LOGINすると、看護師も頷いて言った。「それじゃ、何かありましたらナースコールで呼んでくださいね。失礼します」「はい」看護師が出ていくと、病室のドアが閉まり、部屋はまた静かになった。安人は眠れず、ベッドのそばに座って桜の寝顔を見つめていた。彼女を失いかけた恐怖が、まだ心にまとわりついていた。そして、昨夜の危ない出来事が、目を閉じるとまぶたの裏に浮かんでくるようで、彼は、本当は怖かった。もし一歩でも遅れていたら、桜を永遠に失っていたかもしれない。でも、間に合った。本当によかった。そう思って、安人は桜の手を握り、そっと唇を寄せた。……一方桜は、ぐっすりと眠り、朝を迎えた。朝日がカーテンの隙間から差し込み、ベッドのそばを照らしていた。桜はかすかに眉をひそめ、ゆっくりと目を開けた。目を開けると、安人がベッドのそばに突っ伏して眠っているのが見えた。桜は一瞬きょとんとして、周りを見回したあと、すっかり頭が冴えた。安人、昨日の夜帰らないで、ずっとここでこうしてたの?そう思うと、桜は胸が痛んだ。「安人」桜の声に、眠っていた安人はすぐに目を覚ました。彼は体を起こして眉間を軽くもむと、彼女を見て言った。「目が覚めたか。体はもう大丈夫?」「うん、もうだいぶいいよ」桜は申し訳なさそうに彼を見た。「それより、どうしてホテルで休まなかったの?あなただって、まだ足が治ってないのに」安人は彼女の頭をなで、優しい声で言った。「大丈夫。心配で眠れなかったし、夜が明ける頃に少しうとうとしてただけだよ」それでも桜は心配だった。「今夜はホテルに帰ってちゃんと寝て。私はもう平気だから」「君が入院してるのに、放っておけないだろ」安人はテーブルの上の保温ポットからぬるま湯を注ぎ、彼女に差し出した。「さあ、少し飲んで水分補給して」だが、桜はそれを受け取らずに言った。「あなたが先に飲んで。声、少しかすれてるよ」安人はかすかに微笑むと、自分で少し飲んでから、また彼女にカップを差し出した。「さあ、どうぞ」桜はカップを受け取ると、こくりと一気に飲み干した。「もっと飲むか?」「もういい」桜はカップを返しながら、彼の顔を見て唇をきゅっと結んだ。「ごめんね、いつも心配ばかりかけて」「なんでまた謝ってるんだよ?」桜はぐっと言葉に
彼は彼女がぐっすり眠っているのを確認すると、そっと手を伸ばして、口元にかかっていたシーツを少し下げてあげた。それから、彼女の額にそっと触れた。少し汗をかいていて、微熱はもう下がったようだ。それが確認できて、彼は身をかがめて、彼女の唇の端に優しくキスをした。今度こそ、彼女はとても深く眠っているようで、眉間にしわを寄せることもなかった。男は優しい眼差しで彼女の柔らかな頬を指の腹で撫でた。「おバカさんだな、君に看病なんかさせられるわけないだろ?」だって、これほど大切に思っている彼女に、本当に世話をさせるわけがないんだから。わざと彼女をからかってふざけたのも、下心がないわけじゃない。むしろ、そうなるように仕向けたんだ。今回の映画の撮影で彼女はひどく心をすり減らしていた。だから、カウンセラーが来るまで、まずはゆっくり安心して眠らせてやりたかったんだ。……一方、夢の中で、桜はざあざあと水が流れるような音を耳にした気がした。雨でも降っているのかしら?このあたりは夏になると、確かに雨が多い。しとしとと降る霧雨の中、背の高い、すらりとした人影がゆっくりとこちらへ歩いてくるのが、ぼんやりと見えた。私の、大好きなあの人かしら?そう思いながら、桜は寝返りをうつと、夢の中で腕を広げ、大好きな彼を抱きしめた。ただ、現実で彼女は横向きになってシーツを抱きしめ、再び深く眠りについただけだった。そして、彼女の口元にも、自然と笑みが浮かんでいた。彼がそばにいてくれる日々は、夢の中まで幸せな気持ちになれる。なんて素敵なんだろう。……結局のところ、安人はこらえきれずに冷たいシャワーを浴びることにした。彼女のせいで燃え上がったこの体を冷やさないことには、とてもじゃないけど今夜は乗り切れそうになかったから。幸い、この時期のこのあたりは暑いから、冷水シャワーを浴びるのも大したことではなかった。シャワーを終えると、ドライヤーで髪を乾かし、安人はさっぱりとした服に着替えた。だが、ガーゼはすっかり濡れてしまっていた。さらに、立っていたせいで足の裏に圧力がかかり、傷口が少し開いてしまったのだ。血と水が混じって、ガーゼ全体が真っ赤に染まっていた。彼は壁に手をつき、足を引きずりながらゆっくりとバスルームを出て、ベッドに目を向
