Se connecterだから桜も、これまで安人と恋愛関係になるなんて、一度も考えたことがなかった。恐れ多くて、そんなこと考えられもしなかった。できるはずが、なかった。恐れ多くてできなかった。自分、ただの臆病者だから。……一方、安人は薬袋を受け取ると、車に戻り後部座席に置いた。それから車に乗り込み、シートベルトを締めた。片や桜は、助手席でじっとしているまま動けないでいた。さっきの会話が途切れたままなので、車内に少し重々しい空気が漂っていた。安人は、うつむいて黙りこくっている彼女を一瞥し、どうやら、自分の顔を見ることさえためらっているようだと感じた彼は、そっとため息をついた。やっぱり、少し焦りすぎたかな。彼女の心の準備がまだできていないと分かっていたのに、気持ちを伝えてしまった。この子は純粋すぎるから、自分の気持ちの整理も苦手だし、感情を隠すこともできないいるのだ。これでは、今後自分と顔を合わせるだけでも、すごく気まずく感じてしまうだろう。安人は桜にプレッシャーを与えたくなかったので、さっきの話はもうやめにした。「これから湊里村に戻るかい?」桜は少し間をおいてから、こくりと頷いた。「うん、帰りましょう」「分かった。シートベルト、ちゃんと締めて」そう言われて、桜は慌ててシートベルトに手を伸ばした。安人は彼女がバックルを留めるのを確認してから、ゆっくりと車を発進させた。こうして、黒塗りの高級車が、湊里村へと向かっていった。道中、二人はどちらも口を開かなかった。そして、桜があまりに緊張しているのを見かねて、安人は途中で車内のオーディオをつけた。閉ざされた車内に、ゆったりとした音楽が流れ始めた。桜は窓の外を眺めながら、きゅっと胸が痛むのを感じていた。安人との関係では、自分が陰からそっと想いを寄せる側なのだと、ずっと思っていた。だから、気持ちに気づいてもらえなくても、受け入れてもらえなくても、当然だと思ってた。そして約束の期間が終われば、彼の人生から静かに消える覚悟もしていた。でも、今の状況は、まったくの想定外だった。「安人に好かれていない」という事実より、「安人に好かれている」という今の状況の方が、桜は不安に感じていた。彼の気持ちが、ただの一時的なものだったらどうしよう。もしかしたら、同情
彼女の声は次第に小さくなっていき、ほぼ聞こえなくなるほどだった。安人は唇を真一文字に結んで、静かに彼女を見つめた。心の準備はできていた。でも、いざ彼女が引いてしまうのを見ると、さすがの安人も心を乱された。多分これが、恋に悩むということなのかもしれない。いつもは冷静な彼も、今は思わず声に感情が出るようになった。「桜、もう一つだけ聞くから。顔を上げて、俺のを見て答えろ」桜は一瞬ためらった後、ゆっくりと顔を上げた。視線が合った瞬間、桜は息をのんだ。それは安人と知り合ってから、初めて彼がこんなに真剣な表情をするのを、目にしたから。「な、なんでしょう」彼女の目をまっすぐに見つめながら、安人は低い声が車内に響いた。「もし昨夜、俺が理性を失って、最後までしてしまったら、それでもさっきと同じことを言うつもりだったのか?」桜の瞳が震え、その綺麗な目が大きく見開かれた。彼女のその言葉に衝撃を受けたのと同時に、少し恥じらいているようだった。まつ毛を小刻みに震わせ、口をパクパクさせながら、なかなか言葉が出てこない。無言で見つめ合う二人。先に視線をそらしたのは、桜のほうだった。彼女は目を伏せ、うつむいた。「起きてないことだから、そんなの聞かれても答えられません」それでも安人は、彼女に答えをせがんだ。彼の大きな手がそっと彼女の頬を包み、無理やり顔を上げさせて、自分と視線を合わせさせた。「さあ、言ってみろ。もし俺たちがそうなっていたら、それでもなかったことにするなんて言うつもりか?」そう言われ、桜の胸は、高鳴り、鼓動が速まっていく一方だった。だって彼女は安人とどうこうなるなんて、考えたこともなかった。昨日の夜のことは、全くの予想外だった。安人はこんなにも完璧で、輝いた存在で、自分とは住む世界が違いすぎるから。彼とどうにかなるなんて、そんなおこがましいことは考えられない。彼に相手にされないからじゃなくて、自分があまりに彼に不釣り合いだからだ。「身の程を知りなさい」13歳の時から、桜はずっと周りの大人たちにそう言われ続けてきた。自分は生まれながら、疎まれてきたから。実の父親にすら認めてもらえない存在だから。そして世間からも、いつもスキャンダルを叩かれる存在であるから。こんな自分が、安人に釣り合うはずが
