

「ママ、何してるの?どうしてパパのところに入らないの?」

小さな子が無垢な声で問いかけてくる。

瑠璃の白い頬に赤みが差した。

「パパ、もう目を覚ましたみたいだから……ママは入らないわ」

「どうして?」

君秋はキラキラした瑠璃色の瞳をぱちぱちとさせながら、ますます分からなくなった様子で聞いてきた。

瑠璃は身をかがめて君秋の頭をそっと撫で、柔らかく微笑んだ。

「君ちゃん、あなたはまだ小さいから、分からないことも多いの。ママ、ちょっと疲れちゃったから、もう少しだけ寝たいの。パパのところに行ってもいいけど……ママが来たことは絶対に言っちゃダメよ」

小さな君秋はまだ戸惑っていたが、それでも素直にうなずいた。

瑠璃は自分の病室に戻り、静かにベッドに横になった。

あのとき、炎の中で隼人から何の反応もなかったことを思い出し、まだどこか胸の奥に恐怖が残っているような気がした。

隼人が目を覚ましたとき、喉はひどく乾き、視界は真っ暗だった。手を伸ばしても、掌の輪郭すら見えなかった。

様子がおかしいことに気づいた邦夫はすぐに医者を呼びに行こうとしたが、隼人が最初に口にした言葉は、瑠璃の安否についてだった。

「千璃ちゃんは……大丈夫か?」

その声には、かすれと力のなさが混じっていた。

「瑠璃は無事よ。安心して」

隼人は静かに息を吐き、唇の端に安堵の笑みが浮かんだ。だが——

再び左手を上げて、ぼんやりとした深い瞳を開けたまま、しばらく見つめていたが、結局何も見えなかった。

彼は静かに、自嘲気味に笑った。

医者がすぐに駆けつけ、隼人の状態を確認した。

彼は自分の視界がぼやけているどころか、何も見えないことを告げると、医者は慌てて検査を行った。その結果——隼人の網膜は、煙による過度な刺激で損傷しており、今の状態はほぼ失明と変わらないという診断だった。

……これは、天罰なのかもしれない。

隼人は再び笑みを浮かべた。そして、瑠璃がかつて感じていたであろう、あの混乱と無力感を、今ようやく自分の身
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