LOGINいよいよ、12月8日、結婚式の前日になった。北城からは、輝と音々の友人や身内が星城に到着したのだ。音々は我妻家とは和解していないため、実家側の代表は祐樹が務めることになった。祐樹は花嫁の兄として結婚式の準備に携わり、岡崎家も彼の意見を尊重した。祐樹にとって初めての経験だったが、彼の落ち着いた風格には岡崎家の家族や友人も高く評価していた。綾や星羅たちは、「ザ・ノーブルガーデン」に滞在することにした。「ザ・ノーブルガーデン」は雄太が所有する山手の別荘だが、2週間前にもう音々の名義に変更されいたのだった。別荘はとても広く、綾と星羅たちだけでなく、真央と香凜、Kの三人も滞在していた。詩乃は昨夜10時過ぎに到着し、音々は真央に空港まで迎えに行かせた。そして、別荘に戻ったのは、11時を回っていた。子供たちは既に寝ていたので、今こそ花嫁と友人たちの楽しい時間だ。1階のシアタールームでは、音楽が流れ、グラスがぶつかる音と談笑する声が響き渡っていた。綾はジュースを飲みながら、音々が一人で何人もの相手と酒を酌み交わすのを見ていた。そして星羅、香凜、K、そして浩平が加わっても、音々一人には敵わないようだった。こういう光景は、彼らにとってはもはや見慣れたものだった。誠也と丈は傍観していた。二人とも健康に気を遣うタイプで、お茶を飲みながら、騒ぐみんなを静かに見守っていた。そこへ、真央が厚い防音ガラスのドアを開けて、「詩乃さんを連れてきました!」と告げた。その言葉に、盛り上がっていた一同は静まり返り、一斉に真央の方を振り返った。真央は詩乃を連れて中に入った。詩乃はずっとうつむいていた。彼女はまさか浩平がいるとは思ってもいなかった。もし知っていたら、絶対について来なかったと後悔の念に苛まれていた。一方で、浩平は詩乃の姿を見て、一瞬動きを止めた。音々は浩平の反応をじっと窺っていた。しかし詩乃と比べると、浩平の反応はあまりにも普通すぎた。「詩乃、こっちへ来て」音々はグラスを置いて、詩乃に手招きした。詩乃は顔を上げて、音々に近づいて行った。音々は詩乃の手を取り、「お酒は飲めないでしょ?綾と一緒に座ってて」と言った。詩乃は綾の方を見た。綾は詩乃に優しく微笑みかけて、「詩乃さん、久しぶり」と言った。
「前から疑問だったんだけど、岡崎家と我妻家の先代って親しい間柄だったのに、今回我妻家であんな大変な事が起きたのに、どうしておじいさんは一切表に出たりしていないの?」「おじいさんは随分前に認知症と診断されて、以前はほんの二三日意識がはっきりすることもあったけど、ここ何年はもう全くダメで、記憶が全部なくなってしまって、今は家族も誰だか分からなくなっているんだ」「なるほど」音々は首を横に振り、ため息をついた。「これじゃ、ますます、我妻家は終わりそうね」詩乃は唇を噛みしめ、下腹を見つめた。「もう誰かの操り人形にはなりたくない。ここを出て、自分の力で稼いで生きていけると思っていたのに......でも、よりによって......」よりによって、こんな時に妊娠してしまった。あの夜は本当に偶然だった。それ以来、浩平とは連絡を取っていない。浩平に伝える勇気もなかったし、彼が受け入れてくれるとも思えなかった。産むことも考えた。でも、未婚の女が子供を連れて......詩乃は、自分が良い母親になれる自信がなかった。「浩平さんに連絡してみたらどう?」音々は提案した。詩乃は一瞬たじろぎ、それから強く首を横に振った。「彼にだけは知られたくない!」「どうして?」音々は眉をひそめた。「浩平さんはもう我妻家とは関係ないんでしょ?それに、あなたたちには血の繋がりもないんだから、もしかしたら責任を取ってくれるかもしれないじゃない」「そんなことできない......」詩乃は青ざめた顔で言った。「兄さんには好きな人がいるの」音々は言葉を失った。詩乃に同情するか、野次馬根性を満たすか......悩んだ末、音々は後者を選んだ。「どうして知っているの?まさか、本人から聞いたわけじゃないよね?」「兄さんから聞くわけないじゃない!」詩乃は言った。「偶然見つけてしまったの。兄さんが映画監督になったのも、その人のためだった」「じゃ、彼はなぜ、その人とは一緒にいないの?」「彼女は亡くなったの」詩乃は言った。「孤児で、絵を描くのがとても上手だったんだけど、大学1年の時に鬱病で自殺してしまった」音々は驚いた。絵の才能、鬱病......音々はすぐにこの二つのキーワードに気づいた。なるほど、浩平が真奈美の絵にこだわるのは、多分真奈美にその女性の面影が
