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第5話

Author: 緋山 淹(ひやま えん)
「蓮さん、あれが白衣のおじさんです!」

森也が恐怖に引きつった声で叫んだ。

蓮はとっさに森也を抱きかかえ、前へと駆け出した。

廊下の両側には無数のドアが並んでいる。

任務の指示は明確だ。「どれか一つの扉を選べ」というものだ。

しかし、単に三十分間隠れるだけなら、わざわざドアを選ばせる必要などないはず。

つまり、どの部屋を選ぶかが生死を分ける重要な鍵になる可能性が高い。

背後から、白衣の怪物が猛スピードで迫ってくる。長く狭い廊下が、一瞬にして曲がりくねった配管のように歪んで見えた。

前方に続く扉は果てしなく続いているように錯覚するほどだ。

ふと、蓮はドアに部屋番号のプレートがついていることに気づいた。しかも、その番号には赤いものと黒いものがあり、規則性が見当たらない。

彼は走りながら森也に尋ねた。

「森也、この部屋番号に見覚えはある?」

森也も怯えきっていた。

「そ、それは……休憩室の番号です!」

「その色のは何を表しているんだ?」

蓮が問いかけた直後、背後から生臭い息遣いが吹きかかった。

蓮は頭皮が痺れるような恐怖を感じ、反射的に森也を抱いたまま地面を転がり、白衣の怪物の背後へと回り込んだ。

ドガンッ!

間一髪だった。蓮は恐怖に目を見開きながら、怪物の昆虫のような手が振り下ろされ、コイルの巻かれたバトンが先ほどまで自分たちがいた場所を叩き潰すのを目撃した。

床は無惨に砕け散り、耳障りな電流音が響き渡った。

怪物の背中は腐乱して昆虫のよう変異しており、白衣からは得体の知れない液体が滲み出している。蓮は体を起こし、廊下の出口の方へと走ろうとした。

背後から、老人のような笑い声が聞こえた。その声は優しげで、ぶつぶつと何かを呟いている。

「若者、逃げることはない。

その懐にいる子供を、ワシに預ければいいんじゃ」

森也がビクリと震え、すがるような声を出した。

「蓮さん、私を……私を見捨てないでください!」

蓮は喉元まで込み上げてくる血の味を必死に飲み込み、強張った笑顔を作った。

「ぜ、絶対にあなたを見捨てたりしないから……安心しな!」

蓮が要求を拒否したからだろうか。

白衣の怪物の声に、怒気が混じり始めた。

「その子を……よこせぇぇ!」

歪んだ廊下が再び激しく振動し始める。巨体でありながら、その動きは不気味なほど俊敏だ。

すぐにまた、あの腐臭が漂ってきた。

森也が絶叫した。

「来ます!蓮さん、避けてください!」

前方の出口は蜃気楼のように遠ざかっていく。

蓮は悟った。今の自分の身体能力では、この怪物から逃げ切ることは不可能だ。

彼は奥歯を噛み締め、覚悟を決めた。

蓮は急に足を止め、身を翻した。

目の前には、眼窩から飛び出さんばかりの二つの複眼、鋸のような歯、そして耳元まで裂け、血を滴らせる巨大な口が迫ってきた。

怪物のバトンが再び振り下ろされようとした瞬間、蓮はスライディングを繰り出し、相手の脇の下をくぐり抜けて背後へと滑り込んだ。

彼はすぐ手近なドアノブを掴んだ。

ここが一番近い!

部屋番号は――黒色だ。

ガチャッ!

ガチャガチャ!