かつて、彼が欲情したとき、いつもこういう声で自分を呼んだのだ。でも、今彼はケガ人だし、自分もまだ本調子じゃない。こんな状況でそんなことになるなんて、絶対にありえない!そう思ったが、何気なく視線を下にやった桜は、息をのんだ。そこに眠っていたはずの彼の熱が、目を覚ましていたのを目にしたから……桜の顔はカッと熱くなり、慌てて彼女は視線を逸らし、床の一点を見つめた。「は、離して!タオル、洗ってくるから」だが、安人はため息交じりに言った。「なあ、桜」その低くかすれた声には、どこか困ったような響きがあった。「これは看病じゃなくて……俺を誘ってるんだろ」そんなわけないでしょ!ただ体を拭いていただけなのに、彼にスイッチが入るなんて思ってもみなかった……そう思うと、桜は泣きそうになりながら顔を上げ、キレイな目で彼を睨みつけた。「そっちが変なこと考えてるだけでしょ!」すると、安人は薄い唇をあげて、ふっと笑った。「ああ、そうだな。俺がスケベなんだ」突然、彼は桜の細い腰に手を回し、ぐいっと自分の方へ引き寄せた。桜は不意を突かれ、彼の膝の上にすとんと座らされる形になった。さらに、何が起きたか理解する前に、顎をぐっと掴まれてしまった。次の瞬間、彼は顔を傾け、彼女のわずかに開いた唇を貪るように塞いだ。桜が驚いて目を見開いた。その隙に、彼の舌に唇をこじ開けられて、口の中へと侵入されてしまったのだ……「ん……安人……んんっ」唇をきつく塞がれ、桜の声は彼の強引なキスにすべて飲み込まれてしまった。何ヶ月も離れていたせいだろうか。体は言葉よりもずっと正直だった。最初は理性を働かせて安人を止めようとした桜だったが、あっという間に、彼の腕の中で力が抜けてしまった。閉ざされた目はまつ毛がかすかに震え、目じりが潤んでいた。安人は彼女の唇を離すと、今度は柔らかい耳たぶを含み、舌を絡ませて吸い付いた……一方、桜はただ無意識に、彼の胸もとをぎゅっと掴むことしかできない。濡れたタオルはいつの間にか床に落ちていて、部屋は甘く切ない空気で満たされていた。どうすれば彼女が喜ぶのか、安人は知り尽くしていた。病室だからだろうか、桜はいつもより緊張しているようで、ひどく敏感だった。彼に吸われて赤く腫れた唇が少し開き、呼吸が速くなる。堪えきれないよ
一方、安人が手当てを受けていると、綾から電話がかかってきた。ネット上のデマは、まだうまく収束させられていないみたいだった。桜がなかなかコメントを出さないせいで、ネットでは鬱で自殺したという噂まで広まっていた。綾は状況を説明してから、「桜ちゃんは目を覚ました?」と尋ねた。「起きましたよ」安人は声をひそめて言った。「ご心配なく。ネットの件は俺がなんとかしますから」「お願いね。でも、何よりも桜ちゃんの気持ちを優先してあげて。わかった?」「わかっています」電話を切るとすぐに、安人は新太に電話をかけた。「石原の今までのスキャンダルを全部ネットに流せ」……安人の手当てが終わると、ちょうど新太が手配した着替えが届いた。夏帆がスーツケースを受け取り、病室まで運んでくると、安人は、今夜は自分が付き添うからと言って、夏帆と寧々に宿泊先へ戻るよう促した。怪我人の安人と、衰弱している桜。二人きりにしておくのは少し心配だったが、自分たちがここに残ってもお邪魔虫になるだけだ。そんなわけで、夏帆と寧々は結局、撮影現場に戻っていった。二人が帰った後、安人はスーツケースを開けた。今日は急いで着替えただけで、まだ体をちゃんと洗えていない。海水は乾いたものの、肌のべたつきがずっと気持ち悪かった。もう我慢の限界だった。