音々は医師に尋ねた。「彼女のこの状況は、胎児に何か影響があるのでしょうか?」「今のところ問題はなさそうです。前回の生理とエコー検査の結果から、妊娠6週目と5日です。胎児の心拍と胎芽も確認できています」そう言うと、音々は詩乃の方を向いて尋ねた。「あなたはどうするつもりなの?」詩乃は首を横に振り、今にも泣き出しそうだった。それを見て、音々はため息をつきながら、「先生、彼女の体に問題がなければ、もう家に帰っても大丈夫ですか?」と尋ねた。「はい、大丈夫です。今のところ胎児は安定しています。出産する予定であれば、12週目に病院で妊婦健診を受けてください。もし、そうでない場合は、体への負担が少ない12週以内での中絶手術をお勧めします」音々は頷き、詩乃を支えて立ち上がると、医師に言った。「帰ってから相談して決めます。ありがとうございました」「いえいえ、とんでもないです」......それから、二人は帰り道についたが、病院からマンションへ戻る道中、詩乃はずっとうつむいたまま、何も言わなかった。そして、マンションに戻ると、音々は詩乃をソファに座らせた。音々は、まだ片付いていない部屋に視線を向け、そして詩乃を見た。少しして、音々はため息をついた。「で、どうするつもり?」詩乃は首を横に振った。音々はため息をついた。「実家には、本当に戻れないの?」「あの......」詩乃は顔を上げて音々を見つめ、少し躊躇してから言った。「昨日、おばあさんから電話があったの」「何て言ってたの?」「結婚するようにって」音々は眉をひそめた。「やっぱり、入江家の三男と?」「うん」「あなたはどう返事したの?」「断った」詩乃はそう言いながら、涙を流し始めた。「おばあさんはすごくがっかりして、私を叱ったの。恩知らずだって。育ててくれた恩をあだにして、入江家との縁談を断るなんて、ひどいって。もし縁談を承諾しなかったら、二度と実家に帰るなって言われたの!」「だったら、もう帰らないほうがいい」音々は言った。「はっきり言うけど、我妻家みたいな古い考えで、常識のない家なんて、いずれ没落するに違いないから。航太さんが今の地位につけているのは、中川さんが体を張ったからでしょ。でも、そんな汚い手で手に入れた地位なんて、いつまで続くの?それに、
「わかったよ。あなたがそう言うなら、今回はパスだな」輝は顔を近づけ、「でも、キスしてくれないと許さない」と言った。音々は呆れたようにため息をつき、「子供みたい」と呟きながらも、背伸びして輝の頬にキスをした。輝はすかさず音々の後頭部を抱き寄せ、玄関の靴箱に押し付けて、情熱的なキスを返した。そして、平手打ちを食らってようやく、大人しく音々を解放した。それから音々は文句を言いながら、家を出て行った。輝は頬をさすりながら、先ほどのキスの余韻に浸り、満面の笑みを浮かべた。......一方で、詩乃が買ったマンションはイルカ湾団地だ。スターベイからほんの数ブロックしか離れておらず、車で10分もかからないのだ。音々は詩乃から送られてきた住所を頼りに、彼女の家の前に到着した。インターホンを押そうとしたその時、ドアが少し開いていることに気づいた。「詩乃?」音々はそっとドアを開けた。部屋の中はとても静かだった。何度か呼んでみたが、返事はなかった。心配になった音々は思い切って、ドアを押し開けて中に入った。数歩入ったところで、床に倒れ込んでいる詩乃の姿を見つけた。音々は顔色を変え、急いで駆け寄った。「詩乃!」詩乃のそばに駆け寄り、すぐに脈を確かめた。幸い、脈は安定していた。音々は詩乃の顔を軽く叩きながら、「しっかり!詩乃!目を覚まして......」と声をかけた。音々は詩乃の人中を刺激した。すると、詩乃は眉をひそめ、ゆっくりと目を開けた。「大丈夫?」音々は詩乃を起こして、「気分はどう?」と尋ねた。詩乃は首を横に振り、全身に力が入らず、まだ具合が悪そうだった。音々は念のため、詩乃をおぶって階下へ降り、病院へ向かった。......ほどなくして、病院の救急外来で検査を受けると、「軽い低血糖ですね。朝食は食べていませんか?」と医師が訪ねた。すると、詩乃は救急病棟のベッドに横たわり、青白い顔色のまま、彼女は弱々しい声で、「今朝は忙しくて、忘れてました」と言った。「妊婦さんは三食きちんと摂ることが大切ですよ。特に今は妊娠初期なので、こういう状態は危険なんです」妊婦?それを聞いて、詩乃と音々は共に驚愕した。「先生、何か間違いじゃないですか?」詩乃は医師を見つめ、震える声で言った。「私、
