Mag-log in何時間かのフライトを終え、飛行機は南城空港に到着した。桜は飛行機を降りると、まず荷物を受け取った。そして、安人に電話をしようとスマホを取り出したら、充電切れで電源が落ちていたのだ。桜は言葉に詰まった。急いで家を出てきたから、充電を忘れただけでなく、充電器まで忘れてしまった。ここ数年、外出する時はほとんど寧々か他のスタッフが一緒だったから、彼女が一人で遠出することは滅多になかった。こんなにがっつり変装していると、誰かに充電器を借りるだけでも、バレたりしないかと考えてしまうのだ……そう思って桜が途方に暮れていると、大きな手がポンと彼女の頭を叩いた。桜はきょとんとして、振り返った。すると、サングラスのレンズ越しに、安人の整ったハンサムな顔が見えた。「碓氷さん!」桜は嬉しさのあまり声を上げた。「どうして私を見つけられたんですか?スマホの充電が切れちゃって、連絡できなくて困っていたんです!」安人は彼女が手にしているスマホに目をやり、苦笑した。「もし俺が見つけていなかったら、どうするつもりだった?」桜は少し考えて、前のインフォメーションカウンターを指差した。「あそこで、充電器を借りるしかありませんでしたね」それを聞いて、安人はくすりと笑った。「万が一、アンチにでも出くわしたらどうするんだ?」桜は言った。「……痛いところを突きますね!」「まあいい。ここは人が多いし、君のその格好は目立ちすぎる。早くここから離れよう」桜はうなずいた。それから安人は彼女の手からスーツケースを受け取ると、「行こう」と言った。安人は背が高く足が長いから歩くのが速い。桜は隣で、必死に早歩きしないと追いつけなかった。すると少し歩いたところで、安人はちらりと隣の桜を見て、わずかに足を止めた。次の瞬間、彼の歩くペースがゆっくりになった。安人の歩くペースが落ちたのに気づいて、桜は思わず彼を見上げた。安人はまっすぐ前を見つめている。その滑らかな顎のラインといい、横顔までもが息をのむほど魅力的だった。桜は、安人が持つクリーム色のスーツケースに目を向けた。取っ手には彼女お気に入りのひよこのぬいぐるみが付いている。スーツを着こなす上品な男とのすごいギャップだ。それを見て桜の心はまた甘い気持ちで満たされて、マスクの下で思わず口元が緩ん
桜は一瞬考え込んだ。「そうかもね。下に持って行って、誰かが拾ってくれるか見てみる?」「これはブーゲンビリアですよ。北城じゃ欲しがる人なんていないですよ」寧々は呆れて首を振りながら桜を見た。「部屋を片付けるって言ってたのはどこの誰でしょう?結局、あれもこれも捨てられないんじゃないですか!」「えへへ」桜はバツが悪そうに笑った。「もったいない精神が染みついちゃってて!」「それはただ、モノを捨てられない癖ですよ!」そう言われ、桜は返す言葉もなかった。「もういいです。元の場所に戻しておきますから。あとは花自身の生命力にかけるしかありませんね!」桜は唖然とした。こうして寧々がブーゲンビリアを元の場所に戻してくると、桜が小さなスーツケースを引き、すっかりお出かけの格好をしているのが目に入った。「桜さん、どこかに出かけるんですか?」「さっき碓氷さんから連絡があって、どこかに連れて行ってくれるんだって」寧々は驚いた。「二人で……恋人同士として?」桜は少し顔を赤らめた。「たぶん……あっ、そういえば聞くの忘れてた!碓氷さんは、古川さんを迎えに来させるって言ってただけで」寧々は一瞬言葉を失い、そして尋ねた。「それじゃあ……夜、寝る時はどうするつもりなんですか?」「え?」桜の顔は一気に真っ赤になった。「あくまで恋人の振りなんだから、人前でそう見せてるだけだよ。夜はもちろん、別々の部屋に決まってるでしょ!」「でも、怪しまれないようにって言って、同じ部屋に泊まろうって言われたらどうしますか?」「……さすがにそれはないと思うけど」桜は言葉を濁した。だが、寧々の頭には「迫られる桜の姿」が浮かび、たちまち目が潤んだ。「桜さん、ちゃんと自分の身は守ってくださいね。もし、もしどうしても避けられなかったら……痛っ!」桜は近づいて寧々の腕をぱしんと叩き、彼女をにらみつけた。「もう、変な想像しないでよ!たとえ碓氷さんと同じ部屋に泊まることになっても、どうせスイートルームなんだから!スイートルームなら部屋はいくつもあるし、最悪ソファだってあるんだから!」「……ほんとですか?」「当たり前でしょ!」桜は言った。「それに、私は碓氷さんを信じてる!あの人は人の弱みにつけ込むような卑怯な人じゃないもの!」寧々は叩かれた腕をさすりながら言った。「