安人はスーツケースから綺麗な着替えを取り出し、車椅子を動かしてバスルームへ向かった。「待って」桜は慌てて彼を呼び止めた。「その足で、どうやってシャワーを浴びるの?」「大丈夫だ」安人は平然としていた。「だめ!」桜は布団をめくりあげ、ベッドから降りようとした。それを見た安人は慌てて彼女を引き留めた。「何をする気だ?」「手伝うに決まってるでしょ!」安人は言葉を失った。「どうしたの?」桜は、さも当然といった顔で彼を見つめた。「私たち、付き合ってるんでしょ?しかもその足の怪我は、私のせいじゃない。だったら私が手伝ってあげても問題はないでしょ?」しかし、安人はごくりと喉を鳴らし、気まずそうに言った。「そこまでしてもらうほどじゃない。ただシャワーを浴びるだけだ」「シャワーを浴びたら、足の包帯が濡れちゃうでしょ」桜は言う。「私が体を拭いてあげる。髪は自分で洗えるでしょ?」安人は一瞬ためらい、彼女をじっと見
桜は真剣な表情で、まるで神に誓いを立てるかのように、強い眼差しを向けていた。それを聞いて、安人はスマホを取り出し、信用できないという顔で言った。「口約束だけじゃダメだ。桜、君には前科があるからな。だから、ちゃんと証拠を残させてもらう」桜は彼の手にあるスマホを見て、すぐにその意味を察した。少し気まずかったけれど、彼女は頷いた。「いいよ」それから、安人は録画のボタンを押すと、スマホを桜に向けた。「さっき言ったこと、もう一回言ってくれ」すると、桜は息を深く吸い込み、一呼吸を置いてから、さっきの言葉を真剣にもう一度繰り返した。安人はその動画を保存すると、スマホをしまった。それを見て、そばにいた夏帆は、笑いを堪えきれない口元を桜に見られないように、さらに深く頭を下げた。一方、寧々はずっと、状況が飲み込めていない様子だった。彼女は夏帆を見て、次に安人を見て、最後に桜に視線を向けた。何かがおかしいとは思うものの、すぐには頭が追いつかなかった。考えても分からないので、彼女は考えるのをやめた。とにかく、桜と安人が仲直りしたならそれでいい!……その晩、安人と桜は一緒に夕食をとった。夕食を食べ終えると、ちょうど7時半だった。看護師がノックして入ってきて、ベッドサイドにいる安人に目を向けた。それから、看護師はにこやかに言った。「碓氷さん、足の傷の処置をする時間ですよ。処置室までお願いしますね」その言葉に、水を渡そうとしていた安人の手が止まった。桜も何かがおかしいと感じ、眉をひそめて安人を見た。「足の傷?」すると、夏帆も横でバツが悪そうに頭を掻いた。片や、まだ状況が飲み込めていない寧々が近づいてきて、なにげなく桜に言った。「そうよ。碓氷さん、あなたを助けるために左足の裏を十数センチも切ったんだから。じゃなきゃ、車椅子になんて乗ってないでしょ!」それを聞いて、桜は言葉を失った。一方、安人はコップを寧々に渡して言った。「彼女のこと、頼む。すぐ戻るから」そして、夏帆も慌てて駆け寄り、安人の車椅子を押して足早に病室から「逃げる」ようにして出て行った。夏帆がものすごい速さで車椅子を押していくのを見て、寧々はため息をついて言った。「碓氷さん、本当にあなたのことが大好きなのね。あなたが意識不明の時、看護師さ
一生懸命思い出そうとしてみたものの、安人に抱きついて泣いたのは覚えている。でも、キスをしたなんて……どうして覚えてないんだろう?とはいえ、最近記憶があやふやなのを桜も自覚していたので、実際のところどうだったか、確信をもてなかったのだ。だから、彼女はただしょんぼりと「ごめんなさい、わざとじゃないの」としか言えなかった。その言葉を聞いて、安人は呆れたように笑った。「桜、君はごめんなさい以外に言うことはないのか?」桜は唇を噛み、目を伏せて、彼の顔を見られなかった。だが、安人は彼女を見逃そうとしなかった。彼女が自分の心と向き合えるように、これまでどれだけ努力してきたか。それなのに、これで全部振り出しに戻ってしまった。だけど、今の状況は以前とは違う。安人はもう、じっくり時間をかけるような悠長な手を使うのはやめることにした。それに、今の桜にはそのやり方はもう適していないことが明らかだから。