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第275話

Author: 栄子
二人は新生児科へ向かった。

道中、輝は彼に尋ねた。「橋本先生はまだ記憶が戻らないのか?」

「ああ」丈は少し間を置いてから続けた。「だが昨夜、悪夢を見たそうだ。誰かが大量に出血しているのを見たようだが、誰かは分からなかったらしい。それで目を覚ましてから、ずっと胸が痛いと言っていた」

輝は眉をひそめた。「橋本先生と綾は姉妹のように仲が良かったから、記憶はなくても、潜在意識では綾のことを心配しているんだな」

「今になってみると、本当にそう思うよ。私のせいだ」丈はため息をついた。「悪夢は心的外傷後のストレス障害によるものだと思い込んで、綾さんのこととは全く結びつけていなかった。もう少し早く気がついていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない」

「人生とは分からないものだな」輝の表情は重かった。「今となっては後悔ばかりだ。今回の出張で綾がこんな目に遭うと分かっていたら、絶対に出張なんてしなかったのに!」

丈は輝の方を向いた。

輝は眉をひそめ、目尻が少し赤くなっていた。

丈は手を伸ばし、彼の肩を叩いた。

......

新生児科。

保育器の中の女の子は、1500グラムの未熟児で、全身が赤く、たくさんのチューブにつながれていた。

輝は胸が締め付けられる思いだった。「こんなに小さいのに、もう注射をされているなんて、かわいそうに......」

丈は担当の新生児科医を見つけ、子供の容態を尋ねた。

返ってきた答えは、あまり良いものではなかった。

発育が未熟なことに加え、心肺機能にも問題があった。

小児科医は彼が医師だと知っていたので、検査結果を渡した。

それを見た丈は表情を強張らせた。

医師として、彼は誰よりも分かっていた。検査結果から見ると、この子の生存率はそれほど高くはない......

綾の病室に戻る途中、丈が暗い表情をしているのを見た輝は尋ねた。「新生児科で話を聞いてきたのか?容態は良くないのか?」

「未熟児はもともと弱いんだ」丈は言葉を濁した。「だがここの先生を信じよう。この病院の先生のレベルは高いからきっと大丈夫だ」

「ああ、きっと大丈夫だ!」輝は力強く言った。「綾はすでに子供を一人失っているんだから、この子は、絶対に助からなくてはならない!」

それを聞いて、丈は唇を固く結んだ。

......

誠也が死産した子供を碓氷家の墓地
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Comments (2)
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橋田光代
ここまで来て双子の1人を死なせるって…... 遥と克哉…許せね〜...
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シマエナガlove
元旦那がすべての元凶 愛人は逃げても殺人じゃん キチンと罰うけて死刑が妥当
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