車内はとても静かだった。気まずい空気が流れるなか、桜はスマホを取り出してラインを開いた。すると、寧々からメッセージが何件も届いていた。写真付きのものもあれば、実家に帰ったら親にお見合いをせかされたという愚痴もあった。桜はそれを見て、なんとも言えない気持ちになった。小林家は兄妹が多く、四人姉妹に弟が一人いる。寧々は三女で、上の姉二人はもう結婚していた。寧々は年が明けると24歳になる。この地方では、大学に行かなければこの歳にはもう親が決めた相手と結婚させられているのが一般的だった。もちろん、寧々には桜のアシスタントという仕事が、格好の言い訳になっていた。だから、桜はここ数年ほとんど稼ぎがなかったが、たとえ自分の愛車を売るようなことになっても、寧々に給料を払わなかったことは一度もなかった。寧々もまた毎月、給料の半分を実家に仕送りしているのだ。親孝行だと言っているけれど、実のところ、そのお金で自由を買っているようなものだった。寧々の両親もお金をもらっている手前、ここ数年は寧々に無理やり結婚を迫ることはなかった。しかし、毎年お正月に実家へ帰ると、寧々は決まって結婚の催促をされていた。そして結婚の催促とはいっても、実際には寧々の両親が桜をだしにして、プレッシャーをかけているだけなのだ。彼らは、桜と寧々の仲が良いことを知っていた。だから寧々が無理やり結婚させられるのを、桜が黙って見ているはずがないだろうと思っていた。そして桜もまた、彼らが寧々に結婚を催促するたびに、立派な手土産を持って家を訪ねていった。その上、彼ら家族にも桜は毎年、新年の挨拶という名目で多額のお祝い金もあげていた。その金額は、寧々の一年分の給料に匹敵するほどだった。しかし、桜はそうやって余分にお金を渡していることを、決して寧々には知らせなかった。それは、桜と寧々の両親だけの秘密だった。寧々の両親も、娘に知られたいとは思っていなかった。寧々がどれだけ桜を大切に思っているか知っていたからだ。もし、自分たちが彼女に隠れて桜から多額のお金を受け取っていたと知れば、寧々は結婚を選んででも、桜のもとで働くのをやめてしまうだろう。どうせ桜はいずれ嫁に行くのだから、もう2、3年家に残って、家の負担を少しでも軽くするのも、娘としての務めだと彼らは考えていたのだ。…
そう聞かれて、桜はトラちゃんの頭を撫でて言った。「友達も一緒だからお世話はできるんだけど、昼間はホテルに閉じ込めておくしかないの。ホテルの方が毎日掃除に来るから、逃げたりパニックになったりしないようにケージに入れるんだけど、この子はそれが嫌いでずっと鳴いたりするのよ。そう思うとトラちゃんがなんだか不憫でしかたないの。だからいっそ実家に預けておこうかなって。北城に戻る時にまた迎えに来ればいいし。」それを聞いて、安人は言った。「田舎の猫はみんな野良みたいなもんだろ。こんなに臆病じゃ、ここにいたら毎日いじめられるようになるんじゃないのか?」すると、トラちゃんは安人の言葉を不満に思ったようで、彼に向かって一声鳴いた。「ニャーッ!!」それに気づいて安人はちらっと猫に目をやり、桜に向き直った。「だったら、うちで預かろうか。君が北城に戻る時に、迎えに来ればいい」しかし、それを聞いた途端、桜が返事をするより早く、トラちゃんはまるで言葉がわかったかのように桜の腕の中に飛びつき、丸い頭を彼女のあごにすり寄せた。ご主人様、こんなに可愛くてふわふわなボクを置いていかないで!あの腹黒男は嫌だ、ボクはご主人様と一緒にいたいんだ、とでも言いたげのようだった。トラちゃんにすり寄られてくすぐったかったのか、桜は思わず笑ってしまった。