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第870話

Author: 栄子
真奈美は若葉がこんな行動に出るとは思ってもみなかった。

「お母さん、お気持ちは有難いです。皆さんが私を大切に思ってくれていることは分かっています。ですが、今回のことは大輝がしたこと。皆さんを巻き込みたくないんです」

「あなたがそう言ってくれるのは有難いけど、でもな、大輝は私たち石川家が育てた息子よ。あんなひどいことをしでかして、親として責任を感じているの。私たちの教育が間違っていたから、こんな思いをさせてしまって本当にごめんね」

若葉は権利証を真奈美に押し付けながら言った。「これは大輝のブラックカードで買ったの。東区のマンションと南区のマンション、合わせてちょうど400億円。受け取ってくれない?」

「これは受け取れない」真奈美は権利証を若葉に返した。「お母さん、もうすでに弁護士に離婚協議書の作成を頼んであります。結婚前にも財産分与の公正証書を作ってあるから、お金のことで揉めることはないはずです。

哲也の親権もこのまま石川家に残すつもりです。ただ、面会交流を制限しないでほしいです。共同親権という形で、これからも大輝と二人で哲也を育てていきたいと思ってます」

それを聞いて、若葉は呆然と彼女を見つめた。

本来なら、説得しようと思っていた。

しかし、真奈美が既に全てを決め、ここまで話している以上、若葉も何も言えなかった。

若葉は、悪いのは自分の息子だと分かっていたので、ただため息をつくことしかできなかった。

彼女は、ひたすら真奈美を慰め、謝罪した。真奈美を心配していること、そして申し訳なく思っていることを伝えたかったのだ。

しかし、真奈美は納得がいかなかった。

これは大輝自身の問題なのに、若葉が謝る必要はないはずなのだ。

「あなたが決めたことなら、もう何も言わないよ」若葉は権利証をテーブルに置き、真奈美の手を握った。「大丈夫。嫁姑として縁がなかった代わりに、これからは娘として親子の付き合いをしていかない?」

それを聞いて真奈美は少し驚いた。

「真奈美、私は本当にあなたのことが好きなのよ。あなたは本当に大輝にはもったいないくらいだと思っているの」

そう言うと若葉の目には涙が浮かんでいた。「安心して。哲也は石川家で絶対に大切に育ていくから。いつでも会いに来ていいし、新井家に連れて帰りたかったらそれでも構わない。もし大輝が何か言ってきたら、お父さん
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