ドアノブが固くて回らない。

「くそっ、なんでこんな時に……」

蓮は顔が真っ白になり、白衣の怪物がゆっくりと振り返るのを見た。

怪物はニタリと笑い、口から腐食性の唾液を滴らせながら、両眼をあり得ない角度でねじ曲げてこちらを見ている。

ズシン……ズシン……

怪物は嗜虐的な笑みを浮かべ、まるで猫がネズミをいたぶるかのようにわざと足取りを緩めた。

腕の中で、森也が「わぁぁっ」と泣き出した。

蓮の表情が恐怖と焦りで歪んだ。今から前に走っても、もう間に合わない。

唯一の活路は目の前のこのドアだけだ。

「くそっ!開け!開いてくれよ!」

白衣の怪物は、もう目と鼻の先まで迫っており、電流の熱気さえ肌に感じている。

その時。

ガチャリ!

ドアが開いた。

腐乱した手が蓮を掴もうとしたその瞬間、蓮は部屋の中に飛び込み、即座に鍵をかけた。

ドンッ!

ドアが激しく震え、悲鳴を上げた。

蓮は立ち止まることなく、部屋の中を見回した。

寝室のようだ。

彼は森也を下ろすと、急いで机やベッドを全てドアの前に積み上げた。

重々しいノックは止む気配もなく続いていた。机を幾重にも積み上げて扉を押さえているのに、その振動で今にも崩れ落ちるのではないかという不安が、胸をよぎった。

蓮は無意識に森也を抱き寄せた。

「森也、よしよし。

嘘をつかなかっただろう?あなたを置いて逃げたりなんて絶対しない!

だから、泣かないで!」

やがて、ドアへの体当たりは弱まった。森也も少し落ち着きを取り戻したようだ。

【クラブからのヒント:森也のあなたに対する好感度が15%に上昇しました】

【土壇場で森也を見捨てなかったことで、森也はあなたに深い感謝を抱いています】

蓮は小さく安堵の息を吐き、ようやくこの狭い部屋を観察する余裕ができた。

窓はなく、あるのは数台の机と一つのロッカーだけだ。

「蓮さん……ここに来たことがあります」

森也が突然口を開いた。

「ここは培養液を注射された後、私たちが待機させられる部屋です」

蓮は驚いた。

「注射された後、すぐに帰れるわけじゃないのか?」

森也は頷いた。

「ここで一晩寝なきゃいけないんです。

でも、どうしてかは分かりません」

蓮は眉をひそめた。

森也の話では、白衣の怪物は深夜十二時過ぎに廊下をうろつく子供を捕まえる。

しかしここは寮ではない。

培養液を注射する場所だというなら、ここはあの学校医の領域のはずだ。

では……なぜ白衣の怪物がここに現れるのか?

だめだ、まだ情報が足りない!

その時、蓮はもう一つのスキルのことを思い出した。

「金の亡者、発動!」

一瞬、蓮の瞳の中を光が走った。

その光が部屋全体をスキャンした後、乱雑に積み上げられた机の一つの引き出しから、何かが微かに光っているのを見つけた。

蓮は喜びの色を浮かべた。

試練において価値があると判定された物は、重要なアイテムである可能性が高い。

彼は慎重に机によじ登り、引き出しを開けた。

そこに入っているのは……注射器だ!

普通の病院で使われるものとは違い、古めかしい金属製の注射器だ。

【クラブからのヒント:実習会員・蓮は、怪異道具「学校医の注射器」を獲得しました】

【注射器には高濃度の麻酔薬が充填されています】

【また、怪異生物を引き寄せる芳香剤の効果もあります】

【実習者は怪異道具を装備可能です】

【現在の損耗度――0%】

五つの冷たいメッセージを見て、蓮は一瞬呆気にとられたが、すぐにこのクエストの核心を理解した。

部屋に隠れることは最適解ではない。

どの部屋を選ぶかということも本質的には大した意味はないのかもしれない。

おそらく……どの部屋にも似たような怪異道具が隠されているのだろう。

つまり、今の自分のような実習会員に残された選択肢は二つだ。

一つ目は、三十分間隠れ続けること。しかし、この脆い木製のドアが怪物の攻撃に三十分も耐えられるとは到底思えない。ドアが破られ、担当生徒が捕まれば、自分も死ぬことになる。

二つ目はこの怪異道具を使い、中の芳香剤をおとりにして白衣の怪物を誘い出し、高濃度の麻酔薬で無力化することだ。

明らかに、二つ目の方法は危ないが、クエスト達成の確率は高い。

どうする?

