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第106話

Author: 栄子
すると誠也は黙り込んだ。

丈は彼の煮え切らない態度に苛立ち、立ち上がってこう言った。「もう好きにしろ。本当に二股をかけるつもりなら、絶交だ!

私はまだ結婚もしていないのに、あなたみたいな二股をする友達がいたら、私と結婚してくれる相手もいなくなるだろう?!」

ドアの外で、そこまで聞いた遥は眉をひそめ、踵を返し立ち去っていた。

-

綾がアトリエに戻ってまず最初にしたことは、断捨離だった。

オフィスの休憩室には、まだ悠人の物がたくさん残っていた。

彼女は丁寧に片付け、梱包し、宅配で南渓館に送った。

輝は彼女のその潔さに感心し、惜しみなく褒めた。「いいぞ。厄介な子供とは縁を切るんだ。これから私たちにも自分たちの子供が出来る。しかも二人だ!」

綾は彼を一瞥した。「実はとっくに片付けたかったのですが、最近色々あって、ずっと先延ばしにしていました」

「大丈夫だ。今まとめて捨てるのがちょうどいいタイミングだ!」

そう言われ、綾も吹っ切れたの様にスマホを取り出し「ちょっと、先生に電話します」と言った。

「わかった。じゃあ、私は外で犬とでも遊んでくるよ」そう言って、輝は気を使ってオフィスを出て行った。

残された綾は史也に電話をかけた。

彼女は自分の状況と決断を史也にすべて話した。

史也は話を聞き終えると、少し沈黙した後、大きくため息をつき、こう言った。「君が決めたことならそれでいい。私も文子も応援する」

綾は少し驚いた。

実は彼女、電話をかける前に、先生に叱られる覚悟をしていたのだ。

「先生、怒らないんですか?」

「君は私の生徒だが、それ以前に君は自分自身でもあるのだ」

史也は言った。「私は仕事を教える立場として、仕事の力は伸ばしてあげられる。だが、人生という道はあまりにも長い。今は私と文子が君と一緒に立ち向かうことができても、この先は?人生には無数の分かれ道がある。自分で進んでみなければ、正しい選択をしたのか、間違った選択をしたのかは分からない。

綾、これは君の人生だ。どんな決断を下すのも君自身の自由だ。そして、その結果に対して責任を負うのも君だ。私の言いたいこと、分かるか?」

綾は鼻の奥がツンと痛み、声を詰まらせて答えた。「先生、分かりました」

「分かったなら、次は仕事の話だ......」

綾は史也と30分も話した。

彼女がオフィス
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