そして3日後、桜は朋花から連絡を受けた。輝星エンターテイメントが伝統演劇の先生を手配してくれたそうだ。これから3か月、彼女はM市でマンツーマンの稽古を受けることになった。朋花の話によると、最初はチームも社長も、桜をF国の首都に留学させるつもりだったらしい。劇場で本格的な舞台演劇を学ばせる計画だったのだ。その方がより国際的だし、役者の身体表現やアドリブ力も試されるからだ。それに、桜が求める純粋な舞台表現にも合っていると思ったという。でも、その話を聞いた輝星エンターテイメントの会長が、伝統演劇を学ぶように勧めてきたそうだ。「輝星エンターテイメントの会長?」桜は猫を撫でながら、テーブルの上のスマホを見つめて不思議そうに聞いた。「輝星エンターテイメントって、社長のほかに会長もいらっしゃるんですか?」「社長は会長が直接育てた人です。ただ、会長はもうほとんど会社の経営には関わっていないんですけど。あなたは社長が特別にスカウトしてきたから、会長も気にかけてるみたいですね」それを聞いて、桜は深くは考えなかった。でも、ものすごいプレッシャーを感じた。社長は大きなプレッシャーの中で自分と契約してくれたのだ。絶対にがっかりさせられないと、桜は心に誓った。「会長は顔が広いから、直々に探してくれた先生の実力も間違いないはずですよ。桜さん、どうですか?伝統演劇、やってみる気はありますか?」「はい、是非やらせてください。実は私も伝統演劇のほうがいいと思っていました。子供のころ、M市の伝統音楽を習っていた経験があるんです。それに、地元ではお祭りの日になると、伝統芸能の舞台があって……ああいう昔ながらの舞台も、けっこう好きなんです」「わかりました。あなたも問題ないなら、準備をしておいてください。3日後にM市へ出発して、いよいよ稽古開始ですよ!」「はい!」それから電話を切ると、桜はすぐにスマホを手に取り、安人のラインを開いた。お仕事復帰を頑張る桜ちゃん:【碓氷さん、3日後から出張なんです。今回は数か月くらい家を空けることになりそうで……その前に、なにか手料理、お持ちしましょうか?】U・Y:【3日後?どこに行くんだ?】お仕事復帰を頑張る桜ちゃん:【M市です。弟子入りして、集中特訓です!】U・Y:【そうか。じゃあ、何ヶ月も会えなくなるのか?】
13歳のとき、桜は一本の映画で一夜にしてスターになり、世間から大きな注目を集めた。でも、彼女のその美しさがかえって仇になった。有名になると同時に、心無い噂や誹謗中傷が、全て桜に集まった。まだ幼すぎた桜は、そういった声に完全に飲み込まれてしまい、どうすることもできず、恐怖に震える彼女は京子に助けを求めたが、返ってきたのは強烈な平手打ちだった。京子は桜を情けないと罵り、泣かずに宣伝活動に協力しろと命じた。人前で涙を見せることは許されず、我慢できずに泣いてしまうと、家に帰ってからさらにひどい暴力を受けることになるのだった。そして、未成年だった桜が、保護者同伴でイベントに参加するたび、その裏ではいつも京子による容赦のない罵声と暴力が繰り返されていた。そんな京子の仕打ちに比べれば、ネット上の誹謗中傷なんて、どうでもいいことに思えるほどだった。今思い返すと、金吾からの執拗な嫌がらせに耐えてこられたのも、皮肉にも京子のおかげかもしれないと彼女は思った。桜は物思いから我に返ると、隣に座る男性を見上げた。「碓氷さん、私はただ、お芝居が好きなだけなんです」彼女は安人を見つめ、13歳の頃からずっと言いたかったけれど口にする勇気のなかった言葉を、ついに打ち明けた。「でも、芸能界は好きではありません」それを聞いた安人は、口元に笑みを浮かべた。