12月5日、輝と音々の結婚式までいよいよ秒読み段階に入った。星城市にある岡崎家は、すでに賑わいを見せていた。岡崎家の跡取り息子である輝の結婚式は、盛大に執り行われることが決まっていた。輝の両親はビジネスで幅広い人脈を持っており、披露宴の招待客は150卓を超える予定だった。星城市で一番大きな結婚式場が、岡崎家によって貸し切られていた。しかし、主役である輝と音々はまだ北城にいた。本来なら輝はとっくに岡崎家に戻っていなければならないのだが、音々と息子に会いたくて北城に留まっていて、何度説得しても、彼はどうしても帰りたがらなかった。音々は、岡崎家の跡取り息子として、こんなにも自由奔放で良いのかと呆れていた。花婿なのに、結婚式まで顔も見せないなんてありえないと思っていた。しかし輝は、反論した。「おじいさんは式の前日に会っちゃダメって言っただけだろ?だから6日の夜に星城に戻れば、ちょうどいいんだよ!」音々は輝を蹴り飛ばしながら、「まさか、日付が変わるギリギリまで私の家にいるつもりじゃないでしょうね?」と尋ねた。「さすが音々!またしても、私の考えを見抜いたか!」音々は呆れて、何も言えなかった。この男には何を言っても無駄だと思い、これ以上議論するのはやめた。午前9時、二人は朝食を終えたところだった。「あなたは悠翔の面倒を見ていて。私はホテルへ行って、詩乃と会うから」音々は立ち上がり、スマホと車の鍵を持って玄関に向かった。輝は慌てて立ち上がり、後を追いかけながら、「詩乃さんに会いに行くって、一体何の用だ?」と聞いた。「この前、彼女、家族と揉めて家を出たでしょ?すぐに戻ってくると思ってたんだけど、意外とうまく独り立ちしているみたい。この1ヶ月で3曲も売って、印税で借りたお金を全部返してくれたのよ」「自分で生活できるようになったんなら、もう放っておけばいいだろ?それに、まさか忘れてないだろうな?彼女昔、私に惚れてたんだぞ!」と輝は釘を刺した。音々は呆れたように輝を見つめ、「安心して。彼女、今はもう、あなたに全く興味ないから」とはっきり言った。それを聞いて、輝は何も言えなかった。「少しはヤキモチ焼いてくれてもいいだろ......」輝は眉をひそめ、不満そうに音々を見つめた。「前は、詩乃さんの名前が出るだけで嫉妬し
心優は母親を見つめて言った。「うん」「じゃあ、今度パパと一緒に何日か家に帰ったらどう?」心優は少し考えてから、尋ねた。「ママも一緒に帰る?」「ママは仕事があって、まだ帰れないの」真奈美は心優の頭を撫でた。「パパが居てくれるなら一緒でしょ?」「やだ!」心優は真奈美の胸に飛び込んだ。「ママと離れたくない!」心優は父親も好きだし、兄にも会いたかった。でも、やっぱり母親が一番好きで、少しも離れたくなかった。「心優はまだ小さいんだ。あなたと離れたくないと言っているんだから、一緒にいてやれよ」大輝は言った。「さあ、もう帰りな。俺はもう行くよ」「着いたら連絡してね」真奈美が言った。「ああ」大輝は真奈美をじっと見つめ、真剣な眼差しで言った。「真奈美、体には気をつけて。心優のことも頼むな」真奈美は微笑んで言った。「あなたもね。哲也とたくさん遊んであげて」「ああ」大輝はスーツケースを引きながら、空港の中へと歩いていった。真奈美は心優を抱きかかえて車に乗り込んだ。この別れから次に会うのは、哲也が冬休みを迎えた頃だった。それから数年、二人はそんな風に過ごしていた。恋人同士にはなれなかったが、二人の距離は少しずつ縮まっていった。過去の辛い出来事も、二人の子供を育てる日々の中で、徐々に薄れていった。二人は新しい恋を始めることもなく、言葉にはしないけれど、互いに分かり合っていた。もしかしたら、いつか、二人はまた運命の赤い糸が結ばれる日が来るかもしれない。少なくとも大輝は、いつかそんな日が来ると信じていた。......結婚式翌日は、誠也と綾は3人の子供たち、そして澄子と仁を連れてゴールドコーストで家族写真を撮った。ビーチには楽しそうな笑い声が響き渡り、カメラマンは幸せな瞬間を次々と写真に収めていった。ふと、綾は誠也の腕の中で、あの時ウェディングドレスを着て、悠人の手を引き、複雑な気持ちで写真撮影に応じていた自分を思い出した。そして今、再びこのビーチを訪れ、全てが最高の形で収まった。これからの人生、ずっとこのまま幸せに過ごせたらいいのに、と綾は思った。そして、家族や友達にも、ずっと幸せでいてほしいと願った。そう思って偶然インスタを開くと、輝が朝投稿した記事が目に入った。音々と悠翔が寄り添っ