彼はやり方を変えるしかなかった。そう思って、少し目を細め、彼は分厚い包帯が巻かれた自分の足に視線を落とした。そして、ふと眉を上げた。「もういい」静かな病室に、彼のため息が響いた。桜はきょとんとして、安人を見上げた。安人は彼女を見つめ、口の端を少し上げた。「俺がいると心置きなく休めないみたいだな。じゃあ、邪魔はしないよ」桜は息をのみ、何か言い訳しようと口を開いた。でも、安人はもう背中を向けていた。その時になって、桜はようやく安人が車椅子に乗っていることに気づいた!「安人!」桜は慌てて体を起こし、点滴の針も構わず、彼の腕を掴んだ。その瞬間、勢いよく動いたせいで、手の甲の針から血が逆流してしまった。「何をしてる!」安人は慌てて彼女の手首を掴み、厳しい声で言った。「早く手を離せ、血が逆流してるぞ」しかし、桜は自分の手のことなんて気にしていなかった。彼女はただ、心配の色を露わに、安人を食い入るように見つめた。「安人、答えて。一体どうしたの?」安人が口を開く前に、物音を聞きつけた寧々と夏帆が慌ててドアを開けて入ってきた。「どうしたの?」寧々はベッドのそばに駆け寄り、目が赤くなった桜が安人をじっと見つめているのを見て、二人がまた喧嘩しているのかと思って、宥めようとした。「桜、落ち着いて。ちゃんと話せばわか
12月5日、輝と音々の結婚式までいよいよ秒読み段階に入った。星城市にある岡崎家は、すでに賑わいを見せていた。岡崎家の跡取り息子である輝の結婚式は、盛大に執り行われることが決まっていた。輝の両親はビジネスで幅広い人脈を持っており、披露宴の招待客は150卓を超える予定だった。星城市で一番大きな結婚式場が、岡崎家によって貸し切られていた。しかし、主役である輝と音々はまだ北城にいた。本来なら輝はとっくに岡崎家に戻っていなければならないのだが、音々と息子に会いたくて北城に留まっていて、何度説得しても、彼はどうしても帰りたがらなかった。音々は、岡崎家の跡取り息子として、こんなに
「池田咲玖......」音々は眉をひそめた。「他に何か分かったの?」「亡くなって32年も経つのに、まだ番号が使われているなんて、おかしいですわ。同姓同名の人かもしれません。もう一度調べてみますね」「ああ、よく調べて。細心の注意を払って」「わかりました」電話を切ると、音々はスマホを置いて、洗面所に入って顔を洗った。わざわざ自分に電話をかけてきて、あの歌を知っているなんて......きっと自分の出生の秘密を知っている人物だわ。知っているだけじゃない。自分が孤児になったことにも、関わっているかもしれない。音々は顔を上げて、鏡に映る自分を見つめた。水滴が頬を伝い、洗面台
真奈美が仕事を続けたいと言うので、大輝は毎日送り迎えをしていた。大介の言葉を借りれば、立響グループのオフィスが栄光グループに移転したようなものだ。そして、大介からしてみれば、この哀れな雇われの身は、毎日立響グループと栄光グループの間を往復していた。一ヶ月以上も経つと、たまに運転中にボーッとしていても、体が勝手に道を覚えているくらいになったのだ。季節は11月末、北城はいよいよ冬の始まりを迎えた。真奈美は妊娠5ヶ月に入り、お腹が目立ち始めてきた。つわりも治まり、食欲も戻り、顔色も良くなってきた。妊婦健診も順調だった。大輝は毎日欠かさず真奈美の送り迎えをしていた。真奈美は妊娠
ブライズルームで、若美は綾に付き添っていた。挙式は30分後に始まる。「綾さん、緊張していますか?」綾は若美を見た。若美はピンクのブライズメイドドレスを着て、可愛らしく見えた。しかし、少し膨らんだお腹はドレスには不釣り合いだった。「若美」綾は若美の手を握った。若美の手は冷たく、汗ばんでいた。「お腹の子も、北条先生も、あなた自身より大切じゃない。どんな時も、まず自分の身を守ること。それが一番大事なの」綾は真剣な表情で言った。若美は何か異様な気配を感じ、声をかけようとしたその時、ブライズルームのドアが開いた。白いスーツを着た要が入ってきた。綾は静かに若美の手を