「それなら、演劇の原点である舞台に戻って、初心を取り戻してみたらどうかな」安人の言葉に、桜の心のもやは、すーっと晴れていくようだった。そうだ、これで自分の向かうべき道がわかったような気がする。そして彼女の目には、安人が眩い光を纏っているように見えた。あの占い師の言ったことは、本当に当たるのかもしれない。23歳で安人に出会ってから、自分の人生は少しずつ良い方向へ向かっていた。でも、占い師は、「23歳で恩人に出会う」としか言わなかった。その人を好きになってもいいのかまでは、教えてくれなかった。桜はわかっていた。安人に淡い期待を抱いてはいけない。二人の間には、天と地ほどの差があるのだから。大学にも行っていない、愛人の子である自分が、雲の上の人のような安人を好きになる資格なんてあるはずがないのだ。23歳にして初めて感じたときめき。でも、それは劣等感からくる切なさと隣り合わせだった。この気
すると、桜に電話をかけてきたのは、やはり輝星エンターテイメントが手配した新しいマネージャーの岡本朋花(おかもと ともか)だった。朋花の話によると、明日は会社に来て、新しいチームのメンバーと顔合わせをしてほしいらしい。ついでに今後の芸能活動について、詳しく計画を立てるための会議もするそうだ。通話はすぐに終わった。電話を切ると、桜は安人がずっと入り口に立っていたことに気づいた。桜が顔を上げて安人と目が合うと、彼の方から先に口を開いた。「新しいマネージャーからの電話か?」「うん」桜は頷いた。「明日、輝星エンターテイメントで会議を行うそうです」安人は眉を上げた。「いいことじゃないか?どうして、そんな浮かない顔をしているんだ?」「嬉しくないわけじゃないんですけど、ただ……」桜は小さくため息をついた。「なんていうか、ちょっと戸惑っているのかもしれません。ずっとのんびりしていたので、急に仕事の話が来て、緊張しています」それを聞いて、安人がクスっと笑うと、「こっちへ」と言った。桜はキッチンを出て、安人についてベランダへ向かった。そこはベランダというより、まるでオープンテラスのようにレイアウトされていた。二人はそこで並んで立ち、眼下に広がる街の夜景を見下ろした。桜の部屋も安人と同じ間取りだけど、ベランダのレイアウトは全く異なっていた。彼女は植物を育てるのが好きだから、いくつかの植物は置いてはあるものの、ただ、ズボラな性格のせいで、今も生き残っている鉢植えはほんのわずかだけだった。一方、安人のバルコニーはとてもシンプルだ。ティーテーブルセットと本棚、それから桜には誰だか分からない外国人の彫像が一つ置いてあるだけ……とにかく、同じ間取りなのに、部屋の雰囲気は正反対だ。片や、デキる社長の部屋みたいなミニマリストスタイルで、片や、いろんなテイストが混ざったガーリースタイル……それを見て桜は今夜帰ったら、寧々と一緒に部屋の片付けでもしようと決めたのだった。「また何か考えているのか?」桜が考え込んでいると、頭上から、男の低い声が聞こえてきた。桜は少し顎を上げて、横を向いて彼を見た。すると、安人も視線を落とし、ぽかんとしている桜の顔を見て言った。「明日、会社に行って新しい会社とどう交渉するか、考えていたのか?」桜は
……それからダイニングテーブルでは、安人と桜が向かい合って座った。二人は黙々と、食事を進め、テーブルの真ん中には、美味しそうな鍋が置かれているのだった。桜は時々、ちらちらと安人の方を見たが、安人の食べ方は上品で優雅だった。ごく普通の食事のはずなのに、彼が食べるとまるで高級レストランの料理のように見えた。すると桜は、またうっとりと見惚れてしまっていた……向かいの彼女がしばらく動かないのに気づいて、安人はふと手を止め、顔を上げると、向かい側で桜が箸を手に固まっていて、自分のことを見てはいるけど、心はどこか上の空のように見えた。「桜さん」返事がない。安人は口の端を少し上げて、もう一回呼んだ。「桜さん」「え?」桜はその呼びかけにはっと我に返った。安人と目が合うと、急に気まずくなってどもってしまうのだった。「な、なんでしょう?」「早く食べないと。