「もう、どうしたの……」一方、安人は、桜の腕の中で甘える猫を見て、目を細めて思った。なかなかの、あざとい猫じゃないか?彼は冷ややかに口角を上げたが、口調はあくまでも穏やかだった。「トラちゃんも嬉しそうだ。どうやら俺のことが気に入って、うちに来たいらしい」すると、甘えていたトラちゃんは驚いたかのように、動きがぴたりと止まり、勢いよく安人の方を振り返った。「ニャーッ!」トラちゃんは安人に向かって大きく鳴いた。まるで、この腹黒男!勝手なこと言うな!とでも言っているかのように。その様子を見た安人の瞳に、いたずらっぽい光が宿った。彼はにっこり笑って続けた。「ほら、すごく興奮してる。どうやらトラちゃんもそう思っているようだな」一方で、トラちゃんは言葉を失った。「ほんと?じゃあ、お願いしようかな」桜はトラちゃんを抱き上げて立ち上がると、安人に微笑んだ。「あなたなら安心して任せられるわ。トラちゃんがあなたに懐くなんて、珍
「大丈夫だよ」安人は、一睡もできずに腰が痛くなったことには一切触れず、平然と答えた。桜は、安人の様子をじっと観察した。見たところ、大丈夫そう。じゃあ、ちゃんと眠れたんだ!そう思って、桜は少しほっとした。「康弘さんが朝ごはんを作ってくれてるよ」安人は桜のキャラクターもののパジャマに目をやった。「顔を洗って着替えておいで。ご飯を食べたら、薬を取りに市内の薬局まで行かないとだから」そっか、薬局に行くんだった。桜は頷いた。「じゃあ、下で待ってて。すぐ準備するから」安人はうなずくと、階下へおりていった。……そして桜は部屋に戻り、クローゼットを開けて、じっくりと服を選んだ。なんといっても、安人と初めて二人で出かけるのだ。桜は、少しはおしゃれをすべきだと思った。新年ということもあるから、彼女は少し明るめのタートルネックのウールのワンピースを選んだ。下はシンプルな裏起毛のチャコールグレーのレギンスに、同系色のムートンブーツを合わせた。最後に、彼女は軽くメイクをした。そして、空気が乾燥する季節だから、口紅ではなくリップグロスを選んだ。鏡に向かってグロスを塗りながら、桜の頭にはまたもや、昨夜の二人のキスシーンが自然と浮かび上がってきた……すると、彼女は手を止め、鏡の中の自分をじっと見つめた。もし本当に夢だったなら、どうしてキスの感触が、あんなにリアルだったんだろう?……それから、桜が階下に降りていくと、康弘がちょうど朝ごはんの準備を終えたところだった。この辺りでは、年の初めにはわんこそばを食べることになっている。このそばが、桜にとっては悪夢なのだ!康弘は、いつも自分がお腹を空かせているんじゃないかと心配して、必要以上の量を用意してくるのだ。その上、お雑煮までついてくるから、その量は驚くほどだ。でも、普段なら断れても、元日の朝ごはんだけは絶対に断れない。この地方では、元日の朝は揃ってごはんを食べるのが縁起が良いと言われ、康弘もその習わしをとても大切にしているのだ。そう思って、桜はリビングを見回したが、安人の姿はなかった。「碓氷さ……じゃなくて、安人さんはどこですか?」「お庭にいるんじゃないのか」康弘は朝食を置きながら言った。「早く呼んできておくれ。そばが伸びてしまうからね」桜は
翌朝、外から聞こえてくる賑やかな音で、桜は目を覚ました。あまり遮光性のないカーテンの隙間から、太陽の光が差し込んでいるにの気づき、桜は目をこすり、ぐっと伸びをする。そして、天井を見つめたまま、しばらくぼーっとしていた。窓の外からは、子供たちのはしゃぎ声が聞こえてくる。桜は数回まばたきをして、大きくあくびをすると、すっかり目が覚めた。彼女は上半身を起こし、頭を掻く。なんだか、すごく大事なことを忘れているような気がした……部屋を見渡すと、ふと、ある一点で視線が止まった。窓際の小さなソファに、大きなプレゼントの箱が置いてある。それは、安人がくれた新年のプレゼントだ!碓氷さん!「やばい、碓氷さんが泊まりに来てるんだった」そう言って、桜ははっと我に返ると、布団をめくりあげ、スリッパに足をつっこんで慌てて部屋を飛び出した。プレゼントの箱は、まだソファの上に置かれたままだった。