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第156話

Author: 栄子
誠也が悠人を連れて行った後、蘭はバッグを持って病院へ向かった。

病院の特別個室。

蘭は病室のドアを開けた――

遥はベッドに座って本を読んでいた。

レースのカーテン越しに差し込む陽光がベッドサイドに落ち、遥の横顔を白く照らしていた。

秘書の清水美弥(きよみず みや)はスマホを手に持ち、遥の写真を何枚も撮っていた。

蘭は少し立ち止まった後、部屋に入るなりドアを閉めて、邪魔にならないように入り口に立っていた。

美弥は写真を撮り終え、スマホを遥に渡した。「桜井さん、どれがいいですか?」

遥は本を置き、スマホを受け取った。

白い指先で写真を一枚ずつスライドしていき、いくつか選択した後、「これでいいわ。9枚投稿して、キャプションは......【穏やかな日々、花咲くのを待ちわびて】で。コメント欄は閉じておいてね」と言った。

美弥はスマホを受け取り、頷いて言った。「はい、わかりました」

遥は目の前の大学を出たての若い女性を見た。ごく普通の飾り気のない女の子で、純粋でとても素直だ。

彼女は満足そうに、美弥に微笑んで言った。「美弥、お疲れ」

美弥は顔を赤らめた。

遥のところで働き始めて2か月も経っていない彼女は、遥が美人なだけでなく、気取らず、自分のような秘書にも優しく接してくれることに感心していた。さすがは何千万人ものフォロワーを持つ人気女優だ。

ただ残念なことに、遥は現在病気で引退せざるを得ず、ファンは真相を知らないため、ここ数日、彼女の引退を責め続けている。

美弥は心の中で遥を気の毒に思っていた。

「桜井さん、とんでもないです。これは私の仕事ですから」

遥は耳元の髪を耳にかけ、「あなたはとてもしっかりしていて、仕事にも真面目ね。でも、私の前ではそんなに堅苦しくならないで、もっと楽にしていいのよ」と言った。

「ありがとうございます、桜井さん!本当に優しいんですね!」美弥は蘭を一瞥し、気を利かせて言った。「では、私はこれで失礼します。何かあればいつでも呼んでください」

遥は優しく「ええ」と答えた。

美弥は蘭に軽く会釈し、ドアを開けて出て行った。

病室のドアが再び閉まった。

蘭はようやくベッドの脇まで来て座った。

遥は再び本を手に取り、蘭を一瞥し、相変わらずの優しい声で言った。「お母さん、悠人は今日は一緒じゃないの?」

「あなた、知らな
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