冷めたら美味しくないぞ」と安人はさらに優しく声をかけた。「あ、はい!今すぐ食べます!」桜は慌ててうつむくと、ご飯を口に運んだ。一方、安人は最後に鍋のスープを数口飲むと、箸を置いた。彼はティッシュを数枚取って口元を拭うと、桜に言った。「君の友達、料理が上手なんだな」「ええ、あの子は料理の才能があるんですよ!」桜は答えた。「実はこの前まで、一緒に地元に帰ってお店を開こうかって話もしていたくらいです」「この前まで?」「はい、でももうそのつもりはありません!」桜はにこっと笑った。「前の会社との契約を解除して、新しく輝星エンターテイメントと契約したんです!輝星エンターテイメントなら、ご存じですよね?」「……ああ、知っている」「そこは芸能界で唯一『堅実』だと名を知られている会社なんです!」輝星エンターテイメントの話になると、桜は瞳を輝かせた。「新井先生が紹介してくださったんです!」「そうか」安人はかすかに微笑んだ。「この様子だと彼女も、君のことが気に入ったみたいだな」「はい、彼女はすっごく綺麗な方で、あんなに優秀なのに全然偉そうにしていないんです。会う前は、もっとクールな人だと思ってたんですけど。でも実際に話してみたら、すごく気さくで、この前送ってくれた時なんて、優希さんって呼んでいいよって言ってくれたんです!」それを聞いて安人は言った。「彼女は君より
優希は哲也のことが好きだ。彼のためなら他の男性からの誘いを断ることだってできる。でも、だからといって哲也のために自分の人生設計を変えるつもりはなかった。家族を後回しにすることも、ましてやまだ20歳で妊娠や出産を選ぶなんて、絶対に考えられなかった。でも、哲也の考えは、優希とはまるで正反対だった。お互い好き合っているのに、価値観が全く違うというのは、とても辛いことだ。そう思いながら、優希が目を閉じると、昨夜の甘い時間が脳裏に蘇った。昨日の夜はあんなに幸せだったのに、どうして一晩でこんなささいなことでまた喧嘩になるんだろう。優希には分からなかった。こうして悩んでいるうちに優希はど
優希は、この女に見覚えがあった。小林渚(こばやし なぎさ)。哲也の大学の先輩で、法学部で一学年上だった。優希が渚を知っていたのは、この前、哲也に連れられて北城大学へ遊びに行ったとき、偶然、彼女に会ったからだ。その日、渚は先輩として、二人を大学の中に案内してくれたのだ。でも、渚って法学部じゃなかったっけ?どうしてここで秘書をしているんだろう?優希は不思議に思ったけど、これは彼女の個人的なことだ。それに、特別親しいわけでもないから、敢えて聞こうとしなかった。「お水で大丈夫です」優希は渚ににっこり笑いかけた。「ありがとうございます、小林さん」「かしこまりました。では二
真司は頷いた。「そうじゃ!真奈美の帰りを祝って、うちのビルにもでっかい『石川』の文字をライトアップさせよう!今夜はもう間に合わんからな。隼人、すぐに業者に頼んでくれ。1日から8日まで毎日ライトアップさせるようにするのじゃ!」それを聞いて、隼人は言った。「......お父さん、本気か?」「ああ、本気だ。そんなことで冗談を言うわけないじゃない?」「......わかった。すぐに秘書に電話して、残業してもらって手配させる」「正月早々、残業させるのは申し訳ないからのう。彼にはしっかりお年玉を弾んでやれよ!」隼人はスマホを手に、笑いながら応えた。「お父さん、わかっているよ」....
「うん、あんな女、母親失格だ。俺のことを愛してもいないし、気にかけてもいないんだから、あんな人に母親になる資格なんてないんだ」「彼女があなたを大事にしなくても、私がいるからね!」詩乃は俯いて、浩平の鼻先に自分の鼻先を優しく擦りつけた。そして甘い声で言った。「お兄さん、今度またあの人があなたを困らせに来たら、私が代わりに言い返してあげる!」それを聞いて、浩平は愛おしそうに笑って、「わかった」と答えた。詩乃はぱちぱちと瞬きをして、「じゃあ、あなたと蛍さんは......母親が同じで、父親が違う兄妹だってこと?」と尋ねた。「ああ」浩平は蛍のことについて、詩乃にきちんと説明しておく必要が







