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第82話

Author: 栄子
綾は誠也に背を向け、よろめきながら歩き出した。

「綾!」

星羅は綾に駆け寄り、彼女を支えながら車に乗せた。

誠也は一歩踏み出そうとしたが、丈が彼の前に立ちはだかった。

「碓氷さん、もうやめましょう。今、彼女が必要としているのは、あなたではありません」

誠也は、厳しい表情をした。

丈は、彼の様子を見て、呆れて言った。「あなた、もう少しうまいことできなかったんですか?ああやって何も喋らずに突っ立っているだけでは、相手を余計にイラつかせるだけですよ!」

誠也は丈を一瞥したが、何も言わなかった。

丈はため息をついた。

「碓氷さん、綾さんと契約結婚していたこと、なんで私にも黙ってたのですか!この前、ホテルで私が言ったこと、思い出したらゾッとしますわ。どうりで、橋本先生に白い目で見られたわけです。碓氷さん、あなたのせいで、私の人生終わりです......」

誠也は、丈の愚痴を聞く気になれず、スマホを取り出して電話をかけた。「捜索隊を手配しろ。費用は気にするな......」

-

3日間、綾は、川辺と警察署を行き来して、ただひたすら結果を待ち続けた。

星羅は病院に有給を申請し、毎日綾に付き添っていた。

大晦日の今日、担当の警官が綾に捜索の中止を告げ、弔いの言葉をかけた。

綾は何も言わず、警察署を出るとスーパーに行きたいと言った。

星羅は、綾の様子がおかしいことに気付いていた。澄子がいなくなってから、彼女は感情を表に出さなくなっていた。

そんな状態は、泣いたりわめいたりするよりも、よっぽど心配だったが、

星羅にはどうすることもできなかった。

綾は心を閉ざし、感情のない人形のように、ただ静かにそこにいるだけだった。

スーパーで、綾は澄子の好物ばかりをカゴに入れていた。

星羅はそれを見て、胸が締め付けられた。

買い物を終えて家に戻ると、綾はすぐにキッチンに向かい、料理を始めた。

星羅は、綾が何かするんじゃないかと心配で、キッチンのそばを離れられなかった。

日が暮れ、家々の窓に明かりが灯り始めた時、

ようやく、綾は大晦日の夕食を作り終えた。

彼女は3人分の食器を並べ、星羅に「どうぞ」と促した。

星羅はテーブルについた。美味しそうな料理が並んでいたが、食欲は全くわかなかった。

綾は、魚の切り身を隣の空の茶碗によそり、スープも注いだ。

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