もし、この時桜が先に箱を開けていたら、あとで安人にあんな言葉をかけることはなかっただろうに…………桜は慌ててゲストルームの前まで走っていった。すると、ゲストルームのドアは開いていたが、中には誰もいなかった。昨夜彼女が整えたベッドは綺麗にメイキングされていて、人が寝た形跡は全くなかった。桜は一瞬、戸惑った。「俺を探してるのか?」背後から、不意に男性の低い声がした。桜はきょとんとした顔になって、振り返った。安人は昨日と同じ服を着ていたが、それでも相変わらずかっこよくて気品があった。桜が彼を見つめていると、ふと、昨夜キスした光景が頭をよぎった……それで、その後はどうなったんだっけ?2度目のキスが1度目より激しかったことまでは覚えている……でも、そのあとは?桜は眉をひそめ、必死に思い出そうとしたが、どうしても思い出せない。でも、安人の腹筋をまた触ったような、おぼろげな記憶はある……いや、あれは絶対に夢だ!いや、待って……もしかしてキスも夢だったのか?あーーーっ、もう!いったいどこまでが本当なの?!桜は心底後悔した。昨夜、好奇心で甘いお酒なんて飲むんじゃなかった。おかげで酔っ払っちゃって、現実と夢の区別がつかないじゃない!安人は、コロコロと変わる桜の表情を見て、彼女がまた頭の中で色々考えているのが分
中に入ってきた浩平は、大きな手でそっと詩乃の腕を握った。「どうした、吐いたのか?気持ち悪いのか?」「私......」詩乃が何かを言いかけた途端、また激しい吐き気がこみ上げてきた。彼女はとっさに浩平を突き飛ばし、洗面台に突っ伏して再び吐き始めた。しかし、すでに胃の中は空っぽで、しばらくえずくだけで何も出てこない。代わりに涙がぽろぽろと頬を伝った。浩平は大きな手で詩乃の背中をそっと撫でた。「アレルギーでこんな症状が出るのか?」詩乃は今、心も体も極限状態だった。体のつらさに耐えながら、本当のことを話すべきか考えなければならない。二重のプレッシャーに耐えかねて、詩乃は白目を
蛍は手で涙を拭いながら首を横に振った。「私は大丈夫です。葛城さん、心配かけちゃってごめんなさい」日和は困ってしまった。こんな非の打ち所がない顔で泣かれると、さすがに衝撃を受けずにはいられなかったのだ。日和はベテランの芸能マネージャーで、これまでどんな絶世の美女も見てきたが、それでも、蛍のような子はまさに百年に一人の逸材だと感じているのだ。「いや、なんで謝るのよ。あなたは監督に直接指名された新作映画のヒロインなのよ?それに、うちのアトリエがこれから全力で売り出していく大事なタレントなんだから。辛い思いなんてさせるわけないじゃない」それを聞くと、蛍は慌てて首を振った。「本当に大丈夫
別荘の中で、綾は詩乃の手を引いて部屋から出て、すぐにドアを閉めた。「詩乃さん、私たちがこのゲーム最後の砦よ。これは質問カード、後であなたが質問してね」そう言って、綾は詩乃にカードを渡した。それを言われ、詩乃は少し恥ずかしそうに言った。「私、私がですか?」「そうよ、あなたはまだ結婚してないし、イケメンの付添人男性はたくさんいるから、頑張ってね」星羅は詩乃に意味ありげな笑みを浮かべた。詩乃は顔を赤らめながら言った。「私は、私は結婚を急いでませんので」「あなたもそろそろ年頃じゃない?」星羅は言った。「ところで、どうしてあなたは付添人をやらないの?」詩乃は元々、音々の付添人を務
「さっきのは、わざとじゃないの。あの子が怒ってるのを見て、ただ止めようとしただけなの。そしたら、うっかり足が絡まっちゃったの......神様に誓うよ!」由理恵はそう言うと、本当に手を挙げて誓った。「お母さんの言ってることは全部本当よ。もし今日の言葉に一つでも嘘があったら、天罰が下ってもいい。誰からも見放されて、身寄りなく死んだって構わないから!」それを聞いて浩平はただ、悪びれる様子もなく嘘をつく由理恵の顔を見ていた。そして、今ここで彼女のついた嘘を簡単に暴いても、なんの意味もないだろうと思った。それに多分、こうして真正面から由理恵の嘘を暴くだけでは、彼女は自分がどれほどとんでもない