蓮は葛藤した。

長時間の激しい運動で、肺は悲鳴を上げていて、喉の奥の血の味も消えないままだ。

突然。

ドンッ!

ドアの外で、白衣の怪物が再び体当たりを始めた。

森也は隅っこで縮こまり、涙声で訴えた。

「蓮さん、わ、私……怖いです!」

蓮は深く息を吸い込み、金属製の注射器を握りしめて、決断を下した。

彼は森也の頭を優しく撫でた。

「森也、これから俺は白衣のおじさんを誘い出す。そうしたら、すぐにドアを閉めて!

俺がノックするまで、絶対に開けちゃダメだ。いいな?!」

森也は蓮の手を強く掴み、何度も首を横に振った。

「だめです!

そんなことしたら、蓮さんが死んじゃうんですよ!」

蓮は強張る顔で精一杯の笑顔を作り、森也を慰めた。

「森也、大丈夫だよ!おいで!」

蓮は森也を抱き上げると、部屋の隅に隠し、いくつかの机のパーツを衝立代わりにして彼を覆った。

「いい子だ!

たった三十分だ。絶対にあなたをあのおじさんに捕まえさせたりしないから!」

【クラブからのヒント:森也のあなたに対する好感度が20%に上昇しました】

【彼はあなたに死んでほしくないと思い、贈り物をすることにしました】

その時、森也はいきなり自分の頭の花びらをむしり取った。

痛みに満ちた泣き声と共に、血の滲んだ掌サイズの花弁が蓮に差し出された。

「蓮さん、いざという時は……この花びらを投げてください!

きっと……きっと役に立つはずです!

ううっ……

蓮さん、絶対に生きて帰ってきてください!」

血の滴る花弁を見て、蓮の胸に熱いものが込み上げた。

彼は力強く頷いた。

「ああ!約束するよ!」

……

蓮はドアの前の机やベッドを乱暴にどかした。木製のドアは衝撃でひしゃげ、今にも壊れそうだった。

蓮の目に決死の色が浮かんできた。彼は勢いよくドアノブを掴んだ。

ガチャリと、ドアが開いた。

白衣の怪物は首をかしげ、異様な表情でお年寄りのように笑った。

「いい子、そのいい子を出せば……」

蓮は無言で金属製の注射器を掲げた。

「化け物め、森也が欲しいなら、こっちに来やがれ!」

白衣の怪物がバトルを振り上げる中、蓮は迷わず外へと飛び出した。

学校医の注射器が効果を発揮し始め、漂い出した奇妙な香りで白衣の怪物の意識が朦朧となり、あろうことか蓮を森也だと誤認した。

「ヒヒッ……そこに……いたのか!」

白衣の怪物は激しくほえ、走り出した蓮を追いかけ始めた。

その隙に、森也は机の下から這い出し、よろめきながらドアに鍵をかけた。

……

一方、保健室のある建物の外では。

「海斗(かいと)、ここか?」

最初に教室を出たゲーマーの少年が、自分より背の高い中学生の手を引いている。

「培養液は学校医のところにあるんだな?」

「はい……」

子供の声には怯えが混じった。

よく見れば、彼の体には少年に連れ出された時よりも多くの打撲痕が増えた。

ゲーマーの少年は冷たい表情で頷いた。

「嘘だったら承知しないからな。痛い目を見るのはお前だぞ!」

少年は海斗を引き連れ、ゆっくりと建物のガラス扉を押し開けた。

その瞬間、霧が立ち込めた。

少年は眉をひそめ、何かを察知したように背中へと手を回した。

直後、白衣の怪物の怒号が建物全体に響き渡った。
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